1923(大正8)年9月7日午前7時45分
1923(大正8)年9月7日金曜日午前7時45分、東京市浅草区千束町2丁目。
「ポッキリと折れているな」
カーキ色の軍装を着て馬に乗った兄は、前方を見ながら、隣で同じく馬に乗る戒厳司令官・山階宮菊麿王殿下に話しかけた。兄の前には凌雲閣という高層建築物がある。高層、と言っても、この時代のことなので、高さは55mしかない。12階建てなので、東京市民からは“十二階”と呼ばれているのだけれど、それが関東大震災の揺れで8階部分から折れ、上の部分が崩壊して地面に落ちてしまった。
「しかも、この辺り、すっかり焼けてしまっているな。この辺を焼いた火事の火元は、光月町だったか」
「おっしゃる通り……。ここより西の新谷町、芝崎町、田島町、松清町、松葉町をも焼き尽くしました。既に避難が終わっていたため、この地域での焼死者が10数名で済んだのが不幸中の幸いですが……」
そう言上した菊麿王殿下が、私をチラリと見る。もし、誰もこの場にいなかったら、恐らく彼は私に深く頭を下げていただろう。菊麿王殿下にとって私は、“かつて日本の未来を予言した不思議な女性”なのだから。彼が私を見ているのに気付いた瞬間、私は頭を下げ、菊麿王殿下から顔を隠した。
「そうだな。……本当は、死者がもっと少なければよかった。焼けてしまった面積がもっと狭ければよかった。しかし、皆ができることをやってくれなかったら、被害はもっと増えていただろう。事態を収めようと努力した皆に感謝しなければ」
兄は壊れた凌雲閣を見上げた後、周囲の焼け跡に目を走らせる。凌雲閣の周りの焼け跡には、所々、仮小屋が建てられている。1軒の仮小屋の戸の後ろから、女性が恐々、こちらを覗いていた。
「な、内府殿下、小屋に余り近づかないでください」
内大臣秘書官の東條英機さんが、乗っていた馬を、私と仮小屋の間に割り込むように入れた。
「何よ。あそこから狙撃されるとでも言うの?」
私が東條さんに微笑み返すと、
「あり得ますよ。この辺、普段から治安が悪いですし」
東條さんは厳しい表情で周囲を見回しながら言う。確かに彼の言う通りなのだけれど、私たちがいるあたりは中央情報院が密かに警備しているから安全だ。しかし、東條さんは院のことを知らないので、私は再び微笑して、
「そうね。ありがとう、東條さん。でも、何かあったら、あなたは私より陛下を優先して守ってね」
東條さんにこう命じた。
と、
「この辺りの以前の人出から考えると、焼け跡にいる者が明らかに少ないのだが、この辺りに住んでいた者はどこに避難しているのだ?」
兄が菊麿王殿下に尋ねる。菊麿王殿下の顔が微かに強張った。恐らく、兄が、この場所を以前訪れたことがあるのを示唆する発言をしたからだろう。……実際、訪れたことがあるのだ。兄が結婚する前の話だけれど。
「浅草公園じゃないかしら?」
菊麿王殿下が口を閉じたままなので、私は彼の代わりに答えた。「確か、あに……陛下と一緒に十二階のてっぺんまで登った後、すぐ近くの浅草公園を歩いたよね。何となく覚えてる」
「そ、その……陛下も内府殿下も、浅草においでになったことがお有りなのですか?!」
「章子と一緒に暮らしていた頃の話だから、もう20年以上前になるな」
顔を引きつらせた菊麿王殿下に、兄が悪戯っぽく微笑んだ。「もちろん、微行だ。おっと、これ以上言うと、伊藤顧問官や大山大将に叱られてしまう」
兄の言葉を聞いた菊麿王殿下は、今度は大山さんに向かって恐縮したように頭を下げる。
「それはそうと、菊麿、浅草公園の罹災者たちの様子を視察することはできるか?無理なら諦めるが、目と鼻の先まで来て素通りするのは……」
すると、兄の言葉を聞いた大山さんが、菊麿王殿下についてきた戒厳司令部の佐官に馬を近づける。確かあの佐官は、院ともつながりを持ちながら、国軍で働いている人だ。大山さんと囁き交わした彼は、菊麿王殿下のそばに馬を進め、何事かを言上する。それを聞いた菊麿王殿下は、
「陛下、10分ほどならご視察が可能です。ただ、それ以上のご滞在は、支援物資の搬入と重なるので難しいかと……」
と兄に報告した。
「そうか、ありがたい。なら、浅草公園に行こうか」
兄が嬉しそうに頷くと、先ほど大山さんと話した佐官が「ご案内いたします」と言って馬を動かす。兄は馬首を返し、佐官について行った。
「大山さん、もしかして、浅草公園にも兄上が寄る可能性を考えて色々調整したの?」
兄の後ろについて馬を歩かせながら、私は隣で馬に乗る大山さんにそっと尋ねた。大山さんは私に向かって微笑むと小さく頷いた。
「流石ねぇ……」
私が我が臣下を賞賛すると、
「しかし、10分ほどが限度です。それ以上の遅れは、色々なこととぶつかりまして厄介なことになりますから」
彼は私に囁き返す。
「確かにね」
今日も、皇居に戻ったら、すぐに政務が始まる。震災での被害者の慰問をすることも大事だけど、被害者のために行政を遅滞なく進めることも大事なのだ。
「ですから内府殿下にも、時間を無駄にせず行動なさるようお願いします」
「分かってる。ちゃんと馬にも乗れるから。兄上が、私に一番懐いている馬を選んでくれたからね」
今、私が乗っている栗毛の馬は、普段、兄と皇居の馬場で馬に乗る時に乗る馬だ。皇居で飼っている馬の中には気性の荒い馬もいるのだけれど、この栗毛の馬はおっとりしていて、指示によく従ってくれる。なので、馬を走らせる時、兄はいつもこの馬を私の相手に指名するのだ。
「この馬となら、兄上の馬にも遅れずについて行けるわ。足手まといにはならないつもりよ」
私が無い胸を張って言った台詞に、
「その意気でお願いします」
大山さんは恭しく頭を下げて応じた。
浅草公園の様子を10分ほど視察してから、私たちは馬を南に走らせて浅草区を突っ切り、日本橋区に入って、隅田川に架かる両国橋を東へ渡った。“微行で”という兄の意思が徹底されているためか、道行く人々は兄を出迎えることはしない。道の両側の木造家屋には、全壊したり大破したりしているものもあり、壊れた家屋の住人と思しき人々が、家の瓦礫を整理していた。
両国橋を渡ると、左手に総武鉄道の両国橋駅が見える。被服廠の跡地を利用して1920(大正5)年に開園した横網公園は、両国橋駅のすぐ北にある。発災当初、横網公園は国軍が防災拠点として使っていたけれど、今は公園の敷地の半分ほどを市民の避難場所として開放し、そこに東京府が罹災者用の仮小屋を建設している最中だった。
「随分と大工たちが働いているが、本職の者ばかりではなさそうだな」
槌音が賑やかに響く公園の中を、馬を降りた兄は左右を見ながら進んで行く。もちろん私たちも、兄に従って歩いていた。
「はっ、罹災者を雇用して、簡単な仕事に使っております」
兄のそばにいる東京府知事が恐縮しながら答えた。「この仮小屋建設の他にも、公共の建物や道路の瓦礫の片付けも、罹災者を雇用して行っております。罹災者たちに、生活の糧を得させなければなりませんから」
「とてもよい考えだ」
兄は知事さんに向かって深く頷いた。「時が経てば、民間における雇用も復活するだろうが、まだ民間が混乱している今は、自治体や国で雇用を創出せねばならんな」
既に建てられた仮小屋に入っていたり、道端にゴザを敷いて座り込んでいたりする罹災者たちは、私たちが通り過ぎるのをぼんやり眺めている。兄がここに来ることは彼らには伏せられているから、多分、“偉い軍人さんが視察に来た”ぐらいにしか思っていないだろう。
と、道端で遊んでいた男の子たちの1人が、私たちの姿を見つけてこちらに寄ってきた。年のころは5、6歳だろうか。彼は私たちの先頭にいる兄に向かって小走りで近づく。
「こら、坊主、こちらに寄るな」
知事さんが目を怒らせると、横から兄が「まぁまぁ」と知事さんをなだめる。そして兄は自分から男の子に近づくと、腰をかがめ、
「坊や、歳はいくつだ?」
と、紺色の着物をまとった男の子に尋ねた。
「6つだよ」
無邪気に答えた男の子に、
「すると、小学校に上がる歳だな。家族はどうした?」
兄は更に話しかける。
「父ちゃんは今、そこで小屋を建ててるよ。母ちゃんは、水の配給の列に並んでる。俺と兄ちゃんは、“戻って来るまで待ってろ”って母ちゃんに言われたから、ここで他の子と遊んでたんだ」
男の子がハキハキと答えていると、その男の子の兄らしき、10歳ぐらいの少年がそばにやってきた。
「ほら、次郎、軍人さんの邪魔をしちゃダメだ。……申し訳ありませんでした」
兄と話していた男の子を“次郎”と呼んだ少年は、その“次郎”君の頭を右手で押さえつけながら自分も一礼する。そして、頭を上げると、兄の顔を見て首を傾げた。
「ああ、君はこの子の兄さんかな?どうした?」
穏やかな声で訊いた兄に、男の子の兄らしき少年は、
「あ、あの……天皇陛下に、すごくよく似ていらっしゃるので」
と、訝しげに答える。
「そりゃそうだ。本人だからな」
兄の言葉に、少年はまじまじと兄を見つめると「ひえっ」と悲鳴を上げた。そして、素早く土下座すると、
「お、お許しを!」
と叫び、地面に頭をこすり付ける。
「あ……て、天皇陛下だ!」
「天皇陛下がいらっしゃるぞ!」
この頃になると、ここの様子が周りにも伝わってしまい、罹災者たちがこちらを見て、次々と驚愕の叫びを上げ始めた。私を見つけた人もいたらしく、「内府殿下がいらっしゃるぞ!」「内府殿下はご無事だ!」という男性の叫び声や、「内府殿下……生きていらっしゃって、本当によかった……」という、女性の感極まった声も聞こえてきた。
「ばんざーい!」
「天皇陛下、ばんざーい!」
「内府殿下ばんざーい!」
罹災者たちの熱狂的な万歳の声が響く中、兄は少年とその弟の前に片膝をつき、
「なぁ、坊やたち」
と呼び掛けた。
「ここにいるということは、先日の地震で家を失ってしまったのだろう。だがな、皆で心を一にして努力すれば、この東京は、この日本は必ず復興して、坊やたちが家族と一緒に1つの家で暮らせる日もやってくる。だから、両親をよく助けて、勉学に励むのだぞ」
そう言って頭を撫でた兄に、
「は、はい!仰せの通りに致します!」
少年は叫ぶように答え、その弟も、「励みます!」と元気よく言った。
(大騒ぎになったけど、よかったかな……)
少年たちを見つめて微笑した私のそばで、大山さんは手にした懐中時計に視線を走らせた。
横網公園の中央付近には、大きな天幕がいくつも張られている。ここは、赤十字社が関東大震災の発災翌日に設置した救護所だ。東京市内には、赤十字社の救護所が10数か所に設置されているけれど、横網公園の救護所は規模が大きく、簡単な手術を行える機能や、短期間の入院ができる設備も備えているということだった。
(んー……赤十字社の救護所って、こんな風になっているのね)
兄について歩きながら、私は救護所の中をじっくり観察していた。
赤十字社と皇室の関わりは深い。今の名誉総裁は皇后である節子さまだし、年に1度開かれる総会には、節子さまをはじめ、各宮家の妃殿下たちが出席している。ところが私は、総会に出席するどころか、赤十字社に関連する施設に足を踏み入れたことすらない。理由は石黒忠悳と青山胤通の存在だった。
私が幼い頃、彼ら2人を東京専門学校の講堂で、どう考えても中二病としか思えない言葉で叱り飛ばした後、石黒は国軍医務局長の、青山は東京帝国大学医科大学の教授の職を退いた。その後、彼らが職を得たのが赤十字社だったのだ。今、石黒は赤十字社の社長を、青山は渋谷町にある赤十字社病院の院長を務めている。そして、なぜか青山は……“史実”では1917年に亡くなったのに、今も健在な青山は、私に執着し、私を見つけると私を追いかけようとする。
――梨花さまを赤十字社関連のものに近づけるのは危険です。恐れながら梨花さまは、赤十字社の施設や催しに一切関わらないようお願いします。
そんな大山さんからの進言もあって、私は今まで、青山を避けるため、赤十字社を徹底的に避けて過ごしていたのだ。
しかし、災害時の傷病者への救護を任務の1つとする赤十字社は、この関東大震災でも東京府・神奈川県を中心に20以上の救護所を開設し、罹災者に尽くしてくれている。そんな赤十字社の救護所を兄が視察しないのはおかしいので、今回、この横網公園の救護所を視察することになったのだ。……もちろん、この救護所に青山と石黒がいないことは、事前に確認している。
「この怪我はどうした?」
「家族はどうしているのだ?」
兄は病室として使われている天幕に入ると、患者さん1人1人に声を掛け、励ましていく。兄の掛けるいたわりの言葉には、心からの優しさがこもっている。患者さんたちの目からは涙がこぼれていた。
と、
「陛下、ご還幸を」
天幕にいる3分の2ほどの患者さんに兄が声を掛け終わった時、大山さんが兄に言上した。
「大山大将、もう少し待ってくれないか」
兄は懇願するように大山さんに言った。「ここで切り上げたら、俺に声を掛けられなかった者が出て、不公平になってしまう」
すると、
「お気持ちは重々承知しておりますが、これは内府殿下のためでございます」
大山さんは兄に小さな声で鋭く言った。
(私のため?)
「ですから早くご還幸を……」
大山さんが兄に再度強く言ったその時、入り口の方でガタッ、と大きな音がした。振り向くと、白衣を着た初老の男性が、両膝を地面につき、両眼を見開いてこちらを見ている。……間違いない。あれは、赤十字社病院の院長、青山胤通だ。
「おお……いつかまた、憧れの内府殿下にお目にかかりたいと、酒とタバコを断って願掛けしていたが、その願いが叶うとは……」
青山は目を輝かせながら、両手を顔の前で拝むように合わせる。
「ああ、内府殿下、どうか、我が赤十字社病院に厳しいご指導を……」
手を合わせたまま頬を上気させる青山と私の間に、大山さんが身体をスッと入れた。
「貴様は青山か」
患者さんに声を掛けようとした兄が、青山に刺すような視線を向ける。それを見て兄の存在に気が付いたらしい青山は、慌てて立ち上がり、
「はっ。たまたま、定時の巡回に参りまして……事前に行幸を存じ上げておりましたら、万事を投げ打ってお出迎え申し上げたのですが、出迎えもせず、ご無礼致しました」
そう釈明して兄に最敬礼する。
「だから早くご還幸を、と申し上げたのです。遅れてしまうと、青山の巡回と重なりますから……」
大山さんが呟くように言う。なるほど、彼が今日、時間を気にしていたのは、こういう事情があったかららしい。
「微行だから、通達は最低限にせよと命じた。この妹を守るためにな」
兄は重い声で言いながら、ゆっくりとこちらに向かってくる。兄は微笑んでいたけれど、その顔は僅かに強張っている。それに、大山さんの後ろ姿もどことなく不気味さを感じさせる。異様な雰囲気に気が付いたのか、患者さんたちがこちらに怯えた目を向けた。
(まずい!)
「2人とも、待って!」
私は大山さんと青山の間に入ると、大山さんの前に両腕を広げて立ちはだかった。
「何をしている、章子!青山がお前に何をしているのか、分かっているのか?!」
「分かっているわよ。隙あらば、私に付きまとおうとしてるってことは」
眉を跳ね上げた兄を、私は両腕を広げたまま睨んだ。
「でも、私を守るのは、患者さんたちを怖がらせてまですることじゃないわ。落ち着いてちょうだい」
私はクルリと振り向くと、青山の方を見た。私に見られていると気づいた青山が、紅潮した顔を私に向ける。
「青山院長」
私が口を開くと、青山は深く頭を下げた。
「連日の罹災者たちへの加療、彼らに代わって礼を言います。しかし、私は内大臣として国を医すべき身。人を医す医師ではありません。ですから、あなたを導く言葉は持ち合わせていません。これからは私を追い求めることは止め、病める者、傷ついた者に尽くしなさい」
私は事務的に言うと、兄の方を見て、
「陛下、ご還幸の刻限でございます」
と言上して一礼する。兄は何か言いたそうにしていたけれど、私の言葉を聞くと弾かれたように動き出し、天幕から出て行った。
「内府殿下、一体どうなさったのですか」
救護所を出るやいなや、大山さんが血相を変えて私に尋ねた。
「そうだ、章子」
先を歩いていた兄も立ち止まり、私のそばまでやって来る。
「青山を、お前は忌み嫌っていたではないか。それなのに、あのように声を掛けて……」
「今だって許せないわ。私の恩師のベルツ先生を、公衆の面前で罵倒したんだもの」
ただならぬ雰囲気をまとう兄と大山さんに、私はできるだけ落ち着いた声を作って言った。
「でも、青山が、今まで患者さんたちのために尽くしたのは事実だから、それは無視できないと思ったの。それに、救護所にいた患者さんたちを兄上と大山さんの殺気で怯えさせるわけにもいかなかったし……なら、私情を捨てて、一番能力が発揮できるところで青山をこき使って、患者さんたちのために尽くさせればいいと思って……」
すると、
「ああ、何と素晴らしい……」
大山さんの後ろで男性が泣き崩れる。侍従武官長の島村速雄海兵中将だ。
「幼い内府殿下が、今は亡きベルツ先生を侮辱されたことを脚気討論会の席で叱責なさったことは、新聞で広く報道されましたから存じております。しかし、そんな恨み重なる相手を容れられるとは……内府殿下は、本当に度量の大きい方でございます」
「あ、いや、そんなわけじゃないんですけど……」
気が付けば、島村さんだけではなく、菊麿王殿下や東京府知事など、兄に付き従っている人々のほぼすべてが私を見つめている。その中には、島村さんのように涙ぐんでいる人もいた。
「なるほど、それなら納得いたしますが……」
軽くため息をついた大山さんは、
「ならば、青山を梨花さまに極力近づけないようにと院に下していた命令を解除致しますか?」
私の耳に口を近づけて囁く。
「あ、ごめん、それは続けて」
「……それは矛盾するのではないですか?」
私の即答に、大山さんは首を傾げながらツッコミを入れる。
その時、
「大山どの」
大山さんの後ろから、侍従長の奥保鞏さんが肩を叩いた。
「……先ほどの病室での行動は、患者の前ではやってはいけないことだと思うのだが?」
奥侍従長の硬い声に、
「やってはいけないこととは……俺は、内府殿下をお守りしようと……」
大山さんは後ろを振り返りながら、慌てて弁明を始める。しかし、それには耳を貸さず、
「陛下もです」
奥侍従長は兄をじっと見据えた。
「患者を怯えさせるとは……」
「ま、待て、奥大将、あれは章子を守ろうと……」
「だまらっしゃい!」
抗弁しようとする兄を、奥侍従長は一喝して黙らせた。
「お2人とも、還幸の後、ご政務の前にお話しさせていただきます。……お逃げになれば許しませんぞ」
奥侍従長は燃えるような瞳で、大山さんと兄を睨みつける。……今日のお説教は長くなりそうだ。私は皇居に戻ったら、内大臣室に引きこもって休むことにした。
Q:どうして青山胤通の寿命が延びたのですか?
A:酒とタバコを願掛けで断ったからじゃないでしょうかね。彼は実際には食道がんで亡くなっていますが、飲酒と喫煙は食道がんのリスクを高めるので……。




