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転生内親王は上医を目指す  作者: 佐藤庵
第12章 1893(明治26)年立春~1893(明治26)年清明
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飛行器実験(2)

※引用表現に引っかかってしまうと判断したため、文章を一部修正しました。(2019年4月22日)

「あれ?!」

 飛行器の行方を目で追おうとした私は、それが空に飛び出してすぐ、機影を見失ってしまった。

(まさか……失敗した?)

 ゴムが切れてしまったのだろうか?それとも、風に煽られて、空中で分解してしまったのだろうか?

 と、

「増宮さま」

二宮さんの前方の地面に、必死に視線を走らせる私の右肩を、田中館先生が軽く叩いた。

「あそこですよ」

「?」

 田中館先生の右手は、虚空を指している。その示す方向に視線を移して、

「あ!」

私は思わず叫んでしまった。

 飛行器は、私の予想より、はるか上空にあった。去年のお正月に児玉さんが飛ばしてくれた時には、せいぜい、高度6、7mぐらいまでしか高さは上がらなかった。けれど、今回は、飛行器はぐんぐん高度を上げている。地上から30mぐらいの高さまで、上がっているのではないだろうか。

「すごい……!」

 空中を優雅に舞う飛行器に、私は見とれた。

 やがて、ゴム動力が無くなった飛行器は、空からゆっくり滑り落ちていく。それに走って追いすがる人影があった。

「あ、兄上?!」

 皇太子殿下は飛行器を追って、軽やかに走る。

「殿下、お待ちを!」

 侍従さんが後を追うけれど、足の速い皇太子殿下には全く追い付けない。そして、飛行器が落ちる地点に先回りした皇太子殿下は、地面にゆっくり落ちようとする飛行機をキャッチした。

「見事だ!」

 風に乗って、皇太子殿下の声が聞こえた。

「この飛行器が、人を乗せるほどに大きくなれば、人は鳥のように、空を飛ぶことが出来るだろう!その日が、先生たちの手で来ることを期待しているぞ!」

「はっ!」

 田中館先生たちが、遠くにいる皇太子殿下に向かって最敬礼した。

「ところで……私もこの飛行器を飛ばすことはできるのか?」

 更なる声に、頭を上げた寺野先生と二宮さんは、顔を見合わせた。そんな2人に、

「……寺野君、二宮君、飛ばし方を、皇太子殿下に教えて差し上げなさい」

田中館先生はこう声を掛けた。

「「はい!」」

 同時に返答すると、寺野先生と二宮さんは、皇太子殿下に向かって駆けだした。5、60mほど離れたところにいる皇太子殿下の側にたどり着いた寺野先生は、飛行器を手にした皇太子殿下に、色々と説明しているようだ。皇太子殿下の侍従さんや、大山さんもやって来て、寺野先生の説明を聞いている。やがて、皇太子殿下がプロペラを回し、空に飛行器を投じた。大空に向かって、飛行器は高度を上げていく。それを追って、また皇太子殿下が走る。

 その光景を見て、私は前世のことを思い出した。私がまだ小さかったころ、前世の兄たちは、ラジコンの模型自動車で遊んでいて、私はよく、それを見物させられた。その時は、なぜこの模型自動車に、兄たちが夢中になるのか、さっぱり分からなかったのだけれど……。

(男子って、動くものが好きなのかな……?)

 着地点に回り込んで飛行器をキャッチして、楽しそうに笑う皇太子殿下を見て、私はぼんやり思った。

 と、

「増宮さま」

隣にいた田中館先生が、私を呼んだ。

「原君は元気ですか?」

「原君って……どちらの原さんですか?」

 私は首を傾げた。

「内務次官の原君ですよ。近頃、皇太子殿下の将棋のお相手として、花御殿に出入りしていると聞きましたが……」

「ああ」

 皇太子殿下だけではなく、私も彼と将棋を指している。最近は、原さんの落とす駒の枚数が、六枚から五枚に減った。

「周りと、上手くやっているでしょうか?特に、大臣の方々と……」

 田中館先生は、私に更に質問した。

「ええ、まあ……」

 私は曖昧に返答した。内務省の業務自体は、非常に上手く行っているようだ。ただ、原さんは私に対して、いつもちょっと偉そうな物言いをするので、私はそれが少し不満だけれど。

「そうですか……」

 田中館先生はホッとしたように頷いた。

「あの……原さんとは、知り合いですか?」

 私が尋ねると、

「同じ藩の出身なのですよ」

田中館先生はこう答えた。

「ということは、盛岡藩の……」

「藩校で一緒でした。私が4、5年前にヨーロッパに留学した時には、パリに赴任していた原君と会いましてね。政治について論じあったものです」

 田中館先生は微笑した。

「しかし、そうですか、上手くやっていますか。私もそうですが、“われらを逆賊と蔑む薩長、何するものぞ!”という気概の強い原君のことです。せっかく郷土で一番の出世頭になっているのに、周りと衝突してはいないかと、心配していましたが……」

 そこまで言った田中館先生は、急に私に向かって頭を下げた。

「しまった。うっかり致しました。前世では平民であったと聞きましたゆえ、つい、余計なことを……。今生で、伊藤閣下や大山閣下の薫陶を受けていらっしゃる増宮さまには、不快なお話でしたでしょう。どうか、忘れてください」

「先生、頭を上げてください。全然、不快ではないですから」

 頭を下げた田中館先生に、私は微笑した。

「その論法で行けば、大山さんだって、西郷さんだって、西南戦争……西南の役で、逆賊の身内になっているもの。幕府に仕えていた勝先生も、大きく言えば逆賊になってしまいますし」

「確かに、そうですね」

 田中館先生は頷いた。

「それにね、先生、……私のやっていることだって、後世の人たちにとっては、けしからんことになるのかもしれないんですよ?」

 私がこう言うと、田中館先生は首を傾げた。そんな先生に向かって、私は更に口を開いた。

「私の前世は医者だから、医療の話をするけれど、医療が発展すれば、人の寿命が延びます。すると当然、人口が増えます。そうなると、その増えた人口を養う食料の確保をしなければなりません。食料が増産できなければ、極端に言うと、医療が発展して救われた人が、飢えて死ぬようなことになる可能性もあるんです。それに、高齢者が増えるから、その人たちが人間らしく寿命を全うできるような仕組みを整えないといけない。もちろん、それを支える医療職や介護職の人数も増やさないといけないし、その人たちに給料を払う予算をどこから持ってくるかを考えないといけません」

「は、はあ……」

 田中館先生は、首を縦に振った。

「……人口の年齢分布も変化するし、疾病構造も変化するから、それに対応した政策も取らないといけない。もちろん、人口が増えることそのものに対しても、何らかの政策をしないといけないし……もちろん、これ以外にも弊害が出てくるでしょう。医療を発展させることで、別の問題が生じて、それで後世の人たちが、“なんてことをしてくれた!”と怒る可能性だって、十分にあるんです。それこそ、私が、“逆賊”とか“大悪人”とか呼ばれてしまうかもしれない」

 私は一度、言葉を切った。

「だけど、私は、西暦2018年の医療知識を持つ医者として、今できる最善と思われることを、誠心誠意やるしかないんです。医療を発展させたがゆえに生じてしまう問題も、なるべく解決できるように努力して……。“あてにもならない後世の歴史が、狂と言おうが、賊と言おうが、そんなことは構いやしない。だから、誠心誠意、今の最善と思われることをするしかない”って、以前、勝先生が私に教えてくれたけれど、私もそんな風に、今できる最善を、誠心誠意尽くしたいんです」

 私は、空を飛ぶ飛行器を追う、皇太子殿下の方を見やった。軽やかに走る殿下はいつものように明るく笑っていて、どこからどう見ても、健康そのものだった。

 皇太子殿下を、病気から守りたいという思いは、もちろん今も変わりない。殿下がずっと、健康で過ごせるために、出来ることはなんだってやるし、それで何と罵られても構わない。

「は……」

 田中館先生は、私に軽く頭を下げた。

「……訂正致します。輔導主任の伊藤閣下だけではなく、増宮さまは、様々な方々の薫陶を受けていらっしゃるのですね。かつての官軍賊軍の別にとらわれず……」

 その言葉を聞いて、私は軽くため息をついた。

(官軍、賊軍、か……)

 私にとっては、そんな区別をつけることに意味があるとは、未だに思えないのだけれど、この時代に生まれた人たちにとっては、重要なことなのだろう。私の想像以上に、それは強い縛りを持つ言葉なのだ。

「あの、田中館先生、お願いがあります」

 ふと思い付いて、私は言った。

「何でしょうか?」

 田中館先生は、頭を上げて髭を撫でる。

「いつか、あなたから見た、戊辰の戦いのことを教えてほしいんです」

「?!」

 田中館先生が目を丸くした。

「前世では、アルバイト……副業で日本史を教えていたから、勝者の側の論理は知っているけれど、敗れた側がどんな思いで戦っていたのか、どんな風に、誠心誠意生きていたのか……恥ずかしながら、知らないんです。でも、歴史を、冷静に、公平に学びたいから……、あなたの話が聞きたいんです」

 私はこう言って、田中館先生に最敬礼した。

「話すのが辛いのなら、辛くなくなるまで、いくらでも待ちます。ですから、どうか」

「これは、参りましたな……内親王殿下に、頭を下げられてしまうとは……」

 田中館先生が苦笑いした気配がした。

「話してもいいですが、条件があります」

「なんでしょうか?」

「先ほど、寺野君におっしゃっておられた、“扇風機”のことを教えてください」

「へ?」

 思わぬ答えが返ってきて、私はキョトンとした。

 そんな私に向かって、

「それは、少なくとも日本では作られていない機械です。一定の風力の風が、一定の方向で吹くような仕掛けができれば、それを使って、より飛行に優れた翼の設計が可能です」

田中館先生はこう言った。

「先生、私、扇風機の形は分かるけれど、設計図までは覚えてないですよ?扇風機なんて、作ったことはないから」

「それで十分でございます。発想の方向さえわかれば、我々で何とかします」

「は、はあ……」

 私は気圧されたように頷いた。本当に何とかできるのだろうか?

「了解です。……じゃあ、どういう機械か、説明しますね」

 私は、側に落ちていた棒を拾い上げて、地面に扇風機の絵を描き始めた。

 空を舞う飛行器に歓声を上げる人々の声が、遠くから聞こえていた。

※扇風機が日本で作られたのは1894年です。外国ではこの時点で作られていたようですが、少しだけ国産扇風機の登場が早くなりそうです。

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― 新着の感想 ―
[一言] 電気式の扇風機は仰る通りなのですが手動の扇風機は江戸時代から存在しています。
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