武官たちとのお正月(1)
※地の文を一部修正しました。(2019年2月4日)
1892(明治25)年、1月2日。
「ほう、原君が正月から、素晴らしい提案を……」
昨日の顛末を聞き、顎を撫でるフロックコート姿の山縣さんの言葉に、
「素晴らしい提案じゃなくて、可能性ゼロの提案の間違いです」
私は訂正を入れた。
今日は三が日の2日目だ。昨日と同じく午後から、昨日年始の挨拶に来なかった、ベルツ先生以外の“梨花会”の面々が、花御殿の私の居間にやって来ている。ちなみにもう、全員の血圧は測り終わった。去年血圧が高かった山田さん、勝先生、黒田さん、児玉さんの血圧も、去年より低下傾向だ。まあ、この4人に関しては、2、3週間に一度、ベルツ先生が往診して、血圧を測っているし、運動療法や食事療法の実施状況にも目を配っている。継続的な生活習慣改善の成果が出ている、ということだろう。
「私が成人するのと同時ぐらいに、原さんが海外に赴任すると言い始めたら、皆で阻止してくださいね。阻止できなかったら、私は原さんの赴任先の国に留学できるように、陛下に頼み込みます。それで、原さんの血圧を毎日測りながら、海外で医師の資格を取りますから」
「おそらくその必要はないかと思いますが……、承知いたしました」
私の左側に座った大山さんが、そう言ってクスッと笑う。
「大山さん、そう言うけれど、これ、間違いなく私が勝ちます。ふふふ、原さんの怯える顔を毎日眺められるなんて、最高じゃない」
大体、私と大山さんしかいない所での、原さんの私に対する態度は、すごく偉そうなのだ。私の中身はもともと平民だから、彼の言葉遣いがぞんざいなのは一向に気にならないけれど、上から目線の物言いをされると、少しムッとする。ところが、あの偉そうな態度が、血圧を測ろうとしただけで、途端に崩れるのだ。私としては、これを利用させてもらわない手はない。
と、
「恐ろしいですな」
「ええ、まったく」
フロックコートを着た威仁親王殿下と西郷さんが、同時に頷いた。
「二人とも、一体どういうことですか?」
私が首を傾げると、「決まっているでしょう」と西郷さんが重々しく言った。
「増宮さまは、この世で最も、医学の知識をお持ちでございます」
「そうですね。この時代における増宮さまは、古代ギリシャにおけるヒポクラテスや、我が国の戦国時代における曲直瀬道三のような存在でありましょう」
口々に言う西郷さんと親王殿下に、
「それは大袈裟ですよ、西郷さんも大兄さまも……」
私はあきれた。ヒポクラテスも曲直瀬道三も、その時代と地域における名医として有名だけれど、医学の知識を持っているだけの私は、とても技量的には“名医”と呼べない。
「ええ、ですから……」
「?」
「“たとえアスクレピオスや大国主命が許しても”!」
「“この章子が許さぬ!”」
息を合わせて言い放った親王殿下と西郷さんに、
「黒歴史をほじくり返さないでーーー!」
私は全力で抗議した。顔から火が出てしまいそうだ。
「そのように、石黒と青山を叱り飛ばされたのですか。この目で直に見たかったですな」
残念そうにつぶやく桂さんに、
「素晴らしかったですよ、桂さん。あの幼いながら威厳あふれるお姿は、流石皇太子殿下の妹宮さまだと、軍でも評判になりましたからね」
児玉さんが大真面目に言った。
(どこが“威厳あふれる”だよ……中二病全開だっただけじゃないか……)
私はうつむいた。だめだ、恥ずかしくてこの場にいたたまれない。
「ええ、増宮さまのおかげをもちまして、石黒を予備役に追い込むことができ、医務部も本当の意味でまとめられました。糧食の制度に関しても、旧海軍の方式に統一することができましたし……増宮さま、本当にありがとうございました」
軍服姿の山本さんが、立ち上がって私に頭を下げる。
「あ、いや、私、そこまで考えて、あんなことを言ったんじゃないので……」
私は両手を振りながら、山本さんに答えた。脚気討論会の後、石黒は国軍医務局長を辞職し、予備役になった。後任の医務局長には、海軍出身の高木兼寛軍医少将が就いた。ちなみに、ベルツ先生を罵倒した青山も、帝国大学の教授を辞任したそうだ。
「いや、考えたんだろ、増宮さま?」
勝先生が、ニヤニヤしながら言う。「陛下に脚気討論会の顛末を申し上げたら、“章子が石黒を叱り飛ばした故、奴を予備役に追いやる大義名分も立とう。章子の啖呵、朕も聞きたかった”と仰せになられたぜ」
「もう……もうやめて、勝先生……」
私はよろよろと椅子から立ち上がった。もうとっくに、私の気力体力は、両方ともゼロだ。
「私、これから、寝正月します……みんな、おやすみなさい……」
「わ……ちょ、待てってば、増宮さま!悪かった!いじり過ぎたおれが悪かった!」
「増宮さま、お願いですから、未来の戦争の話を!」
勝先生と児玉さんが慌てて立ち上がる。
「って言われても、児玉さん、もう無理……あなたが要求するレベルの話なんて、絶対できないです……」
私は力なく首を横に振った。
と、
「増宮さま」
山田さんが私に声を掛けた。
「大丈夫ですよ。堀河どののお屋敷に住まわれていた頃に、我々に、未来の色々な活動写真のお話をしていただいたではないですか。あれだけでも、私は軍事的に、大変勉強になりました」
そう言って微笑する山田さんに、
「本当……?」
私は首を傾げながら言った。「虚構のお話だし、断片的な知識なのに?」
しかもその話……現役の参謀本部長、しかも“史実”で満州軍の総参謀長になる人にして、大丈夫なのかな?
「ええ、構いませんよ」
私の右側に座った黒田さんも微笑んでいる。「俺が補足いたしますゆえ、増宮さま、どうか」
気が付くと、軍服姿の大山さんも、私を励ますように見つめている。
(それじゃ、しょうがないか……)
私は椅子に座り直した。大きなため息を一つついてから、一同を見渡す。
国軍三羽烏と大山さん、親王殿下は現役の軍人。そして、今は内閣の一員である黒田さん、山縣さん、山田さん、西郷さんも、予備役に入っているとはいえ、軍人だ。勝先生も、旧幕府時代には海軍奉行や陸軍総裁をしているし、新政府になってからも海軍卿をやっている。今日集まっている面々は、全員、軍に関係する経歴を持っている。そんな人たちに、貧弱で、しかも虚構の知識も混じっているような話をしていいのか、すごく疑問が残るけれど……まあ、原さんと統合させた“史実”の記憶を持っている大山さんもいるし、第一次世界大戦ぐらいまでの話は、彼のサポートを受けながらなら、少しはまともにできるだろうか。
「はあ、では、虚構が入っているところもあるから申し訳ないけれど、私の知る限りの、未来の戦争や兵器の話をしますね。うーん、けれど、絶対に実現してほしくないような兵器の話も今日はするから、その点は心して聞いてちょうだい」
「絶対に実現してほしくない……ですか?」
桂さんの問いに、私は黙って頷いた。
30分後。
私の居間に集まった、“梨花会”の面々は、呆然としていた。
「核兵器……増宮さまに、“史実”の話を初めて伺った時に、一発の爆弾で都市が壊滅するなど、半信半疑だったのだが……本当に、これほどの威力とは……」
山縣さんが青ざめている。
「航空機はやはり、そこまで発展するか……そうなれば、今の戦術の常識が変わる!」
「ああ、航空機に搭載できる兵器が、威力の大きいものになれば、いくら戦艦を大きくしても無駄だ。それに、ミサイルだな……ロケット技術が、そこまで発展するとは。やはりご自身の口から聞くと、その実感がいや増すな」
「通信技術の発展もさることながら……レーダー、ソナー、最終的には、宇宙空間からの偵察と攻撃……未来の技術というものは、そこまで発展するのか……」
児玉、山本、桂の“国軍三羽烏”も、愕然としていた。
「まあ、一介の平民の知識を披露しても、そうなっちゃうよね……」
私はお茶を啜った。
「今の技術じゃ、実現不可能なものばかりよ。それに、核兵器もだけれど、生物兵器や化学兵器も、絶対に実現してほしくない。炭疽菌の芽胞やVXガスやサリンをバラまいてテロを起こすとか、ボツリヌス菌や天然痘ウイルスを兵器として保有するとか……私、そういう兵器の存在が許せないんです」
そこまで言って、私は大きなため息をついた。「それに、核兵器なんて、熱線と爆風で、人を直接殺すだけじゃなくって、放射能でDNAを直接損傷して、胎児奇形を誘発したり、骨髄細胞を死滅させたり、爆発から何年も経ってから白血病を誘発したり……医者の仕事を増やすんじゃないっての、全く。しかも、未来だと、人類を何回も滅亡させるだけの核兵器を、世界各国が持ってしまっていますから……本当に、愚かとしか言いようがありません。おまけに、広島に落とされた原爆のせいで、せっかく保存されていた広島城が無くなっちゃうし、名古屋城も空襲で燃えちゃうし……」
「増宮さま、その辺で。話が逸れてきています」
親王殿下が、私のセリフを止めた。流石私の義兄、私の好みをしっかり把握していらっしゃる。
「ごめんなさい……」
「しかし、増宮さま、なぜ、“絶対に実現してほしくない兵器”のお話をなさったのですか?」
児玉さんが私に尋ねる。
「いずれそういう兵器が出てくる可能性があるから、防衛策を考えておいてほしい、という意味で話しました」
私は児玉さんを見つめた。「毒ガスが本格的に使われたのは、第1次世界大戦の時のヨーロッパと前世で聞きました。核兵器も、“史実”で最初に使ったのはアメリカです。日本が使わなくても、兵器としての可能性を察知した国や組織が出てきてしまえば、その人たちが、そういう非人道的な兵器を使ってしまう可能性があります」
「それゆえ、防衛策を……ということですか」
「甘い、と言われるのは百も承知です。でも、今生でも医者になりたい私としては言えません。非人道的な兵器を持て、とは」
私はもう一度、お茶を一口飲んだ。
人を殺してしまうような毒ガスを初めて実戦に投入したのは、ドイツだった。原さんにはそう聞いた。
(ドイツにいるかもしれない、未来の医療知識を持っている人が、生物兵器や化学兵器を作るという発想に至らないといいんだけれど……)
でも、至らない、という保証はない。だからこそ、防衛策を講じてほしい。
そして、一度、どこかの国がそういう危険な兵器を持ってしまえば、軍事的な抑止力を得るために、日本もそういう兵器を持たざるを得ないという局面になるかもしれない。
(そうなると、本当に嫌だな……)
私は眉を一瞬しかめて、さらに口を開いた。
「あとは、コンピュータが出てきて、それが様々な兵器と連動するようになれば、そのコンピュータを狙ったサイバーテロというものも考えられるけど……そこまでは、私が生きている間には起こらないと思います」
前世の父親の見ていたアクション映画では、たまに出てきた。まあ、いわゆる“ストーリ上のスパイス”という奴で、大体のことは、主人公の筋力と知力と銃と爆薬で、解決していたような気がするのだけれど……。
(なんでパパ、主人公が銃や爆薬で悪役を叩きのめすような映画ばっかり見てたのかな?)
と、
「あの、よろしいですか、増宮さま」
山本さんが手を挙げた。「……実は、いくつか、増宮さまのお話から、実現しそうなものがございまして」
「は?」
私は眉をひそめた。
「まさか、生物兵器や化学兵器ではないですよね?」
「違います。それはご安心を。……実は、大山閣下から以前、上陸用の舟艇のお話を伺ったのですが、それは、増宮さまがお話になったことでしょうか?」
「ええ……私が、花御殿に引っ越す前ぐらいだったような」
確か、ノルマンディー上陸作戦を題材にした映画の話を、大山さんにした。でも、あの映画、断片的にしか見ていないのだけど……。
「艦首が地面に倒れるように開き、なおかつ、歩み板の役割を果たす……兵員や物資を急速に上陸させるには、非常に合理的な仕組みです」
「なるほど。それは非常に良いかと思います、山本閣下。陸に向かって倒れる艦首の構造を頑丈にすれば、野戦砲なども、楽に上陸させられそうですね」
軍艦“高雄”の艦長である、威仁親王殿下が頷いた。
「そのような舟艇を多数収容できる、兵士や物資の運搬に特化した軍艦を作ってもよいかもしれません。それに、今後、軍艦の艦載艇を、内燃機関を搭載し、なおかつ、艦首が地面に向かって倒れるようなものに変更する手もあります。現在、検討させているところでして……」
(うわあ……)
私は肩を落とした。まさか、ちょっとだけしか見ていない映画の話から、そんな大事になっているなんて……。
「待って、確か他にも、西郷さんや山田さんに、機関銃やら、ロケットランチャーやら、手榴弾の話もしたような……」
それは確か、特殊部隊の元兵士が、人質を取り戻すために戦うという映画の話だ。
「でも、機関銃って、今の時代もありますよね?戊辰戦争の時のガトリングガンって、機関銃みたいなものですよね?」
「ええ、ただし、増宮さまがおっしゃったような、人ひとりで持ち運びが可能なものはなかったのです」
児玉さんがニヤニヤしながら答えた。
「まさか……作っちゃったんですか……?」
「その通りです。以前、マキシムやオチキスの機関砲のことも、大山閣下に話されましたね。それらを購入しまして、その機構を参考に、有坂砲兵少佐が頑張ってくれました。すでに最終試験に入っています」
(おう……)
児玉さんのドヤ顔が、悪魔の微笑に思えた。
(マキシムやオチキスって……原さんが言ってた奴だよね?それに、有坂さんって人も、銃や速射砲の開発で、日露戦争に貢献したって原さんが言っていた人かな?)
どうやら、事前に大山さんが児玉さんたちに、原さんから聞いた情報を流してくれていたようだけれど……。
「近接戦闘の際に、威力を発揮しそうだな」
山縣さんが頷いている。
「ロケットは、かなり時代遅れではあるのですが……」
「え……この時代にロケットってあるの、桂さん?!」
「はい、イギリス軍が、ナポレオン戦争で使っております。ただ、命中精度はさほど高くはないものです。使いどころは限られそうではありますが、個人持ちのロケットは、研究の余地があります。特に、増宮殿下のおっしゃった、対戦車のものは非常に魅力的ですな。飛翔距離が100kmを超えるような大型のロケットは、もう少し、基礎技術の発展が必要でしょう」
桂さんがにやりとした。
「は、ははは……」
私の笑い声は乾いていた。
(なんで、横目で見てただけのアクション映画に出てきた武器を、話だけでほぼ再現しちゃうのかな、この人たち……)
“国軍三羽烏”、恐るべしである。
「あの……まさかとは思うけれど、迷彩服も……」
「ああ、あれも最終試験中ですな。歩兵部隊と砲兵部隊の戦闘服として採用する方向です。やはり、隠れる効果が段違いでして」
西郷さんが答えてくれた。なんか、すごく嬉しそうなのは気のせいかな?
「対テロリスト戦とか、敵地潜入とかに使うような特殊部隊も?」
「国軍合同の際、第一軍管区に作りました。実際に使う機会がないことを、祈るばかりですな」
山本国軍次官の答えに、私は頭を抱えた。
「な……何か、本当にごめんなさい……」
児玉さんと山本さんと桂さんに向かって、深々と頭を下げる。
「このままだと、“日本が変な兵器ばかり開発してる”って諸外国に思われるんじゃ……」
しかも、アクション映画の戦闘で使うような代物ばかりだ。世の中にはもっと、他の種類の武器がたくさんあると思うのだけれど……。
「いえいえ、頭を下げないでください、増宮さま」
児玉さんが首を横に振る。
「我々は、必要だと思ったから、開発したまでです。それに、今日のお話で、また色々な着想が得られました。非常にありがたいと思います」
「そ、そうですか……?」
原さんから仕入れた“史実”の知識があったから、日清戦争や日露戦争、第1次世界大戦の話は、多少まともに出来たと思う。そちらで児玉さんのインスピレーションが刺激されたと信じよう。
「はあ……。こうやって転生するってわかっていたら、前世で医学関係のことじゃなくて、もっと軍事や政治経済のことを勉強して覚えてから死ねたのに……」
私がため息をつくと、
「それでも構わない、と確か以前に申し上げましたよ、増宮さま」
黒田さんが微笑した。「“史実”の記憶をもたらしていただいたことだけでも、我々にとって、日本にとって僥倖だと」
「でも、その“史実”の記憶だって、表面的で一方的な理解に基づいたものだし、医学の知識だって、この世界に還元できないものが多いし、お母様には、女の子らしくないことを心配されてしまうし……」
(でも、今更、女の子らしくなんて無理だよなあ……)
と、
「梨花さま」
大山さんが私を呼んだ。
「ちょ……?!」
私は慌てて彼の方を振り向いた。「皆がいるのに……その名前で呼ばないで!」
ああ……みんな、私と大山さんの方を一斉に見てるし!
私が動揺する中、大山さんは、自らに突き刺さる一同の視線に全くうろたえることなく、私に向かってほほ笑んだ。
「梨花さまがなんとおっしゃられても、梨花さまは俺が守るべき淑女でございます。それをお忘れなきよう」
そして、あの優しくて、暖かい目で、私をじっと見つめる。
(ああ、もう、その目で見られると……)
「は、恥ずかしいよ……レディなんてガラじゃ、全然ないのに……」
私はうつむいた。
「おう、いっぱしの淑女だねえ、そんな風に恥ずかしがってるとさ」
勝先生がにんまりしている。
「ですが勝閣下、この淑女、意外と狂暴ですよ。私も蹴られたことがありますし、京都では、襲ってきた大の男を、片手で投げ飛ばしましたし……」
親王殿下の言葉に、
「大兄さま、話を勝手に作らないでください。私、京都では何もしていませんよ」
私は呆れながら突っ込んだ。そもそも、ヴェーラさんに首を絞められたのも、公式には“なかったこと”になっているのに……。
すると、
「おや?二条城で、大山閣下が、ニコライ皇太子とゲオルギオス王子に言っておられましたが?“武勇に優れた姫君で、先ほども、襲ってきた大の男を、片手で二条城の堀に投げ飛ばした”と……それを聞いたニコライ皇太子もゲオルギオス王子も、怯えておられましたが……」
親王殿下がこう言って微笑した。
「は……?」
私は大山さんを見やった。そう言えば、二条城であの二人に面会した時、二人とも、怯えた目で私を見ていたけれど……。
「あの、大山さん?なんでそんな話を、勝手に作ったの……?」
返答次第では、怒ってもいいだろう。そう思いながら訊いてみる。
「あの時、梨花さまは濡れておられたではないですか。それを取り繕ったのですよ」
大山さんは慌てず騒がず、私にこう返した。
「それは認めるけれど……なんで、レディっぽくないことをわざわざ広めちゃうの……」
「淑女であることと、武勇に優れておられることは、十分に並び立つことですよ」
(本当かなあ……)
私は首を傾げた。流石にそれはないような気がするけれど、大山さんに逆らうと怖いから、ツッコミの言葉はぐっとこらえた。
と、
「さて、お話は非常に楽しいのですが、日が落ちぬ間に、増宮さまに見ていただきたいものがあるのです」
児玉さんがこう言った。
「日が落ちない間に……?」
一体、何だろう?
「準備を致しますゆえ、合図をしましたら、庭の方によろしいでしょうか、増宮さま」
「何を見て欲しいのか、まったく想像がつかないけれど……」
児玉さんはニヤリと笑い、風呂敷包みを持って、居間から出て行った。
※章子さんが前世の映画で見た上陸用舟艇……まあ、ノルマンディー上陸作戦なので、米軍で使われたLCVPだと思われます。
当初は、「軍艦に搭載していた」という艦載水雷艇が、既に大発動艇方式に変わっていたという設定にしようかと思っていたのですが、アジ歴で“艦載水雷艇”で検索してみると、日露戦争直前ぐらいには搭載していた戦艦もあるような感じなのですが、明治24年の資料で“艦載水雷艇”が載っているものがなかったため、泣く泣く諦めました。もしかしたら、探し方が悪かった、という可能性もありますが、ご容赦を。軍事系の資料探しは、慣れていないので難しいです。
※兵器発展の順番が、果たしてこれで自然なのかも不明なところ。本格的な迷彩の採用はどうやら第一次世界大戦のころ。艦首が地面に開いて渡し板の役割を果たすような上陸用舟艇が初めて開発されたのは、昭和に入ってからの日本。軽機関銃や短機関銃も、この時点で開発できるものなのかわからないのですが、どうかご容赦のほどを……。




