優しい嘘(2)
※地の文を一部訂正しました。(2024年5月26日)
「桂閣下、開院式の警備は強化するべきです」
1923(大正8)年11月24日土曜日午後2時5分、皇居・表御殿にある牡丹の間。
今日は、来月3日に開院式が行われる帝国議会臨時会で審議される特別予算について、大蔵大臣の高橋さんから梨花会の面々に説明するため、臨時に開催された梨花会……と、表向きにはされている。その臨時梨花会の冒頭、司会役である内閣総理大臣の桂さんが高橋さんを指名しようとした直前、国軍参謀本部長の斎藤さんが手を挙げた。桂さんに指名されると、斎藤さんはこんな発言をしたのである。
「はぁ、藪から棒に……と言った感じだが、何か理由があるのかね?」
桂さんが訝しげに斎藤さんに尋ねる。……流石桂さん、自然な問いかけ方は、これが全て仕組まれたものであるとは微塵も感じさせない。
「はい、実は、“史実”の1923年……つまり今年の年末、帝国議会通常会の開院式に供奉するため、自動車で移動なさっていた東伏見宮殿下が、沿道から飛び出した暴漢に襲われそうになったという事件が発生したのを、今更ながら思い出しまして……」
桂さんに問われた斎藤さんは、偽の虎ノ門事件の話を始める。もちろんこの事件の経過は、先週の土曜日、私と伊藤さんたちがああだこうだ言いながら作り上げたものである。
「何?」
枢密顧問官で前宮内大臣の山縣さんが僅かに眉をひそめると、
「東伏見宮殿下にお怪我はなく、犯人も心神喪失状態であったと認定され、大きな騒ぎにはならなかったのですが……」
斎藤さんは続けて述べる。
すると、
「実ぉっ!」
斎藤さんに左隣に座る内務大臣の後藤さんが、斎藤さんの胸倉を突然掴んだ。
「貴様、なぜそれを早く言わぬ!」
「痛っ……落ち着け、新平。開院式に参列される皇族方の警備を強化すれば済む話だろう」
そう言ってなだめる斎藤さんに、
「そうかもしれないが、しかし、お前は肝心なことを見落としているぞ!」
後藤さんは血相を変えて怒鳴った。
「いいか、開院式には、天皇陛下に供奉されて内府殿下も必ず御参列なさるのだぞ!しかも、その往復は、天皇陛下の鹵簿に加わられるのだ!万が一、天皇陛下の鹵簿の中にいらっしゃる内府殿下が襲撃され、内府殿下と天皇陛下の身に何かが起こったらどうするのだ!」
後藤さんの声で、牡丹の間に一気に緊張が走った。兄の顔が強張ったのが、私の座っている位置からはっきりと分かった。
「ちょ……ちょっと待ってください、後藤さん」
私は呆れ顔を作って後藤さんに呼び掛けた。「兄上が襲われたわけじゃないんですよね?それに、東伏見宮さまは去年亡くなっていますから、私は関係ないんじゃ……」
「梨花さま」
反論する私の右手を、大山さんが優しく取った。
「ご自身が先帝陛下の血を引く内親王であらせられることをお忘れですか?確かに、梨花さまは特別扱いを受けることを嫌われておいでですから、普段は、内親王であらせられることを意識しないように過ごしておられるのでしょうが……」
「い、いや、忘れてはいないけどさ……」
「いいや、忘れておられます」
我が臣下の言葉に戸惑う私に、枢密顧問官の伊藤さんの厳しい声が浴びせられた。「恐れながら内府殿下は、世界の最重要人物の1人でございます。そんな方を狙った襲撃事件が発生すれば、世界中が大混乱に陥りましょう。よいのですか?ドイツの皇帝やアメリカのウィルソン前大統領が我が国に押しかけるような事態になっても……」
「俊輔の言う通り!ここで内府殿下を卑劣漢の毒牙により無残に失う事態となってしまえば、世界の大損失となる!厳重な対策を講じるべきです!」
伊藤さんに続いて山縣さんが吠えると、「さようさよう!」「内府殿下をお守りしなければ!」と梨花会の面々が次々に叫ぶ。
「えー……じゃあ、私が開院式に供奉しなければいいんじゃないですか?それか、兄上が開院式に出なければ、私も開院式に出る必要は無くなりますし……」
「残念ながら、両方とも難しいですね」
宮内大臣の牧野さんが首を横に振った。「内府殿下が開院式に出席なさらなければ、新聞やラジオ局の記者が騒ぎます。天皇陛下のご出席が無い場合も同様です。それに、帝国議会議事堂には、外国の新聞記者も多数出入りしています。天皇陛下、そして内府殿下が開院式にいらっしゃらないと彼らが知れば、海外に妙な記事が配信されてしまうかもしれません。関東大震災の際、内府殿下が亡くなったというでたらめな情報が配信されたように……」
「そんなぁ……ってことは、私、開院式に供奉するしかないってことですか……」
牧野さんの答えを聞いた私は、盛大にため息をつく。すると、
「牧野大臣」
上座から、兄の厳しい声が飛んだ。一同、慌てて頭を下げると、
「確か、来月は、臨時会と通常会と……開院式が2回あるな?」
兄は牧野さんに確認する。帝国議会臨時会は来月の3日に、そして、その会期が終わった後に開かれる通常会は来月の24日に開院式が行われる。
「さようでございます」
牧野さんが恭しく一礼すると、
「そのどちらも、俺についてくる皇族の警備は、各々の自宅を出発する時点から厳重に行え。もちろん、俺の車列も厳重に警備しろ。……梨花を守るためだ。内務省や国軍省、それから、中央情報院とも連携して事に当たれ。よいな!」
兄は強い口調で牧野さんに命じた。
「かしこまりました」
牧野さんだけではなく、牡丹の間にいる全員が、兄に向かって頭を下げる。私ももちろん最敬礼したけれど、胸の内では、事前に思い描いていた通りに事が運んだことに安堵していた。
虎ノ門事件のことは、兄以外の梨花会の面々に真実が伝えられている。そして、私たちが狙う最終的な対策……“通常会開院式当日の兄と迪宮さまの車列を厳重に警備する”という対策を実行に移すため、この1週間、策が綿密に練られた。
迪宮さまは虎ノ門事件の話を承知済みだから、車列の警備は強化できる。問題は兄の方だ。もちろん、兄に黙って車列の警備を強化することもできるけれど、兄は天皇に即位してから、帝国議会の開院式にほぼ毎回出席しているから、開院式の車列の警備がどの程度のものかは知っている。もし、兄に黙って警備を強化したら、堅苦しいことが嫌いな兄は、警備は例年通りのレベルに縮小しろと命じてしまうだろう。兄の車列の警備を強化するには、それが、兄の意思で行われる必要があった。
そこで立案されたのが、兄の性格を利用する策だ。兄は昔から、私のことになると冷静さを失う傾向がある。虎ノ門事件を、開院式に供奉した皇族が襲撃された事件ということにして兄に梨花会の場で伝え、そこで梨花会の面々が、“皇族の襲撃事件なら、陛下に供奉する内府殿下が危ない”と騒ぎ立てれば、兄は冷静さを失い、私を守るために、私がいる車列の警備……すなわち、自分の車列の警備の強化を命じるだろう。そう考えた私たちは、兄の取り得る反応をシミュレーションし、こう言えばああ言う、ああ言えばそう言う……と、数パターンの台本を準備した。そして、兄はそのうちの1つのパターンと同じ反応を示し、無事、私たちの作戦は成功したのである。
その後は高橋さんにより、特別予算の概略が説明され、質疑応答を経て、午後2時45分、臨時の梨花会は終了した。玉座を立ち、牡丹の間から出て行く兄を、出席した全員が最敬礼で見送る。兄の姿が見えなくなると、いつもは緩んだ空気とともに出席者同士の雑談が始まるのだけれど、今日は全員、緊張した表情で自分の席に座ったままだ。
「いかがですか、内府殿下」
「……遠くはなっています」
小声で問う伊藤さんに、私は兄の気配を必死に探りながら答えた。
「あ、感じなくなった。大山さんと山縣さんはどうですか?」
私が兄の気配を追えなくなり、私と同じように兄の気配を追っている2人に尋ねると、
「……はい、わしも感じなくなりました」
山縣さんが顔を上げて頷く。目を閉じて集中し、兄の気配を追い続ける大山さんに、梨花会の面々の視線が何本も突き刺さった。
そして。
「……感じなくなりました」
山縣さんの返答から10数秒後、大山さんが目を開けて一同に告げると、
「ばんざ……」
野党・立憲自由党総裁の原さんが、両手を挙げて大声を出そうとする。しかし、背後にいた斎藤さんに後ろから手で口を塞がれたので、万歳を叫ぶことは叶わなかった。
「原さん、落ち着いてください。ここで大声を出して、万が一、陛下の耳に届いてしまったら、我々の今までの努力が水泡に帰します」
後ろから拘束する斎藤さんの腕を振り解くと、
「し、しかし……」
原さんは喘ぐように言った。
「これで、陛下の御身が守れるのですよ!虎ノ門事件の話を斎藤さんから聞いた時は、もしもこの時の流れでも同じような事件が起きれば、皇太子殿下のみならず、陛下のお命が危うくなるやもしれぬと案じていたのです!ですが、これなら……」
原さんは両目から涙を流しながら、斎藤さんに熱く語っている。そんな原さんの横で、
「ふう、立てた策が見事に決まるのは、やはり気持ちがいいものですな」
児玉さんが清々しい笑顔で言った。
「いや、今回のは簡単な部類じゃったろう、児玉よ。陛下が内府殿下のことになると見境が無くなってしまうのは、先帝陛下も指摘されたことであるしのう」
「いやいやしかし西郷閣下、私はどうなることかとハラハラしておりました。“ならばその皇族を供奉させなければよかろう”というお言葉が出ないよう、閑院宮殿下や賀陽宮殿下ではなく、わざわざ亡くなられた東伏見宮殿下のことを持ち出した策がはまるかと案じたり、後藤君の芝居が上手くいくかと案じたり……」
西郷さんののんびりした発言に、桂さんがなだめるように応対する。2人とも、表情は明るい。目論見通り、兄の身が守られることが確定したことで、牡丹の間にいる一同の顔からは、先ほどまでの緊張が消えていた。
「……本当によかったです」
梨花会で発言していなかった迪宮さまが、今日初めて口を開く。迪宮さまの声で、牡丹の間にいる人間が一斉に頭を下げた。
「数年前、伊藤の爺から虎ノ門事件の話を初めて聞いた時は肝を潰しました。それ以上に、“史実”では、お父様が今頃ご体調を崩されて、僕が摂政に立っていたことに衝撃を受けましたが……」
迪宮さまの声は微かに震えていた。
「僕は絶対に嫌です。お父様を喪うのは……それに、万が一事件が何らかの形で起こってしまったら、世間の声に押されて、内務大臣が辞職……いや、内閣総辞職という事態になるかもしれません。それは、復興のためにも絶対に避けなければ……」
「そうね」
私は迪宮さまに向かって頷いた。「私だって嫌よ。兄上の命がテロで奪われるなんて、考えたくもない。だから、兄上を守るためにはなんだってやるわ。例え……例え、兄上に、嘘つきって罵られたとしても……」
私は廊下に面したガラス戸の方に視線を泳がせた。ガラス戸越しに見える中庭には、朝からの雨が絶えず降り注いでいた。
12月3日の帝国議会臨時会の開院式は、何事も無く終了した。もちろん、兄や迪宮さまの車列のみならず、沿道の警備もいつも以上に厳重に行われていたのも、事件発生の抑止に役立っただろう。ただ、“史実”で虎ノ門事件が起こったのは、1923年の12月27日……帝国議会通常会の開院式の日である。だから、臨時会の開院式には、元々何の事件も起こらないのだ……という解釈も成り立つ。
「本命は12月24日、通常会の開院式の日でしょう。もちろん、27日も警戒する必要がありますが、その日は天皇陛下にも皇太子殿下にも、お住まいにお籠りいただきますので……」
臨時会の開院式が終わった後、我が臣下はこう言っていたけれど、私の他、梨花会の面々の認識も大山さんと一致していた。
その後、24日の通常会開院式までは、何事も無く時が過ぎていった。関東大震災の復興のための約4億円の特別予算も、臨時会で無事に成立した。もっとも、ようやく算出できた関東大震災の被害額はおよそ20億円……現在の国家予算の5倍以上だ。貨幣価値などを考慮しても、“史実”の被害額の55億円よりは少ないけれど、その被害額の大きさにはめまいがした。ただ、ここで更に兄がテロで喪われる事態に見舞われたら、政府も、そして、この国の未来も、取り返しのつかないダメージを受けることになる。私は職務に打ち込み、兄を補佐することに務めながら、心の奥で24日の開院式が無事に終了することを祈っていた。
「……結局、今日の開院式のこと、兄上とほとんど話してないわね」
1923(大正8)年12月24日月曜日午前10時33分、皇居の車寄せで自動車に乗り込んだ私は、隣に座った大山さんに言った。
「そうですか」
「うん。喋ったのはおととい、牧野さんが今日の段取りを説明してくれた時だけだね。まぁ、私が敢えて話すのを避けていたのもあるけど、兄上からも話が出なかったな」
頷いた大山さんにこう話すと、
「ところで……これ、どのくらい効果があるのかしら」
私はいつもより膨らんでいる自分の胸を見ながら呟いた。膨らんでいるのは、小礼服のジャケットの下に防弾チョッキを着ているからだ。私の前世の父が大好きだったアクション映画によく出てくる防弾チョッキを再現して欲しいと頼んだのは30年以上前だけれど、満足のいく出来のものはまだ出来上がっていない。
「東北帝国大学理科大学で開発された新しい化学繊維を使っておりまして、従来品より防弾性能が上がったということです」
大山さんは私に囁くように言った。
「そう……兄上も着てるんだよね?」
「もちろん」
質問に大山さんが頷いたのを見て、じゃあ大丈夫かな、と思いかけた私だけれど、
「いや、まだ安心できないわ」
考え直して頭を横に振った。
「銃弾に防弾チョッキが耐えきれるか分からないし、それに防御できない頸動脈に弾が当たったら、出血多量で死んじゃうじゃない。……万が一、変な奴が出てきて兄上を狙ったら、そいつをやっつけなきゃ」
私がジャケットの内ポケットに隠してある拳銃に触れた時、自動車が動き出した。腕時計の針は午前10時35分……出発予定時刻を指していた。
斎藤さんによると、“史実”の迪宮さまは、赤坂御用地にあった離宮から、外堀沿いに東に向かい、帝国議会議事堂近くの虎ノ門付近で狙撃されたということだ。今回、兄の出発地は皇居で、祝田橋から日比谷公園に沿って南下して貴族院議事堂に入るから、虎ノ門付近は通らない。また、赤坂御用地にある東宮仮御所を出発して兄に供奉する迪宮さまも、虎ノ門付近は避けて議事堂に向かう。けれど、油断は禁物だ。
(山口で真面目に働いている難波大助は、勤め先から動いていないし、妙な動きをしている過激な連中もいないらしいけど、日比谷公園には、関東大震災の罹災者たちが暮らすバラックがある。一向に好転しない暮らしに絶望して天皇を狙うという筋書きだってあり得るし……)
こんなことを考えていると、車列は祝田橋を渡り、西日比谷町に入っていく。私はいつでも拳銃を取り出せるよう、ジャケットの内ポケットに右手を突っ込んだ。
沿道には、警官がズラッと並んでいた。2m……いや、1mおきに立っているのではないだろうか。車列を見ようと集まった人たちの間には、軍装をまとって周囲に目を光らせている男性が何人もいる。恐らく、警備に協力している近衛師団の兵士だろう。車列の左右には、側車付き自動二輪が何台も、車列と群衆の間に壁を作るように従っている。側車に乗る皇宮警察の職員は、少しの異変も見逃すまいと鋭い視線を放つ。
(臨時会の開院式以上の警備……いや、油断したらダメよ。何が起こってもおかしくないんだから……)
拳銃を持ったまま警戒していると、車が右に曲がる。帝国議会議事堂に到着したのだ。極度の緊張にさらされた道中は、あっけなく終わりを迎えた。
「……兄上も迪宮さまも無事でよかったわ」
午前11時25分、開院式が滞りなく終わり、兄が皇居に戻る車列が祝田橋を渡って宮城前広場に入ったところで、私は大山さんに話しかけた。
「ええ」
大山さんの顔にも、安堵の色が明らかに浮かんでいた。「実際に事件が発生した12月27日も用心しなければなりませんが、その日には行幸も、皇太子殿下の行啓もありません。これで、虎ノ門事件に関しては回避できたと言っていいでしょう」
「あとは……新年早々にある二重橋爆弾事件だけど、これは大丈夫そうかな。朝鮮独立を狙った連中の犯行だし」
「我が国は朝鮮と関わらぬのが国是ですからね。ただ、朝鮮では毎年清に対する反乱が起きているのも事実。日本で朝鮮絡みの騒ぎが起こるとは思えませんが、念のため、警備は強化しておきましょう」
我が臣下と小声で話し合っていると、自動車は正門に入り、車寄せに到着する。私と大山さんは車から降り、兄に従って表宮殿に入った。
時刻は午前11時半を回っている。本来なら、正午までは仕事なのだけれど、今日は開院式があったので、早めに昼休みに入る。だから兄は表御座所の御学問所ではなく、奥御殿の方に向かってつかつかと歩いて行った。
(本当、兄上が無事でよかったなぁ……)
そう思いながら兄の後ろを歩いていると、表御座所と奥御殿の境目、奥御殿へと上がる階段の前に到着した。この先に入れるのは兄と兄付きの侍従さんのみで、他の臣下たちは、ここで奥御殿に入る兄を見送ることになる。
すると、こちらを振り向いた兄が、
「章子」
私を呼んで手招きをする。何だろう、と思いながら兄の近くまでやってくると、兄は一歩私に身体を近づけ、
「よく頑張ったな」
私を慈愛のこもった瞳で見つめながら、私の頭を撫でた。
(へ……?)
今まで、兄には数えきれないほど頭を撫でられている。けれど、今日の撫で方は、そのどれとも違うような気がする。慈しみと労いが、やけにこもっているような……。
(まさか……)
私が声を上げる前に、兄はくるりと踵を返し、奥御殿に通じる階段を上がる。私は兄の気配が遠くなるまで、深く頭を下げ続けた。
兄が去ると、私と一緒に最敬礼をしていた職員さんたちは頭を上げ、各々の職場へと戻って行く。けれど私は、奥御殿へと通じる階段を見つめたまま、その場から動けずにいた。
「梨花さま、いかがなさいましたか?」
大山さんに声を掛けられ、ハッとして周りを見ると、既に大山さんと私以外の職員の姿は消えていた。
「陛下が頭を撫でられてから、心ここにあらずといったご様子でしたが……」
「大山さん……」
私は、近づいてきた大山さんを縋るように見つめた。
「やっぱり、兄上は知ってるよ……。“史実”では、自分がもう健康を害していて、迪宮さまが摂政に立ってること……。それから……“史実”の自分が、あと3年で死ぬことも……」
私はそれ以上、言葉を口にすることができなかった。




