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追放された蘇生術師の、死なない異世界放浪記  作者: ココアの丘
第3章 迷宮の踏破者篇
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飽きと慣れ

 迷宮の通路に、大きなクモが二頭、対峙していた。


 どちらも体長は一・五メートルほど、ビッグアラネアと呼ばれる魔物だ。ちなみに、こいつはスモールアラネアとは別の種類の魔物、というわけじゃない。小さいものを「スモールアラネア」、人間と同じくらいの大きさまで育ったものを「ビッグアラネア」、人間の倍くらいの大きさのものを「グレーターアラネア」と呼んでいるだけだ。

 まあ、出世魚のようなものだね。この迷宮のアラネアはすべて、一匹の変異種が生んだ子供と、その子孫だろうと言われている。だから当然、種類としては同じものなんだ。

 さらに大きくなると、最大で十メートルくらいにまでなって、「クイーンアラネア」と呼ばれる。ここまでくると、ランクとしてはAランク相当の魔物だ。クイーンアラネアの変異種「マザーアラネア」となれば、強さはさらに上で……あんまり、というか絶対に、出会いたくない相手だ。

 それから、毒液を吐き出して攻撃してくるものを「ポイズンアラネア」、それが大きくなったものを「レッドポイズンアラネア」というけど、これも同じ種だ。人間の子供でも、勉強が得意な子と運動が得意な子がいるように、アラネアにも肉体攻撃が得意なものと、毒攻撃が得意なものがいる、ということらしい。

 毒攻撃が得意なものは、成長すると体に赤味が増してくるので、名前に「レッド」がつくそうだ。


 さて、そのビッグアラネア二頭は、さっきからにらみ合うように、互いの頭を近づけていた。時々、カサカサと細かく足を動かして、微妙に位置取りを変えている。仲がいいのか悪いのか、まるで、社交ダンスでもしているかのようだ。そんな状態がしばらく続いたあと、両者はほとんど同時に、相手に向けて飛びかかった。

 どうやらこの二頭、仲がいいわけではないらしい。たぶん縄張り争いか、そうでなければ相手を食べようとしているんだろう、ビッグアラネア同士の戦いが始まった。

 両者は空中でぶつかり、一方の体が仰向けにひっくり返された。もう一頭のビッグアラネアは、一度着地すると再び跳躍して、相手の上に飛び乗った。そしてその体に、鋭い牙を突き立てようとした。

「アネットが上、ぼくは下のアラネアを狙おう。じゃあ、いくよ」

 ぼくの合図に、アネットは黙ってうなずいた。そして二人そろって、手にしていた楕円形の石を、魔物に向けて思い切り投げつけた。

「投擲!」

「「グギギィ!」」

 二つの石は、狙い(たが)わずアラネアに命中し、魔物は苦悶の叫びを上げた。


 迷宮探索は、三日目の朝──太陽がないのでわからないけど、体内時計の感じでは、朝──に入っていた。

 これで二回、アネットと夜を過ごした(←変な意味ではない)ことになるけど、特に何の異常もなく、朝を迎えることができていた。最初は、ぼくが寝ている間にアネットに襲われないか(変な意味ではなく)、ちょっと心配だったけど、彼女にはそんなつもりはないようだ。まあ、いざという時には、フロルに止めてもらうつもりだったんだけどね。

 この日も、ぼくたちはスキルで気配を消したまま、迷宮を進んでいた。この前の鑑定でわかっていたけど、アネットもぼくと同じく、隠密のスキルを持っている。迷宮脱出までどのくらいかかるかわからない現状、できるだけ戦いは避けたかったので、二人ともこのスキルをオンにしたまま行動することにした。

 そうしたら、二匹のアラネアが争っている現場に出くわしたので、漁夫の利を狙って、その戦いに参戦することにした、というわけだ。戦いは避けたいけど、食事もしなければならないから。

 ぼくたちは二人とも投擲のスキルがあるけど、アネットのそれは、ぼくよりレベルが高いらしい。投げた石は、クモの胴体と胸部をつなぐ部分に見事に命中して、体を守る外殻を壊し、肉をえぐった。攻撃を受けたアラネアは、傷から大量の黄色い液体を吹きだして、裏返しにひっくり返った。そのまま、ぴくぴくと足を痙攣させている。もしかして、あの一撃で決まったの? さすが、本職のアサシンだ。

 ぼくの投げた石は、もう一匹のアラネアの腹部に当たって、大きな穴を開けた。投擲のレベルはともかく、筋力ならぼくの方が上だ。破壊力は勝っているだろう。それでも、こちらは即死とはいかなかったので、ぼくは小剣を手に魔物に駆け寄った。アラネアは起き上がることもできず、抵抗らしい抵抗も見せないまま、胴体を両断された。

「ギルドの資料で読んだとおりだ。この、胸と胴体の間の細くなっているところが、アラネアの急所みたいだね。切ると体液がどばっと出てくるのが、ちょっと嫌だけど」

 ぼくはこう言いながら、アネットを振り返った。彼女は、裏返ったままのアラネアにナイフを突き刺して、念のためのとどめをさしていた。

 戦いが終わり、手早くアラネアの解体を終えたぼくたちは、合計十六本の足だけを持って、魔物の死体から離れた。近くにいたら、死臭を嗅ぎつけた他の魔物たぶんアラネアだろうけどが寄ってくるかもしれない。少し離れたところで再び隠密状態に入ってから、本日の食事に取りかかった。

 当たり前だけど、メニューはアラネアの肉を焼いたもの、これ一品のみ。しかも調味料は無し。三日目にして早くも飽きがきてたけど、こればっかりはしかたがない。逆にアネットはクモにも慣れてきたようで、淡々とクモ肉を頬張っていた。飲み水の方は、生活魔法の『ウォーター』があるから、問題ないんだけどね。

 ぼくは残った焼き肉を小さな布袋に入れ、小さなボディバッグ(マジックバッグだけど、今は普通のバッグとして使っている)の中にしまうと、同じく食事を終えていたアネットに尋ねた。

「アネット。この先は、どうしようか?」

「うん……そうだね」

 アネットは、ぼくたちが座っている通路の前方に、視線をやった。その通路は、ここからしばらく行った先で、左右に分岐していた。


 ストレアの迷宮も、基本的な構造は他の迷宮と変わらない。メインストリート的な通路が下に進むにつれて分岐していって、通路のそこここに、小部屋と呼ばれる広場がくっついている。ただし、その規模は、ルードの迷宮とは比較にならないくらい大きいようだった。

 いや、これは迷宮自体の大きさではなく、今いる階層の深さの違いかもしれない。迷宮は、階層が深くなるほど広くなるらしいから。フロルの言った「とーっても深い」という表現は、残念ながら事実のようだ。

 そして、この先にある分かれ道は、道の広さから見ると、どうやら小部屋への分岐ではなく、二本の通路の分かれ道らしかった。

「ボクはこの迷宮について、良く知らないからなあ。もともと、ここに入るつもりなんてなかったから。だから、どちらの道が正しいか、よくわからない」

「それはこっちも同じだよ。地図も持っていないし、見たことさえない」

 そう答えたぼくだったけど、一応、対策みたいなものは考えていた。


 実は今、フロルはこの近くにいない。当面、アネットに襲われることはなさそうだと思ったので、彼女には別の仕事を任せることにした。迷宮を出る正解のルートを、探しに行ってもらっているんだ。考えてみれば、この手があったんだよな。霊体化してしまえば、フロルには魔物も壁も関係ないから、わりと簡単に外への道を見つけることができるだろう。ただ、

<面倒くさいの! だいたい、道順がわかっても、全部覚えるなんてできないの>

とのことだったので、ぼくが持っていたまん丸い石を彼女に渡して(精霊特有の魔法があって、マジックバッグ風に、ものを収納しておくことができるんだそうだ。容量は魔力量によるので、たいした物は入らないらしいけど)、曲がり角ごとに、正しい方向に置いてきてもらうことにした。この石、武器としてはそんなには使う機会がなかったからな。一度だけ、役に立ってくれたけど。

<わかったの。でも、帰ってきたら、魔力を思いっ切り吸わせてもらうからね! 今までは、ずいぶん遠慮していたんだから>

 フロルはそう答えると、すぐに姿を消した。なお、彼女とぼくは「リンク」というものがつながっているので、それをたどれば、ぼくのところに戻ることができるんだそうだ。


 ただ、そのフロルがまだ帰ってきていないので、どれが正解のルートかは、まだわかっていない。アネットが言った。

「でも、迷宮を出たいのなら、上っていく方向に曲がるべきだろうね」

 彼女の言葉に、ぼくもうなずいた。うん、普通に考えれば、そうなるよね。それで問題ないだろう。間違っていたら、そこで引き返せばいいんだし。

「そうだね。今までずっと、下る道だったからなあ。そろそろ上に行こうか」





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