表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生内親王は上医を目指す  作者: 佐藤庵
第11章 1892(明治25)年小雪~1893(明治26)年大寒
73/795

お父様(おもうさま)と私

※「輔導主任と私」と本話と2話同時にアップしています。(2019年4月4日追記)

※セリフの一部を修正しました。(2019年4月7日追記)

「えっと……目を閉じろって……」

 私は戸惑った。単に、誕生日プレゼントを渡すだけなら、そんなことをしなくていいだろう。

「……あ、分かった。サプライズ的な何か、ですか?」

「さぷらいず、というのは、よくわからないが……」

 私の言葉に、天皇(ちち)が少し首を傾げる。

「ああ、ごめんなさい、多分英語です。日本語で言うと、不意打ち……かな?スペルは、ええと……」

「ごちゃごちゃとうるさい」

 天皇(ちち)の声に、苛立ちが混じった。

「も、申し訳ありません!」

 慌てて立ち上がった私は、天皇(ちち)に最敬礼した。

「いいから、口も目も閉じておれ、章子。それで、頭を上げて、背筋を伸ばして立て」

 はい、と返事しそうになったのを呑み込んで、ギュッと目をつむった私は、その場に直立した。

「よいか、朕がよいと言うまで、目も口も開けるなよ」

(い、一体何をされるの?)

 まさか、平手打ちでもされるのだろうか?だけど、最近、天皇(ちち)に叱られるようなことをした覚えはない。

(もしかしたら、大磯で城跡を探索したのが、陛下の気に障ったのかな……)

 考えていると、不意に、人が私に近付く気配がして、私は身を固くした。私のすぐそばまでやって来たその人は、私の前から、1つにまとめた私の後ろ髪を後方にかき上げて、私の首周りに両腕を回した。私の首の後ろで、指を頻りに動かしている、と思ったら、不意にその気配が私から離れた。

「伊藤」

 珍しく、天皇(ちち)の少し困ったような声が聞こえた。

「これは、どうするのだ?」

「ああ、これですか……こうするのです」

 伊藤さんが、何かを弄っているようだ。薄目を開けて、様子を確認しようと思った瞬間に、

「まだだ、章子」

天皇(ちち)の厳しい声が飛んだ。「まだ、良いとは言うておらん。目も口も閉じておれ。よいな」

 私は頷く代わりに、天皇(ちち)の言い付け通りにした。

 また誰かが、私のすぐ前にやって来る。

 一体誰なのだろう。首を傾げようとしたら、束ねた私の後ろ髪が、再び後方に向かってかき上げられた。首の周りに、誰かの腕がまた回される。そうして、先ほどと同じように、私の首の後ろで、指が頻りに動く気配がして、

「ふむ」

本当に、至近の距離で、天皇(ちち)の声がした。

(?!)

 私は、叫びそうになったのを必死に堪えた。目を開けていれば、目を真ん丸にしていたところだ。さっきから私に近づいて、髪をかき上げたり、腕を首に回して何か弄っていたりしたのは、天皇(ちち)だったのか。

(陛下……一体、私に何をしてるの?!)

 思う間もなく、天皇(ちち)の気配が私から離れた。

「堀河」

「はい」

 今度は、爺の気配が私に近づく。けれど、それは私のすぐそばまではやっては来ず、私の5、60センチくらい前で止まった。

「よし……章子、目を開けてよいぞ」

 目を開けた私は、目の前から発せられる眩い光に、思わず顔を伏せた。


(うわっ!)

 視界が真っ白に灼け、私は顔を伏せて目を閉じた。前から出ているこの光は、一体なんだろう?電燈だろうか?それとも、カメラのストロボだろうか?

「どうした、章子」

 天皇(ちち)の声がする。

「あの……眩しくて……」

 答えると、「そんなに言うほどか?」と、天皇(ちち)が首を傾げる気配がした。

「陛下……恐らく、光の反射の加減かと。位置を調整いたします」

 爺が言って、私に半歩近づいた。

「申し訳ありませんでした、増宮さま。これでいかがでしょうか。お顔を上げてください」

 爺の言葉に、私は恐る恐る顔を上げ、目を開けた。先ほどのような眩しさは無い。

 爺が持っているのは、手鏡だった。ちょうど、私の首のあたりが映り込んでいる。空色の着物の襟の間に、何か光るものがある。どうやら、先ほどの光は、これが発生源だったらしい。

「これ……!」

 首から下げられた銀の鎖の先には、親指の先ほどの大きさの銀色の五弁の花が5つ、並んで咲いている。それぞれの花芯には、キラキラ光る小さな透明な石がはめ込まれていた。

(同じだ……)

 前世で、祖父と父から、10歳の誕生日に贈られたペンダント。流石に、このペンダントの方が、少しデザインが古めかしい気がするし、花の数は違うけれど……モチーフは同じだ。

「増宮さま?」

 爺が私を心配そうに見た。「涙が……」

「む……やはり、気に入らぬか……」

 天皇(ちち)の少し暗い声に、

「ち、違います、陛下!」

私は慌てて首を横に振った。

「同じ……だったから……」

「同じ、とは?」

 伊藤さんが私に尋ねる。

「私……前世で、10歳の誕生日の時、同じようなペンダントを、祖父と父からもらったんです。花の数は一つだけだったけれど、5枚の花びらの花をあしらったデザインで、花の真ん中に、これと同じような、模造品のダイヤモンド……金剛石がはめ込まれていて……」

 伊藤さんに答えた私は、天皇(ちち)に向き直った。

「でも、どうして?私、この話は、転生してから誰にもしていません。……なんで、なんで同じなんですか?」

「そなたの、前世の名にちなんだからであろうよ」

 天皇(ちち)が静かに答えて、微笑した。「美子が仕立てた、その着物の柄もだが」

「私の……梨花という名前に……?」

「名前に“花”が使われているから、花がよい。朕もそう思ったし、そなたの前世の祖父君も父君も、そう思ったのであろう」

 天皇(ちち)は、椅子に再び座ると、両腕を組んでニヤリと笑った。

「女らしいからと言って、死蔵したら許さぬぞ。それは、産業技術研究所の御木本が、細工師と一緒に図案を作ったのだ」

「御木本さんが?!」

 今は“史実”と同じく、三重県の志摩半島で、アコヤ貝を使った真珠の養殖実験に取り組んでいるはずだけれど……彼がアクセサリーのデザインって、一体どういうことだ?

「何を驚かれておられますか」

 伊藤さんが私に微笑みかける。

「真珠の養殖は、我が国の重要な産業となりえます。我が国で養殖された真珠の価値を高めるために、真珠を使った、魅力的な宝飾品を作ることは、外貨を獲得できる有力な手段となります。そのためには、美しい図案も重要です」

「た、確かにそうですけど……」

 何とか攻撃の糸口を見つけようとする私に、

「そなた、“産技研”で開発した技術の産物を、使えるかどうか自分で試してみると言ったそうだな」

天皇(ちち)の声が飛んだ。「大山から聞いたぞ。……まさか、“産技研”の御木本の努力を自ら試さずに、無駄にするとは言わないだろうな?」

(う!)

 私は、反論の言葉を飲み込むしかなかった。

「わ……わかりました。付けますけど……流石に、和服にペンダントは、あまり合わないんじゃ……」

 すると、

「ドレスを仕立てましょう」

横から伊藤さんがすかさず提案した。

「伊藤さん、仕立てても、着る機会がないでしょう?今、私の身体は成長期だから、今作っても、1、2年もすれば小さくなってしまいますよ」

「いいえ、大丈夫です。この8月に、オーストリアのフランツ・フェルディナント殿下が来日されます。オーストリアの皇帝陛下の甥ですな」

「ふ、フランツ・フェルディナント殿下って……」

 まさかとは思うけれど……1914年に、サラエボで殺された人かな?

「恐らく、“授業”で増宮さまがおっしゃっておられた、暗殺をきっかけにして、第一次世界大戦が発生した、まさにそのご当人と思いますが……先方から、“増宮さまに是非会いたい”という要望があったのですよ。ですから、皇太子殿下と一緒に、会っていただきます。その時に、ドレスと一緒に、そのペンダントを付けていただきましょう」

(ええええええ!)

 伊藤さんの微笑が、悪魔の微笑に見える。こんな微笑を、先週大磯で何回も見たのだけれど、やっぱり慣れるものではない。

「ちょ……ちょっと待って、伊藤さん。これ、使ってる宝石だって、模造品でしょ?国賓相手に、それは……」

 辛うじて反論を試みた私に、

「その花芯の石は、朕が持っていた、本物の金剛石だが」

天皇(ちち)の声が無常に突き刺さった。

(う、うひゃああああああ!)

 私は頭を抱えた。本物のダイヤモンドを使ったペンダントなんて、小学生が持っていていいものなのか?!

(その前に……私が宝石にふさわしくないんですけど……)

「陛下……ちょっと待ってください……理解が追い付かなくて……」

 私が狼狽えながら声を出すと、

「陛下と呼ぶな!」

天皇(ちち)が、私をジロリと見て叫んだ。

「もっと、他に言い方があるやろ!」

「へ?」

 突然、京言葉になった天皇(ちち)に、私はキョトンとした。

「でも、陛下は陛下だし……前世のじーちゃん、じゃない、祖父が、“天皇皇后両陛下には、敬意を払わねばならない”って、事あるごとに孫の私たちに……」

 すると、

「ああ、もう……!」

天皇(ちち)は、左手を頭にやった。手の中で、前髪がグシャリと潰される。

「あのな、前世の記憶があるのはよう分かる。それに、そなたの前世の祖父君の教えもよう分かる。せやけど、朕とそなたは、今生では親娘(おやこ)やないか。そやのに、赤子の時から、そなたは誕生日に参内する度、朕が近づくと泣きわめくし、歩けるようになると、遠くに逃げてしまうし……美子と堀河に、朕の香水のせいやと言われたから、香水は使うのをやめて、風呂も苦手やけど、毎日入るようにして……」

(ど、どうしよう……)

 ツッコミを入れたいところがたくさんあるのだけれど、それよりまず、京言葉で話す天皇(ちち)が、怒っているのか愚痴っているのか、私にはよくわからない。

(大体、今生で赤ちゃんだったころのことなんて、全然覚えてないのに……)

「そなたが“地図が見たい”て言うて、赤坂の御所に来た時、朕が近づいても泣かんかったから、本当(ほんま)に嬉しかったんや。そやのに、今度は朕のことを“陛下”としか呼んでくれへん……なんでや?なんで血を分けた、(たま)のように美しゅうて、頭のええ、いとぼい娘なのに、なんでこんなによそよそしいんや?」

 天皇(ちち)は、眉をしかめてうつむいた。どことなく、落ち込んでいるようにも見える。こんな天皇(ちち)を見るのは、初めてだ。

「このペンダントかて、そなたのことやから、いらん、て答えられてしまうと思って、伊藤と渡す方法を相談してなあ……自分が美しい宝石(いし)に負けてしまうと思うなら、その分、己を磨けばええだけや。“金剛石も磨かずば 珠の光は添わざらん”と、美子の歌にもあるやないか」

「え、ええと……不快に思わせてしまったのなら、謝ります、陛下……」

 私は困惑しながら、ブツブツ言い続ける天皇(ちち)に頭を下げた。

「せやから!」

 天皇(ちち)は突然、机を右手で叩いた。大きな音に、私は身を竦めた。

「美子のことは、“お母様(おたたさま)”と普通に呼ぶやないか。なんで朕のことを、“お父様(おもうさま)”と呼ばんのや!」

(え……?)

「あ、あの……呼んで、いいん、ですか?」

 私が恐る恐る尋ねると、

「あ……当たり前や!」

天皇(ちち)は怒鳴って、顔を横に向けた。なぜか、頬が真っ赤になっている。

 その様子を見て、

(ああ、そうか……)

私はようやく、少しわかった気がした。

 この天皇(ちち)は、不器用なのだ。

 それに、私は小さいころから、両陛下(りょうしん)と離れて暮らしている。だから、顔を合わせて話すのは、月に1、2回あるかどうかだ。

 前世の両親は、2人とも医者だったから忙しかったけれど、高校を卒業するまでは同居していたから、私と一緒にいる時間が、こんなに短いということはなかった。

 それでも……私の父は、不器用なりに、一緒にいる時間が少ないなりに、私に……娘の私に、たくさん、気を遣ってくれていたのだ。

「あ……、ありがとうございます、お父様(おもうさま)……ペンダント、嬉しかった、です」

 口から出た言葉は、途中から、小さな声になった。

「ん……」

 天皇(ちち)……ではなかった、お父様(おもうさま)は、横を向いたまま頷いた。

「……それな、帰る前に、美子に見せるんやで」

「は、はい……。このペンダントに合うドレスのデザインを、お母様(おたたさま)に相談してから帰ります」

 私は小さく頷きながら言った。

「それから、花御殿に戻ったら、大山と、花松にも見せるんや。そしたら、今日は外してええから……」

「はい……そう、します」

 私はお父様(おもうさま)に、頭を下げた。

 ……なぜだ?なぜ、私は父親に頭を下げるのに、頬を赤くしているんだ?

「ふふ……やはり、親子ですね、増宮さまと陛下は」

「そうですな、堀河どの」

 爺と伊藤さんが、お父様(おもうさま)と私を見比べて、なぜか頷き合っていた――。

※実際の明治天皇は、お風呂が余り好きではなく、フランス産の香水がお好きで、3日に1瓶使い切っていたそうです。その状況だと、章子さんが香水の匂いでやられてしまうので、こういう設定にさせていただきました。


※「金剛石も磨かずば~」は、昭憲皇太后から華族女学校に1887(明治20)年に下賜されています。文部省唱歌としても知られています。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 不器用なとーちゃんと臆病な娘が初めて心から繋がった日かもしれない。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ