裏方志望
1924(大正9)年10月11日土曜日午後7時10分、東京市麻布区盛岡町にある有栖川宮家盛岡町邸本館の食堂。
「おじい様、父上、母上、お話があります」
横須賀の“鬼怒”から戻ってきた栽仁殿下も交えての一家揃っての夕食が終わった時、私と栽仁殿下の次男、学習院初等科6年生になった禎仁が改まった口調で言った。普段とは違う真面目な顔をした次男に私が戸惑っていると、
「そうか、ではこのまま、おじい様の書斎においで」
有栖川宮の当主で私の義父でもある威仁親王殿下が、穏やかな声で孫に言った。
「栽仁も嫁御寮どのも、禎仁と一緒に来なさい。いいね」
義父は更に栽仁殿下と私にこう命じると、席を立って食堂を出て行く。私は夫と顔を見合わせて頷き合うと、禎仁と義父の後を追い、2人で義父の書斎に向かった。
「……さて、禎仁の父上と母上も来た。話とはどんなことかな、禎仁?」
私と栽仁殿下が義父の書斎に入ってドアを閉めると、椅子に座った義父は、私たちの前に立つ禎仁の方に身体を向けた。
「ええと、僕、幼年学校には行きません」
背筋を伸ばしてこう言った禎仁に、
「ほう。それは謙仁のように、海兵士官学校への入学を目指すということかな?」
義父は穏やかに確認する。中学1年と中学2年、合わせて2回の受験の機会が与えられる幼年学校の卒業者は、歩兵、騎兵、砲兵、航空などの士官学校に進学できるようになっている。幼年学校は3年制なので、特に中学1年で入学できれば、中学を卒業してから士官学校に進学するよりも早く士官学校に進学できるので、国軍の士官を目指す者には人気が高い。けれど、将来海兵士官学校への入学を目指す場合、幼年学校から海兵士官学校への進学枠は毎年1人分しかないので、それを狙うのは現実的ではない。だから海兵士官学校への進学希望者は、幼年学校には入学せず、中学校を卒業する直前に海兵士官学校の入学試験を受けるのが王道だった。
けれど、
「いいえ、多分、海兵士官学校には行きません」
禎仁は祖父の問いに首を横に振った。
「技術かもしれないし、軍医かもしれないし、薬学かもしれないし……そうだな、留学が1番しやすい兵科の士官学校に進みたいと思っています」
(なんじゃそりゃ)
禎仁の言っていることがよく分からない。それは夫も同じのようで、彼は怪訝な顔をして禎仁の背中を見つめていた。
「禎仁。留学がしやすい兵科に進みたいとは、何か考えがあってのことか?」
首を傾げながら尋ねた祖父に、
「僕、将来、諜報の仕事をして、国に尽くしたいんです」
禎仁は声を励まして自分の希望を述べた。
「今、金子の爺から、諜報の話を毎日聞いているけれど、幼年学校に入ったら寄宿舎生活になるから、金子の爺に話を聞けるのが週末だけになってしまいます。それに、この家にずっといられたら、別館で諜報の実技の訓練も受けられるけれど、週末だけしかこの家にいられないと、訓練を受ける機会も減ってしまいます」
堂々と自分の意見を述べる次男坊の背を、私は目を瞠る思いで見つめていた。やんちゃで悪戯好きな末っ子が、とても頼もしく思える。私の前に立つ少年は、しっかりとした人生設計を立てられるいっぱしの男に成長していた。
「幼年学校で教育を受けて、教官や将来の軍人たちに人脈を作っておくことと、この家で諜報の話を聞いたり、訓練を受けたりすることと、どちらが将来の自分にとって得なのかを考えました。そうしたら、この家にいる方がいいという結論が出たんです。軍人の人脈は、作ろうと思えばいくらでも作れます。僕の身分の高さに釣られて寄って来る人たちを利用すればいいんですから」
「そ、そうか……」
義父は一瞬、度肝を抜かれたような顔になったけれど、すぐに真面目な表情に戻り、
「留学がしやすい兵科に進みたい、というのは、将来、外国で諜報活動をすることを考えたのか?」
と禎仁に聞いた。
「はい。僕自身に才能が無くて、諜報の仕事をすることができなくても、僕の身分の高さなら、留学すれば、海外で活動する諜報員たちに隠れ蓑を提供できます。留学先で僕の世話をする人間は、何人いてもおかしくないですから」
「……ダメだった時の身の振り方は、まだ真剣に考えなくてもいいと思うわよ」
意外と慎重さを見せる次男に、私は苦笑しながら言う。すると、
「母上、不測の事態が起きてもいいように、第2、第3の案ぐらいまでは少しでいいから考えて、大まかな予測はしておかなくちゃ」
禎仁はこちらを振り返り、一丁前にこんなことを言った。
「なるほど、金子の薫陶を受けているようだ」
義父は禎仁を見てニヤッと笑うと、再び真面目な顔になり、
「諜報の仕事は、禎仁が考えているよりもずっと厳しいぞ。命懸けの任務は、普通の軍人よりも多いかもしれない。それでもやっていけるのか?」
と、厳しい口調で問うた。
「平気です。この家は兄上が継ぐんだし、僕は臣籍降下して華族になるんだから、僕が死んでも問題ありません」
禎仁が明るい調子で答えた時、
「その考えはどうかと思うよ、禎仁」
私の隣にいた栽仁殿下が禎仁に声を掛ける。普段はほとんど聞かない夫の重みのある声に、私は背筋を強張らせた。
「禎仁が死んだら、悲しむ人はたくさんいる。父上と母上はもちろんだし、おじい様もおばあ様もひいおばあ様も、皇太后陛下も赤坂のおばあ様も、万智子も謙仁も、實枝子叔母様も徳川の叔父様も、徳川のいとこたちも、禎仁の友達も先生も、金子の爺も大山の爺も、そしてもちろん天皇陛下も皇后陛下も、みんな、みんな悲しむ。……いいかい、禎仁。自分の命はたった1つしかないし、失われたら決して戻らない。だから、自分の命を粗末に扱うようなことをしてはいけないよ。それは、任務中でも、とても大切なことだ」
いつもは優しい父親の厳しい一面を見せられた禎仁は、こちらを向き、目を丸くして父親を見つめていた。その視線を受けながら、
「もう金子の爺から聞いたかもしれないけれど、敵地に潜入する任務というものは、きちんと帰りのことを考えなければいけない。潜入を終えて、安全地帯まで脱出するのが一番大事と言っても過言じゃないんだ。それを決して忘れてはいけないよ、禎仁」
栽仁殿下は真っ直ぐに禎仁を見つめて言い聞かせる。
「父上の言う通りね。特に禎仁は、危ないことや面白いことにのめり込みやすいから、自分の命を大事にすることは、ちゃんと頭に置いておくのよ」
私も栽仁殿下の横から禎仁に注意すると、
「金子の爺にも、母上と同じことを言われた……」
禎仁はうつむいたまま答えた。
「ならば、それは大事だ、ということになる」
そう言った義父は、椅子から立ち上がると禎仁のそばに行き、禎仁の頭を撫でた。
「禎仁、諜報の任務に命懸けで当たるというお前の決心は分かった。しかし、お前の命はただ1つしかないのだ。おじい様の大切な孫の命を無駄に散らすような真似は許さん。今後、自分の命を軽く扱うようなことをしないと誓うなら、お前が諜報の道に進むことを許可しよう」
厳かに語り掛けた自分の祖父に、
「分かりました、おじい様。僕、自分の命は粗末に扱いません。その上で、諜報の仕事を一生懸命やって、国に貢献します!」
禎仁は頭を上げ、力強い声で誓った。
1924(大正9)年10月13日月曜日午後2時45分、皇居・吹上御苑。
「ほう、やはりな」
今日は天気がいいので、午後の政務が終わった後、兄と私は御苑を歩くことにした。その2人きりでの散歩の最中、先週末の禎仁のことを兄に報告すると、兄はこう言ってニヤリと笑った。
「禎仁は顔がいいから、女をたぶらかして情報を探るのを得意としそうだな。学習院でも評判の美少年だと言うし」
「ちょっと、やめてよ」
兄の言葉に私は顔をしかめた。「確かにあの子、子供たちの中で一番顔がいいけど、そんな女たらしみたいなことができる訳がないじゃない。だって、私の子供なのよ?」
「そんなもの、明石総裁と金子分室長がしっかり教育すれば大丈夫だろう。お前のように複雑な事情を抱えている訳でもなさそうだし」
「そんな事情を禎仁が抱えてたら、私、ちょっと困るわ。あの子に前世の記憶があったら、私、あの子にどう接したらいいのよ」
「……少し話がかみ合っていない気がするな」
兄は首を傾げると、
「まぁ、いい。禎仁は成人したら臣籍降下する。皇族の身分を離れて華族になった禎仁が、世を忍ぶ仮の姿として軍人を選ぶのか、それとも、芳麿のように軍人を辞めて、別の職業を選ぶのかは分からないが、とにかく、世界を股に掛けた活躍をしてくれそうだ。禎仁の未来に幸多からんことを祈っているよ」
そう言って、私に優しい微笑みを向けた。
「ありがとう、兄上」
一度立ち止まって頭を下げると、私は再び兄の横について歩き出した。お付きの侍従さんは一応いるけれど、私たちからだいぶ離れたところを歩いている。小声でやり取りすれば、兄との話が侍従さんに聞かれてしまうことはない。
「そう言えばさ、兄上」
「何だ?」
こちらを振り向いた兄に、私は、
「倫宮さまの志望は決まったの?うちの謙仁から全然話を聞かないから、ちょっと心配で」
と尋ねた。私の長男の謙仁と、兄の四男の倫宮興仁さまは、この9月、共に学習院中等科に進学した。謙仁は海兵士官学校への進学を目指しているから幼年学校の受験はしないけれど、もし、倫宮さまが将来歩兵や砲兵などの兵科に進みたいのなら、来年6月に幼年学校を受験する方がいいだろう。
すると、
「色々と悩んでいたようだが、進みたい兵科はようやく定まったぞ」
兄は微笑んで私に答えた。
「工兵に進みたいそうだ。興仁は、土木工事が好きなようでな。関東大震災で、工兵部隊があちこちの橋や道路を直した話を、目を輝かせて聞いていたよ」
「へぇ、いいじゃない。……あれ、工兵士官学校って、どんなルートで入学すればいいのかしら?幼年学校に入る方が有利なの?有利じゃないの?」
「幼年学校に行っても行かなくても、どちらでもよいという感じだな」
兄は私の質問に答えて言った。「国軍工兵学校に入学する生徒は、幼年学校を卒業して無試験で入学するのが5割、中学を卒業して入学試験を受けて入学するのが5割だからな」
「なるほどね。歩兵士官学校や砲兵士官学校みたいに、入学者の殆どは幼年学校卒業者、という訳じゃないんだ。ってことは、幼年学校に行くかどうかは、工兵士官学校の入学試験の難易度がどの程度かということも考えて決めるべきだと思うけれど……」
私があれこれ頭の中で考えながらこう言うと、
「実はな、興仁は来年6月に幼年学校を受験することになった」
兄は渋い表情で私に告げた。
「へぇ……幼年学校を卒業する方が、工兵士官学校に入学しやすいの?」
「いや、その逆だ」
私の問いに、兄は左右に首を振った。「工兵士官学校は、入学試験の倍率がとても低くてな。募集人数を上回る志願者が集まらず、面接試験だけして、人柄によほどの問題が無い者は全て合格させるという年もあるようだ。幼年学校の卒業者からも進学先として魅力的と思われておらず、毎年、卒業成績が悪かった者が進学しているとか」
「え?じゃあ、幼年学校を経由する方が、入学するのは大変じゃない?だって、幼年学校の受験倍率って、確か4倍ぐらいあったような……」
「だからだよ」
私の指摘に、兄が短く応じた。
「はい?」
「工兵士官学校に入るには、幼年学校を経由しないより、経由する方が厳しい道になる。だから、幼年学校を経由して工兵士官学校に入れ……西郷顧問官がこう言ってだな。だから、興仁は幼年学校を受験することになった。今頃、興仁は必死に勉強しているのではないかな」
(うわぁ……)
兄の答えを聞いた私は、口をあんぐりと開けてしまった。西郷さんは、倫宮さまの輔導主任を務めている。彼の教育方針は、基本的にはスパルタだ。倫宮さまの志望を聞いた西郷さんは、倫宮さまを少しでも厳しい道に誘導しようとしているのだろう。
「……それ、来年の受験に間に合うのかな?」
「間に合わないかもしれないな」
兄はため息をついて私に答えたけれど、
「……しかし、来年受からなくても、再来年で受かればいいではないか。尚仁も、幼年学校には2回目の受験で合格したわけだし」
倫宮さまのすぐ上の兄・英宮尚仁さまの例を挙げ、朗らかに笑った。
「そうね、焦ることはないわ」
私は兄に頷くと、
「でも……そうか、うちの禎仁も、倫宮さまも、戦場では“裏方”に回りがちな部署に行くのね」
と兄に話しかけた。
「ああ。しかし、とても大事なことだ」
私に応じた兄は、頭上に広がる青空に視線を投げた。
「戦場の“裏方”に回りがちな部署は、歩兵や砲兵や海兵など、戦場で華々しく活躍する兵科に比べてどうしても影が薄くなって、優秀な人材が集まりにくい。禎仁の進路は大っぴらにはできないが、興仁が工兵になることで、戦争の“裏方”に注目が集まって、優秀な人材が集まるようになるといいな」
「うん、きっとそうなるよ」
そう言った私は、兄と並んで空を見上げた。木の梢から飛び立った2羽の小鳥が、澄んだ秋晴れの空に向かって力強く羽ばたいていった。




