20.ルーエンブル領決戦前夜
前回のあらすじ
グレイ・オーネストが裏切ったのはクリスタリア王の作戦だった
それを知ったリーネは仕方なく手を貸すことにしたのだった
決戦前夜に俺はリーネに水浴び場に呼び出された。
周りは薄暗くあるのは月明かりのみだ。
他の人間は誰もいないようだな。
しばらく待っていると酒とグラス二つを持ったリーネが現れた。
リーネはまるで悪い事をしている子供のようにニヤニヤしながら近づいてきた。
「飲めるわよね?」
「足りないぐらいだな」
「決戦前夜なんだからこれぐらいで我慢しなさい。終わった後でいくらでも飲んでいいから」
「じゃあそうさせてもらおう」
互いのグラスにお酒を入れ、グラスを軽く互いに当てて乾杯の合図をした。
リーネはグラスに注がれたお酒を一気に飲み干した。
俺も負けじと一気に飲み干した。
互いにお酒が入って話を切り出しやすい感じになった。
「俺を呼び出した理由を聞こうか」
「ゲイル、私と一緒に戦おうとしていることに後悔はない?」
「後悔? 何言ってんだ。俺の目的を知っているんだろ? 復讐の機会をくれるんだからむしろ感謝しているぐらいだ」
「でもゲイル、ハユちゃんはどうするの? あなたの復讐に巻き込むつもり?」
リーネは俺の目を見ながら疑問をぶつけてきた。
だが酒が入っているせいなのか、不安なのか時々俺の目から目をそらしていた。
「なんだリーネ、ハユの事を後悔しているのか?」
「疑問を疑問で返さないで! ちゃんと答えて!」
「なあリーネ。ハユをここに置くことを決めた時点でもう巻き込んでんだ。ハユだけじゃないぞ。ここの隊の連中もレジスタンスの連中も戦って殺した連中もお前の・・・いや、俺達の復讐にもう巻き込んでんだ。今更後悔なんて許されないぞ」
「わかってるわ! でも! 負けた時の事をどうしても考えてしまうの! 負けた時、ハユちゃんだけじゃない隊の皆やお父様の意志だって消えてしまうって考えると震えが止まらないの!」
「リーネ、お前はいざという時には男顔負けの度胸を見せるのにこんな時に弱音か・・・。そんなにお前の作戦は自信がないのか?」
「そうじゃないの。作戦は完璧よ。付け入るスキはないわ。でも、万が一があった時って考えるとどうしても・・・」
リーネは手を握りしめながら俯いていた。
自信はあるが経験が足りないゆえの不安か。
戦争なんて経験が無いんだから当たり前か。
じゃあここは戦争経験者の俺からいいアドバイスをしてやろう。
「リーネが考え付かない万が一か・・・。それが起こったらもう諦めろ」
「な!? 諦める!? できるわけないでしょ! 命がかかっているのよ!」
「考えても考え付かないんだろ? 諦めるしかないだろ。お前は神じゃないんだから。ミスもある。それにな、これで失敗しても誰もお前を恨みはしないさ。全員で考えて全力で作った作戦だ。どう転んでも本望だろ?」
俺の話を聞いたリーネは今までの不安な顔が吹き飛んだような良い笑顔で笑っていた。
「・・・そうね。ねえゲイル、どうしたらそんなに楽観視できるのかしら?」
「戦場を渡り歩いているとな諦めないといけない事が多すぎるんだ。だからどうにもできないことは諦めることにした。ただそれだけだ」
「その意見は参考にさせてもらうわ」
「不安は取り除けたか?」
「ええ、あなたの言う所の諦めたってところかしら」
「話はそれだけか?」
「そうねえ、今日の私はお酒が入っているから何でも喋っちゃいそうね。何か聞きたいことはあるかしら」
聞きたい事か・・・。
酒が入っているから本当に何でも聞けそうだが・・・後が怖いからやめておこう。
俺は一番気になっていることをリーネに聞くことにした。
「六国大戦とはどういう戦いだったんだ?」
「詳しく話すと長くなるから端折るけど、併合前は六国あったの、海上を支配するセントラル王国、六国最大級の土地を持つグランド王国、六国最大の戦闘力を持つ日輪国、国に法というものが存在しない犯罪国家エーデンバルト王国、全ての国と貿易関係を結ぶ商人国家ヒューゲルト王国、六国の中で異世界武器の最大所持数を誇るファリス王国よ」
「いや、待てよ。クリスタリア王国が無いじゃねえか。どういう事だ?」
「ハルト・クリスタリアはファリス王国の辺境貴族の弟だったから、クリスタリア王国は後から出来上がるのよ」
「つまりハルト・クリスタリアはファリス王国を乗っ取ってクリスタリア王国に変えたって事か?」
「そうよ。そして六国大戦の火蓋を切った張本人よ」
「その張本人が結局すべての国を支配したっていうのか・・・。無茶苦茶だな」
「無茶苦茶よね。それでも最後は国のために国を他のやつに簡単に明け渡すわけのわからない男よ。本当に何がしたいのかわからないわ」
辺境貴族が国を乗っ取ってそこから他の五国を相手に戦争仕掛けて勝つか。
確かにハルト・クリスタリアの強さは常軌を逸している。
だが、それだけであそこまでの信頼を勝ち取ることが出来るのだろうか・・・?
「六国大戦については大体わかった。だが一つ疑問が残る。ハルト・クリスタリアが信仰に近いレベルに信頼されている件だ。敵の作戦を読んだ作戦を実行したとはいえ、それでそこまでの信頼は獲得できないはずだ」
「その信頼にはクリスタリア王国が一国に統一した時にできた宗教が関わっているわ。それが予言神フュージストを崇めるフュージスト教よ。彼らは瞬く間に勢力を伸ばして行ったわ。彼らが崇める神は空想とわかっててもね。そのフュージスト教がハルト・クリスタリアは予言神の使徒だと触れ回った結果、今のような信仰に近いものが出来上がったってわけ」
「ハルト・クリスタリアは意味不明な宗教の山車に使われて何も思わなかったのか?」
「さあ、結局お父様の言動には物凄い力を持つことになったしむしろ感謝してるぐらいじゃないかしら」
「それを考えるとハルト・クリスタリアがフュージスト教を作った可能性があるんじゃないか?」
「わからないわ。でも可能性はあるとしか・・・」
さすがにわからんか。
だがこれがすべて最初から計画されているものだとしたら恐ろしいな。
「そうか。それだけわかれば上等だ」
「他に知りたいことは無いかしら」
「最後に一つだけ聞いておきたい」
「何?」
「ダリウス王国に復讐を遂げた後、リーネは何をするつもりなんだ?」
「何? もう終わった後の事を考えているの? 早いわよ」
「これはただの希望さ。終わりの果てに何も無いんじゃあ途中で心が折れちまう」
「それもあなたの戦いの経験かしら?」
「ああ、そうだ。戦って死にかけた時にこの世に留まるための方法だ」
「そうねえ、全てが終わった後・・・。海に家を建ててそこでゆっくり生きていきたいかしら」
「良いじゃねえか」
「ゲイルは何かあるの?」
「俺か? 今の所はあんまり思いつかないな」
リーネは突然顔を近づけてきた。
「何? 私だけ言い損じゃない。言いなさいよ! これは命令よ」
「命令じゃあ仕方ないな。そうだな・・・世界を見てみたいかな。この世界については全然知らないからもっと見てみたいな」
「いいわね。じゃあ、互いの希望が叶うように祈りましょ」
「ああ」
静寂が包む夜にグラスが軽くぶつかる音が鳴り響いた。




