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転生内親王は上医を目指す  作者: 佐藤庵
第9章 1892(明治25)年冬至~1892(明治25)年小満
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武官たちとのお正月(2)

 児玉さんが私の居間を出て、5分が経過した。

(一体、児玉さん、私に何を見て欲しいんだろう?)

 私は腕を組んで考えていた。そういえば、“増宮さまを驚かせてやりましょう、と児玉が言っておりました”と、昨日、伊藤さんに聞いたけれど……。

(今日はもう十分に驚いたから、これ以上は勘弁してほしいなあ……)

 そう思っていると、

「お待たせ致しました、増宮さま」

庭の方から児玉さんの声がした。椅子から立って、庭に面した障子を開けると、児玉さんが庭に立っていた。手に何か、黒い物体を持っている。一瞬、カラスかと思ったけれど、まったく違うことはすぐに分かった。横に伸びた、二枚の黒い翼。竹ひごの簡素な骨組みだけでできた胴体の後ろに、プロペラがついている。胴体の先には、大きな目玉のような模様がついている。

(これ、もしかして?!)

「それ、飛行機……ですか?」

「おお!流石、すぐお分かりになりましたか、増宮さま!」

 児玉さんが嬉しそうに叫んだ。

「ええ、二宮忠八(にのみやちゅうはち)さんの“カラス型飛行器”ですね!」

 本当は、これも原さんから聞いた。

――日本に、ライト兄弟より先に、有人飛行機の原理を発見した人がいたの?!

――おや、ご存じないのか。まあ、わたしも知ったのは、殺される少し前だ。まして、日本がアメリカに敗北した後の時代に生まれたあなたは、その偉業を知る機会も無かっただろう。

 原さんと初めて会い、大山さんと3人で話をしていた時に、二宮忠八という人のことを初めて知った。

――確か、“史実”では、もう丸亀の連隊で、“カラス型飛行器”の実験飛行に成功したはずだ。

 原さんの言葉に、“すぐ調べさせよう”と大山さんが頷いていたけれど……。

(それがこうして、無事に見つかった、ってことか)

 “史実”では、二宮さんは更に“玉虫型飛行器”の模型を完成させ、その当時の所属していた軍の上長に、飛行器の重要性を訴えたのだけれど、採用されることはなかった。そして、退役後、独力で実験を続けていたけれど、その間にライト兄弟が有人飛行を成功させてしまい、実験のすべてを中止したのだそうだ。

(けれど、今は、こうして軍の上層部に発見されて……)

「児玉さん、その飛行器、どうやって飛ばすんですか?見せてください!」

 私は廊下に出て、庭に身を乗り出した。後ろから、山縣さんや大山さんたちもついてくる。

「かしこまりました。きちんと、二宮から飛ばし方も教わっておりますので……」

 児玉さんは、プロペラをくるくる回し始めた。どうやら、そこにゴム紐か何かがあって、それでプロペラを回すようだ。

「それ!」

 児玉さんがカラス型飛行器を前方に投じる。正月の青空に、黒い模型飛行器が、放物線とは明らかに違う軌道を描いて急上昇した後、15mくらい先の地面に落ちた。

「児玉、それは本当に、飛んでいるのか……?」

 山縣さんが首を傾げている。

「飛んでおりますとも!」

 落ちた飛行器を拾いに走ろうとした児玉さんが反論する。少しムキになっているような感じがする。

「試しに、羽根を回さずに、飛ばしてみましょうか?」

「それは模型が壊れちゃうかもしれないから、やめてください」

 私は慌てて児玉さんを止めた。

「プロペラで浮く力を得て、上昇していたじゃないですか。方向転換や高度を制御する仕組みや、動力をどうやって得るかを考えなければいけないけれど、もう少し洗練された形にすれば、あれは立派な、未来の飛行機の模型ですよ」

「なんと……!」

 山田さんが目を丸くしている。

「へえ、こんな、でっけえトンボみてぇのがね……。長生きはするもんだな。児玉、ちょっとその模型、見せてくれや」

「はい、勝閣下」

 児玉さんが、拾い上げた飛行器を持って、こちらに駆けてくる。そして、カラス型飛行器を勝先生に手渡した。勝先生の周りに、一斉に人が群がる。もちろん、私もその中の一員だ。

「けど、この目玉はあれか?スズメ除けか?」

「スズメ除けって……カカシじゃないんだから、勝先生。多分、カラスに似せるために描き入れたのだと思うけれど、そうねえ……」

 私はいったん居間に戻って、鉛筆と白い紙を持ってきた。

「色々な形が未来ではあったと思うけれど、大体、こんな風に二枚の長い翼があって、その中央に胴体があって、後ろに水平方向に曲がるための舵みたいなものがあったのかな……プロペラは……舵の邪魔になりそうだから、この大きさのものをつけるとしたら、前?」

 廊下に正座すると、床に紙を置き、プロペラ飛行機の絵を簡単に描いてみる。

「うーん、何かこれ……人力飛行機みたいになった……」

「人力飛行機?」

 西郷さんが首を傾げる。

「あ、西郷さん、この時代だと絶対無理な代物です。骨組みだって、今あるものよりもっと軽量で強靭な材料にしなきゃいけないし、翼の材料だって、すごく軽くしないと……だから、この時代で、飛行機を飛ばすんだったら、機体の重さを無視できるくらいの浮く力を出せる強力なエンジン……内燃機関が必要かな」

「それは、自動車についているものですか、増宮さま?」

 親王殿下が私に尋ねた。

「仕組みとしては、多分同じと思ってもらっていいと思います。……って、もしかして、自動車ってこの時代、もうありますか?」

「日本にはないと思いますが、欧州に行ったとき、パリの万国博覧会で見ましたよ。確か、カール・ベンツという者が作ったとか……」

(え?)

「ベンツ……って言いました?」

「ご存じで、増宮さま?」

「同じ名前の自動車メーカーが、未来にあるんですけど……」

 そのカールさん、という人が作った自動車のメーカーと、同じ会社なのだろうか?

 と、

「よし、ではそのベンツの自動車を一台、私が買いましょう」

突然、親王殿下がこう言った。

「ええ?」

「自動車もですが、その内燃機関、飛行器にとっても、研究の価値があるのでしょう。それならば、実際に機械を動かしてみる必要があります。なに、軍艦の操艦よりは簡単でしょう」

(いや、確かに、親王殿下なら、軍艦は動かせるだろうけど、自動車と軍艦の操縦って、比べていいものなのかな?)

 私は心の中で親王殿下にツッコミを入れた。けれど、口に出すのはやめた。親王殿下の目が、とてもキラキラしていたからだ。これは、天皇(ちち)が刀剣を見るのと同じ瞳だ。

「お待ちを、若宮殿下。それならば、国軍で自動車を一台購入します」

 西郷さんが親王殿下に慌てて声を掛ける。けれど、親王殿下は、

「いや、西郷閣下」

首を横に振った。「国軍で購入するものは、おそらく研究のために分解されるでしょう。それならば、実際に動く自動車を一台、置いておきたいのです」

「……大兄(おおにい)さま、自動車事故には十分に気を付けてくださいね?未来でも、自動車事故でたくさんの人が死にますからね。私が死んだ頃は、年に4000人ぐらいだったけれど、年に1万人以上、事故で亡くなったこともあると聞いています」

「わかっておりますよ、増宮さま」

 親王殿下が微笑んだ。

「はあ……。あと、飛行器は実際の機体の設計や、その機体が飛ぶかどうかの物理学的な計算も必要ですね。高いところを飛ぶと、酸欠になってしまうから、酸素をどう調達するかを考えないといけないし……」

 すると、

「酸素は、作ったではないですか」

大山さんが私に言った。

(あ……!)

 そうだった。去年、帝国大学の物理学の山川健次郎教授……大山さんの義理のお兄さんに協力してもらって、医療用の酸素を作ってもらったのだ。

「じゃあ、当面は、それをボンベに詰めて載せればいいのかな。長時間はもたない可能性が高いけれど……あとは、機体の設計の問題ですね。帝国大学から人材を引っ張ってきて……」

「それでは、健次郎どのに聞いてみましょう」

 大山さんが頷いた。山川教授の伝手と、原さんから得た“史実”の記憶で、適切な人材を選んでくれるだろう。

「自動車の研究も進めなければ。増宮さまの世では、高速の自動車も走るのでしょう?いつか、陛下に話を聞きました」

 親王殿下が目を輝かせながら言う。

大兄(おおにい)さま、カーチェイスでもするつもりですか?そんな、スパイアクション映画じゃあるまいし、危ないことはやめてください」

 CIAやらMI6やらKGBやらが出てくる映画も、前世の父親の好物だった。確か伊藤さんや山縣さんにも、そんな映画の話をしたことがある気がするけれど……。

(まさか、特殊部隊と同じように、実現させてないよね……?)

「あ、あの、山縣さん、ちょっと聞いていいですか?」

 少し不安になった私は、山縣さんに質問した。

「ん?いかがなさいました、増宮さま」

 物珍し気に、カラス型飛行器を眺めていた山縣さんが、私の方を向く。

「私、以前に、諜報機関とか工作機関とかが出てくる映画の話を、伊藤さんとあなたにした記憶があるのだけれど、まさか、そんなものは実現させてないですよね?」

 すると、山縣さんの表情が硬くなった。カラス型飛行器を持った勝先生を中心に、わいわい言い合っていた、親王殿下以外の“梨花会”の面々も、一斉に黙りこくる。

(え、まさか、この反応って……)

「あの……作ってたり、するのかな?CIAとかMI6みたいなもの……」

「いかがいたしましょう、勝先生」

 山縣さんは私に答えずに、勝先生に話しかける。

「仕方ないんじゃねぇのか?元々、増宮さまには、感づかれたら話す、ってことになってたしよ」

「しかし、若宮殿下は……」

「構わないでしょう。若宮殿下も我々“梨花会”の一員。原どのも、いずれ知ることになるでしょうが、その時に存在を伝えればよろしいのでは」

 大山さんが山縣さんにこう言うと、山縣さんは「ならば……」と頷いた。

「その……増宮さまがおっしゃった、諜報機関、というものですか。我が国に存在するのですか?」

 親王殿下が一同に問いかけると、

「おっしゃる通りです、若宮殿下。“中央情報院”と呼んでおりますが、そのような機関がございます」

山縣さんがこう言って、親王殿下に頭を下げる。

「な、何ですって……」

 私は茫然とした。「まさか、私の話を聞いて作っちゃったの……?」

「その通りです」

 山田さんの答えに、私は思わず態勢を崩した。

(うわあ……)

 “史実”の日本に、CIAとかMI6とかKGBみたいな機関って存在しただろうか?ちょっと記憶にない。

(私が知らないだけかもしれないけれど……)

「あの……もしかして、濃尾地震の時、ダイナマイト敷設の噂をばらまいたのも、その、中央情報院、でしたっけ……そこの人たちが動いたの?」

「ご明察。発案したのは私でしたが、情報操作の実験をする、よい機会だと思いましてな」

 児玉国軍参謀本部長が、誇らしげに言った。この口ぶりだと、どうやら彼も中央情報院とやらの関係者か。

「あなたたちの仕業だったんですね、ダイナマイトの噂……私、完全に騙されました」

「なんと!増宮さまを出し抜けたとは、光栄でございます」

 児玉さんが、とても嬉しそうな顔をする。いや、こんな素人(トーシロ)を騙したぐらいで、そんなに喜ばなくても……。

「あのねえ……私は、ダイナマイトが爆発して、“史実”より被害が大きくなるんじゃないかと思って……もう、心配でたまらなくて……」

 ふと、私は気が付いて、私は言葉を切った。

「あの、中央情報院って組織、新聞とか官報とかに、全く出てきていない気がするのだけど……」

「ああ、そりゃそうだ。活動資金は、皇室費から出てるから、予算について、議会に報告する必要はないのさ。もちろん、そんな組織があることも」

 勝先生が答えてくれる。

 皇室財産は、国家財産とは別だ。財産の動きや予算については、議会の干渉するところではない。そして、官報に使い道が載る性格のものでもない。

「つまり、中央情報院の総責任者は、陛下なの?」

 勝先生に更に尋ねると、

「いや、陛下直属ってだけさ。おれは内大臣府にいるから、その動きは知ってるし、動かし方も、総責任者と相談はしているけどな」

彼はこう言って、ニヤリと笑った。

「じゃあ、児玉さんが総責任者?児玉さんなら大丈夫だとは思うけれど、参謀本部長と、諜報機関の総責任者が同一人物なのは、危険な気もする……」

 諜報機関と軍隊の実権を握っている人物が、クーデターを企てたら、あっという間に成功するだろう。

「いや、私が総責任者ではありませんよ、増宮さま」

 児玉さんが苦笑した。

「じゃあ、誰?西郷さん?黒田さん?」

 すると、場がなんとなくざわついた。

「ちょっと、どうしたの、みんな?」

 私が眉根を寄せると、

「言っても……いいみてぇだな。けど……増宮さまが、腰を抜かさないかねえ……」

勝先生が、悪戯っ子のような微笑みを浮かべた。

「今更ですよ、勝先生。さっきから驚かされてばかりだから、もう何が来たって驚くしかないです。まさか、総責任者、お母様(おたたさま)だったりするの?」

「ハハハ……多分それより驚くよ。じゃあ教えて進ぜましょう。中央情報院の総責任者……総裁は大山さんだよ」

「は……?」

 私は、隣に立っている大山さんを見上げた。

「ほ、ほんとに……?中央情報院の総責任者って、大山さん……なの?」

「さようでございます、増宮さま」

 大山さんは一つ頷くと、私に向かって頭を下げた。

 思わず脱力した私は、廊下の床に、前のめりに突っ伏した。

(道理で、陸軍大臣から東宮武官長になるなんて、おかしいと思ったのよ……)

 花御殿ができた時、丁度国軍合同があって、大山さんは陸軍大臣を辞職した。東宮武官長は、大臣より、政府での立場がかなり下になるはずだ。それをあっさり受け入れたのは、東宮大夫になりたかったけれど、伊藤さんに決定してしまったので、武官長の職を志願したからだ、と聞いていた。けれど、まさか裏で、そんなことが起こっていたなんて……まったく気が付かなかった。

(ああ、でも、それなら、あの時の伊藤さんの言葉も納得がいくけれど……)

 伊香保でベルツ先生に私の前世のことがばれて、伊藤さん、山縣さん、黒田さん、そして大山さんと話し合いをしたとき、私が医師を目指すことを、他の“梨花会”の面々に説得して、了承を得る……という話になった。その時、伊藤さんが、

――大山さんの説得が、おそらく一番効くな。

と言った。なぜ“一番効く”のか、と聞こうとしたら、その直後に、親王殿下が私たちの話を立ち聞きしていたのが露見したので、それどころではなくなったのだけれど……。

(そりゃあ、諜報機関や工作機関のトップの説得だったら、反対したら何をされるかわからないから、従うしかないよね……しかもその、日本版CIAだかKGBみたいな組織の総責任者が、私の臣下って……本当に、どうなっちゃってるのよ……)

「増宮さま、大丈夫ですか?」

 山田さんが私のそばにかがみこんだ。

「起こさないでもらっていいですか?……死ぬほど疲れてて」

 床に突っ伏したまま、私は山田さんに答えた。

「だけどねえ、……いくら技術や組織が進歩したって、補給が断たれれば戦は負けます。どんな名城だって、兵糧か水を断てば必ず落ちます。それと、人心がバラバラになれば、必ず城は弱点を露呈します。“人は城 人は石垣 人は堀 情けは味方 (あだ)は敵なり”……それは古今東西、どんな戦争にも通じることでしょう」

「それは、甲陽軍鑑ですか……。増宮さま、よくご存じで」

「そりゃあ山本さん、私は城郭マニアですから、周辺知識はある程度押さえていますよ」

 同じ姿勢のまま、私はしゃべり続けた。食らった衝撃が大き過ぎて、体が動かない。

 と、

「おそれながら、増宮殿下」

身をかがめた桂さんが、私の耳元で囁いた。

「何?桂さん?」

「お疲れのところ、大変申し訳ありませんが、起き上がっていただけませんか。大山閣下が……」

(大山さんが……?)

 やっとのことで、首を持ち上げる。視界に入ったのは、……正座をして、深々と私に向かって頭を下げている大山さんだ。

「お、大山さん?」

「長きに渡り、中央情報院のことを秘しておりまして、ご心痛をお掛けして、誠に申し訳ありませんでした。……この身を、いかように罰していただいても構いませぬ」

「ま、待って!」

 私は、素早く起き上がって、大山さんのそばに寄った。

 あの時のことが、脳裏に蘇る。“罰をお示しください”と、あの時京都で、大山さんは私に言った。

(また、自分のことを斬れ、なんて言われたら、私……)

「謝るのは私よ、大山さん。私が未熟なために驚いてしまって、本当にごめんなさい」

 私はきちんと正座して、大山さんに頭を下げた。

「増宮さま……主君たるものが、簡単に臣下に頭を下げてはいけないと、いつか申し上げたでしょう」

 私の動きを察したか、大山さんが頭を下げたまま言う。

「だって、私が悪いもの。大山さんに言ったのに。“この私の側で、天皇陛下と皇太子殿下のために、あなたなりのやり方で、あなたに与えられた職責を全うすると、約束して欲しい”って……。中央情報院の総裁だって、あなたに与えられた職責じゃない。それなのに、私は驚いてしまって……修業が足りない私の落ち度よ。ねえみんな、そうですよね?」

「え……?」

 山縣さんが首を傾げる気配がしたので、私は少しだけ頭を上げて、周りのみんなを見渡して、

「私のお、ち、ど、ですよね?」

もう一度強調した。

「あ、ああ、そうだ、こりゃあ、増宮さまが悪いぜ」

 勝先生が、慌てて頷く。

「確かに、これは義兄としても、教育的な指導が必要かと……」

「少し、精神的な修養が足りない、のかも……しれません」

 親王殿下と山田さんも、少し緊張した声で言う。山縣さんも、「そう、だな……」とゆっくり首を縦に振った。

「増宮さま……お顔を上げてください」

「わかった。じゃあ大山さんも頭を上げて」

 身体を起こして、正座し直すと、相対した大山さんの表情が硬くなっているのがわかった。

 私は無理やり、笑顔を作った。

「大山さん、私はもう大丈夫。ありがとう、私を傷付けないように、大切にしてくれて」

「増宮さま……」

「あなたを罰するだなんて、とんでもない。罰を受けるのは私よ」

 すると、大山さんは、「増宮さまに、罰、ですか……」とつぶやいた。

「ええ。あなたは私の臣下ではあるけれど、力量や経験は、私はあなたに遥かに及ばない。ダメな主君を優秀な臣下が諫めるのは、よくあることじゃない」

 まあ、諫めた結果については、色々あると思うけれど、あまりにも滅茶苦茶な罰でなければ、今回は素直に受け入れるつもりだ。

「では、梨花さま」

 大山さんが微笑した。

「ちょ……?!」

 私は目を丸くした。「だから、その名前は、女の子らしいから好きではないと、前に言ったよね?しかも、呼ぶにしても、二人きりの時だけにして欲しいとお願いしたよね?」

「いいえ、“梨花会”の面々しかおらぬ場でも、こう呼ばせていただきます、梨花さま。梨花さまは扇の要です。そのことを自覚していただかなければなりませんし、淑女(レディ)として扱われることにも、慣れていただかなければなりませんから。……罰は、それを受ける人間が嫌がらなければ、罰とは言えませぬ。ですからこれが、(おい)が、梨花さまに与える罰でございます」

「……っ!」

 私は大山さんを睨んだ。けれど、私の視線など物ともせず、大山さんは微笑したまま、優しくて暖かい眼差しで、じっと私の目を見た。

「し、仕方ないわね。武士に二言なし、とも言うし、……許す」

 私は首を横に向けた。

 恥ずかしくてたまらない。私は全然、女の子らしくないのに……。

「ほう……これは、弥助どんの勝ち、じゃなあ」

 黒田さんが深く頷く。

「まあ、この場合は“淑女(レディ)に二言なし”ですかな」

 西郷さんが、にやりと笑いながら言った。

「変なことわざ、作らないでくださいよ、西郷さん……」

「よ、淑女(レディ)!」

「もー、煽らないで、勝先生!」

 顔を真っ赤にしながら、勝先生に言い返すと、一座が笑いの渦に包まれた。

 そんな中、大山さんはやっぱり、優しくて暖かい目で、私を見つめていた。

(本当に、敵わないな……)

 彼の視線に気が付いて、私は彼に、苦笑いを返した。

※「自動車の宮様」、実際より数年早く誕生決定……。実際にご購入されたのは「威仁親王行実」によれば1905(明治38)年とのことですが、拙作のこの時点では、走らせるにしても、お屋敷の中だけだろうなあ……という気がします。日本の道路はまだ、自動車が走れるようには整備されていないでしょうからね。

※カール・ベンツは1888(明治21)年夏に自動車を売り始め、1889(明治22)年のパリ万博にも自動車を出品しています。親王殿下は1889~1890年にかけ、欧州を旅行しており、その際にパリ万博を数度観覧しています。なので、ベンツの自動車を見ていてもおかしくはないと考え、拙作ではこのような設定にさせていただきました。

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[一言] >死ぬほど疲れてて それ疲れてるんじゃないやつー!
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