辞任宣言
※台詞ミスを訂正しました。(2023年9月17日)
1921(大正6)年6月11日土曜日午後2時、皇居・表御殿にある牡丹の間。
「それでは、今月の梨花会を始めますか」
司会役の西園寺さんの呼びかけに、兄以外の梨花会の面々が一斉に頭を下げ、1か月ぶりの梨花会が始まった。世界が騒がしかったり、国内の政情が落ち着いていなかったりすれば、梨花会は臨時で開かれるけれど、今は世界情勢も落ち着いているし、緊急事態宣言が4月初めに全国で解除されてからは、国内で目立った事件は起こっていない。梨花会が月に一度しか無いのは、世界も日本も平和である証であるとも言える。
そんな状況なので、今日の梨花会で取り上げられる話題は、9月3日に施行が迫った任期満了に伴う衆議院議員総選挙と、それに関連する話題のみだ。3年前、1918(大正3)年に、選挙権を与える直接国税の納税額が8円50銭から5円に引き下げられてから初めての衆議院議員総選挙は、西園寺さんの率いる与党・立憲自由党と大隈さんが党首を務める野党・立憲改進党の一騎打ちである。
立憲自由党は、今回の総選挙で、選挙権を与える直接国税の納税額を5円から2円50銭に引き下げることを公約にしている。ただし、赤字になりそうな国家財政を補填する手段としては、増税も止むを得ないという立場を取っていた。
「インフルエンザ対策で、かなり金を使いましたからな。何らかの手段で国家財政は健全化させたいところです」
西園寺さんの真面目なセリフに、
「ううっ……お金がかからない対策が、もっと思いつければよかったんですけれど……」
私は謝るしかなかった。インフルエンザワクチンの接種費用の補助やワクチン製造所の建設費用、そこで働く人たちの人件費などで、少なくとも昨年度だけで1000万円ほどの費用が掛かってしまっている。また、緊急事態宣言によって悪影響を受けた業種に融資する資金も準備しなければならない。インフルエンザ対策の小冊子をはじめ、衛生思想普及のためのパンフレットやポスターの作成・発行にも、馬鹿にならない費用が発生している。人の健康と暮らしを守るには、大金が必要なのだ。
「それは仕方ありません、内府殿下。国民を守るための必要経費ですから」
厚生大臣の後藤さんが私に向かって力強く断言すると、梨花会の古参メンバーが次々に頷く。その中から、
「だが、その必要経費をどのように調達するかで、我が党と立憲自由党の方針が分かれるんであるな」
そう言いながら、立憲改進党の党首である大隈さんが立ち上がる。まさに彼の言う通りで、国家財政の補填手段について、立憲改進党は立憲自由党と意見を異にしていた。
「これは先年亡くなった井上さんの論の受け売りのようなものであるんではあるが、経済が発展して国民の所得が増えれば、政府に納める税額は、増税をしなくても自然に増える……とまぁ、こういうことであるんである」
「……でもそれ、関東大震災の後、経済は間違いなく失速しますから、その後どうするかが課題ですよね。もちろん、震災のことを一般の国民に言ったらパニックになりますから言えませんけれど」
少し得意げに自説を述べる大隈さんに私がツッコミを入れると、大隈さんの顔が引きつる。更にそこに、
「はい、そこは心配な点です。立憲自由党と立憲改進党、どちらの党が与党になっても、関東大震災では国債を発行して復興資金に充てなければならない可能性が高いです。それに、新型インフルエンザに関わる緊急事態宣言が発出されるかどうかも、経済動向を大きく左右します。4月まで起こっていた日本でのインフルエンザ第3波では、死亡率は最終的に約0.7%となりましたが、もう少し下がらなければ、次の冬でも緊急事態宣言を出す必要がありますから、再び景気が悪化しますし……」
大蔵大臣の高橋是清さんが容赦の無い予測を披露する。大隈さんの舌の回転も流石に停止した。
「ただ、実際に経済がどう推移するか……正確なところは誰にも分からないな。立憲自由党と立憲改進党、どちらの党の政策を良しとするか、その判断は有権者に委ねられるべきだろう」
兄の言葉に、メモを取っていた迪宮さまが「はい」と頷く。
「どちらの論も優劣つけ難いです。もちろん、建設的な議論がなされているのは分かるのですが……。ですから、お父様のおっしゃる通り、有権者に判断を委ねるべきかと思います」
メモを見ながら迪宮さまはこう言うと、
「叔母さまは、何かございますか?」
顔を上げて私に尋ねた。
「そうねぇ……」
私は少し考えてから、
「納税額に関係なく、一定の年齢以上の国民に選挙権が与えられるようになるのはいつかな、と思ったわ。特に、私の時代のように、女性に選挙権が与えられるのはいつになるのかしら……とは思うけれど」
と可愛い甥っ子に答え、
「この時の流れでの女性参政権の獲得の流れ、私のせいで“史実”と変わったみたいだからね」
苦笑いしながら、更にこう付け加えた。
日本では、私が貴族院議員になった直後に、直接国税を男性有権者と同じだけ納め、軍人として国軍に在籍したことがある満25歳以上の女子に選挙権が与えられた。それから、日本の女性たちに、国軍に入って選挙権を得ようとする動きが起こったのだけれど、この流れは世界にも波及してしまっているらしい。ある国では女性の軍隊入隊を認め、それと同時に軍人になったことのある女性に参政権を与えた。またある国では、男性と同等の国税を国に納めている女性に参政権を認めた。徐々に世界各国で、女性参政権が認められつつあるのだけれど、その条件に軍の在籍歴を含めるようなこと、私の勉強した“史実”ではなかったと思うのだ。……もちろん、前世の私が見落としていただけという可能性は十分にあるのだけれど。
「普通選挙法が“史実”で制定されたのは1925年のことです。あと4年ということになりますが、制定を急ぐ必要はないように思います」
“史実”の記憶を持つ斎藤さんがこう言うと、
「確かにそうだね。しかし、徐々に男子の普通選挙を認める国も増えているから、それに刺激される国民も出るだろう。その動きを外国の間諜たちに利用されないよう、警戒を怠ってはいけないね」
枢密顧問官の陸奥さんはニヤニヤしながら指摘する。彼の言う通りだ。普通選挙を求める動きが、日本に害をなす者と結びついて、過激なデモ活動やテロに発展しないようにしなければならない。
「ところで、もし立憲改進党が与党となった場合、内閣総理大臣はどなたがなさるのですか?」
外務次官の幣原喜重郎さんが尋ねた。立憲自由党が総選挙に勝利した場合は、総裁の西園寺さんが引き続き内閣総理大臣を務める。けれど、立憲改進党が与党の場合は、党首の大隈さんではなく、党内の有力者が内閣総理大臣になるのが通例になっている。だからこれは、幣原さんのみならず、梨花会の誰もが気になることだった。
すると、
「桂君にやってもらおうと思っているんである」
大隈さんはこう答えた。「党内の了承も取れているんである。流石は桂君であるんである」
(なるほど……)
大隈さんの声に応じて一礼した桂さんに私は目を向けた。1911(明治44)年に貴族院議員に転身した桂さんは、並外れた調整力と人心掌握力で、立憲改進党の中で存在感を発揮した。1917(大正2)年の12月に山田さんが、そして1919(大正4)年の3月に井上さんが亡くなった後は、それぞれを支持していた議員たちを自分の支持者として取り込み、党内での影響力を拡大したのである。今や桂さんは立憲改進党の重鎮の1人になっていた。
「ほう、桂か……。まぁ、立憲自由党が与党であり続けるにしろ、与党が立憲改進党になるにしろ、内閣の顔ぶれは変わるのだろうが……」
枢密顧問官の伊藤さんが両腕を胸の前で組んだ時、
「少しいいかな」
宮内大臣の山縣さんが挙手をした。
「何でしょうか、山縣閣下」
隣に座る山縣さんに尋ねた西園寺さんに、
「宮内大臣を退こうと思っている」
山縣さんは私にとって衝撃的な発言をした。
「はい?!」
私は両目を丸くした。
「何……だと?」
玉座に座る兄も顔をしかめる。私の前の席にいる迪宮さまと、私の義父・有栖川宮威仁親王殿下も、驚いたように山縣さんを見つめている。その他の梨花会の面々も山縣さんの発言にざわついていた。
「それはまた、どうしてでしょうか?」
西園寺さんの質問は、この場にいる全員が聞きたいものだ。その問いに対して、
「後進に道を譲るべき……と感じたからです」
山縣さんはまず手短に結論らしきものを述べた。
「先日、皇后陛下が希宮殿下に関する無責任な噂にお怒りになり、天皇陛下と諍いになった時、わしはそれを仲裁することができませんでした」
言葉を続けた山縣さんに、
「いや、あれを止めるのは、お母様以外には無理です」
「梨花の言う通りだ。あの時の節子は俺にも止められなかった。山縣大臣が気に病む必要はない」
私と兄は口々に反論した。けれど、
「それだけではありません」
山縣さんはそれには答えず、更にこう言った。
「極東戦争の終結後に宮内大臣を拝命して、もうすぐ満16年になろうとしています。宮中の業務は大体において円滑に回っておりますが、それは職員たちがわしを恐れているからです。このままでは、わしが宮内大臣に在任したまま死を迎えてしまった場合、後任の宮内大臣が大変苦労することになります」
「!」
確かに山縣さんの言う通りだ。お父様の大喪儀、今までのしきたりを破った兄一家の皇居での同居……私が内大臣になってから、宮中では大きな問題がいくつか起こったけれど、それらは全て山縣さんが宮内大臣でなければ解決しなかった。しかし、長年宮内大臣を務める山縣さんに、職員たちが忠実に仕え……いや、怖くて逆らえなかったため、宮内省内で反対が出なかったということが、解決への力となっていたという側面も否定できない。
「およそ組織というものは、特定の人間が頂点に立った時にしか機能を発揮しないものであってはなりません。誰でもいいから、ある一定の能力を持った者が頂点に立てば、機能をきちんと発揮するというものでなくてはなりません。残念ながら、今の宮内省は、誰が宮内大臣になっても機能する組織とは言い難い。そのような組織に宮内省を生まれ変わらせるためには、わし以外の誰かに宮内大臣をやってもらう必要があります。可能であれば、梨花会の誰かに……」
牡丹の間が未だにざわめいている中、
「なるほど、理屈は分かった。……理屈はな」
兄が暗い声で言った。
「しかし、俺としては、山縣大臣に宮内大臣を辞めて欲しくない。山縣大臣には、俺の考えを全てぶつけることが出来る。そのような者に去られてしまえば、俺はどうすればよいか……」
「内府殿下がいらっしゃるではありませんか」
苦悩の表情を見せる兄に、山縣さんは穏やかに言った。
「陛下がわしを思ってくださるのは臣下冥利に尽きるのではありますが、わしが陛下のおそばを独占してしまえば、回りまわって、実力を伸ばしてきた有望な若手に適切な職を与えて更にその力を伸ばすことができなくなります。どうか、この国の将来をお考えいただき、わしの辞任をお認めいただきますよう……」
自分に向かって最敬礼する山縣さんを、兄はじっと見つめている。やがて、
「本当は認めたくないのだが、決心は固いようだ。辞職は許可するが……」
兄は顔をしかめながらこう言ったけれど、
「しかし、すぐに辞めるという訳ではないだろう?裕仁の結婚式もあるし、新任者への引継ぎもあるのだ」
と、一縷の望みを託すかのように山縣さんに確認する。
「そうです。山縣の爺には、せめて僕の結婚式までは、宮内大臣としての職務を全うしていただきたいです」
迪宮さまも横から兄に加勢したけれど、
「申し訳ございませぬが、9月の初旬、新しい内閣総理大臣が任命されて組閣が終わる時には、職を退かせていただきとうございます」
山縣さんは再び兄に一礼して言った。
「狂介がそこまで言うのなら、辞任を止めはしないが」
伊藤さんが顔に苦笑いを浮かべる。「後任を誰にするかは考えているのか?いや、この時期に辞任を言い出したのは、既に意中の人物がいて、それが黙っていれば大臣や次官にされてしまうのを防ぎたかったからだと思うが……」
「流石は俊輔、ごまかせないな」
伊藤さんの推論に、山縣さんが微笑で応じる。
「さて、梨花さま。山縣さんの後任は誰になさいますか?」
「そうねぇ……」
やはり降ってきた大山さんの問いに私が考え込んだその時、
「内府殿下、少々お待ちを」
枢密顧問官の西郷さんがのんびりと私を止めた。
「せっかくの機会じゃ。内府殿下だけではなく、皇太子殿下と天皇陛下にも、意中の者が誰か、教えていただこうではないか」
西郷さんの提案に、
「それはいいのう」
「うむ。それは是非、お教えいただきたいんである!」
伊藤さんと大隈さんが嬉しそうな声を上げる。
「方法はいかがいたしましょうか」
「紙に意中の者の名を書いていただいて、それを同時にお示しいただこう」
「書かれた名が全て違っていたら、いかがいたしましょうか?」
「その時は、僕たちが楽しめばいいのですよ。お三方の間でなぜ結論が違うのか、徹底的に討論していただきましょう」
桂さん、児玉さん、黒田さん、陸奥さんが次々に言う。陸奥さんは私と迪宮さまを見比べながらニヤリと笑った。……この人たちは、突然生じた機会を逃さず、自分たちが楽しもうと、いや、私たちを鍛えようとしているらしい。
「相変わらずだな、卿らは」
兄はため息をつくと、末席にいる山本航空少佐と堀さん、山下さんに、紙と筆、墨と硯を持ってくるように言いつける。兄、私、そして迪宮さまの前に文房具が持ち込まれると、私たち3人は筆を執り、意中の人の名を記した。
「兄上も、迪宮さまも書けた?じゃ、せーの……」
兄と迪宮さまが頷いたのを確認して声を掛けると、私は紙を梨花会の面々に示す。兄の示した紙には“牧野大臣”、迪宮さまが掲げた紙には“牧野閣下”と、墨痕鮮やかに記されている。もちろん私も、“牧野さん”と紙に書いていた。
「ああ、お三方とも同じですか」
内閣総理大臣の西園寺さんがつまらなそうに言った。「一応聞いておきましょう。皇太子殿下、なぜ牧野さんを選ばれましたか?」
「まず、宮内大臣には、政党に所属している者はなれません。もちろん、現役の軍人も、です」
迪宮さまは落ち着いた口調で答え始めた。「その前提と、今までの実績を踏まえて考えると、候補は後藤閣下と牧野閣下に絞られます。そして、後藤閣下は新しいことを企画して遂行することを得意とされていますが、牧野閣下は根回しや交渉を得意とされています。宮内省は各省との折衝、そして省内の各部署との調整が特に多い印象があります。ですから、牧野閣下が向いているのではないかと考えました」
「農商務大臣を務められそうな人材が、政党の中で育っている、ということもある」
兄が迪宮さまの説明を補足する。「立憲自由党の場合は、今、農商務次官を務めている野田卯太郎、立憲改進党ならば河野広中。それに両党とも、次官を務められる人材は何人もいる。ところが、厚生大臣の場合、後藤大臣の後は若槻次官が大臣になると仮定すると、次官をやれる人材が両党ともまだいない。そうなると、後藤大臣にはそのまま厚生大臣を務めてもらう方がいいと思ってな」
「なるほど」
西園寺さんは頷いてから、「内府殿下は何かございますか?」と視線を私に投げた。
「あとは、血筋がいいということですね」
やはり質問からは逃れられないか、と諦めながら私は答えた。「牧野さんは大久保利通さんの息子です。宮内省の職員の中には華族のご当主も多いけれど、維新の三傑の息子で実績もある牧野さんには逆らい辛いと思います。あとは、牧野さんに爵位を授けたら完璧かしら。……山縣さんが言ったこととは矛盾するけれど」
すると、
「こう簡単に答えられてしまうとつまらないですねぇ」
陸奥さんが露骨に不機嫌そうな顔をした。「もう少し内府殿下をいじめないと……」
「それより、山縣さんと牧野さんの話を聞くべきだと思いますけれど?」
私が冷静に陸奥さんにツッコミを入れると、
「それもそうじゃ。狂介、牧野君、どうかね?」
伊藤さんが私に加勢してくれたので、陸奥さんは渋々口を閉じた。
「わしの希望通りだよ、俊輔」
山縣さんは微笑した。「牧野君なら適任だ。それに、天皇陛下と内府殿下はもちろんだが、皇太子殿下も後任に牧野君がふさわしい理由を的確にお答えになって……これほどうれしいことはないな」
一方、
「山縣閣下の後任というのは、非常に荷が重いです」
私たちに指名された牧野さんは緊張の面持ちで口を開いたけれど、
「誠心誠意、山縣閣下の後任を務めさせていただき、天皇陛下のため、そして未来の宮内大臣のため、全力を尽くさせていただきます」
最後にはキッパリと言い切り、兄に向かって最敬礼した。
「分かった、牧野大臣。宮内大臣となってもよろしく頼む」
兄は牧野さんに視線を向けると、
「東宮亮だった頃のように、わたしと梨花に振り回されないようにな」
おどけたように言った。すると、
「ご安心を。しっかりついて参ります」
牧野さんはニッコリ笑って兄にこう応じた。




