2...侵略者と暗れる世界
「今日何食べる?」
「焼きネズミと焼きガエルでいいんじゃね?」
「了解、じゃあ狩りに行くか。」
ジャーキーと村の若い奴らと共にサーモンは狩りに行くことにした。槍を持って平原で巣穴を掘って野ネズミを探す者、古池でどぶさらいをしてカエルを探す者。
「カエルは見つけられなかったが土ナマズ捕まえたぞ!」
「おお、コイツは大物じゃねえか。」
「空芯菜、摘んできたぞ。」
遊びと言えば狩りだった。
食材を集めて村に持ち帰って調理して村人に振る舞う生活。
「魚とんならもっとこんな仕掛けとかどうよ?」
竹を割いて手早く編んでいくサーモン。
口の小さな筒状の形にして餌になる小海老を中に入れて仕掛け蓋を閉じて池の底にセットした。
「そんなもんに魚が捕まんのか?」
「見てろってネズミ捕まえてる間にわんさか入ってるからよ。」
「てかオレ、カエル食いたかった…」
村の規模は大人40人と小人が10人弱だった。
ナマズなら20匹ほど必要でネズミも大きさや調理法次第だが5〜6匹は必要だった。農作物は村の周辺に植えている物がいくつかあり、主食は餅米やモロコシ、水田が大雨に見舞われて不作の時は芋なども食べた。大雨以外にもバッタの襲撃にあった時は増え過ぎたバッタを食べた。コオロギなどもある程度量を手に入れるのは難しいが纏まった奴らが手に入った時は調理して食べていた。
虫捕りは主に子供がやってる。とても根気のいる作業だった。
夕方頃には狩りを終えて村への帰路に着いた。
帰り道を仲間と共に歩いていると村の方面から煙が上がっているのが見えた。何やら悲鳴が聞こえ、皆一斉に槍や弓を構えて走り出した。
「テメーらどこのもんだっ!」
見覚えのない顔ぶれのもの達が村を焼いて、女子供を蹂躙して殺していた。隣村の奴らではない。隣村の奴らはジャーキーが全て食ったと言っていた。村を襲っている奴らは見慣れない装備で身を包んで顔も鉄仮面で覆っていた。
それは遥か遠い地域にある大国の傭兵崩れの者達だったのだろう。
家族が蹂躙され殺されているのを見て、若者達は怒髪天をついてならず者達に襲い掛かっていた。
「待てお前ら!」
サーモンが止める間もなく若者達は硬い装甲に槍も弓も届かず剣で斬り伏せられていた。
そんな中ジャーキーは殺されてしまったらしいもう1人の自分の元に向かっていた。
「仮にもオレが戦えなかったとか…」
信じられない気分でジャーキーはもう1人のジャーキーを見詰めていた。隣国から助っ人となる自分を呼び寄せることもせずに死んでいた。せめて食われていればまだマシだったんだろうが根暗のジャーキーは自身の肉片を相手の口に捩じ込むことすら出来ずにただ殺されたらしい。
ジャーキーにとってもう1人のジャーキーは感覚の一つだった。
元々鈍く眠らされっぱなしの個体だったがそれが一つ消えた。
「+*^%#=€$*%#{=;>‘$€€」
傭兵崩れが嘲るように何かを言って笑っているがジャーキーにはその言葉がわからなかった。相手に関して情報が足りないからだ。
奴隷にでもして連れて行ってくれるのが相手を知る上で一番手取り早かったのだが、この傭兵崩れ達は奴隷を捕らえにきた訳ではないらしい。見たところ村人を全て殺す気もないようで殺されていたのは老人や障害を持つ者ばかりだった。
そのポジションにどうやら自分達が滞在する間、置き換わりたかったらしい。言葉が通じないためか、傭兵崩れはジェスチャーを交えて、言うことを聞け、でないとこうだ、と切り殺された仲間を指差して身振り手振りで伝えてきた。
傭兵崩れが村を襲撃した意図はわかったがサーモンは内心ハラハラした。傭兵崩れが何処の何者かわからないためだ。味方はどれくらいいるのか。見えてる分だけなのか。他にもまだ何処かに隠してるのか。今後増える予定なのか減る予定なのか。
何にせよサーモンは受け入れたくない気持ちでいっぱいだった。
サーモンの思いとは裏腹にジャーキーは率先して歩み寄って行くと傭兵崩れ達の前に膝を折った。
ジャーキーにとってこの村の者達は実のところどうでも良かった。
ただ自分の感覚を一つ潰されたため奴らの感覚も一つ潰してやらなければ気が済まないだけだった。その為ならこの村の連中を皆殺しにしたって構わなかった。最悪隣村から呼び下ろせばいいからだ。
もしこの村が全て食い潰されればジャーキーは隣村の自分達を周辺の村へと流し込んで更にそこを支配する。相手が飽きるまで延々と同じことを繰り返すだけだった。
傭兵崩れ達は村の女達を侍らせて王者のように君臨していた。
ジャーキーは水田を耕す為の牛すら潰してならず者達にご馳走してその傍らに番犬のように仕えていた。
サーモンは与えられた役割である死体の埋葬を行いながら、親しくしていた女をも手ずからひん剥いて差し出すジャーキーの姿に裏切り者と感じてならなかった。自分の両親が吊し上げられてダーツの的にされて居てもジャーキーは気にした様子もなかった。
元々ジャーキーの両親はジャーキーと共にいた頃から疲れ切った顔をしていたが、今ではダーツの的にされても殺してください殺してくださいと手を合わせて力なく囀ることしか出来なくなっていた。
昔からジャーキーは奇異なところのある奴だと思っていたが、まさかここまでとは思わなかった。
サーモンは込み上げた怒りを何処にぶつければいいのかわからなかった。
ノリノリで村人を折檻にかけるジャーキーの姿に傭兵崩れ達はクレイジーピープルと言ってショーを見るように手を叩いて喜んでいた。ダメだ。そんなことで喜んでいては…。
サーモンは傭兵崩れ達をせめて正義の側に立たせる心境にしたかった。そんで悪いジャーキーをブチ殺して欲しかった。
ジャーキーは死んでも隣村にいくらでも変わりがいるのだ。
他の村人達とは違う存在だった。
どれくらいの年月が経ったのか。
サーモンは傭兵崩れの指示で植えた葡萄を採取して酒を作っていた。村の女達は傭兵崩れとの間に出来た子供を抱えていた。
無秩序だった村が子供の存在で少し秩序を取り戻してきたような気がした。
ただ、村の男で生かされているのはサーモンとジャーキーだけだった。サーモンは絶え間なく雑用を押し付けられていた。
狩りは傭兵達も手伝ってくれるようになったが掃除や畑の手入れなどは全てサーモンの仕事だった。
ジャーキーはと言えば、傭兵崩れをたらし込んで昼夜問わずに寝所で遊んでいた。サーモンはまさかジャーキーが男色もイケる口だとは最近まで知らなかった。
何でもありだな。ジャーキーは友人だがサーモンは労働疲れでそう下世話に嘲笑するような感情が込み上げていた。
いつまでこんな日々が続くのか。
きっといつまでも続いて行くのだろう。
いつか自分やジャーキーが死んでも傭兵崩れが年老いて死んでも残った子供達がここで生きて行く。
村は存続して続いて行くのだ。
そう思った矢先に事件は起きた。
ジャーキーが傭兵崩れから贈られた装飾品の髪飾りで子供の目を突いて殺したのだ。自分が子供を作れない故のヒステリーだったのかも知れない。
その事件でジャーキーは傭兵崩れから酷い折檻を受ける羽目になったがジャーキーが心を掴んでいたリーダー格の男がジャーキーの処刑を止めていた。うちのキャットが申し訳ねえなとか言いながら、だがガキはまた作りゃ良いじゃねえかと笑っていた。
サーモンはジャーキーに殺された子供の埋葬を行ったが墓前で何を祈れば良いのかもわからなかった。
ジャーキーの心を傭兵崩れ達が嫉妬深い女にしてしまったことをだろうか?それともジャーキーが元々堪え性のないイカれ野郎だと言うことをだろうか?反吐が出る。
このところのサーモンはおおよそ好きだと思える物が何もなかった。家族は死に絶えて、唯一の同胞のジャーキーも醜悪な有り様だった。
子供の埋葬を終え、サーモンは暇を見つけて川縁で道草を食っていた。ブチブチと草をむしっては川に投げ込んだ。
不貞腐れていたのかも知れない。
「サーモン、こんなところにいたのね。探したわよ。」
村の女だった。
サーモンが昔付き合っていたことのある女だった。
隣に腰掛けてきた女からサーモンはさり気無く距離を取った。
「何の用ですか?奴隷にみだりに声をかけたらお仕置きされてしまうかも知れませんよ。」
「夕食を持ってきてあげたの。それに貴方なら大丈夫でしょ。彼等に信用されているもの。」
信用と言うのが繁殖しないことを言うのであれば、その通りだろうと思った。ねえ、と言って女はまたずいっと傍に寄って来た。
近付いた分だけサーモンは横に移動した。子供が殺されたと聞いてまだそんな気になれるのかと思う。
「貴方が嫌だと言うなら、もう耐えられないと言うなら…私を連れて逃げない?」
心細げに呟く女を見て、サーモンは今日が自分の命日かと思った。
女の首元や手首にはよく見ると暴行を受けたようなアザがいくつも散らばっていた。
要するにこの女が逃げたがっているのだろうとサーモンは解釈した。女が他の村に親類がいるなら逃げるのもそう難しいことでは無いと思う。だがこの女にも自分にもそんなものはなかった。
ではジャーキーが牛耳っている隣村ならどうだろうか。
この川を跨いだ先の森の中にある村だった。
川越ぐらいなら手伝えるかも知れないが、見付かれば2人ともタダでは済まない気がした。
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