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転生内親王は上医を目指す  作者: 佐藤庵
第71章 1922(大正7)年小満~1922(大正7)年小雪
613/798

男の園(2)

 今回の皇族会議に召集された男子の成年皇族は、以下のようになっている。


(※カッコ内の数字は満年齢)


 裕仁親王(21):皇太子


<秩父宮(ちちぶのみや)>

 雍仁(やすひと)親王(20):海兵士官学校在学中。本日欠席。


<鞍馬宮(くらまのみや)>

 輝仁(てるひと)親王(29):航空中尉(所沢基地所属)


<有栖川宮(ありすがわのみや)>

 威仁(たけひと)親王(60):海兵大将(参謀本部付)

 栽仁(たねひと)王(35):海兵大尉(国軍大学校在学中)


<伏見宮(ふしみのみや)>

 貞愛(さだなる)親王(64):歩兵大将(参謀本部付)

 邦芳(くにか)王(42):歩兵中佐(近衛歩兵第2連隊付)


<華頂宮(かちょうのみや)>

 博恭(ひろやす)王(47):海兵中将(第5軍管区司令官)

 博義(ひろよし)王(24):海兵中尉(装甲巡洋艦比叡乗組)

 (注)なお、博恭王の次男、博忠(ひろただ)王(20)は1922(大正7)年に臣籍降下し、華頂伯爵家を創立。


<山階宮(やましなのみや)>

 菊麿(きくまろ)王(49):機動中将(第1軍管区司令官)

 武彦(たけひこ)王(24):航空少尉(所沢基地所属)

 (注)なお、菊麿王の次男、芳麿(よしまろ)王(22)は1920(大正5)年に臣籍降下し、山階伯爵家を創立。


<久邇宮(くにのみや)>

 邦彦(くによし)王(49):歩兵大佐(歩兵第10連隊連隊長)

 朝融(あさあきら)王(21):海兵少尉候補生。本日欠席。

 多嘉(たか)王(47):神宮祭主。本日欠席。

 (注)なお、邦彦王の次男、邦久(くにひさ)王(20)は、1922(大正7)年に臣籍降下し、久邇伯爵家を創立。


<賀陽宮(かやのみや)>

 恒憲(つねのり)王(22):機動中尉(機動第1連隊所属)


<梨本宮(なしもとのみや)>

 守正(もりまさ)王(48):歩兵大佐(歩兵第6連隊連隊長)


<朝香宮(あさかのみや)>

 鳩彦(やすひこ)王(35):歩兵少佐(歩兵第1連隊大隊長)


<東久邇宮(ひがしくにのみや)>

 稔彦(なるひこ)王(34):歩兵少佐(歩兵第7連隊大隊長)


<北白川宮(きたしらかわのみや)>

 成久(なるひさ)王(35):砲兵少佐(砲兵第1連隊大隊長)

 (注)成久王の弟、芳之(よしゆき)王(33)は1909(明治42)年に、正雄(まさお)王(32)は1910(明治43)年に臣籍降下し、それぞれ二荒(ふたら)伯爵家、上野(うえの)伯爵家を創立。


<竹田宮(たけだのみや)>

 恒久(つねひさ)王(40):騎兵中佐(近衛騎兵連隊付)


<東小松宮(ひがしこまつのみや)>

 輝久(てるひさ)王(34):海兵大尉(国軍大学校在学中)


<閑院宮(かんいんのみや)>

 載仁(ことひと)親王(57):騎兵大将(参謀本部付)

 春仁(はるひと)王(20):騎兵士官学校在学中



 ……以上23人、実際には何人か欠席しているし、迪宮さまはまだ会場に到着していない。しかし、20人ほどの皇族男子たちが居並ぶのは壮観である……そのはずなのだけれど、先ほどからの騒ぎで、その威容はガラガラと崩れ去り、東溜の間には怒号が吹き荒れていた。

「稔彦……お前、他人の尻馬に乗るなど、下賤の者がする所業をしおって……」

 守正王殿下が異母弟である稔彦王殿下を忌々しげに睨みつけると、

「何が下賤の者がする所業だ」

稔彦殿下は守正王殿下を睨み返した。

「俺は正しいことを正しいと言ったまで。そっちこそ、姉宮さまをただ怖がって、本質を見ようとしない臆病者じゃないか」

「何だとぉ……!」

 末弟の言葉に激昂した守正王殿下の顔が真っ赤に染まる。

「あ、あの、梨本宮さまも、稔彦も落ち着いて……内府殿下が恐ろしいのは事実ですし……」

 状況を見た竹田宮恒久王殿下が仲裁に入ろうとすると、

「何言ってんだよ、(つね)兄上は!相変わらず姉宮さまのことを怖がって、馬鹿な奴!」

横から恒久王殿下の弟である東小松宮輝久王殿下が挑発するかのように叫ぶ。東溜の間は、完全に混乱状態に陥ってしまった。

「どうすればいいんですか、これ……」

 罵り合いが続く会場を眺めた私が両肩を落とすと、

「どうにもこうにも……」

宮内大臣の牧野さんも大きなため息をついた。

「ここまで来ると呆れるしかないと言うか、何と言うか……」

「私もです。しかし内府殿下、何らかの手段でこの騒ぎを収めなければ……」

 牧野さんの至極もっともな指摘に、

「と言うと、誰かに仲裁してもらうとかですかねぇ……」

私は東溜の間をざっと見渡した。この場にいる皇族の中で、一番格が高いのは、私の弟の輝仁さまだ。しかし彼は突然始まった騒ぎを呆けたように見つめていて、動く気配が全くない。山階宮武彦王殿下の他、20代の皇族たちも、この騒ぎに全く対応できずにいた。

 そうなると、年長者たちに助けを求めるしかない。博恭王殿下は論外として、騒ぎに関わっていない出席者の中での年長者と言えば、伏見宮貞愛親王殿下や私の義父の威仁親王殿下、そして閑院宮載仁親王殿下や山階宮菊麿王殿下になるけれど……。

「ああ、これは」

 私と同じように皇族たちを見つめていた牧野さんが嘆息する。「有栖川宮殿下と山階宮殿下には頼めませんね」

「へ?」

 慌てて義父の方を見ると、義父は隣に座っている菊麿王殿下と話している。

「流石にこれは、この場で言うべきことではないでしょう。邦彦どのも守正どのも、何を考えていらっしゃるのやら」

 菊麿王殿下が眉をひそめると、

「全くです。勝手にうちの嫁御寮どのを怖がるのは結構ですが、この場であんなことを言うとは、私に喧嘩を売っているのでしょうかね」

義父はこう言ってムスッとする。

「まぁ、私が喧嘩を買う前に、栽仁が買ってしまったようですが……少しは私に残しておいてくれるのでしょうか」

「ぐずぐずしていると、喧嘩が終わってしまうかもしれませんよ。どうですか威仁どの、今からでもご一緒に」

(やめてくれよ……)

 私は両腕で頭を抱えた。どうやら義父と菊麿王殿下は、栽仁殿下たちに味方しようとしているようだ。それは個人的にはとてもありがたいけれど、今、この場を収める適切な手段ではない。

「となると、後は伏見宮殿下ですね」

 一方、落ち込む私の横で、牧野さんは早くも新たな打開策を見出していた。貞愛親王殿下は、秩父宮・鞍馬宮・有栖川宮を除く全ての宮家の本家のような存在だ。更には、ここにいる皇族たちの中で最も年長である。彼の言うことならば、言い争っている人たちも耳を傾けるだろう。

「じゃあ、牧野さん、伏見宮さまにお願いして……」

 私が牧野さんに小声で告げたその時、

「内府殿下……」

枢密院議長の黒田さんが非常に切羽詰まった顔を私に向けた。

「な、何ですか……」

「どうかこの数分だけでもよいですから、禁酒の令旨を解いていただけませんか……」

 戸惑う私に、黒田さんはとんでもないことを懇願した。

「は?!な、何言ってるんですか?!そんなの、許される訳がないでしょう!」

 思わず叫んだ私に、

「しかし内府殿下、この騒ぎは収めねばなりません!」

黒田さんも大きな声で言い返した。

「確かにそうですけれど、それとお酒を飲むのに何の関係があるんですか?!」

「皇族方に仲裁を頼むのは、まず、臣下がやるべきことをやってからでございましょう!」

 私の質問に、黒田さんは筋が通っているのか通っていないのかよく分からない発言をした。

「この状況で皇族方の仲裁をする勇気は、(おい)にはとてもありません!しかし、酒の力を借りれば、それも可能になるやもしれません!それに、(おい)に酒が入っていると分かれば、無礼なことを言ってしまっても、酒のせいだと大目に見られるのではないかと……」

「無礼な発言以上の被害が出るからやめてください!」

 私は声を黒田さんに叩きつけた。「そもそも、今は仕事中なんですよ!そんな時にお酒を飲むなんてどうかしてま……っ?!」

 ふいに、背筋にものすごく嫌なものが襲い掛かった感覚に陥り、私は身体を強張らせた。顔が引きつった私を見て、牧野さんが「どうかなさいましたか?!」と問いかける。

「ま、牧野さん、早く、早く、何でもいいから、騒ぎを止めて……」

 圧し掛かる強烈な怒り、そして威圧にもがきながら、私は牧野さんに必死にお願いした。「兄上が……陛下が、そこに……たぶん、扉の向こうに……」

 次の瞬間、玉座の後ろの扉が開いた。侍従さんの後ろから、黒いフロックコートを着た兄が現れる。その両目は、憤怒と威厳に満ちていた。続いて、横の扉から、迪宮(みちのみや)さまも東溜の間に入る。怒声が溢れていた室内が、水を打ったように静まり返った。

「……全て外で聞いていたぞ」

 兄は玉座の前に立つと、一同を睥睨する。圧倒的な威圧感を伴う兄の声に、私は反射的に頭を深く垂れた。

「へ、陛下、それは……」

 守正王殿下が頭を下げたまま恐る恐る問いかけると、

「守正、お前が章子を指して、“病気ではなさそうだ”とほざいたところから全てだ」

兄は守正王殿下を指すように見つめる。守正王殿下がうっ、と小さく呻き、長机に額が付いてしまいそうな勢いで更に深く頭を下げた。

「何があったか、と、廊下で裕仁と2人で聞き耳を立てて、ようやく分かった」

 兄は守正王殿下から目を離すと、いつもよりゆっくりした調子で言い、

「邦彦、お前が章子を見てこう言ったのだな。“今日は大山殿が出席するはずではなかったのか”と……」

今度は邦彦王殿下を見る。威厳と怒気に満ちた目で射抜かれるように兄に見つめられてしまった邦彦王殿下は、「ひっ……」と小さく悲鳴を上げた。

良子(ながこ)を裕仁に嫁がせたからと言って、章子を侮辱できると思ったら大間違いだ」

 兄の言葉を聞いた邦彦王殿下の顔は青ざめている。それは彼だけではなく、守正王殿下も、そして栽仁殿下も成久殿下も、威仁親王殿下も貞愛親王殿下も……列席している皇族男子全員に共通していた。鏡が無いから分からないけれど、私の顔も恐らく真っ青になっているだろう。

「章子を内大臣に任命したのは、崩御なさる間際の先帝陛下だ」

 そんな一同に向かって、兄は厳かな声で淡々と言った。

「そして、それ以来、章子を内大臣にいさせ続けているのはわたしだ。もちろん、漫然と人事をしているのではない。わたしが必要だと思うから、章子を内大臣でいさせ続けている」

 兄の淡々とした声が、東溜の間に降り注ぐ。その厳かな声の裏に激しい怒りが隠されているのは明らかだった。兄が馬鹿にされた私をかばってくれているのは分かるのだけれど、それよりも、兄の怒りと威厳とが恐ろしくて、私は頭を垂れ続けていた。

「もし、章子が内大臣であることに文句があるのなら、今後はわたしに直接言え。よいな」

 兄はこう命じると、玉座に腰を下ろす。そして、

「これより会議を始める」

と、声が出せない一同に向かって宣告した。


 1922(大正7)年12月1日金曜日午前11時5分、皇居・表御座所にある内大臣室。

 皇族会議が予定より早く終わると、私は内大臣室に逃げるようにして戻り、大山さんに皇族会議で起こった事件を報告した。別に午後になってからでもよかったのだけれど、一刻でも早く、恐怖を吐き出して楽になりたかったのだ。

「そうでしたか。久邇宮殿下も梨本宮殿下も、さぞ肝を潰されたことでしょう」

「肝が潰れたのは私もだよ……」

 話のあらましを聞き終わった大山さんが楽しそうに言うのに、私は苦虫を噛みつぶしたような顔で答えた。「あんなに兄上が怖かったの、初めてだよ……いや、今までも、私が議事堂で破水した時とか、梨花会で私と大山さんがウィルソン大統領のセクハラの件を漏らしちゃった時とか、大山さんの家で原さんの前に現れた時とか、怖かったことはあったけれど、今日はその時以上だった。まるで、仁王や不動明王が現れたような……とにかく、生きた心地がしなかったよ」

「ほう、梨花さま。それはご修業が足りませんな」

「そんなこと言わないでよぉ……本当に怖かったんだから」

 臣下の手厳しい評価に、私はがっくりと頭を垂れた。これでまた、先ほどと同じレベルの恐怖を味わえと言われてしまったら、私は間違いなく気を失ってしまう。

「ところで梨花さま」

 これ以上私をイジめるのは得策ではないと判断したのか、大山さんは話題を変えようとした。

「若宮殿下には、北白川宮殿下をはじめ、朝香宮殿下、東久邇宮殿下、東小松宮殿下が加勢されたようですが、他の殿下方の動静はいかがだったのですか?」

「竹田宮さまは、久邇宮さまに加勢しようとしたのかしら、それとも、仲裁に入ろうとしたのかしら……よくわからないけれど、久邇宮さまに近いのかな、と感じる」

 皇族会議の様子を思い出しながら、私は我が臣下に回答を始めた。「その意味では、邦芳王殿下も、久邇宮さまに心情的に近いと思うわ。ただ、お父様の伏見宮さまが中立的だったから、お父様に遠慮して何も言っていなかったけれど」

「ほうほう」

「20代の子たちは、何をやっているんだか分からない、という感じで、全然動いてなかったわね。お義父(とう)さまは山階宮さまと一緒に、栽仁殿下に加勢しようとしてた。閑院宮さまは中立ね。ただ、どう騒ぎを収めるか、伏見宮さまと話し合おうとした矢先に、兄上が入ってきちゃったから、結局何もしていないけれど」

 すると、

「華頂宮殿下はいかがでございましたか?」

大山さんは私にこう尋ねた。

「華頂宮さま……?」

 私は記憶をもう一度吟味した。ところが、今日の博恭王殿下に関する記憶が、どう頑張っても意識に殆ど上って来ない。何かしら発言をしていれば、記憶には必ず残るはずだけれど……。

「彼、何も発言してないわ。騒ぎになっていた時も、会議中も、全く、何も……」

 その事実を口にして、背筋がぞくりとした。

※皇族一覧の階級や兵科、臣籍降下の年度や爵位などは実際と異なっています。ご了承ください。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ここで義憤に駆られて加勢しようとする菊麿殿下、解釈一致すぎますね
[一言] 梨花さま、大山さんへの説明の際に黒田さんの令旨解除要請の事も併せて話せば良かったかも。 尤もそうなると、黒田さんの命がどうなるかは知らんけど(笑)
[一言] 龍の逆鱗に触れたね。先帝陛下の意志を踏み躙る輩は、厳しいお灸を据えなくては。 今上陛下、内親王殿下の為に怒って下さって、感謝します。
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