1923 (大正8)年9月1日午後0時17分
※読み仮名ミスを訂正しました。(2024年2月25日)
1923(大正8)年9月1日土曜日午後0時17分、皇居・表宮殿の御車寄前。
「天皇陛下!皇后陛下!ご無事でございましたか!」
兄と節子さまの御機嫌伺いをするために急遽参内した内閣総理大臣の桂さんは、小走りで兄と節子さまの前にやって来ると深々と頭を下げた。
「ああ」
兄が首を縦に振った時、何度目か分からなくなった余震で再び地面が揺れた。次の瞬間、私の隣に立っていた大山さんが私を横から抱き締める。
「大山さん、私は大丈夫だからさ、離れてもらえるかなぁ……」
御車寄の前ではあるけれど、今は兄と桂さんが対面している大事な場面だ。そんな時に、内大臣が臣下に抱き締められているというのはいかがなものだろうか。
しかし、
「内府殿下をお守り申し上げるのは、俺に課せられた使命でございますれば」
大山さんはこう主張して、私から離れようとしない。
「大山閣下のおっしゃる通りでございます。天皇皇后両陛下はもちろんでございますが、内府殿下の御身に万が一のことが起これば、日本にとって大変な損失となります」
こちらを振り向いた桂さんも、大げさな身振り手振りを交えながら私に力説する。渋々口を閉じた私は、黙って大山さんに抱かれている他なくなってしまった。
「ところで桂総理」
私の様子をみてクスっと笑った兄は、桂さんに目を向けると一転、厳かな声で言った。「はっ」と頭を下げた桂さんに、
「これほどの地震なら、この東京はもちろんだが、東京の近県にも被害が出ているに違いない。政府一丸となって対応に当たって欲しい」
兄はこう話すと、
「頼んだぞ」
と言い、桂さんをジッと見つめた。
「ははっ!この桂、身命を賭して事に当たります!」
桂さんは兄に向かって最敬礼すると、御車寄前から去っていく。
「あとは……信じて待つしかないな」
桂さんの背中を見送る兄が小さな声で呟いた時、また揺れを感じた。再び大山さんに抱き締められた時、
「観瀑亭は安全の確認ができました。ひとまず、そちらにご動座を」
宮内大臣の牧野さんが兄に言上する。震災が発生した直後は、宮殿の損傷状態が分からないので、兄夫妻は御苑の中にあるお茶屋・観瀑亭に移動する……以前から取り決められていたことだけれど、それを告げる牧野さんの顔は少し強張っていた。地震の余りの大きさに驚いてしまっているのだろう。私だってそうだ。
「分かった」
一方、牧野さんに応じた兄は落ち着いているように見える。けれど、兄が心の中で、押し寄せる不安と必死に戦っていることを、兄との付き合いが長い私は敏感に感じ取った。
(兄上……私が何か、助けられたら……)
私が目を伏せると、
「さぁ、梨花さま、陛下について参りましょう。内府殿下の奉じる御璽と国璽が無ければ、この災難に対応するのに必要な法は、何1つとして成立しないのですから」
大山さんが私の耳元で囁く。私は黙って首を縦に振ると、歩き始めた兄と節子さまに従って動き始めた。
観瀑亭に着いた私たちは、運ばれてきた昼食用のおにぎりを頬張った。それを食べている間にも、余震は時折襲ってきて、観瀑亭の障子を揺らす。今、東京の街はどうなっているのだろうかと、観瀑亭の二の間で控える私がぼんやり考えた時、
「章子」
突然、兄が障子を開け、仮の御座所から顔を出した。
「び、びっくりさせないでよ、兄う……じゃない、陛下!」
二の間には私と大山さんの他、侍従武官長の島村速雄さんなど、内輪ではない人たちもいる。慌てて言い直した私に、
「ちょっと宮内省の方に行って、どういう状況になっているか確かめてきてくれないか」
と、兄は気軽な調子で頼む。断る理由は全くないので、私は兄の言いつけ通り、内大臣秘書官の平塚明さんと一緒に、宮内省の職員たちが事務を執っている宮内省本庁舎前の天幕に向かった。
1923(大正8)年9月1日土曜日午後1時35分、宮内省本庁舎前。
「ああ、内府殿下」
宮内大臣の牧野伸顕さんは、私と平塚さんの姿を見つけると軽く頭を下げて応えた。
「たった今、総理大臣官邸から無線で連絡が入りまして……」
「そうですか。内容は?」
普段なら電話で連絡し合うところを“無線で”……ということは、やはり地震で電話はダメになってしまったようだ。こう思いながらも牧野さんに短く問いを投げると、
「今回の震災による被害者数は、どう少なく見積もっても万を超えると予想されるため、その救済のため、物資を徴発する非常徴発令を緊急勅令で出すことにした……ということでした」
牧野さんは淀みなく私に教えてくれた。
「万を超える被害者……?!」
平塚さんは牧野さんの言葉に息を呑んだけれど、私は落ち着いていた。少なくともここまでは、事前に予想されていた展開だ。
「緊急勅令……枢密院は開けそうですか?」
今は帝国議会の開催期間中ではない。この“非常徴発令”は、本来ならば帝国議会での審議を経た法律の形で公布されるべきなのだろうけれど、こんな急場に帝国議会を招集する余裕などもちろん無いから、緊急勅令で出す。しかし、緊急勅令は、枢密院での審議を経なければ出すことはできない。それを念頭に置いた上で、私は牧野さんにこう尋ねてみた。
「ええ、在京の枢密院議員は、全員、防災訓練のために庁舎に出ておられましたから、枢密院は問題なく開催できるとのことです」
牧野さんからはこんな答えが返ってきた。枢密顧問官でもある山縣さん、松方さん、西郷さんは栃木県の那須に、陸奥さんは同じく栃木県の日光にいるけれど、多少の欠席者がいても枢密院会議は開催できる。山縣さんたちが不在でも、他の枢密顧問官が全員東京にいれば、枢密院会議は開ける計算だった。
「ただ、戒厳令を適用させるべきではないかという意見も、内閣の中では上がっているようです」
頭の中で、震災が起こる前に予想されていた展開を反芻していると、牧野さんは容易ならぬ情報を私にもたらした。
「警視庁によりますと、東京市内の倒壊家屋は多数、更に、神田区や浅草区、本所区、深川区で火の手がいくつも上がっているとのこと。防災訓練のために配置されていた国軍も消火に協力しているとのことですが、現場が混乱しており、治安を維持するために、戒厳令を発布する方がよいのではないかと……」
「そうですか……」
“史実”の関東大震災では、火事による死傷者が多かった。そして、この時の流れでも、東京市……主に、東京市の東部地域に火災が発生してしまっている。これ以上の被害が出ないように、何とか火災が収まって欲しいけれど……。
「内府殿下、牧野閣下……そんな大変な状態になっているのですか?!私……私、どうしたら……」
「まずは、滞りなく行政を進めることですね」
顔を真っ青にしてしまった平塚さんに、私は穏やかな調子で話しかけた。「そのうち、緊急勅令の裁可を陛下がなさる。私たちは、それを確実に進めないといけません。陛下が裁可なさらなければ、人を救うための法令も、威力を発揮できませんから」
その後、奥御殿の職員さんたちが使うエリアの廊下や、宮殿の馬車庫が全壊したこと、厩舎や皇宮警察の合宿所などが大破したことなどを聞いてから、私と平塚さんは観瀑亭に戻った。
「そうか……」
私から報告を聞いた兄は、僅かに顔をしかめた。
「火事がどこまで広がっているかは分かるか?」
「ううん、そこまでは。今、所沢の航空基地から、火災の状況を把握するために飛行器を飛ばしている、とは聞いたけれど」
私が兄に答えると、
「神田区はここにも近いからな。避難する人が皇居に押し寄せるかもしれない」
兄は心配そうに私に言う。神田区は皇居のすぐ北にある。兄と一緒に微行に出る時、よく訪れる場所でもあった。
「そうしたら、皇居の敷地の中に、避難者を入れましょう。敷地の中を、火のない方へ通り抜けさせるだけでも、だいぶ避難の助けになるでしょうし……」
兄の隣に座る節子さまが兄に言った。彼女の前には、皇居を中心として描かれた東京市の地図がある。通行止めや家屋倒壊エリアを描き込んで使えるよう、震災前に大量に刷ったもののうちの1枚だ。
「そうだな。何せ、いまだに風が強い。早めに伝えておく方がいいだろうが……」
節子さまに向かって頷き、再び顔を軽くしかめた兄に、
「分かった。牧野さんと近衛師団に連絡しておくよ」
私はしっかり請け負った。今は南から北へ、強い風が吹いている。皇居の北側・神田区の火災が皇居の方へ広がる可能性は少ないけれど、兄の考えを早く伝えておく方が、いざという時に関係各所が慌てずに済むだろう。私はいったん二の間に下がると、大山さんに言いつけて、兄の意思を関係部署に伝えてもらった。
1923(大正8)年9月1日土曜日午後4時、皇居・観瀑亭の仮御座所。
「非常徴発令と、臨時震災救護事務局官制の書類を持って参りました」
枢密院議長の黒田さん、そして内閣総理大臣の桂さんが現れ、畳の上に正座すると兄に向かって深々と頭を下げた。私は黒田さんと桂さんから冊子を受け取ると、兄の前にある文机の上にそれを置いた。
兄は冊子を開くと、いつものように一文一文に丹念に目を通す。そして、筆を執ると、冊子の1ページ目に大きく取られた空白の情報に、“嘉仁”と名を書いた。
「……内閣と枢密院の様子はどうだ?」
上座に座る兄が黒田さんと桂さんに尋ねたのは、私が2冊の冊子に御璽を押し終わった時だった。
「枢密院は落ち着いております」
黒田さんは一礼して答えた。
「内閣もでございます。目下、戒厳令を適用する、という緊急勅令案やそれに関連する緊急勅令案の文書作成と、枢密院への根回しをしているところでして」
恭しく頭を下げた桂さんに、
「やはり、戒厳令を適用させなければならないか」
と兄は尋ねた。
「はい。神田区の火災は、国軍の奮闘で神田川南岸の線で鎮圧できそうですが、浅草区・本所区・深川区、それから横浜市の混乱がひどうございます」
「分かった。国民を保護するのに適切な手段をとってくれ」
兄は桂さんにこう答えると、
「頼むぞ」
と言って、桂さんを見つめた。
「ははっ!」
桂さんが畳に額をこすり付けるようにして頭を下げた時、
「陛下、よろしいでしょうか」
侍従長の奥保鞏さんが二の間から声を掛けた。「入ってよいぞ」と応じた兄に、
「陛下、牧野閣下から急報が入りました。神田区方面の火事が飯田町に燃え広がり、山階宮殿下の本邸に延焼する危険が出てきた、と……」
障子を開けた奥侍従長はこう告げた。
「!」
飯田町は、皇居のある麹町区の北端にあり、すぐ東に神田区との境界がある。そして、その飯田町の西隣、富士見町に、第1軍管区の司令官・山階宮菊麿王殿下の屋敷があるのだ。
「牧野大臣に伝えよ。菊麿の一家を皇居に避難させてやれ、と」
兄の声に一礼した奥侍従長が、二の間との境の障子を閉める。
(まずいことになってきたわね……)
閉ざされた障子をぼんやり見つめる私の心に、不安が夏の入道雲のようにむくむくと湧き上がった。
※手続き周りの描写についてはこれで正しいか怪しいです。ご了承ください。




