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転生内親王は上医を目指す  作者: 佐藤庵
第71章 1922(大正7)年小満~1922(大正7)年小雪
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後始末(3)

 1922(大正7)年12月2日午後3時25分、皇居・表御座所にある御学問所。

「来たか」

 大山さんに先導されて御学問所に足を踏み入れた2人の男性を兄は一瞥した。1人は久邇宮(くにのみや)邦彦(くによし)王殿下。もう1人は梨本宮(なしもとのみや)守正(もりまさ)王殿下。2人とも、額に脂汗が光っていた。

「お前たちに来てもらったのは他でもない」

 無言で最敬礼した邦彦王殿下と守正王殿下に、兄は淡々と言うと、

「この場で章子に謝罪しろ。それでお前たちの罪は不問とする」

と告げた。

「本当は、皇族としての品位を辱めたのであるから、皇族特権の剥奪が妥当ではないかと思っていた。しかし、章子が、それはならん、罰することはふさわしくないとわたしを必死に止めた。確かに、お前たちが章子を侮辱したと国民が知れば、世界の平和の女神と称えられる章子を守ろうと、幾万もの女性が……いや、それだけではない、清や新イスラエルからも抗議する人間がやって来て、お前たちを襲撃しかねないからな。それで、章子への謝罪をすればよし、としたのだ。感謝するなら、章子に感謝するのだな」

 兄の声には、一応殺気は伴っていない。しかし、放たれる威厳はすさまじく、兄のそばに立っている私は息が詰まりそうだった。恐らく、邦彦王殿下と守正王殿下も同じ状態だろう。

「章子、邦彦と守正の横に立て」

 兄の命令に応じて、私は邦彦王殿下の横、御学問所の壁の前へと歩き、部屋の中央を向くようにして立った。強張った顔をしている邦彦王殿下と守正王殿下と、目を合わせないように気を付けながら向かい合う。

「……申し訳……ありません……」

「お、お詫び、致します……」

 邦彦王殿下と守正王殿下が私に同時に頭を下げ、謝罪の言葉を口にする。しかし、私が反応する前に、

「聞こえぬな、謝罪の言葉が」

兄が冷たい声で言い放つ。すると、

「「も、申し訳ございませんでした!」」

邦彦王殿下と守正王殿下は、自棄になったように声を叩きつけ、頭を更に深く下げた。

「はい、謝罪を受け入れました」

 兄が2人にパワハラじみた謝罪の再要求をする前に、私はサッとこう言った。

「うん……では、これで手打ちだ。章子も、邦彦と守正も、今後、よく国に尽くすように」

 少し残念そうに頷いた兄は、厳かな調子で私たちに言う。私と邦彦王殿下と守正王殿下が兄に向かって最敬礼すると、

「久邇宮殿下、梨本宮殿下、お送りいたします」

大山さんが穏やかな声で来客たちに言う。邦彦王殿下と守正王殿下は大山さんの後ろにつき、御学問所を去っていった。

「はあ……疲れたぁ!」

 2人の姿が見えなくなって数秒経ってから、私は大きく伸びをした。

「確かに、そんなに疲れた梨花の顔は、ここ最近見たことがないな」

 私に話しかけた兄の顔からは、刺々しさがなくなっている。立ち振る舞いも、いつもの穏やかなものに戻っていた。

「この事態を鎮静化させるのに必死だったのよ」

 私は兄の横にある椅子に腰かけると、大きなため息をついた。「兄上は滅茶苦茶怖いし、伊藤さんたちは暴走しようとするし……」

「それは当然だろう。お前が侮辱されたのだから」

「そうだけどさ、周りへの影響を考えてよね。こっちは、梨花会の面々を説得したり、根回ししたり……この2日、本当に辛かったわ。ああ、何か甘いものでも食べないとやってられない」

「そう言えば、3時のおやつがまだだったな。梨花、帰る前に食べていくか?」

「いいわね。せめてゆっくりお茶をして、消耗しきった心を癒し……」

 その瞬間、私の感覚にとても嫌なものが引っ掛かった。これは……我が臣下の、フルパワーの殺気だ。

「ちょっ……?!」

 思わず椅子から立ち上がった私に、

「大山大将だけではないな」

兄がニヤリと笑いかけた。「伊藤顧問官と山縣顧問官……他にも3、4人いるのではないかな」

「あの人たち……!」

 私は顔をしかめると、御学問所を出た。少し廊下を歩くと、見つけたかった人たちが前方にいるのが見えた。伊藤さんに黒田さん、山縣さん、松方さん、西郷さん、陸奥さん……梨花会に所属する枢密顧問官たちと大山さんが、意気揚々とこちらに向かって歩いてくる。

「あなたたち、久邇宮さまと梨本宮さまを脅したでしょ!」

 私が威勢の良すぎる枢密顧問官たちを睨みつけると、

「脅すとは人聞きの悪い。(おい)たちはただ、久邇宮殿下と梨本宮殿下にご注意を申し上げただけでございます」

大山さんがゆったり笑って答えた。

「夜道に気を付けろなんて言ってないでしょうね」

「誰がそんなありきたりな言葉を言いますか」

 陸奥さんが私に呆れたように応じる。「内府殿下は、国内外から慕われておいでだ。もし殿下方の所業が、新イスラエルのストラウス大統領や、ドイツの皇帝(カイザー)に知れたら、我が国は彼らに攻め滅ぼされるかもしれないという現実をお伝えしたまでですよ」

「まぁ、そうでなくても、(おい)たちが黙っておりませんからなぁ」

「その通り。今回は内府殿下が寛大にも許されましたが、他の皇族たちに同じようなことをなさったならば、今度こそ皇族身位令に照らして罰さなければなりません」

 西郷さんと山縣さんの言葉に、松方さんが「うむ」と重々しく頷く。

「ご安心ください、内府殿下。また皇族会議で同じような事態が発生すれば、今度こそは内府殿下を守り抜いてご覧に入れます!」

「いや、兄上があんなに怒ったから、皇族会議が荒れることはしばらくないと思うんですけど……」

 私が黒田さんにツッコミを入れた時、

「それだけ、梨花会の皆がお前を愛しく思っているということだよ」

いつの間にか私について来ていた兄が、後ろから私の肩にそっと手を置いた。「もちろん俺もだ。お前のことは何があっても必ず守り抜く」

「気持ちはありがたいけれど、もう少し、人の迷惑にならない方法で守って欲しいなぁ……」

 私がため息をつくと、

「これは陛下、わざわざのお出まし、恐縮でございます」

伊藤さんが枢密顧問官を代表するような形で兄にあいさつした。

「うん、皆、今日はご苦労だった」

 兄は鷹揚に頷き、

「邦彦と守正に()()をしてくれて、礼を言う。せっかくだから、卿らに何か褒美を取らせようと思うが、何がいい?」

と一同に尋ねる。

「それでは、ちょうど時刻もよろしいですし、内府殿下と一緒に茶菓をいただければ……」

 間髪入れずに申し出た伊藤さんに、

「それはダメです。私はこれから、兄上とお茶をするんですから」

私はこう教えたのだけれど、

「そう言うと思ってな、茶菓を用意させている」

兄はニッコリ笑って枢密顧問官たちに言った。

「はあああ?!私、兄上とお茶するはずだったじゃない!それが何で、相手が伊藤さんたちになっちゃうのよ?!」

「俺も一緒にいるから問題ないだろうが」

 梨花会の面々が「ありがたき幸せ!」と一斉に頭を下げる中、抗議する私に兄は事も無げに返答する。

「それとも……なんだ?甘いものは食べたくないのか?」

「それは、食べたいけどさ……」

 反論を見失ってしまった私に、「なら、決まりだな」と兄は微笑み、私の右手を優しく取る。こうして、昨日からの騒がしい2日間は、兄と梨花会の面々とのお茶会で締めくくられることになった。

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