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追放された蘇生術師の、死なない異世界放浪記  作者: ココアの丘
第3章 迷宮の踏破者篇
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ふかふかのベッド

 ぼくは驚いて、アネットに駆け寄った。

 倒れた体を抱き起こして見ると、彼女は口を半開きにしたまま、目をつぶっている。触れたところが温かかったので、額に手を当ててみたら、かなりの熱があった。体温計なんてないから正確なところはわからないけど、三十八度か三十九度、下手をしたら四十度までいっているんじゃないかと思うくらいに、はっきりと温かかった。

「アネット。ねえ、アネット?!」

 何度か体をゆすってみたけど、なんの反応もない。完全に、意識を失っているようだ。

 そこへ、ぼくの探知スキルに、魔物らしき反応が入ってきた。早くも血の匂いを嗅ぎつけたんだろう。数が集まってくると面倒なので、ぼくはマジックバッグを取り出して、ゴールドボアの死体を収納した。それでも、地面にはボアの血が大量に流れて、鉄の匂いがあふれている。ぼくは隠密スキルをかけ直すと、アネットの体を抱えて、その場を離れた。


 通路をしばらく戻ったところで、アネットを地面に下ろした。念のため、彼女の体を確認したけど、やはり、どこかに傷を負ったわけではない。毒でもないだろう。ボアは毒なんて使わないし、アラネアと戦ったのは、もう昨日のことだ。アラネアが使う毒は即効性で、遅れて効き目が現れるものではないらしいし。

 そういえば、一度、ゴールドボアに吹っ飛ばされていたな。けど、あの時はすぐに立ち上がっていたし。待てよ。頭を強く打って、脳内で徐々に出血して……なんてことも、あり得るのか? いや、そんなはずはない、とぼくは首を振った。彼女が殴られたのはお腹だったし、倒れる時に打ったのはお尻だった。いや、それでももしかしたら、万が一……。

「う、うーん……」

 そんなことを考えていたら、アネットが意識を取り戻した。

「アネット! 気がついた?」

「あれ? ボクは、いったいどうして……」

「ゴールドボアと戦っている時、急に倒れたんだよ」

「そうだ、ボア! ゴールドボアを──」

 アネットが身を起こそうとするのを、ぼくはあわてて押しとどめた。

「今は、ボアのことはいい。それより、どうしたんだ? 一撃をもらったようには、見えなかったけど」

 アネットは眉をしかめて、しばらく黙っていた。やがて、力のない声で答えた。

「実は、このところ調子が悪くて。この迷宮に、落っこちてからだよ。大きなケガをしたんだから、これくらいはしかたがないと思ってたんだけど」

「……ここに来てから、ずっと?」

「いや、最初は少しだるいくらいで、それほどでもなかった。なのにこのごろは、なんだか体が思うように動かなくて。ケガなんて、とっくに治っているのにね」

 大きなケガ、というのはぼくに切られた傷のことだろう。そういわれてみれば、戦闘の時などに、ときどきしんどそうな様子を見せていたっけ。傷自体はヒールの魔法で直ったはずだし、傷で失った体力も、だんだん戻ってくるのが普通だ。それがだんだん悪化しているとなると、ケガではなくて、病気だろうか。

 考えてみれば、アネットは傷を受けたまま、滝の水につかっていたんだ。自然の水は雑菌や寄生虫がうようよいるから、たとえきれいに見えても、そのまま飲んではいけない。キャンプでは常識だ。名水百選の水だって、そのまま飲めるとは保証されていないんだそうだし。傷口が開いた状態で、そんなところに浸かっていたら……傷口から病気に感染しても、不思議じゃないな。

 なんの病気か、まではわからない。わかったとしても、手元には薬がない。ヒールの魔法やポーション、毒消しは、直接的には病気に効かないらしいから。


 こうなったら、できることは一つしかない。

「じゃあ、戻ろうか」

「戻るって、どこへ? ああ、ゴールドボアのところか」

 アネットがピントのずれたことを言う。ぼくは笑ってかぶりを振った。

「違うよ。ふかふかのベッドに、だ。今は休養が第一だよ。あそこなら、安心して眠ることができるから」


 ぼくとアネットは、今まで来た通路を戻っていった。最初のうちはアネットと一緒に歩いていたけど、意識を取り戻したとはいえ、彼女はまだ体がふらついていた。スピードも遅かったので、途中からは、彼女をおぶっていきました。最初は嫌がっていたアネットだったけど、次第におとなしくなって、そのうちに、ぼくの背中で眠ってしまった。よっぽど、調子が悪いんだろう。

 彼女が眠った後、ぼくはさらにスピードアップして、通路を小走りに駆けた。「筋力」も「スタミナ」も十分に高いから、女の子一人を背負うくらいなら余裕だ。

 もちろん、隠密スキルはオンにしたまま。アネットが眠ってしまい、彼女が自分にかけた隠密が解けたらどうなるのかがちょっと心配だったけど、これも問題はなかった。一度、ビックアラネアとすれ違ったけれど、魔物はぼくらを一度も見ることなく、行き過ぎていったので。隠密中のぼくと、ぴったりくっついていたのがよかったのかな。


 アネットを背に丸一日走り続けて、ぼくたちは目的の場所に戻ってきた。ここは、二日前に来たことのある小部屋──グレーターアラネアと戦った小部屋の前だ。あの時は、中の魔物を全滅させたけど、今はどうなっているだろう。

 ぼくはアネットをおぶったまま、小部屋へ入る道を進んだ。アネットを通路に置いておくことも考えたけど、今の彼女の状態では、魔物に見つかったらまともに抵抗できない。ちょっと動きづらいけど、この方が安全だろう。隠密スキルを頼りに、ゆっくりと道を歩いていく。そして小部屋入り口の壁に張り付いて、中をうかがうと──。

 中には、魔物の姿はなかった。

 生きている魔物はもちろん、グレーターアラネアやビッグアラネア、スモールアラネアの死体も消えている。おそらく、他の小部屋に住んでいるアラネアが、食用に持っていったんだろう。魔石が欲しいわけでも、食べたいわけでもないので、この方が都合がいい。アラネアと戦った時に散らばった、魔物の体液はまだ地面に残っていて、それがちょっと臭うけど、我慢できないほどではなかった。

 残しておいたはずの卵も、きれいに無くなっていたけど、卵が並んでいた蜘蛛の糸のベッドは、部屋の奥に残されていた。よかった。あの時、もしも卵を壊していたら、このベッドも粘液でベトベトになっていたかもしれない。

「アネット、着いたよ。入り口をふさいでくるから、ちょっと待っていてね」

 ぼくはアネットをベッドに寝かせると、小部屋を出て、通路に向かった。そして通路との分岐点の前で、魔法を詠唱した。

「《サンドウォール》」



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