4...ジャーキーの問題
「オマエから見て、この村はどう思う。」
ニンゲンの生皮を膝にかけてジャーキーは肘掛けに頬杖をついて問いかけてきた。サーモンはジャーキーとその奇形の子供達だけの村に何の感想もなかった。
ジャーキーの一族の村でしかない。
そんなことよりサーモンが気になるのはその膝にかけられたニンゲンの生皮の方だった。そのニンゲンの生皮は中身が綺麗に繰り抜かれていた。何の目的があって人の皮を剥いで飾るのか、戦って倒した相手を誇示するためと言うには、そのニンゲンの生皮は自慢できるほど屈強には見えなかった。
何か首に等級のある存在だったのならわかりみかもしれないがジャーキーの膝に乗っているのは子供のようにも感じた。
歳で言うと10歳ぐらいだろうか。体に装飾などもなく、高い身分を表す物はその身に一つもなかった。
森で獣に屠られて骨を転がしているような名も無い子供の死体の生皮でしかない。
それを保存しているのだがらサーモンから見るとこのジャーキーは気が狂れているとしか思えなかった。
サーモンがニンゲンの生皮から目が離せずにいるとジャーキーは「ふむ…」と呟いて、ペラペラの生皮の手を動かした。
「これが気になって俺の村には何の感想もない、と」
「現段階でオマエに対する感想は気が狂れているんじゃないのかってぐらいだ。別の相手に村長の座は譲った方がいい。オマエの一族単位でやっているならオマエらの中では何の問題も無いのだろうが、連れてきた娘達は怯えているんじゃないのか?」
サーモンはジャーキーの協力を得て自分の村の占領者達を追い出そうかと考えていたが、果たして池沼と協力関係を築いて追い出せたとしてもその後の風評被害をどう回避するのかと頭を悩ませた。
ジャーキーが連れてきた女達がこの村の実態を暴露するのも時間の問題なんじゃないのかと思った。
村は多かれ少なかれ問題を抱えているものである程度空気を読んで許しあうみたいなところはあるが、交流はお控えさせていただきたく思う、だがサーモンの村の奪還には協力してほしいと言うのが正直な気持ちだった。
「わかっている。あの娘達を逃せば問題になると言いたいのだろう?俺もあの女達が生んだ奇形の我が子を男手だけで育てて行く自信はないしな。」
奇形出産は女の落ち度と言う時代だった。
ジャーキーは草臥れた様子で肩をすくめて、食事を運んできた女達の手元は震えている。
「ならばこうしよう。彼方の俺の村を助ける代わりにウチの奇形児達をオマエの村の女達に娶らせろ。3代目になれば俺の血も薄まってマトモな人型で生まれるかもしれない。」
サーモンは嫌だと言う気持ちでいっぱいだった。
そもそも政略結婚はサーモンの村の文化にはない。
ジャーキーの手を借りれば占領者を追い出せるのかも知れないが、ウチの村の女達が暴動を起こすような気もした。
女達に占領者の方が健康でマシだと言われればサーモンがジャーキーを選ぶ理由はなくなる。
占領者を今後とも主人として傅いていくしかなかった。
「まあ、どうするかはゆっくり考えれば良い。俺は別にどうでも良い。」
ヒラヒラと手を振ってジャーキーはサーモンを下がらせた。
古い土造りの丸い小屋を宿代わりに与えられるが、村の広場で幼馴染の女が奇形児の子供達と遊んでいるのを見つけてサーモンはそこに向かった。
「もう夜も遅いしそろそろ御開きにした方がいい。」
「えーやだーまだ遊ぶー!ねえ、お姉ちゃん今日は私のお家に泊まりにおいでよ。」
指のない子供がそう言って幼馴染の女の腕を引く。
彼女は少し引き攣った困った顔をして微笑んでいた。
「こらこら、聖母の仮面がそろそろ剥げるからそのくらいにしてあげてください。」
「じゃあお兄さんがウチにおいでよ。ウチのお父さんの剥いだ生皮を見せてあげるー!」
子供に手を引かれて、サーモンは別のジャーキーのお宅にお邪魔することになった。
そこのお宅は村長宅から三軒目にあった。
ウチに入ると部屋の中央の壁にニンゲンの物と思しき一体の生皮が丁寧に開いて壁に飾られていた。
村長の家で見た物よりも大きく屈強な戦士の生皮だった。
所持する生皮の凄さでこの村でのジャーキーの階級が決まっている訳ではないらしいことがわかった。
「すごいでしょ。この生皮はすごく身分のある強い戦士のものだったらしいよ。お父さんが偶にこの戦士の皮にお肉を詰め戻して、お父さん達の戦闘訓練に使ってるんだけど、本当に凶暴でクマみたいなんだよ。」
無邪気に話す子供にサーモンは頼もしいと思う反面、お肉を詰め戻すとはどう言うことかと疑問符が浮かんだ。
この生皮の中身がまだ何処かにあって別々に保存していると言うことなんだろうか。この村の文明レベルはもしかしたら侮れないのかもしれない。未開の蛮族のように感じていたが複数人のジャーキーと言い中身を詰め戻すと生き返る生皮と言い何か妖術的な物を用いた文明が形成されているのかも知れなかった。
ジャーキーとは幼い頃から一緒に育ったし食人村の奴らとも長い因縁の中で多少は知っているつもりだったが、ジャーキーの村になってからのこの村のことはさっぱりわからなかった。
このニンゲンの生皮の刺青は食人村の彼らが好んで入れていた物だった。つまりこの生皮はこの地の先住民族の物だ。
何か妖術を用いて皮に肉を詰め戻せば奴らは蘇るらしい。
だがその方法がわからない。
ジャーキーは一体何をやっているのか。
複数人のジャーキーが現れた時から異常なことが起きているのはわかるのだが、サーモンの頭では理解が追いつかず状況を整理する必要があった。
サーモンはその夜、魘されて眠れなかった。
沢山のジャーキーと奇形の子供達が夢に出てきて、ニンゲンの生皮を抱いて愉快にサーモンの回りで踊っていた。
サーモンはとにかく心を無にしようと努めていた。
文化交流は理解までの痛みが付き物だ。
ジャーキーは幼馴染なのだがぶっちぎりで誰よりも理解不能な奴になっていた。
自分の村を傭兵崩れ達に占領されているだけでもいっぱいいっぱいなのに、更なる問題を拾いに来てしまったような気がした。
もう少しジャーキーの村に留まってジャーキーの深みにハマるか村に戻って傭兵崩れ達に相談してジャーキー村の異常事態の解決に当たって貰うしかなかった。
どうするにせよサーモンはもうしばらくジャーキー村に留まることにした。
複数のジャーキーが森で狩りをしている。
食べる物はサーモンの村と変わらなかった。
畑もやって家畜も育てているがウサギやネズミや蛇やワニも食べる。お土産のピラニアも朝食で調理して出された。
長閑な村だった。
幼馴染の女は仕事の合間にジャーキーの村の女達と話していたが、しばらくすると暗い顔をして戻ってきた。
「私達と口を聞いた女性は旦那のジャーキーに唇を縫われる罰を受けたらしいわ。余計なことを話したんじゃないかって…」
サーモンは齧っていたピラニアの骨を落とした。
SMは鞭打ちだけではなかったのか。
唇を縫うなどのジャンルもあったようでサーモンは聞いていて唇が痛くなった。
さり気無く自分の口元を手の甲で拭って、平静を保つために落ち着け落ち着けと内心で繰り返した。
「きょ、極力話さない方が良さそうだ。他の村に移動するのも手だと思うが、どうしようか。」
「ここから一番近いのは東の集落の村だけどジャーキーがそこの女性達を全員連れてきたみたいだから、今は男性しか残っていないようなことを聞いたわ。」
「…男…だけの村……」
また問題が増えた。
男だけの村に幼馴染の女を連れて行くのは如何な物か。
この村の怯えている女性達を連れて戻れば大丈夫だろうか。
だがどうやって連れて戻る。
ジャーキーの目を盗んで女性達を連れて逃げるのか。
東の村まで逃げ果せることが出来れば例えジャーキーに追われたとしてもその村の男達が撃退するだろうと思うが。
東の集落までバレずに辿り着けるのかと言えばサーモン一人では難しかった。ジャーキーが一人であれば何とかなるかも知れないがジャーキーは沢山いる。
それに今は紳士的に接しているジャーキーも女を盗まれたとあれば目の色を変えてサーモンに襲いかかってくるかも知れない。
サーモンに襲いかかってくるぐらいならまだ良いだろう。
合戦のような規模に発展したら東の村かジャーキーの村のどちらかが滅びるまでの戦になるかも知れなかった。
ジャーキーがどうやって全ての女を連れ出せたのかはわからないが、サーモンの預かり知らぬ内に東の集落の男達がジャーキーの武力に屈して女達を差し出した可能性もあった。
そんなところへサーモンが女達を独断で連れて戻ればジャーキーの支配下の村の男達はどんな対応をするのかもわからない。
でも虐待が発覚した以上、連れて戻らなければ彼女達の身が危険なのだがどうしたものか。サーモンはぐるぐるした。
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