私の婚約者は明るくて人気者、でも彼の提案が私を傷つける
私はメリア・ハーゲン。伯爵家の一人娘です。
貴族である私には婚約者がいます。
婚約者を、一言で表すと、とても良い人です。
そして、致命的に私とは合わない。
顔立ちは普通、でも人気者です。
物腰柔らかな態度、何でも卒なくこなせて、明るくて、いつも皆の事を考えています。
学園に通う今も人の輪の中心にいます。
「せっかくだから、皆でやってみよう。
どうしても嫌な人は断ってくれて構わないよ」
私の苦手な事を提案している彼。
人気者の彼の大したことの無さそうな提案を断るのが、実質的にはとても難しい。それが彼には理解出来ない。
そっと輪から逃げ出すことを許してくれるならば、まだ救いはあるのに。
「メリア、君もやらないか?」
目ざとい彼は、婚約者である私を見逃してはくれません。
忙しい、用事がある、気分が優れない、そう言って断る事も出来ますが、限度があります。
少なくとも半分以上は提案を受けなければ、人気者から態々声をかけてもらったのに断った高慢な奴、そんな風に陰口を言われるでしょう。
そうでなくとも、人気者の彼と私のような陰気な者が婚約しているのを妬まれていますので。
「私は不器用ですから、皆様にご迷惑をおかけしてしまうでしょう」
今回は婉曲に断ってみました。
「構わないよ。ねぇ皆」
こう答えられるのは分かっていました。
女生徒を中心に私の先程の発言が断りである事を理解している方はいるでしょう。
断りを受けいれられないにもかかわらず、断った悪評が立つ可能性もある、良いことの無い答えの様にも思えます。
けれど。
皆で作った物の出来上がりを見ると、私の部分だけ、明らかに出来が悪いのが一目瞭然です。
「……誰しも不得意な事はありますわよ、大丈夫ですわ」
私が最初に言っておいた事が保険となって、皆にそのように慰められております。
「大丈夫、メリア。そんなに目立たないって」
いつもこんな事になっている事を、彼は気付いているのでしょうか。
彼はいつも皆に優しい人。
けれど、その皆は個々人の集合では無いのでしょうね。
少なくとも、私という個人が含まれていると感じた事はありません。
私は不器用で、周りの人と合わせる事を苦手としています。
貴族として致命的ではあります。
周りと合わせる事を得意としている彼に婿入りしてもらうのは、政略結婚として理にかなっています。
ですが、最近思うのです。
私は、いつまで耐えられるかしら、と。
苦手な事に参加せざるをえなくなって、
皆の結果と比べられて、
劣っている事を皆に慰められて、
その繰り返しに。
「次はもっと上手く出来るように頑張ろうね」
二人になった時にそっと言ってくる彼。
悪気がある訳では無さそうに見えます。
ですが。
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「では、行ってまいります、お父様お母様。
ご迷惑をおかけして申し訳ございません」
「何を言うの。気にしなくて良いの、元気でいてくれればそれで良いのよ」
「その通りだ。元気で。時々は顔を見せにきなさい」
「はい、ありがとうございます。行ってまいります」
両親と別れを交わし、今日から所属する事になった「魔術師の塔」に入っていきます。
あれから思ったのです。
もう耐えられない。
結婚してしまえば、今だけではなく、これからもずっと続いていく。
そんな人生は耐えられない。
周りと合わせる事は苦手な私ですが、一人で魔術を研究する事には向いていました。
本腰を入れて研究に取り組み、成果を「魔術師の塔」と呼ばれる国立研究機関に送りました。
いくつかの研究結果を送り、そうして努力が実り、「魔術師の塔」に所属できることになったのです。
最初の研究結果は両親に見せて、相談をしました。
婚約者ハワード・ハーゲンは、父の兄の子です。
父の兄が早世したため、父が後を継ぎました。
ハワードは、彼の母の希望で、ハーゲン姓のまま生母の実家で育つことになりました。
私とハワードが結婚しハーゲン伯爵家を継ぐのは諸々の問題を解決する良い手段に思われました。
ハワードの生母の実家が遠方だったため、学園で学ぶ頃まで実際に会う事はありませんでした。
両親には、私にとってハワードが合わない事、貴族家の女主人が私には向かない事、私が研究者になりたい事を話しました。
先ずは、学園にいる間、研究に取り組む事を援助してもらいました。
そうして援助してもらった研究結果を見せて、婚約解消を許してもらいました。
ハーゲン家はハワードに継いでもらいます。
ハワードの結婚相手は、ハワードが学園で見つけられるでしょう。
ハワードとの別れは、家の話し合いの中であっさりと行われました。
「残念だよ」
そう一言いわれました。
本当に残念そうな顔をされました。
意外ではありません。
彼は優しい人、普通のマナーを身に付けている人、悲しむべき場で悲しい顔が出来る人です。
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「やったな!メリア。大成功だ」
「ありがとう、ローラン。あなたのおかげよ」
「魔術師の塔」での生活は私の性に合っていたようで、学園での私しか知らない知人が私だと分からないほど、私は明るく過ごしていました。
「メリア。俺達、結婚しないか?
研究者同士の結婚は大変かもしれないが、メリアとならやっていけると思う」
「ローラン、嬉しい。
私、嫁ぎ遅れだけど構わない?」
「俺達、同い年だろ。
子を産む必要のある貴族の結婚じゃないんだ。
嫁ぎ遅れなんて言うなよ」
「ありがとう、ローラン」
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その後のハワードについて語っておきましょう。
ハワードは学園で出会った貴族女生徒と結婚しました。
ハーゲン伯爵家と同格の三女と聞いております。
順風満帆に思えましたが、最初の結婚相手は一人生まれた娘を連れて離婚して家を出たと聞いています。
その後にもう一度結婚をしたそうですが、程なくして子供が生まれる前に離婚。
さらに再婚相手を探すも、結婚までには至らず。
後継がいないという事で、私の息子が継ぐ事になりました。
「やあ、久しぶりだね」
「お久しぶりです」
「じゃあ、悪いけどもうこれで」
覇気の無い様子で、久しぶりの邂逅や引継ぎもそそくさと済ませて、長年住んでいたはずの伯爵邸を後にするハワード。
「ロバート、大丈夫?
ほとんど引継ぎが無かったけれど」
「母さん。
ちょっと驚いたけど、何とかやってみるよ。
実質はほとんど執事に任せてたみたいだし」
「そう。無理はしないでね」
私の両親は、ハワードに家督を譲ってからは、私達と同居していました。
私もローランも研究が忙しかったので助かりました。
息子のロバートも娘のカレンも、ほとんど両親が育てたようなものです。
昨年、高齢と病気のため相次いで亡くなってしまいました。
寂しかったですが、穏やかな最期だったと思います。
ロバートが伯爵を継ぐにあたって、私とローランも研究の第一線を引くことにしました。
そろそろ体に無理がきかなくなってきましたからね。
これからは孫の面倒を見ながら、夫との時間を過ごしていけたら良いなと思っています。
読んで下さってありがとうございます。
作者、捻くれ者なもので、
とあるサッカー選手の高校時代の美談として、
体育の時間にクラスメート全員にシュートを打たせてあげた、
という話とか見てしまうと、
それ、美談なの?とか思ってしまうんですよね。
人それぞれなんだから、ほっといてくれた方がありがたい、的なね。