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転生内親王は上医を目指す  作者: 佐藤庵
第74章 1923(大正8)年処暑~1923(大正8)年白露
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閑話:1923(大正8)年処暑 ローマの旅立ち

 東京から遠く離れたヨーロッパにあるイタリア王国の首都・ローマには、現王家のサヴォイア家が所有する邸宅がいくつか存在する。その中で一際広い、瀟洒な屋敷には、現在、2人の王族が暮らしていた。現イタリア国王、ヴィットーリオ・エマヌエーレ3世の従弟であるヴィットーリオ・エマヌエーレ・トリノ・ジョヴァンニ・マリーア・ディ・サヴォイア=アオスタ……“トリノ伯”という儀礼称号を有していた男と、その弟で、ルイージ・アメデーオ・ジュゼッペ・マリーア・フェルディナンド・フランチェスコ・ディ・サヴォイア=アオスタ……“アブルッツィ公”という儀礼称号で呼ばれていた男である。彼ら2人は4年前の1919年、日本の内大臣・章子内親王が新型インフルエンザに罹患した際、それぞれ軽騎兵軍団の司令官と艦隊司令官という要職を占める身でありながら、日本の章子内親王を見舞うために共謀して軍艦を乗っ取ろうとするという前代未聞の事件を起こし、役職や称号を全て剥奪された上で、ローマ郊外のこの屋敷に軟禁されていた。

 軟禁されていても、彼ら2人に多少の自由は与えられている。外出はできないけれど、新聞は読めるし、身体の鍛錬はできる。それに、流行小説家“マリオ”として数々の著作を持つ兄の元には、編集者たちも出入りしている。兄が著作に勤しみ、弟が趣味の登山が自由にできる日を夢見て身体トレーニングに励む日々を送る中、驚くべき知らせが彼らにもたらされたのは、1923年9月5日の夕方近くのことだった。

兄者(あにじゃ)、大変だ!」

 血相を変えて2階にある書斎になだれ込んだ弟に、

「なんだ、弟よ、今、いいところなのだ。邪魔をしないでくれ」

万年筆を握った兄は振り向きながら、尖った声で言った。「ヒロインが悪の“Ninja”にさらわれようとしたその瞬間、正義の“Sekuhara-Yarou”が駆けつけてだな……」

「そんなことやってる場合じゃない!とにかく、この記事を読んでくれ!」

 片方の眉を跳ね上げた兄に、弟は手にした新聞を突き出す。記事の見出しが目に入った瞬間、兄の顔が青ざめた。

「なっ?!あの姫君が、大地震で亡くなっただと?!」

「ああ、倒れた宮殿の下敷きになったそうだ……」

 ようやく事の重大さを理解した兄に向かって、弟は重々しく頷いた。「我々がかつて訪れた港町の横浜は大地震で壊滅、そして東京は火事でほとんどすべてが灰燼に帰したということだが……」

 実のところ、この新聞記事は、地震発生の翌日に東京で流れていた噂を元に書かれたものだ。イタリアの新聞の東京特派員が、情報の真偽も確かめずに、聞いた噂をそのまま本国に打電してしまったのだ。数日後、この記事は誤報であることが、イタリア国内でも明らかになるのだが、この時の兄弟には、新聞記事の内容を吟味する余裕は全く無かった。

「何ということだ……あの美しく強い姫君が亡くなったとは……」

「ああ、兄者の武にも打ち勝った、あの山岳好きの姫君が、こんな形で亡くなるとは……自然は恐ろしいな……」

 イタリアも、日本と同様、地震の多い国である。15年前の1908年に発生したメッシーナ地震では、津波が発生したこともあり、8万2000人とも、10万人とも言われる人々が亡くなっている。今回の日本を襲った地震がどの程度の規模だったかは分からないが、相当大きいな地震だったに違いない。

「……こうしてはおれぬぞ、弟よ」

 ヴィットーリオ・エマヌエーレは、万年筆を机の上に置くと、流れ出る涙をハンカチーフで拭った。

「日本に行って、1人の人夫として、地震からの復興を手助けしよう。そして、不運にも命を落としてしまったあの美しい姫君の遺志に、万分の一でも応えようではないか」

「それは無論、俺もそうしたいが……しかし、俺たちは軟禁されている身。どうやって日本に行けばいいのだ?」

 首を傾げた弟を無視し、兄は扉に向かって数歩歩く。そこから、庭に面した窓に向かって突進すると、

「Wasshoooooooooooooooooooooi!!!!!!!」

謎の掛け声とともに窓ガラスを蹴破り、夕闇に包まれつつある庭に着地した。

「あ、兄者ぁっ?!」

 弟は割れた窓から身を乗り出して叫んだ。

「何やってんだ!正気か?!」

「もちろんだ、弟よ」

 兄は両手についた土を払いながら立ち上がった。「軟禁が解かれるのを待っていたら、時間を無駄にしてしまう。ならば、今すぐここを脱出して、日本に向かう他あるまい」

「だからって、窓を蹴破るか?!普通に開ければいいだろう!しかも、“ワッショーイ”というのは何だ?!」

「知らないのか、日本では祭の時に、掛け声としてこの言葉を使うのだ。我々の門出にふさわしいと思って使ったのだが」

「それは、“Enyaaaakooooorayatto”とか、“Dokkoisyoooooo!”とか言うのではないか……?!」

 庭に仁王立ちして両腕を組んだ兄に、階上から指摘した弟だったが、

「そんなことより弟よ、早くこちらに来い。追っ手に捕まってしまうぞ」

兄が意外にも冷静な言葉を吐く。耳を澄ますと、遠くから、「何かあったか?」という警備兵の声が、風に乗って聞こえてきた。

「ええい、ままよ!兄者、俺も行くぞ!」

 ルイージ・アメデーオは一声叫ぶと、窓の桟に両手を掛けてぶら下がり、慎重に庭に下りる。そして、嬉しそうな兄と共に、夕闇のローマへと消えていった。


 数時間後。

「……」

 イタリア国王、ヴィットーリオ・エマヌエーレ3世は、届けられた忌々しい知らせに、文字通り頭を抱えていた。それは、前国王で彼の父であるウンベルト1世が崩御する直前、日本の内大臣・章子内親王の見舞いに行くために軍艦を乗っ取ろうとした従弟たちが、軟禁していたローマ郊外の邸宅から脱走したというものだった。

「いかがいたしますか、陛下?」

「……死んだことにしろ」

 知らせをもたらした臣下に問われた国王は、小さな声で吐き捨てた。

「は?陛下、今、何と……」

 声が小さ過ぎたため聞き返した臣下に、

「だぁかぁらぁ!死んだことにしろって言ってんの!」

国王は今度は叫ぶように命じた。

「何なんだよ、あいつらは!昔から章子章子とうるさくて、親父が用意した見合い相手に目もくれず……おまけに、親父が死ぬ直前に、軍艦乗っ取り未遂とかいう訳分かんないことやりやがって!だからもう俺は知らん!インフルエンザか何かで死んだことにして、あいつらが存在した痕跡を、この王家から消し去ってやる!大体、あいつらはなぁ……!」

 国王が厄介者の従弟たちへの恨みつらみを叫んでいた頃、その原因を作った兄弟は、ローマの中央駅であるローマ・テルミニ駅にいた。この駅からは、イタリア国内のみならず、ヨーロッパ各地へ向かう列車が発車する。兄弟たちも、そんな長距離列車の1本に乗り込もうとしていた。

「“出版社に寄っていく”と言うから何事かと思ったら、原稿料の前借りをするためだったとはな……」

 買い求めたばかりのカバンの取っ手を握って呟いた弟に、

「それは作家の生きる術という奴だ」

同じく真新しいカバンを持った兄は得意げに応じた。「もっとえげつない前借りをする作家もいると聞くぞ。しかし、私は義理堅いからな。借りた分は、きちんと作品にして返すつもりだ」

「作家の生きる術って……」

 弟は兄を軽く睨みつける。「あいつらと付き合いがあるのも、その生きる術ってやつなのか?ほら、マフィアとかシカーリオとか言う……」

「それは小説の取材で知り合った」

 弟の疑問に、兄は胸を張って回答した。「よいではないか。こうして我々は新しい人間に生まれ変われたのだ。1人の人間として、胸を張って日本に行こうではないか」

 兄が持つ旅券には、“マリオ・ロッシ”という名前が記載されている。一方、弟が持つ旅券の氏名欄には、“ルイージ・ヴェルディ”という名が書かれていた。兄弟は裏社会の人間に接触し、編集者から前借りした金のほとんどを使って、精巧な偽造旅券を手に入れたのだった。

「この金額では、間違いなく日本にはたどり着けない。途中で金策をしないといけないな」

「何、働けばいいだけの話だ。幸いにして我ら2人、健康な肉体を持っているのだ。恐れるものは何もない!」

 兄が弟に向かって再び胸を張ると、彼らが乗り込んだ列車が動き出した。その行き先はどこなのか、そして彼らは日本にたどり着けるのか……彼らの従兄たる国王にも、彼らが慕う章子内親王にも、そして彼らが信じる神にも分からない旅は、こうして始まった……いや、始まってしまった。

なお、執筆者は、「カッとなって書いた。後悔している」と供述しており……。

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― 新着の感想 ―
[良い点] このフラテッリ大好きだから出てきてくれて嬉しい
[一言] いや、そりゃあ、海外の反応を期待したと、感想を書いたのは、私ですよ。 でも、暴走を期待したのは、バカイザーで、イタリアのアホ兄弟じゃあないし、その結果もこれはあんまりでしょう。放り投げもすぎ…
[一言] 投稿日が1日、早かったんじゃない? 明日なら言い訳も出来ただろうに。
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