どうということのない女子高生の日常
ちょっと長めなので、時間を持て余して、どうしてもやることが無い時にでもお読みください(*'ω'*)
「――それは、天上の白き宝玉と呼ばれていた」
「……はい?」
突然、謎の詩を投げかけられた私は、思わずアホを見る目で、その発信元を見上げた。
ポヨ美こと佐倉豊美は、日々、何かしらの話題に飢えた女子高生だ。常に雑誌をめくりにめくって都市伝説だの伝承などを掘り起こしては、こうして私を巻き込んで、話題の種にする癖があるのだ。
暇な時なら構わないけど、正直、今は眠いから勘弁してほしい。昨日の深夜番組が野球の延長のせいで1時間後にズレてしまったのだ。番組を追って夜更かししたがために蓄積された私の睡魔は、この貴重な休み時間に少しでも解消しなくてはならないのだ。
これは今日の私に課せられた重大任務なのだ。他事に変えることはできない。
「だーかーら、ほら! この本見て!」
「んー、はいはい」
「こら! なんで言葉で肯定しつつ寝る姿勢に入る!? 私の話を聞いてよ!」
「んぁー、今日は眠いんだってぇ……ほら、明日また聞いてあげるから」
「明日、土曜じゃん!」
「じゃあ来週の土曜に聞いてあげるから」
「いやいや、一番変えるべき曜日が変わってないよ!」
「…………」
私はポヨ美のツッコミに返事することすら億劫になり、そのまま机に突っ伏して夢の世界へと旅立とうとする。
「ねぇねぇ、コットン~」
「…………コットン言うな」
コットンとは、ポヨ美がこの私――三島琴美に名付けた不名誉な渾名だ。私はこの渾名が非常に嫌いだ。理由は明確に覚えている。
いつだったか、私がトイレに行こうと席を立った時、ポヨ美が何をトチ狂ったのか「ボットン、トイレに行くの~?」と言い間違えやがったのだ。おかげさまで一時期「ボットン便所」と揶揄われることがあり、非常に遺憾であった。
それ以降、その名で呼ばれると「コットン言うな」と脊髄反射で答える体質になってしまった。
当時は駅前の1つ1300円の高級クレープを慰謝料代わりとして手を打ったが、あの時に「二度とコットンと呼ばない」契約も結んでおくべきだったと今も後悔している。ポヨ美はこの呼び名が気に入っているらしく、何度言い聞かせても言い改めないのだから困ったものだ。
ああ、いかん……余計なことを思い出したら、怒りで目が覚めてきた。このポヨポヨン・ポヨ美、どうしてくれようか。
「ねぇーってばー」
「ええい、至高の休み時間をポヨ美の娯楽なんぞのために割けるかっての」
「ポヨ美ゆーな!」
ポヨ美とは、私が佐倉豊美に与えた名誉ある渾名である。このポヨ美だが、私は実に気に入っている。
ポヨ美は世間一般で言う――ポッチャリ系である。ポッチャリ系の豊美。略してポヨ美。実に理に叶った渾名だと、私は自身のネーミングセンスに戦慄を抱かざるをえないほどだ。これだけの芸術を廃れさせるわけにはいかないから、ポヨ美に何度「言うな」と言われても言い続けるのだ。
………………あれ、私たちもしかして似た者同士?
まあいいや。
そんなことより目が覚めてしまったことの方が重大案件だ。
「くっ……変なところで眠気が飛んじゃったじゃない。次、念仏お経で有名なサトセンの現国じゃん。授業中に寝落ちしたら、どう責任取ってくれるのさ」
「大丈夫大丈夫。授業中にこの課題解くのに集中してれば、眠気も吹っ飛ぶって」
「はぁ、課題?」
「さっき言ったじゃん!」
「あぁ……ええっと、なんだっけ。天空の城、だっけ? 今日の夜の映画はアニメじゃなかったと思うけど」
「天上の白! 天上の白き宝玉、だよ!」
「はあ……いや、ごめん。マジで急すぎてサッパリ意味が分からんのだけど。なんなの、その謎ワードは……」
「だから、これだって!」
ポヨ美は手に持っていた雑誌の両端を開き、見開きのページを私に見せてくる。
そこに記載された内容は、どうやら年頃の女の子が好みそうな「占い」だったり「運勢」だったり……その中でも「特集!」と題されて、デカデカと書かれている言葉があり――それを読み上げてみた。
「なになに……えーっと『それは、天上の白き宝玉と呼ばれていた』――この言葉から連想する物を見つけ出せ? それが今日一日のアナタの運勢を幸運へと引き上げることでしょう! ……ナニコレ?」
「だから、幸運へ導くラッキーワードだよ! この言葉から連想できる物を見つけた時、今日一日は幸せいっぱいの一日になるって寸法さぁ!」
「ええと……で?」
「ふっふっふ、今日の行動指針はコレよ! 私とコットンでこの言葉から連想される物を見つけだすのよ!」
眠気はもう吹っ飛んでしまったため、この休憩時間で寝る気はもう無いけど、ポヨ美の話にも中身は無さそうなので、私は無言でトイレにでも行こうかなと椅子を引いて立ち上がる。そんな私の肩をガッとポヨ美が掴んできた。
「待て待て、待ちなさい、コットン」
「コットン言うな。ったく、何なのよ……別に頭の上にお花畑咲かせて幸せ探しに行きたいなら、一人で行けばいいじゃない」
「一人だとつまんないじゃん」
「興味ないもんに付き合わされる私は、もっとつまらん」
「だったら興味持てばいーじゃん」
「……」
コ、コイツ……自分本位な部分はとことん暴論で突進してくるな。まあ分かっていたことではあるけど。
さて、ここで「やろうよ」「嫌だ」の論争を続けても、不毛な結果になることは過去の経験上、身に染みて分かっている。結構毒舌な部類だと自覚ある私の言葉すら跳ね除けて直進してくるのが、このポヨ美なのだ。なので――私はいつもこういったケースには「交換条件」をポヨ美に叩きつけるのだ。
「ふーん……それじゃ、ポヨ美にも"興味"持ってもらおっかなぁ~」
「……う、な、なに?」
意味深に口の端を上げた私に嫌な予感でも抱いたのか、ポヨ美は引き攣らせた笑みのまま、一歩後ろに下がる。
「今度さぁ~、駅前で上映される映画の中で見たいもんがあってさ~」
「…………ま、まさか、ホラー……じゃないよね?」
「そのまさかだよ」
「うぇ!? や、やだよ! コットン、私がホラー苦手なの知ってんじゃん!」
「大丈夫、大丈夫。邦画じゃなくて、洋画の方だから。洋画ホラーなんて、ハリウッドのアクション映画と何ら変わりないから安心だよ。あと、コットン言うな」
「んな感性持ってんのは、アンタだけじゃ!」
「え~、そうなの? つまりポヨ美は自分の興味あるものは無理やり付き合わせんのに、私の興味あるものは付き合ってくれないんだぁー。それって酷くない?」
「うぐっ……」
ポヨ美が出す答えは十中八九分かっているけど、私はあえて追撃を加える。
「ポヨ美がホラー映画一緒に見んの付き合ってくれんなら、アンタのその幸運探しにも付き合ってあげていーよ」
「…………ぐぅ、ぐぬぬ……」
額に脂汗を光らせつつ、ポヨ美が出した答えは――、
「わ、分かったわよ……でも、今日は私の方に付き合ってもらうからね!」
「はいはい」
あしらうように手を払っていると、休憩時間の終わりを告げるチャイムが教室内に鳴り響いた。
「あぁぁ~……コットンが無駄に粘るから、貴重な休み時間が終わっちゃったじゃない~」
「コットン言うな。ていうか、そりゃ私の台詞だ」
「アンタもポヨ美ゆーな。それより! サトセンの授業中に何か連想できる身近なものないか、考えておいてよ~! ノルマはそれぞれ一つずつ、ね!」
「分かった分かった、ほら、サトセン来るからさっさと席に戻りなよ」
「はぁーい」
ポヨ美が言い終えるや否や、ドアが開いて、廊下からサトセンこと佐藤先生が教室に入ってくる。それを確認したポヨ美含めた生徒たちは蜘蛛の子を散らすように、自席へと慌てて戻っていく。
「おい、授業始めるぞ。さっさと席に着け」
サトセン、滑舌が悪いから何言ってもお経に聞こえちゃうんだよなぁ……なんてことを考えつつ、私は筆箱からシャーペンを手に取り、教科書を開いた。
***********************************
授業終了のチャイムが鳴り、サトセンが教室を出ていくと同時にポヨ美が襲来してくる。
「休み時間だよ!」
「元気だねー。私は再び襲い掛かる睡魔との戦いで疲労困憊だっていうのに……」
「知らん!」
「そりゃそうだけど……なんか言いきられるとムカつくわね……」
「そんなことより、コットン! ノルマ発表の時間だよ!」
「コットン言うな。えぇーっと、なんだ、天丼の具材に白子が合うか合わないかって話だっけ?」
「天上の白き宝玉!」
「はいはい」
椅子の背もたれに肘をかけ、私はやれやれとため息をついた。
「そんだけ勢いづいてんだから、アンタ、何かしら一つぐらいは思いついたんだろうね?」
「え?」
私の言葉にポヨ美はピタ、と体の動きを止め、視線を泳がせる。
コイツ……まさか、私にノルマだのなんだの言いつつ、何一つ思いつかなかったんじゃ……。
私の胡乱な視線を受けたポヨ美は頬肉を揺らしながら、動揺を隠さない。
「ま、まぁ……もっちろん、私は思いついてるけど? けど、私の思い付きは……ねぇ? なんつーの、天下一品っていうか、す、素晴らしすぎて聞いたら耳が腐るっていうか……」
「いーから、さっさと言いなさいよ」
「コ、コットンが言ったら私も言う!」
声を裏返しながら、そんなことを言ってくるポヨ美に私は「ふぅん?」と笑った。
「そりゃ楽しみだね」
私は椅子から立ち上がり、そのまま廊下へと出る。一瞬固まったままのポヨ美は慌てて私の後をついてきた。
「ちょ、どこに行くの?」
「え? だからノルマ達成にだよ」
「へ?」
「教室の場合、蛍光灯だからね。あれじゃ連想とは言いづらいから、最適な場所に行こうってわけさ」
「へ、へ?」
「えっと、確か…………あぁ、ここ、ここ」
私は歩いて間もない場所――同じ一階の奥にある宿直室の前まで移動した。背後のポヨ美は首を傾げて「え、昼寝すんの?」と聞いてくる。んなわけあるかい。この時間は宿直室は鍵が閉まったままだから、中に入ることはできない。私の目的はこの部屋の前――その頭上だ。
「ほれ」
私が頭上を指さすと、ポヨ美もそれに釣られて視線を上げる。
「これが私の連想した『天上の白き宝玉』ね」
「これ――って……」
私の人差し指が向く方向には、何の変哲もない存在が一つだけ。ポヨ美は私の言いたいことを徐々に理解してきたようで、やがて口を大きく開いて、私の方へと向き直った。
「ただの電球じゃない!」
「なによ、ちゃんと特徴捉えて真ん丸いじゃない。『天上の白き宝玉』にピッタリじゃない。教室は蛍光灯で細長いから、ちゃんと電球がある場所を思い出して案内してきたのに」
「えぇぇぇ~……」
「なによ……その不服に満ち溢れた反応は」
「だってぇ……なんだか夢が足りない気がするぅ」
「はぁ? 太陽の光か、火を起こすことでしか明かりを手に出来なかった原始時代の人類から見りゃ、夢どころか奇跡にも等しい文明の発展の証でしょーが。これのどこが夢が足りないって言うのよ」
「だって私、現代人だもん!」
「……ふぅん」
腕を組んでもう少し言葉を返そうかと思った私だが、ここは手法を少し変えることを思いつく。
「そこまで言うなら見せて欲しいなー、ポヨ美の言う現代人らしい"夢"のある連想結果をね」
「えっ」
「文句があろうとなかろうと、私は自分の連想したものをきちんと見せたんだ。ポヨ美ちゃんも当然、見せてくれるよねぇ? そういう約束だったもんねぇー?」
「…………」
こら、スマホ開いて時間確認すんな。私の体内時計ではまだ休み時間は4分ほど余っているはずだ。
そのまま20秒ほどポヨ美は思考を必死に巡らせていたようだが、ついに観念したのか、ゆっくりとポチャ顔を上げて、口を開いた。
「わ――」
「わ?」
「私の連想したものは……えっと、じゅ、準備に時間がかかるのよ。ふ、ふふっ、放課後になったら教えてあげる!」
想像以上に負けず嫌いだな、コイツ! ふん、だったら私も遠慮せずに圧力をかけさせてもらおうかしら。
「……ほぅ、そりゃ楽しみだね。準備に時間がかかるなんてもの、私には想像がつかないから、実に愉しみだわ。ふふふ、ポヨ美ちゃーん、せいぜい私の期待を裏切らない、素敵な夢にあふれたものを紹介してくれることを心待ちにしてるわぁ」
「……うぐ、ま、任せなさい!」
これでよし。
ま、どーせ、大したもんは望めないだろうから、こうしてポヨ美のリアクションで楽しんでいく方向で今日は過ごしていくとしよう。
――その後は授業を淡々とこなし、昼休みに一緒にご飯を食べ、食後の睡魔と戦いながら――私たちはようやく放課後を迎えることとなる。
***********************************
――放課後。
まるで断頭台に向かう罪人のような表情のポヨ美の前に、処刑人のごとく残忍な笑みを浮かべた私が立ちふさがる。
「さて、ポヨ美。答えを聞かせてもらおうか」
私は鞭のごとく、30センチ定規の側面を反対の掌にペシペシと叩きながら、最後の言い訳を聞くつもりで尋ねた。
しかし予想外にもポヨ美は追い詰められた表情を見せつつも「いいわ……ついてきなさい」と踵を返す。
あれ、どーせいつも通り泣きついて終わりだと思ったのに、もしかして本当に何か思いついたのかな?
「……」
「……」
窓の外では部活動に勤しむ生徒たちの声が響いている。逆に校舎内は人の数がまばらになっていき、私たちの歩く靴音が聞こえる程度には静かになってきた。
11月上旬になってから、徐々に夜の時間が長くなっていき、春や夏であればまだ明るかった時間帯だというのに、外はもう夕焼けの黄昏色を見せ始めていた。
どこに行くのかと思えば、ポヨ美は階段を上り、二階へと上がっていく。
踊り場の窓から背の低くなった太陽の光が差し込み、私は目を細めながら彼女の背中を追いかける。
やがて辿り着いたのは――化学準備室だった。
「…………」
なぜに化学準備室? という視線を向けるも、ポヨ美は口元に指を当て「しーっ」というジェスチャーをしてきた。
この学校に化学室を使った部活はない。だから授業の無い放課後は鍵が閉まっているはずなのだが――ポヨ美がそーっと扉を開くと、何の抵抗もなくその扉は横へスライドしていき、私は思わずその光景を何度も瞬きして見てしまう。
鍵のかけ忘れ? 不用心な。まぁ……化学準備室に用事なんて元々無いから、そんなに気になる話でもないけど。
ポヨ美は僅かに開いた扉の隙間にスパイ映画宜しく、身を滑らそうとするが――その豊満な腹部の肉が邪魔をして扉に引っかかる。それでも無理に通り抜けようとしたがために、足をもつれさせた彼女はベチャンと派手に転び、圧迫された贅肉はその圧に刃向かうように反発し、ガダァンと大きな音を立てて扉を弾いた。
私たちは弾かれた反動で未だにガタガタと揺れている戸口に、視線を向けた。
自身の腹部と、弾かれた扉を交互に見比べたポヨ美は、何を思ったか、キッと私を睨みつける。
「……コットン、大きな音を出さないでっ!」
「哀れ過ぎてツッコめないわ……」
「ツッコんで! ツッコんでくれないと、私っ……私っ……!」
「ええい、誤解招くような発言してないで、とっとと中へ入れ!」
私は出入口でモタモタするポヨ美の尻を軽く蹴り、さっさと化学準備室に入って扉を閉めた。ちょっと立て付けが悪くなってるな。どんだけの衝撃で扉を弾いたのよ、まったく。
……これからのポヨ美の行動が読めないから、念のため鍵も閉めておこう。
「コットン、こっちよ……」
まるで先ほどの醜態は無かったかのように、ポヨ美は声を潜めてゆっくりと窓際へと向かっていった。あの悪い意味で前向きなポジティブ思考は、素直に凄いなと思ってしまう。
「コットン言うなっての。はぁ……こんなとこに来て、一体何があんのよ」
「ここの窓から良く見えるのよ……」
「何が?」
「見れば分かるよ」
そう言われ、ポヨ美が指さす先を窓際から覗き見る。
視界の先には……同じ二階のとある部屋が見えた。この学校はコの字を描く形をしていて、こうして内庭側の窓から反対側の校舎を見ることができるのだ。
カーテンは開いており、部屋の内装が少しだけ見えた。あれは……確か校長室? よく見れば窓際に御立派な黒塗りの椅子があり、そこには誰かが腰かけているようだ。誰かって――まぁ校長に決まってるんだろうけど。
「これは……私が持つネタの中でも強力な部類に入る一つよ。放課後までこれをコットンに見せるかどうかずっと悩んでいたけど、ついに明かすときが来てしまったようね……」
こやつは真顔で何を言っているんだろう。
目一杯の冷めた視線は気付いてはもらえず、ポヨ美は「あっ」と声を上げた。
「始まるわ、コットン!」
「はぁ……なんで私はこんなことをしてんだろ……」
そう愚痴りつつもポヨ美の指示通り、校長室――の椅子に座る校長の後頭部を眺める。校長はご立派な執務机の上にスタンドミラーを置き、おもむろに自身の生え際へと指先を持って行き――、
「…………へ?」
そこに見えたのは、カツラを外し、蒸れた頭部をハンカチで拭いている校長の姿だった。人の頭部ってあんなに光を反射するんだ、と良く分からない感心をしつつ、太陽の光を微妙に反射する校長のハゲ頭をまじまじと見つめてしまった。
やがて校長はカツラを再び装着し、鏡を覗き込みながら位置を微調整し、満足そうに頷いてから席を立って行った。
「……」
「どう!?」
まるで渾身の一発芸でもかました後のような満足感に満ちた声を上げるポヨ美を、私は胡乱げに見つめた。
「どうって……まぁ驚いたことは驚いたけど」
「でしょ!」
「えーっと……」
私たち、ここに何しに来たんだっけ。
私は思わず眉間を摘まみながら、色々と思うところを全て込めた大きな溜息を吐いた。
「……アレの何処が白いナンチャラなのよ」
「光ってたじゃん!」
「いや……まぁ、そりゃ光ってたけど、え? まさか、マジでアレがポヨ美の考えた答えってわけ?」
「残念な人を見るような眼で見ないでっ!」
うわぁ……まさか自信ありげに見せられた解答が、こんな意味の分からんものだったとは。この光景を見て「天上の白き宝玉」と繋がるような思考お持ち主は、きっとこの世でポヨ美ぐらいしかいないに違いない。
「な、なによぅ……こちとら必死に考え抜いた結果だっていうのにー! 私の秘蔵ネタの一つでもあったんだよ!」
「私の校長を見る目が変わった、っていう点で言えば、効果はあったと言えるけど――どう考えても、宝玉なんて言えんでしょ。しかもどこが天上なのよ。校長室、二階じゃん」
「あ、馬鹿にしたわね! ちゃんと授業中に調べたんだから!」
そういってポヨ美はポケットから取り出したスマホの画面を見せつけてくる。
そこには「天上」の意味が書かれたサイトが開かれており、その中の一つに「2階。階上。」という文言があった。
マジかー。
それで"2階"の"反射する校長のハゲ頭"を――"天上の白き宝玉"に繋ぎ合わせたと?
そんなん微塵も連想できんわ! 連想できなさすぎて感情がついてこない。共感も納得もできないから、正直、今の私の心は氷点下状態である。
「ねぇねぇ、私にしちゃ良く考えられたと思わないっ?」
「さ、帰るかな」
「ちょ、コットン!?」
「コットン言うな。ま、悪い意味でいつも通りのポヨ美劇場だったわ。はい、感想、終わり」
「感情籠ってない上に、内容が酷い!」
「この中身スッカスカの現状の方が酷いわ!」
ああ、こうやって結局はいつも趣旨を忘れて、ギャアギャア騒いで時間を潰していくのが私たちの日常の一幕なのである。
私たちは何だかんだ文句を言いつつも、中身の無い話を繰り返しては、自分たちでも気づかない内に酷いと揶揄した現状を楽しんでいる。矛盾した物言いだけど、事実なのだから仕方がない。
その後は教室に戻り、帰ろうとする私をポヨ美が止める、という寸劇を織り交ぜつつ、どうでもいいことを駄弁るだけの時間が過ぎていった。
気づけば――空は白み、黄昏の時間を越え、夜の帳が降りて、星が漆黒の空を照らす時間になっていた。
私たちは慌ててカバンを手に、守衛や居残りの先生に見つからないよう学校を脱出し、帰路へと着いた。
「うわぁ……すっかり夜じゃん。お母さんに怒られる……」
「はぁ、何度思い返しても無駄な時間だったわ。あー、お腹空いたぁ」
「むぅ、コットン、なんだかんだ言って楽しそうに議論してたくせにぃ~」
「コットン言うなっての。アンタがあまりにも頓珍漢な連想ばっかり言うからでしょーに。反論材料しか無いモノばっか言うポヨ美が悪い」
「ポヨ美ゆーな。くぅ……結局、私の幸運はどこ行ったのよぅ」
「アンタの貧相な連想じゃ、幸運も尻尾撒いてどっか行っちゃうわね」
「ぐぬぬ」
そんな軽口をたたく私たちだが、どうにも認めたくないが――私含め、口元は笑っていた。
天邪鬼のように愚痴ばかり口をついて出てくるけど、私はこうやって下らない話をして、友達と無駄に過ごす時間は嫌いではない。
それはポヨ美も一緒なのだろう。
あの雑誌の特集を書いた人がどういう意図を持っていたのかは、本人しか知らないことだ。何か狙いがあったのかもしれないし、単なる思いつきなのかもしれない。
でも確かに――あの特集があって、今日の私たちの時間が生まれたのだ。
天上の白き宝玉。
その言葉に深い意味があろうがなかろうが、どちらでも良いのだ。その言葉を話のネタにして、友達と盛り上がれる機会を得たのであれば――それ自体が幸運であると……言っても良いのかもしれない。あの特集を書いた人がそこまで考えて組んだ企画だというのなら、大したもんだと舌を巻く他ない。
私は天上煌めく星々を見上げる。
意識しなければ単なる夜空の星にしか見えないというのに、今日はそれが白い宝玉の群れのように見えた。何事も受け手次第。他人から見ればどうでもいいことでも、私たちがそれを楽しいと思えれば、きっとそれが幸運なのだ。そしてその幸運を見届けるかのように広がる夜空の星々たちが――私たちにとっての"天上の白き宝玉"と呼べるのかもしれない。
――なんて、くっさいこと絶対にポヨ美には言わないけどね。
「コットン! 次はぜぇーったいに面白いネタ見つけてくるんだから! 聞いてる!?」
「はいはい。期待しないで待ってるよ」
「うぐぅ、本当に期待してなさそうな感じがしてムカつく!」
舌を出して悪態をつきながら、暗い帰路を辿る。
ま、期待はしていないけど、きっと――悪い日にはならないだろう。
そんなことを考えている時点で"期待"しているわけだけど、それを認めるのは悔しいので、私は相変わらず、ポヨ美を適当に煙に巻く。
そんな一日が私たちの日常。
きっと今後もこういう日を積み重ねる高校生活が続くんだろうけど――それが私たちの何でも無い人生の一ページたる日であった。
因みにポヨ美と同様に、遅くなる連絡をし忘れた帰宅部の私は、両親からこっ酷く叱られるという結末でこの日の幕を下ろすことになった。
全然、幸運じゃなかった!
やっぱりポヨ美のいう事はアテにならないわ!