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追放された蘇生術師の、死なない異世界放浪記  作者: ココアの丘
第3章 迷宮の踏破者篇
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十年前の騒乱

 ユージがストレアの迷宮で奮闘していた、ちょうどその頃──。


 白河美月は、王都イカルデアにあるアーチボルド将軍の邸宅を訪れていた。

「それでは、お大事になさってください」

 白河は、ベッドで横になっている老婦人に声をかけた。身を起こそうとする婦人を手で押しとどめ、改めて別れの挨拶をして、寝室を出る。メイドに案内されて応接室に戻ると、そこには意外な人物が待っていた。

「アーチボルド様?」

「聖女様。いつも妻が、お世話になっております」

 応接室で白河を待っていたのは、この家の主人であるアーチボルド・レンフィールドだった。焦げ茶色の高級将校の軍服で身を包み、豊かな銀髪をオールバックにしている。身長は180センチに近いだろうか。肩幅の広い、がっしりした体つきは、とても60歳を超えた老人とは思えなかった。


 アーチボルドは白河をソファーに招き、メイドにお茶を用意するよう命じた。温かい紅茶が淹れられ、メイドが一礼して引き下がると、アーチボルドは改めて礼を述べた。

「お忙しいなか、聖女様には何度も拙宅に足を運んでいただき、申し訳なく思っております。妻もだいぶ調子は戻ってきたようなのですが、なにぶん年なものですからな。ちょっとしたことで、ベッドから起きあがれなくなってしまうのです」

「お気になさらないでください。これも聖女としての務めですから」

 白河は答えた。アーチボルド夫人が高熱で倒れたのは、先月のこと。医学の心がけのない白河には、どのような病気なのかはわからなかったが、この世界の医師の診断によると、感染症の一種らしい。

 こうした病気は、基本的には、ヒールなどの回復魔法で治癒することはない。ただ、病原菌が生み出す毒素自体は、状態異常を回復する『キュア』の魔法の対象になる。また、回復魔法もまったく効果がないわけではなく、病人の体力をある程度は回復させることができ、治療の助けとなる。このため、白河はパーティーの活動を抜けて何度か夫人の元に通い、『キュア』と『ハイヒール』による治療を行っていた。

「勇者様のパーティーも、いよいよ訓練が最終段階に入ったとうかがっております。そのような中で時間を取っていただくのは、まことに心苦しい限りです」

「とんでもありません。私こそ、奥様にはいろいろと親切にしていただいておりますから」

 アーチボルドに重ねて陳謝されて、白河は笑みを浮かべて首を横に振った。


 白河の属する勇者パーティーは、本来であれば、とっくに訓練期間を終了して対魔族の実戦に参加しているはずだった。ところが、勇者育成の任を受けていたビクトル前・第五騎士団長が急死したことにより、訓練計画は停滞してしまっていた。ここには、勇者の扱いを巡る騎士団と国軍との軋轢(あつれき)があったようなのだが、そういった政治的な事情は、白河の耳には届いていない。

 いずれにしろ、彼女たちは依然として冒険者としての活動を続けて、王国内の魔物を退治する日々を送っていた。もっともこれは、対魔族の戦争が順調に推移しており、勇者という戦力が格別必要とはされていない、ということの裏返しでもあったのだが。

 それでも、さすがにこれ以上、勇者や聖女を中途半端な扱いにしておくことはまずいと判断されたのだろう。先日ようやく、戦争の前線である魔族領内への移動が決まり、その旨が白河たちに伝えられたところだった。

「私などより、アーチボルド様こそよろしいのですか? 司令官であるあなたが、前線を離れられても」

 白河が質問を返した。アーチボルド将軍は、対魔族の遠征軍を指揮する、最高司令官の地位を任せられている。彼の方こそ、王都などという場所にいてはいけないはずだと思われたからだ。だが、アーチボルドは軽く笑みを浮かべて、

「なに、私のような老いぼれ一人がいなくなったところで、我が軍の戦線が崩れるようなことはありませんよ。

 それよりも私は、この王都でせねばならぬことがあるのです」

 アーチボルドは笑いを消して、真剣な表情で白河を見つめた。

「聖女様。あなたはこの戦争を、どう思われますか」


「どう思う、とはどのような意味でしょう?」

「これ以上、魔族を攻撃することに意味などあるのでしょうか」

 白河は眉根を少し寄せただけで、答を返さなかった。アーチボルドは続けた。

「我がカルバート王国の国是からすれば魔王国は敵国であり、アルティナ聖教の教えに従えば、魔族とは滅ぼすべきものです。そのことは、私も承知しております。ですが、これらは実際的な指針などではなく、いわば標語のたぐいにすぎないでしょう。

 我々現場の人間は、日々前線に立って、現地の人々と関わっています。その経験から言わせていただくと、魔族は悪魔の使徒などではありません。そうではなく、我々ヒトにごく近いもの、髪の毛や皮膚の色が少し異なるだけの、ほとんどヒトの兄弟のようなものです。そんな彼らを滅ぼすことに、はたして意味などあるのでしょうか。

 聖女様にこのようなことをお話しするのは、あるいは不敬な行いなのかもしれませんが」

「いえ。続けてください」

 白河は先を促した。

「それにです。国家戦略的にも、魔族領を手に入れることに、それほどの意味はありません。魔王国は北方の地にあり、気候は寒冷です。土地は豊かとは言えず、農業以外の産業もありません。たとえ征服することができたとしても、得られるものなどないのです。かえって、統治のための負担が増えるだけになるでしょう。

 特に、統治のために軍を駐屯させたままとなった場合は問題です。今現在は、魔族の討伐という大義名分がありますから、他国も我が国には手を出しておりません。ですが、討伐が終了し、大義の看板がなくなった時にはどうなるのか。東のヴィルベルト教国、あるいは南のイザーク王国が、手薄となったカルバート王国本土に、手を伸ばしてくる可能性があります。いや、その可能性はかなり高い、と言っていいでしょう。


 もしもそうなれば……十年前の騒乱が再現されることにもなりかねません」



 今日は後でもう一話、アップする予定です。


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