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追放された蘇生術師の、死なない異世界放浪記  作者: ココアの丘
第1章 王都追放篇
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勇者様のおかげかも

「フレンチトースト? よさそうだけど、食パンなんて残ってないぞ」

 新田が反論してきたけど、ぼくは首を振って、

「パンの耳があるから、それを使うんだよ。名付けて、『パンの耳・フレンチトースト』。ねえルイーズ、ボールとフライパンと大きめのお皿、それからフライ返しと卵をかき混ぜる道具はあるかな?」

 ルイーズはこくんとうなずいて、道具を探しに行ってくれた。

 この『パンの耳フレンチトースト』、元の世界でも作ったことがある。姉さんがパンの耳が嫌いで、食パンを買ってきたらまず耳を切って、捨てる人だった。それがもったいなくて、何かに使えないかなとネットで探して、こういうものがあると知ったんだ。


 さてその作り方。ボールに、砂糖と牛乳と卵をいれて、よく混ぜます。そこに、パンの耳を適当な大きさにちぎって並べ、卵を混ぜた牛乳に浸してひたひたにします。それを耐熱皿(今回は人数が多いので、大きめの深皿)に移して、電子レンジで一分くらいチン。フライパンにバターをひき、チンして少し固くなったパンの耳をそこに移して、両面を焼けばできあがり……。

 なんだけど、こっちには電子レンジなんてないから、オーブンで代用しましょう。上下両面から熱が加わるタイプらしいから、たぶんだいじょうぶだろう。適当に熱が通ったところで、フライパンに移し、コンロにかけてさらに焼けばいい。

 簡単な料理だから、作れるからといって料理男子、ってほどではない。それでも、一連の作業をしている間、黒木たちは感心したような顔つきで、ぼくの動作を見ていた。ルイーズも興味深そうに、ぼくの手の動きを目で追っていた。それにしても、魔道具の調理道具って、けっこう便利だよな。


 ところが、フライパンを熱し始めたところで、食堂の方で何か物音が聞こえた。料理の手を止めて様子をうかがっていると、どうやら食堂の入り口のあたりに、誰かいるらしい。困ったな。口をつぐむことは出来るけど、フライパンで焼く音、それから料理の匂いは隠せないし……。

「私が見てきます」

 こう小声で言って、ルイーズが様子を見に行ってくれた。やがて、話し声のような音が聞こえた後、食堂のドアを閉める音がした。ドアの向こうに足音が響き、それが少しずつ遠ざかっていく。その後は、調理の音が響くだけの、静かな食堂に戻った。

 ぼくたちは顔を見合わせて、ほっと胸をなで下ろした。ここまでやっておいて、取り上げられたりするのは嫌だったからね。


 さてと。あとは適当な時間、フレンチトーストをフライパンで焼くだけだな……。と思っていたぼくだったけど、ふと手元を見ると、牛乳に卵を混ぜた液が、かなり余っているのに気がついた。卵自体もまだ残っている。ぼくは、念のために声を小さくして、黒木たちにきいた。

「残った液で、プリン作ってみようか」

「プリン!? あれって、そんなに簡単にできるのか?」

「簡単なやつはね。柔らかいタイプじゃなくて、ちょっと昔風の、固めのやつ。こっちの方が時間がかかるから、フレンチトーストを焼きあげる前に、先に作っておこう」

 まずは砂糖を少しの水に溶かして火にかけ、カラメルを作る。注意点は、ちゃんと真っ茶色になるまで煮詰めること。色がついただけで安心してはだめで、そこでやめると、ただただ甘いだけの砂糖シロップになってしまう。カラメルは、焦げてこそカラメルなのだ。

 で、これに少しのお湯をかけて溶かし、プリンのカップに移す。ここには専用の容器なんてないので、適当な大きさの小鉢をカップにした。冷めたカラメルの上に、卵・牛乳・砂糖を混ぜた液体を、カラメルと混ざらないようゆっくりと入れる。この時、茶こしかなにかで()しておいた方がいいかも。大きな鍋にプリンのカップを並べ、鍋に適当な量の水を入れてから、フタをして火にかける。湯気が立ってきたら弱火にして、蒸し焼きに。そのまま、二十分ほど待つ。


 ぼくは一連の作業を無言で進め、黒木たちも無言でそれを見守った。これも別に難しい料理ではないけれど、さっき変な物音が聞こえたことと、デザートという、元の世界の象徴のような食べ物のイメージが、一種の緊張感を生んでいるようだった。作業が終わった後も、ぼくたちはただ黙って、厨房の掛け時計を見つめていた。

 無事、二十分が経過したので、鍋を火から下ろした。あとは、容器を取り出して、冷蔵庫で冷やせばプリンの完成だ。ほっとひと息をついて、ぼくは久しぶりに口を開いた。

粗熱(あらねつ)を取ってから、冷蔵庫に入れるんだけど……冷えるまでにちょっと、時間がかかるな」

「あ、それはだいじょうぶだと思います」

 ちょうど厨房に戻ってきたルイーズが、別室の冷蔵庫の方向を指して言った。指はそちらを向いているが、目の前にある見慣れない料理に興味津々なのか、彼女の目はプリンに向いたままだ。

「これが、プリンというものですか……」

「あ、ルイーズ。さっきの音はなんだったの?」

「同じ部屋の下女仲間が、なかなか私が帰らないので、何かあったのかと見に来てくれたんです。心配はいらないからって、帰ってもらいました」

「そっか。それで、だいじょうぶってのはどういうこと?」

「あの冷蔵庫は、調理したての熱いお皿を入れても、すぐに冷えた料理になってしまうんだそうです。だから、時間はかからないんですよ」

 なにそれ、すごい。どんなに熱いものでも、一瞬で冷たくしてくれるってこと? でも、魔法ってそんなものかも。氷魔法なんて、それこそ一瞬で、氷を作ったりするだから。

 ちょっと待てよ。だとしたら、部屋全体が冷蔵庫になっている倉庫って、もしも中に人がいるとき扉を閉めたりしたら、命の危険があるんじゃないの? いやいや。さすがに、安全装置みたいなものはあるよね。そう願おう。

「じゃあ、このお鍋は、冷蔵庫に入れておいて、フレンチトーストを焼こう」

 プリンに時間をとったため、フレンチトーストの皿はちょっと冷めてしまった。けど、特に問題はない。フライパンにバターを落として火にかけ、バターが溶けたら、形が崩れないように、皿の中身をフライパンに移す。あとは、弱火から中火くらいの火で数分間熱し、途中でフライ返しで上下をひっくり返して、もう数分火を通す。

 できあがったものをピザ風に切って、人数分のお皿に移す。ハチミツを適量かければ、これで『パンの耳フレンチトースト』のできあがりだ。


 厨房から食堂のテーブルに場所を移して、お皿を並べた。立ったままのルイーズの前にもお皿を置くと、ルイーズは目をぱちくりさせた。

「ルイーズも、一緒に食べようよ」

「え? 私もいただいていいんですか?」

「もちろんだよ。な?」

「そうそう、こうして一緒に忍び込んだんだから、おれたちはもう共犯だよ」

「いや、どっちかってーと、ルイーズが主犯じゃねえの? 彼女がいなければ、ここに来ることもなかったんだし」

「あの、えーと……」

「ルイーズの分も、切っちゃったしさ。熱いうちに食べよう」

 半ば強引に彼女も席につかせて、いただきます、と食べ始めた。なお、こっちの世界にはお箸はなく(いや、世界中を探せばあるのかもしれないけど)、食事で使うのはナイフとフォークだ。この二つを使って食べるのにはまだ慣れないけれど、フレンチトーストに関しては、この格好がぴったりくる。

 小さく切ったひとかけを口に運ぶと、ハチミツの甘さとバターの風味が、口の中に広がった。

「うまいな」

「うん、うまい」

「普通のフレンチトーストよりも、生地がケーキっぽく感じますな。この甘さと柔らかさが、なんというか……懐かしい気がします」

「こんな料理があるんですね。美味しいです。これ、勇者様の世界の料理なんですか?」

 パンの耳から作ったにしては、なかなか好評のようだ。こっちの世界に来てから、こういうスイーツ系の食べ物って、食べてないからなあ。砂糖やハチミツは高級品ということだから、簡単には作れないんだろうな。

 それなりの大きさに作ったフレンチトーストだったけど、あっという間になくなってしまった。お皿とフォーク、ナイフを流しに入れて、今度はプリンを入れたカップを冷蔵庫から取り出す。カップを触ってみると、ルイーズの説明どおり、あまり時間がたっていないのに、もう十分に冷えていた。


 カップと小皿をテーブルに運んで、いよいよデザートの時間だ。小皿の上にカップを逆さまにし、スプーンでうまく空気をいれて、プリンをお皿に落とす。きれいにカラメルが載った、富士山型のプリンができあがった。もちろんこれも、ルイーズの分も作ってある。

「おう、これは、ちゃんとプリンだ」

「あんな作り方で、プリンになるもんなんだなあ」

「なんちゅうもんを作ってくれたんや……」

「これ、美味しいです! この、ちょっと苦みのある黒いソースが、ぴったりですね!」

 プリンもまた、全員が夢中になって食べてくれた。中でもルイーズは、いつになく高いテンションで感想を述べている。昔風のプリンって、そんなに難しいものじゃないんだけどな。いにしえの勇者様も、これは伝えなかったみたいだ。

 あ、もしかしたら牛乳や卵といった材料が、まだ一般的ではなかったのかも。それで、最初に材料を作るところから手をつけなければならなかったのかもしれないな。だとしたら、このプリンもやっぱり、勇者様のおかげなのかもしれない。



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