第9話 問題児
「居やがるよ……」
ゲートの向こう側に『彼女』と連れが立っていた。アジア系だが目鼻立ちがはっきりしたその顔は誠から見ても『美女』のように見えた。
その『美女』の大きな目がかなめと出会うと一瞬で鋭い視線に変わる。
「西園寺さん……遅いですわよ……26秒の遅刻ですわ」
「26秒って……」
誠はその美女、田安麗子中佐の時間感覚に戸惑いながら平然と歩み寄っていくかなめに目を向けた。
「全く変わってねえなオメエは」
かなめはそう言うと長身の麗子の隣に立っている大きなカメラを抱えた女性下士官に目を向けた。
「麗子の部下か……大変だな。こいつの世話は」
とげとげしい視線を誠達に投げてくる麗子の隣で古ぼけたカメラを抱えている女性下士官にかなめは手を伸ばした。
「これは……西園寺のお嬢様」
カメラを左腕で抱え込むと女性下士官は必死の形相で敬礼する。
「いいんだよ気にしねえでも……麗子の部下だろ?名前は?」
理解ある上官の風を装って右手を差し出すかなめに向けて女性下士官は相変わらず固い敬礼を続けていた。
「は!鳥居と申します!階級は曹長です!」
鳥居曹長はそう言ってかなめの顔色を窺った。
「鳥居ねえ……あれか、麗子の被官の鳥居か?」
かなめの言葉の意味を理解できずに誠はしばらく呆然と立ち尽くした。
「あれよ、田安家は武門の棟梁、徳川家の末裔だから……鳥居と言えばそれなりの名家なんだけど……曹長ってことは……」
「神前と同じでどこか問題児なんだろうな」
アメリアとカウラはそう言いながら誠を見つめてきた。
「僕ってそんな問題児ですか?」
自分の胃腸以外に思いつくところの無い問題児扱いに誠は戸惑いながら女性上司達を見回した。
「あのう……よろしくて?」
あくまで上品にその長い髪を掻き上げながら麗子は誠達をにらみつけてきた。
「今日はアタシ達がオメエの御守だ……勝手に動き回るんじゃねえぞ」
かなめはそうくぎを刺すと麗子に背を向けて本部棟に向けて歩き出した。
「それにしても辺鄙なところ……こんな地方の工場の中にあるなんて……」
麗子と鳥居はきょろきょろと周りを見渡しながらかなめの後に続く。
「麗子様、辺鄙はさすがに……」
「ああ、そうでしたわね。ここの運用艦のある新港の方が辺鄙でしたわね」
二人は何とも言えない奇妙な会話をしながら歩いていた。
「大丈夫なの?この人」
「私に聞くな」
二人の珍妙な会話を聞きながら誠とカウラに聞こえる程度の小声でアメリアがぼやいた。
一行はそのまままるで公立学校の校舎のように飾り気の無い本部棟にたどり着いた。
「ここが本部棟だ……?」
かなめは後ろに続く麗子達に向き直ってそう言った後、急に緊迫したような表情を浮かべた。
「本部棟……ずいぶんとまあぼろいですわね」
麗子は歯に衣着せずにそう言い切った。
「そんなもん本局の予算管理部に言ってくれ。アタシ等はこれで十分なの!行くぞ!」
ぼんやりと建物を見上げている麗子の後頭部を小突くとかなめはそのまま玄関へと足を向けた。