療養
1919(大正4)年3月24日月曜日午後5時25分、東京市麻布区盛岡町にある有栖川宮家盛岡町邸。
「では、拝診しての結論を申し上げます」
本館2階にある私と栽仁殿下の寝室。千夏さんの立会いの下、私の身体の診察を一通り終えた東京帝国大学医科大学内科学教授の三浦謹之助先生は、私のそばにある椅子に腰かけるとこう言った。
「現在の症状が頭痛、咽頭痛、鼻汁、倦怠感、そして発熱。咽頭には発赤もあり、現在のお熱が38度5分。経過やその他の所見と考え合わせると、内府殿下は新型インフルエンザに感染なさったと考えて間違いないでしょう」
(やっぱりか……)
私は布マスクの下でため息をついた。覚悟はしていたけれど、三浦先生の口から改めて聞かされるとやはりショックだ。
「ご存じのこととは思いますが、厚生省が2月末までの患者についてまとめた統計によれば、60歳未満のインフルエンザ罹患者では約0.8%が、60歳以上の罹患者では約3%が、インフルエンザ発症から1週間以内に肺炎を併発します。ですから、この後肺炎が生じる可能性については、用心していかなければなりません。ですから、熱が週末になっても下がらない、呼吸数が多くなったなどの徴候があれば、すぐに私にご連絡をください。捨松さまや福島閣下にも伝えておきます」
三浦先生の言葉に、千夏さんが横から「はいです!」と元気よく返事した。
「一般的な注意となりますが、水分はしっかり摂取なさってください。この24時間、水も食べ物もほとんど受け付けられていないということですから、脱水状態に陥る危険がございます。経口補水液を摂取なさって、それから、お粥や雑炊、よく煮込んだうどん、スープなど、消化に良いものを召し上がってください。また、解熱剤のアセトアミノフェンは、前回の内服から6時間経過していれば内服して構いません。特に体温が38度以上の時は適宜内服なさって、体力の消耗を避けていただくようお願いいたします」
「……分かりました」
昨日の朝、食堂で倒れかかってから、先ほど目覚めるまでの記憶がほとんどない。私の体調は本当に悪かったのだろう。
「最後に……これが内府殿下にとっては非常に大事なことでございますが、安静にして、お仕事のことは考えないようにお願いいたします」
そして、三浦先生は、私にとって一番辛い注意をした。
「あの……それは困るのですけれど……。今日か明日には、来年度の予算が貴族院で成立しますし……。仕事に復帰した後に、兄上を上手く助けられなくなりますから、帝国議会と、枢密院の議事録には目を通しておきたいと……」
私の懇願を、三浦先生は「いけません」と力強い声ではねつけた。
「恐れながら、それらの行為は、回復に必要な体力を消耗させてしまいます。内府殿下の今のお仕事は、業務のことは考えず、しっかりと休むことです。どうかこのこと、肝にお銘じくださいますよう、お願いいたします」
「はい……」
三浦先生に返事した私はうなだれた。遠い昔、オーストリアのフランツ2世を出迎えて、フラッシュバックを起こして倒れた後にも、兄に同じようなことを言われた。私の主治医の言いつけならば、それには従わなければならないだろう。
「では、お大事になさってください、内府殿下。明日も診察に参ります」
一礼して去って行く三浦先生の背中を追い、千夏さんが寝室を出て行く。しばらくして、彼女はお盆を捧げ持ち、寝室に戻ってきた。
「ご夕食でございます。……宮さま、お召し上がりになれますか?ご朝食もご昼食も、“食べたくない”とおっしゃっておられましたが……」
心配そうな表情で、お盆をベッドのそばのテーブルに置く千夏さんに、「たぶん大丈夫」と答えると、
「だから、さっさと部屋から出て。千夏さんにインフルエンザをうつしたくないから」
と私は身体を起こしながら言った。「かしこまりました」と答えて千夏さんが寝室から去ると、私は身体をテーブルに近づけた。
夕食のメニューは、玉子雑炊とコンソメスープだ。どうやら、朝からほとんど飲み食いをしていなかったようなので、まずは慎重にコンソメスープから口にした。ところが、
(あれ?)
スープを一口飲んだ私は首を傾げた。スープの味がおかしいのだ。我が盛岡町邸の料理人さんたちが作るコンソメスープは、あっさりとした仕立てである。しかし、今飲んだこのコンソメスープは、妙に味が濃いのだ。
(鼻がつまっているから、味が分からなくなっているのかしら……)
そう思ったけれど、私はスプーンを動かし続けた。例え味がおかしくても、このコンソメスープは、私の大切な栄養と水分の供給源なのだ。もし、これを食べられなかったら、私は明日、三浦先生に、水分補給のための点滴の針を刺されてしまうかもしれない。
(文句を言わないで、しっかり食べないとね。本当は、味噌煮込みうどんが食べたいけれど、あれ、作るとなると準備が大変だから、治るまでは我慢だなぁ……)
コンソメスープのお皿に続いて、玉子雑炊が入った器も空にすると、眠気が急速に訪れる。あくびをすると、私は再びベッドに横になったのだった。
1919(大正4)年3月27日木曜日午前10時、東京市麻布区盛岡町にある有栖川宮家盛岡町邸。
(よし、誰もいないわね)
盛岡町邸の2階。寝室のドアを静かに開けた私は、廊下に人影が無いことを確認した。
昨日までは、解熱剤の効果がなくなると、38度台の熱が出てしまっていたけれど、今朝の体温は、解熱剤の効果が無い状態で37度4分だった。昨日と比べて、倦怠感は明らかに減っているし、身体が痛むこともない。
こうなると、暇で暇でしょうがない。本来なら、こんな時こそ、帝国議会や枢密院の議事録に目を通し、内大臣の業務にスムーズに戻れるようにしておきたいのだけれど、それは主治医の三浦先生に禁止されている。しかし、医学書や医学雑誌を読むことは禁止されていない。そこで私は、看病してくれている千夏さんに見つからないようにして自分の書斎に入り、今月に入ってから忙しくて読めていなかった医学雑誌を読むことにしたのだ。
足音を殺しながら廊下を歩き、書斎のドアを開ける。家具や書類、本などの配置が、記憶と若干異なっているのは、私がインフルエンザを発症した日に消毒用のアルコールで拭いてくれたからだろう。私がデスクに置いてある医学雑誌を手に取り、椅子に腰かけて雑誌の表紙をめくった時、
「何をなさっているのですか、宮さま!」
後ろでつんざくような声が響いた。慌てて振り向くと、マスクを付けた千夏さんが、こちらに突進するように歩いてくるのが見える。彼女は私のそばまで来ると、私の手から医学雑誌を取り上げた。
「いけません!お仕事のことは考えてはならないと、三浦先生に言いつけられたではありませんか!」
「千夏さん……よく見てよ」
私は目を怒らせている乳母子に呆れながら声を掛けた。
「それ、仕事の書類じゃないわよ。最新の医学雑誌。今月に入ってから忙しくて読めていなかったから、気分転換に読もうと思って……」
すると、
「宮さま、最新の医学雑誌ということは、当然、新型インフルエンザについても書かれているのですよね」
千夏さんは先ほどとは打って変わって穏やかな声で私に尋ねた。
「これは医学全般を扱っている雑誌だから……まぁ、そうでしょうね」
私がこう答えると、
「では、医学雑誌をお読みになってはいけません」
千夏さんは首を左右に振りながら言った。
「は?!何を言っているのよ!私は仕事とは関係なく、ただ、最新の医学知識を得ようと思っただけで……」
「最新の医学知識を得て、次に宮さまがお考えになるのは、その知識をいかに政策に生かすかです」
私の反論を、千夏さんは封じ込めにかかった。
「すなわち、お仕事のことを考えるということになります。ですから、医学雑誌をお読みになってはいけません!」
「そんな……!じゃ、じゃあ、手術書は?!あれなら、インフルエンザのことは絶対に書いてないわよ!」
「いけません!一度読み始めてしまったら、宮さまは手術書を、寝食を忘れて読みふけっておしまいになります。それでは、療養していることになりません!」
「くっ……!」
千夏さんの指摘に、私は歯を食いしばった。流石、私との付き合いが長いだけあり、千夏さんは私の習性を良く把握している。
「分かったわよ……。医学関係の本や雑誌を読むのはあきらめるからさ……」
私は大きなため息をつくと、
「じゃあ、新聞なら読んでもいい?」
乳母子にお伺いを立てた。すると、
「そ、それはダメです!」
彼女は血相を変え、再び首を大きく左右に振った。
「そんなぁ。なんでダメなのよ。倒れた日からずっと新聞が読めていないから、情報収集くらいさせてよ」
私がマスクの下で唇を尖らせると、
「そんなこと……情報収集を始められたら、宮さまは、医学書をお読みになっている時と同じように、寝食を忘れてしまわれます!ですから、療養の妨げになります!新聞を読むのはおやめください!」
千夏さんは私を睨みつけながら言った。
「それじゃ、山縣さんや伊藤さんたちが無事かどうか分からないじゃない。兄上とうちの子供たち、それからこの家の職員さんたちが無事だというのはあなたが教えてくれたけど、私がよく会っている人たちが、私のせいでインフルエンザに感染していないかどうか、確かめないといけないのに……」
私が反論すると、
「ご安心ください。山縣閣下と伊藤閣下が体調を崩されたという報告は入っておりません。また、内閣の皆さまや立憲改進党の皆さま、それから枢密顧問官の方々もお元気ですし、国軍の幹部に体調不良者がいるという話も聞いておりません」
千夏さんがあっさりと私が欲しかった情報を伝えてくれた。
「あの……じゃあ、外務省の幣原次官や、“空の英雄”で有名な山本航空大尉も大丈夫ね?」
さらに尋ねてみると、「そのお2人に関しても、体調を崩したという話は聞いておりません」と千夏さんが答えてくれた。ホッとした私は、椅子の背もたれに上半身を預けた。
「それならよかった……。ありがとう、千夏さん。万が一、私のせいで伊藤さんや山縣さんたちにインフルエンザを感染させていたら、私、もうどうしていいか分からないから……でも、安心したよ。みんな健康だから」
「そうでしたか……」
千夏さんは優しく相槌を打つと、
「では、寝室に戻りましょう、宮さま。安心なさったのなら、ご昼食まで、きっとよく眠れますよ」
私の左腕を強い力で掴みながら言った。
「は?!」
それはどういう理屈なのだ、と反論する間も与えられず、私は椅子から引きはがされる。そして、
「体調が悪い時には、ぐっすり眠るのが良い薬ですからね」
千夏さんはそう言いながら、私の身体を寝室まで引きずって行ったのだった。
※統計の数値(特にインフルエンザ罹患者の肺炎発症率)は「成人の新型インフルエンザ治療ガイドライン第2版」を参考にしながら適当に設定しています。




