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追放された蘇生術師の、死なない異世界放浪記  作者: ココアの丘
第3章 迷宮の踏破者篇
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つかの間の共闘

「ストレア迷宮? ここが迷宮の中だって?」

 暗殺者の質問に、ぼくはうなずいた。

「さっき、ぼくたちは滝壺に落ちただろ。あの滝壺、滝からどんどん水が入ってくるのに、出て行くのは小さな川しかなかった。どうやら、地下を流れる川ができていて、滝壺に落ちた水の大部分はそこを流れていくらしい。伏流水、っていうのかな。そしてその川が、ストレア迷宮の中につながっていたんだ。

 どうやらぼくたちは、その川を流されて、ここに出てしまったらしいね」

「だけど、どうしてここが迷宮だと言い切れるんだ?」

「周りを見てごらんよ。暗いけど、見えないことはないだろ? 光が入ってくる穴なんて、どこにも無いのに」

 暗殺者は、はっとした表情で顔を上げた。

「……そうか。『発光石』か」

 あたりはほの暗いけれど、完全な暗闇にはなっていない。光の入り口がないのに、わずかに光がある。それは、周りの壁が光っているからだった。迷宮に特有の発光石。なんていうか、あまりにもおなじみの景色だったので、ぼくもすぐには気づくことができなかった。

「ついでにいうと、そこに転がっている魔物も、ついさっき襲ってきたやつだよ」

「アラネアか。どうやら、ここがストレア迷宮であることは、間違いないみたいだな」

「だから、お願いというのはね。ぼくと一緒に戦って欲しい、ってことなんだ。迷宮を脱出するまでの間でいいから、共闘しないか? いったんは休戦ということにして」


 ぼくは、以前よりはかなり強くなったと思う。単に魔物と戦うだけなら、一人でもそこそこ戦うことはできるだろう。

 けど、ここは迷宮だ。しかも、地図もなく、どんなレベルの魔物がいるのかもわからない。魔物の大半はクモなんだろうけど、それにしても、どの程度の強さかは知らない。脱出まで何日、下手をすると何週間、何ヶ月かかるかわからないんだ。そんなところからたった一人で脱出するのは、とても難しいだろう。

 特に問題なのは夜だ。寝ている間は誰でも無防備になるし、眠らなければ、どんな強者でも倒れてしまう。「探知スキルつけっぱなし」の裏技も、数日くらいならなんとかやれるけど、それ以上はきつい。あれも、寝不足にはなるからね。フロル? うーん、どこまで協力してくれるのかなあ。あいつが魔物と戦う、なんてところ、想像できないし……。

 という理由から、ぼくは暗殺者に対して、こんな提案をしたんだった。だけど、この提案を聞いた暗殺者は、何かうさん臭いものでも見るような顔になった。

「共闘だって? さっきまで、殺し合いをしていた相手と?」

「殺し合いといっても、君は誰かから頼まれただけで、ぼく個人に恨みがあるわけじゃあないんだろ。仕事でぼくを襲っただけだ。その仕事を、迷宮にいる間だけ、とりあえず棚上げにしてくれないか、と言っているんだ。

 だって、このままだったら、共倒れになるだけだよ。まず確実に、二人ともここで死ぬ。今、自分がどこにいるかさえわからないんだ。魔物だらけの迷宮を、たった一人で抜け出すなんて無理だよ。それを避けるには、協力するしかないんだ」

 こう言うと、彼女は黙り込んでしまった。


 ここは、一つの賭けだった。こいつがもし、自分が死んでも任務だけは果たす、なんてタイプの暗殺者だったら、こんな提案は無意味だ。答がイエスであろうとノーであろうと、結局は戦いになって、最後には二人とも死んでしまう。でも、仕事が暗殺者だからといって、そういう人間ばかりとは限らないだろう。例えば、何かやらなければならないことがあって、そのためにこの仕事をしているような人だったら、この話に乗ってくれるはずだ。

 黙ったままの暗殺者に、ぼくはもう一押ししようと、

「難しく考えなくてもいいんじゃないかな。仕事をするにしても、生きて帰ってから、やったっていいんだろ。ぼくを殺したいのなら、迷宮を出てから、改めて狙ってくれればいい。もしそうなったとしても、少なくとも二人のうちのどちらかは、生きられるんだし」

「君は、そうなったら自分が生き残るだろう、と思っているわけかい?」

「いや、『少なくとも』だよ。二人とも生きていたっていいんだから」

 ぼくは首を振った。この際だから、ぼくを暗殺するという仕事は、失敗したことにしてくれてもいいんじゃないだろうか。実際、今のところは間違いなく、失敗しているんだし。そうしてくれれば、二人とも生きていられるんだ。


 依頼に失敗した暗殺者は自らの命であがなう、なんて設定の小説かマンガを、読んだことがある気がする。けど、実際にはそんなこと、しないんじゃないだろうか。だって、そんなことをしていたら、暗殺者なんて職業はすぐに絶滅してしまう。暗殺の成功率が8割あったとしても、月にわずか1件の仕事をするだけで、1年たてば20人中19人くらいは死んでしまう計算になるんだから。暗殺の技術を仕込むのだって、簡単なことじゃないはずだ。現場が厳しい仕事ほど、人には優しくなければならないのだ。

 ……まあ、元の世界のとある国には、「ブラック企業」という、その原則があてはまらない職場もあったけど。

「だけど君だって、ボクを殺そうとしたじゃないか。さっき先に攻撃をしたのは、君のほうだった」

「それは、そっちが襲ってくるのがわかったからだよ。ぼくも君に、恨みなんてない。これまで会ったことさえないんだから。それに、もしも君を殺したいのなら、今やってしまえばいいんだからね。

 君だって、このまま死ぬより、生きるチャンスがあった方がいいだろ?」

 暗殺者は眉をしかめて、拘束された自分の体を顧みた。

「……だけど、いいのかい。君なら、一人だけでも脱出できるんじゃないか。さっき戦ってみてわかったけど、君、本当はかなりの腕前だろ? その上、一度死んでも、生き返ることができる特殊能力持ちだそうだし」

 え、この子、蘇生スキルのことを知っているの? そうか。暗殺の依頼主から、情報として伝えられていたんだな。一度死んだ後、もう一度殺せ、と。すると、依頼主は蘇生スキルの詳細を知っている人物、となるんだけど……誰だろう。山賊は、そんなこと知らないよな。でも、わざわざ殺し屋を雇ってまでぼくを殺したい人間なんて、山賊がらみ以外には考えられないんだけど。

「さすがに無理だよ。生き返るって言っても、その瞬間は眠っているような状態だからね。もう一度殺されるのが落ちだ。

 それに、ここは迷宮の中でも、かなり深い場所みたいなんだ。どうしてそれがわかったかは、秘密だけどね」

 これは、フロル情報。フロルのことは教えるつもりはないので、情報源は伝えなかったけど、暗殺者から突っ込まれることはなかった。冒険者に秘密があるのは常識で、聞かれても答えないのが当然だからね。

「もしかしたら、ボクは途中で裏切るかもしれないよ」

「それはしかたがないかな。この共闘は、『迷宮を出られるめどが付いた時』までの、時限付きのものになるだろうから。そのめどを読み誤って攻撃されるとしたら、それはぼくのミスだ」

 ぼくの答を聞いた暗殺者は驚いたような顔つきになった。そして少し考え込んだあと、こう聞いてきた。

「……もしも、その申し出を断ったら?」

「ぼくはこのまま、立ち去ることにする。申し訳ないけど、君はそのままだ。命を取ることはしないけど、ロープをほどいたり、ナイフを返したりしたりはしない。ぼくが危なくなるからね」

「それって、ぼくを殺すと言ってるようなものじゃないか」

 暗殺者は苦笑すると、

「なら、しかたがないね。協力するよ」

「え、いいの?」

「ああ。そうする方が、依頼を達成する可能性は高そうだからね」

 暗殺者はにっこりと微笑んだ。意外にかわいらしい笑顔に、ぼくはちょっと、ドキッとしてしまった。


 ぼくから提案しておいてなんなんだけど、実を言うと、こんなに簡単にOKしてくれるとは思っていなかった。断れば命がないんだから、合理的に考えれば、それ以外の選択はない。それでも、ついさっき、命がけで戦った直後なんだ。何かわだかまりのようなものがあっても、おかしくはなかった。

 あ、そうか。「命が安い」ってことは、「命がけで戦った」ことも安くなるのか。だから、仲直りも簡単になるのかもね。

「ありがとう、助かるよ。じゃ、ちょっと待ってて」

 ぼくは暗殺者に近寄って、手足を縛っていたロープをほどいた。念のため、急に襲ってきたりしないか用心をしながらだったけれど、相手はそんな素振りはみせなかった。彼女が身を起こしたところで、ぼくは右手を差し出した。

「じゃあ、これからしばらくの間、よろしくね」

 暗殺者も黙って手を出し、ぼくの手を握った。ちなみに、この世界にも「握手」はあったりする。武器を握るはずの手を出すという行為が、友好の意味合いを持っているからなのか。それとも、過去に召喚された勇者による、文化汚染の一つだろうか。

「ところで、君の名前は?」

「名前?」

「お互いを呼ぶのに、名前を知らないと不便だろ。戦いの時、連携する必要があるかもしれないんだから。あ、ぼくはユージ。もう知ってるかもだけど」

「……アネット」

「それは本名なの? それとも、仕事用の偽名?」

 少しの間を置いて、暗殺者はこんなことを言った。

「ボクたちに、本名なんてないよ」


 この後、ぼくはアネットから取り上げておいたナイフを、彼女に返した。ただし、まだ完全に信用しているわけでもないので、一本だけ。全部渡して、投げナイフをポンポンと投げてこられたら、厄介だからね。アネットはやや不満げな顔をしたけど、文句は言わなかった。ただ、ぼくがナイフの一揃いを持っているのを見た彼女は、急いで自分の体をまさぐった。お腹、太腿、そして最後に自分の股間に手をあてた彼女は、キッとぼくをにらみつけた。

「……エッチ」

「あ、はい、すみませんでした」



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