夢うつつ
1919(大正4)年3月21日金曜日午後11時35分、東京市麻布区盛岡町にある有栖川宮家盛岡町邸。
「……」
私は寝室のベッドで、布団にくるまって横になっていた。いつもなら、寝間着に着替えて寝床に入れば、すぐに眠ってしまうのに、今日は眠気が全く訪れてくれない。妙に冴えてしまった頭で、私はずっと新型インフルエンザと、それに対する政策のことについて考え続けていた。
新型インフルエンザの罹患者数は、世界中で増え続けている。恐らく、今月末には、罹患者数は全世界で5000万人を超えるだろう。新型インフルエンザに対する世界各国の態度は様々だけれど、日本では、国民に不要不急の外出をやめるよう要請し、インフルエンザの感染が拡大しやすい人混みを減らす政策を取った。それによって売り上げに影響が出ると思われる業種に融資をしたり、生活に必要な物資の価格を吊り上げようとする悪徳業者を取り締まったり、社会の基盤となる事業での雇用を創出したり、感染抑制政策で出てしまう影響を抑える政策も同時に実施した。しかし、日本での感染者数は、2月末の時点で約120万人……恐らく、今月の末には200万人を突破するだろう。
一方、日本より7、800万多い6500万の人口を抱えるドイツでは、2月末の時点で85万人の感染者しか出していない。もし、日本がドイツのように、厳しい感染抑制政策を取っていれば、感染者数はもっと減らせたのではないだろうか。そして、井上さんも、新型インフルエンザで命を落とすことはなかったのではないだろうか。
(でも……)
私は興奮してしまっている頭を持て余しながら、ベッドの上で寝返りを打つ。
……ドイツの政策は、余りにも厳しすぎる。気に入らない隣人を密告し合うなんて、ストレスのはけ口をイジメに求めているようなものではないか。そのストレスが社会を破壊する方向へ向かってしまえば、大規模なデモや反乱が発生するかもしれない。その結果、ドイツの皇帝・ヴィルヘルム2世が退位したり、ドイツの帝政が崩壊したりすれば、今、予備交渉が行われている軍縮にも影響が出るかもしれない。あの皇帝は、なぜか私の言うことに盲目的に従うから、もし交渉でドイツがごねたら、私の発言で皇帝を操るという最終手段が取れる。しかし、ドイツの皇帝が別の人間になったら、更に、ドイツの帝政が崩壊してしまったら、この手段は使えなくなるのだ。
(インフルエンザの感染を抑制しないと、人が大勢死ぬ。感染抑制政策をしていないフランスでは、3月の半ばまでに2000万人がインフルエンザに感染して、高齢者を中心に34万人が亡くなったと言うし……。だけど、フランスは不景気にはなっていない。感染抑制政策を取っているイギリスやドイツ、日本の景気が悪くなってきているのとは対照的ね。このままだと、感染抑制政策をしている国で、不景気のせいで路頭に迷ったり、自殺したりする人が出てしまう……)
頭の中に湧き出る思考は、止まる気配が全く無い。その数の多さに、脳細胞がひりつくような痛みを感じた。
(感染抑制と、不景気の対策を両立させる……バランスを取るのが難しすぎるよ……。これ、どうしたらいいの……どうしたら……)
思考は脳の中でグルグルと渦を巻いて回り続けている。この夜、私はとうとう眠ることができなかった。
翌日の3月22日土曜日は春分の日、春季皇霊祭だった。本来ならば、私は栽仁殿下の妃として、儀式に参列しなければならない。しかし、東京府にはまだ緊急事態宣言が出されているので、参列者数は制限され、私が参列する必要は無くなった。それをいいことに、私は起床時刻を過ぎてもベッドの中で休んでいた。明け方ごろにようやく眠ることができ、目を覚ました時には、既に午後2時を過ぎていた。
妙な時間に眠ったからか、起き上がると、頭全体に鈍い痛みを感じた。そう言えば、身体の疲れも取れていないような気がする。週末は無理をしないことに決め、私は残りの土曜日をのんびりと過ごした。
しかし、土曜日の夜はいつも通り、きちんと眠れたのに、頭痛と身体の疲れは翌日になっても取れなかった。それどころか、ふらつくような感じもする。それでも身支度を整えて、朝食をとるため、身体を引きずるようにして1階の食堂に入ると、福島さんをはじめとする盛岡町邸の職員や子供たちが、一斉に顔を強張らせた。
「母上、どうなさったのですか?」
長女の万智子が、椅子から立ち上がりながら、心配そうに私に尋ねた。
「ああ、万智子……おはよう。ちょっと、寝ても疲れが取れなくてね」
私が娘に微笑んでみせると、
「本当にそれだけですか?」
彼女はじっと私を見つめた。
「お顔色が、良くないです。それに、手や首筋が、汗ばんでいらっしゃるし……」
「汗ばんでいる?」
私は首筋に左手を当てた。確かに娘の言う通り、じんわりと汗がにじみ出た皮膚は湿り気を帯びている。
「そう言えば、なんか、今日は暑いわねぇ……」
春分を過ぎたからかしら。そう言おうと思ったけれど、私の口は動かなかった。急に頭が激しくふらついたのだ。そばにあった椅子の背もたれにつかまった私の身体を、千夏さんが横から慌てて支えた。
「宮さま!お身体がとても熱いです!お熱があるのではないですか?!」
柔道の経験があるからか、私の身体を支える乳母子の腕はとても力強かった。その彼女の叫び声を耳にして、ぼんやりしていた私の脳細胞が、突然活発に働き始めた。まさか……でも、症状が、全て合致してしまっている。
「母上?!」
「来ちゃダメ!」
私のそばに駆け寄ろうとした万智子を、私は大声で止めた。もう遅いかもしれない。けれど、ここにいる人たちへの感染を防ぐため、できることはやらなければならない。
「皆、落ち着いて聞いてちょうだい。私は、新型インフルエンザを発症した可能性が高いです」
着物の袖で口を覆うと、私は食堂にいる全員に呼びかけた。
「宮さま?!」
「だから、落ち着きなさいと言ったでしょう」
激しく動揺している千夏さんに私は注意する。
「2次被害を防がなければなりません。私は2階の寝室で療養しますから、ええと……」
熱に妨害されているのか、頭の働きが急に止まってしまった。それでも、何とか指示を絞り出そうとした時、
「爺、この漢字、何て読むの?」
学習院初等科1年生である長男の謙仁が、別当の福島さんに尋ねた。彼の手には薄い本がある。厚生省から全世帯に配布した“新型インフルエンザの手引き”だ。
「それは“いっしょ”と読むのですよ、殿下」
謙仁のそばに立っている福島さんが、謙仁に優しく教えると、謙仁は視線を冊子に落とし、
「一緒に住んでいる人とは、食事や寝るときも、部屋をできるだけ分けましょう」
と、元気よく読み上げた。
「そう、そうね。だから、母上は、食事は寝室で食べます」
私は長男の助けで、ようやく次の指示を出すことができた。
「お手洗いと洗面所は2階のものを使いますから、皆は絶対に使わないでください。設備の共用で、インフルエンザが感染する危険があります。あと、2階には私の世話をする時以外、絶対に立ち入らないでください。ええと、それから……」
さらに指示を出そうとすると、千夏さんが私の左腕を強い力で掴み、
「それは後です!一刻も早く、お休みいただかなくては!」
と言いながら、私の身体を食堂の入り口へと引きずっていく。その力に逆らえるはずもなく、私は千夏さんに連れられるまま2階に上がり、寝間着に着替えると、おとなしくベッドの中に入り、彼女にいくつかお願いごとをした。
「……お言いつけ通り、このお屋敷の手の届くところは、全て消毒用のアルコールで拭きました」
ベッドに入って、しばらくうとうとしていると、マスクを付けた千夏さんが寝室に入ってきて私に報告した。
「それから、お子様方も含めて、このお屋敷にいる者は全て、3日間の健康観察を行います。朝夕2回検温をして、万が一、発熱者が出た場合は、捨松さまが対応してくださるそうです」
「そう……ありがとう」
私は頼りになる乳母子に、ベッドに入ったままお礼を言った。私から他人への感染を防ぐため、マスクを付けて寝ているからか、それとも体温が上昇しているからなのか、身体のだるさが増している。
「ああ、そうだ……宮内省と、井上さんの家には連絡してくれた?」
「はい、お言いつけ通り。20日から昨日までの間、宮さまと接触した方に関しては、インフルエンザを発症する可能性があるので、検温を欠かさないようにと伝言いたしました」
私の質問に千夏さんは元気に答えると、
「では宮さま、解熱剤をお飲みください。39度近いお熱なのですから」
そう言って、小さなお盆に載せたアセトアミノフェンとコップに入った水を私に突き出した。
(これで、やるべきことは終わったかしら……)
アセトアミノフェンを飲み下しながら、私はぼんやり考えた。
インフルエンザには、発症までに1日から3日の潜伏期間がある。これは、前世の大学の授業で習ったことだ。それを踏まえ、私がどこでインフルエンザに感染したか考えると……最も疑わしいのは、井上さんの弔問に行った時だ。あそこには、大勢の人々が訪れていたし、井上さんの遺族たちもいた。その中にいた人の誰かが、インフルエンザに感染しているのに気付かないで、もしくは、インフルエンザによる体調不良があるのを隠して、あの場にいたとすれば……。
ただ、それより前、つまり、私が皇居にいた時にインフルエンザに感染した可能性もゼロではない。宮内伝染病予防令により、体調が悪い人の参内は禁じられているけれど、“勤務に穴を開けたくない”などの理由で、侍従さんや侍従武官さんが体調不良を隠して出勤していたということも考えられる。もしそうだとすれば、私だけではなく、兄もインフルエンザに感染してしまっているかもしれない。
(それだけは絶対に避けたいけれど……万が一、兄上がインフルエンザに感染していても、早めに対応できれば、兄上の身体へのダメージが少なくなるかもしれない。ああ、どうか兄上、無事でいて……!)
「宮さま、苦しいのですか?」
私が顔をしかめたので、体調に良くない変化があったと思ったのだろう。私からコップを受け取った千夏さんが心配そうに尋ねた。
「ううん、大丈夫よ」
「そうですか……」
千夏さんは私を見つめたまま応じると、
「では、何かあれば、ベルを鳴らしてください。千夏は2階の別の部屋に控えておりますから、どうぞごゆっくりお休みください」
と私に言った。
「ありがとう、千夏さん。私からインフルエンザをうつされないように、十分に気を付けてね……」
私はこう答えると、再び眠りに落ちた。
……気が付くと、私は盛岡町の家の応接間にいた。先ほどまで寝室にいたような気がするけれど、なぜ応接間に自分がいるのか、思い出すことができない。うだるような暑さで汗が額に滲み、私は持っていたハンカチーフで汗をぬぐった。
来客用の椅子には、ベルツ先生が腰かけている。そう言えば、最近会えていなかったけれど、避暑先から戻ってきてくれたのだろうか。私はベルツ先生の前にある椅子に座ると、「お久しぶりです」と挨拶してから、
「ベルツ先生、私、先生にお伺いしたいことがあるのです」
と、話の口火を切った。
「新型インフルエンザの世界的な流行……パンデミックが発生していることは、先生もご存知だと思います。日本のみならず、世界各国が、この状況を乗り切ろうと様々な策を立てています。しかし、うまく行った対策はありません。我が国では、インフルエンザの感染が広がってしまいやすい人混みをなるべく作らないために、不要不急の外出をしないよう要請しました。けれど、この政策のために経済活動が抑制されて景気が悪くなり、不景気のせいで死んでしまう人が出るのではと私は心配しています。また、行き過ぎた感染抑制策で、国民に不満が生じています」
考えが、うまくまとまっていないような気がする。それでも私は、必死に口を動かした。ベルツ先生は私の話を黙って聞いていた。
「けれど、経済のことを気にし過ぎてしまうと、インフルエンザの感染者は増え、それに比例して死者が増えてしまうのは明らかです。そう思って、今まで感染抑制政策を続けてきましたが、その甲斐なく、私の身近な人が……井上さんが、インフルエンザに罹患して亡くなってしまいました」
井上さんの弔問に行った時の思いが、脳裏に蘇る。流れ出た涙を、私はハンカチーフで拭いた。
「一生懸命、やっていたつもりです。でも、井上さんが亡くなって、関係が深かった伊藤さんや山縣さんや桂さんはもちろんですけれど、梨花会の面々の心身に、大きなダメージを負わせてしまいました。そんなことがないように、色々な策を実行してきたのに、こんな結果になってしまって……」
心がキリキリと、激しく痛む。ベルツ先生はそんな私をただ黙って見つめていた。
「ベルツ先生、これでよかったのでしょうか。私がやったことは正しかったのでしょうか?」
ベルツ先生は返事をしない。何か答えが返って来るだろうかと思って待ったけれど、ベルツ先生が口を動かす気配が一向に無い。とうとう、痺れを切らした私は、
「どうして答えてくださらないのですか、ベルツ先生?」
と、今生の医学の師に問うた。
「今お話し申し上げた内容で、情報は足りているはずです。それでも、情報が足りないとおっしゃいますか?それとも……それとも、私は既に、先生のお気に召さないことをやってしまっているのでしょうか」
ベルツ先生は黙っている。そして、悲しげに私を見つめている。
「黙っておられては分かりません!どうか、私の罪を……私の罪をお示しください!ベルツ先生……ベルツ先生!」
私は椅子から立ち上がった。どうしても、師から答えを引き出さなければならない。更にベルツ先生を呼びながら、彼に近づき、私が胸倉をつかもうとしたその時、
「内府殿下!」
とベルツ先生が叫んだ。いや……本当にベルツ先生が言ったのだろうか?ベルツ先生が、私を“内府殿下”と呼ぶことは無かったように思う。だって、ベルツ先生は、私が内大臣に任じられた時には、既に……。
「内府殿下!」
左の肩を激しく叩かれて、私は目蓋を開けた。千夏さんが、泣きそうな目で私を見つめているのが見える。
(今の、……夢?)
「宮さま……宮さま!お目覚めになったのですね!よかった……ずっと、ベルツ先生を呼ばれて、うなされておいでで……」
こう言って涙を流し始めた千夏さんの隣に、思いがけない人の姿があった。東京帝国大学医科大学内科学教授の、三浦謹之助先生だ。
「先生……申し訳ありません」
私は首を三浦先生の方に回しながら言った。
「うちの者が、先生に無理に往診を頼んでしまったのですね。私は大丈夫ですから、三浦先生は他の重症者の治療を……」
言葉を紡いだ私に、三浦先生は硬い表情で、
「いいえ、内府殿下。私は勅命を奉じて参りました。内府殿下の治療に当たれ、と……」
と、厳かに告げた。
「兄上が……?」
私は横になったまま眉をひそめた。
「そんな、大げさな……兄上は、本当に心配症なんだから……」
すると、
「大げさかどうかは、私が判断致します」
三浦先生が厳しい口調で言った。
「私は、内府殿下の主治医として、診療をしなければなりません。医学の発展に並々ならぬお気持ちを寄せられ、国民の安寧のために、そして世界の平和のために、日々ご努力を続けていらっしゃる、国家の柱石たる方を」
「……」
「さぁ、診察を致しますよ。私たちは、歩みを止めてはならないのですから」
普段温厚な三浦先生の力強い言葉に、私は黙って首を縦に振るしかなかった。




