大礼使、発足
1918(大正3)年1月14日月曜日午前10時30分、皇居・表御座所。
表御座所の中にある天皇の執務室・御学問所。そこに、普段は皇居にいない2人の人物が立っていた。
1人は伏見宮家の御当主・貞愛親王殿下である。今年の6月に還暦を迎える貞愛親王殿下は、国軍では歩兵大将の要職にあり、皇族の重鎮と呼ぶにふさわしい人物だ。
そして、もう1人は、立憲自由党所属の衆議院議員でもあり、内務大臣でもある原さんだ。かつて“内務省の異才”と呼ばれ、衆議院議員となってからもその辣腕を党務に、議会に、そして行政に振るう彼は、政界の重鎮と言ってもいいだろう。
皇族の重鎮と政界の重鎮。この2人が同時に御学問所に呼ばれたのは、今年11月に執り行われることになった兄の即位礼に関する事務一切を取り仕切る“大礼使”と呼ばれる機関の中心メンバーに選ばれたからである。貞愛親王殿下は総裁、そして原さんは、総裁の下で事務一切を取り仕切る長官に任命された。
「大礼使総裁に任じられたこと、まことに光栄でございます」
歩兵大将のカーキ色の通常礼装を着た貞愛親王殿下が、両脇に山縣さんと私を従えた兄に最敬礼する。「うん」と軽く頷いた兄に、
「この盛典、恙なく終えられるよう、大礼使の職員たちとともに力を尽くします」
貞愛親王殿下は落ち着いた口調で決意を述べた。普通の人なら緊張してしまうであろうこの場で、普段と変わらない態度でいられるのは、流石、皇族の重鎮と目される人である。
一方、
「今回、大礼使長官の重任を拝し、その責務の重大なるを切に感じております」
大礼使長官に任命された原さんは、緊張と決意とを漲らせたような表情で兄に言上した。
「この一世一代の御大典、官民の総力をもって、陛下の御徳を称え奉り、陛下の御稜威を国内外に遍く行き渡らせるものとするよう、大礼使一同全力を尽くします!」
兄に向かって最敬礼する原さんを観察しながら、
(原さん、滅茶苦茶気合が入っているわね……無理もないけれど)
私はこう思った。“史実”の記憶を持つ原さんの中には、兄を慕う気持ちが強くある。きっと、兄の即位礼を、後々まで語り継がれるような立派なものにしたいという思いを抱いているに違いない。
と、
「原大臣」
兄が穏やかな声で原さんを呼んだ。
「はっ」
かしこまって再び頭を下げた原さんに、
「わたしは、即位礼はなるべく簡素にしてほしいと思っている」
兄は穏やかな声のままこう告げた。
「?!」
「は……?」
原さんだけでなく、大礼使総裁の貞愛親王殿下も驚きの声を上げる。兄はそれに動じることなく、
「即位礼の費用は、国民が納めた税金で賄われる。国民の血税を無駄に使って、国民に迷惑を掛けるようなことはしたくない。だから、少しでも費用を節約して欲しいのだ」
と2人に言った。
「恐れながら、陛下」
言葉を発することができない貞愛親王殿下と原さんとは対照的に、宮内大臣の山縣さんは、すかさず兄に呼びかけた。
「即位礼は、我が国の内外に陛下の御即位を宣言する大事な儀礼です。イギリスで言えば、戴冠式に相当する儀礼でしょう。その費用を無理に削減するのはいかがなものかと……」
「分かっているつもりだ、山縣大臣」
兄は山縣さんに視線と身体を向けた。
「だが、俺はジョージ5世の戴冠式に参列した時、儀式が華美過ぎるように思えた。見栄を張る目的だけで儀式に金を使うならば、その金を国民の生活を良くするために使う方がはるかにいい。俺は、国民を苦しめてまで即位礼をしたくないのだ」
「ああ、なんという深い思し召しでありますか……」
兄の言葉を聞いた山縣さんの目から涙がこぼれる。私も黙って兄に頭を下げると、
「かしこまりました」
貞愛親王殿下が恭しく兄に一礼した。
「なるべく冗費を省きながら、諸事を進めさせていただきます」
貞愛親王殿下にこう言われてしまっては、原さんも従わざるを得ない。原さんはもう一度頭を下げると、「総裁宮殿下の仰せの通りに……」と兄に向かって言った。
「では、これより、表御殿で職員の顔合わせがありますので、我々はこれで……」
貞愛親王殿下はそう言うと、原さんを促して御学問所を後にする。原さんも黙って最敬礼すると、貞愛親王殿下に続いて御学問所から退出した。
「誠にありがたいお言葉でございました……」
涙を拭いながら言った山縣さんに、
「俺の即位を盛大に祝いたいという原大臣の気持ちは、本当に嬉しいし、ありがたいのだがな」
兄は苦笑いを見せた。
「だが、その気持ちに甘えてはいけないと思う。国は民がいなければ成り立たない。まず、国民を労わるのが大切だ」
「伏見宮殿下も原君も、陛下の御心に沿うように準備を進めてくれるかと存じます」
兄と山縣さんの会話を聞きながら、
(原さん、兄上に関することだと、本当に気合が入るからなぁ……)
私は遠い昔の記憶を呼び起こしていた。確か、兄の成年式は“史実”では挙行されなかったけれど、この時の流れでは原さんが伊藤さんに強く主張した結果、皇室成年式令が制定されて、1898(明治31)年に挙行されたのだ。
(盛大に兄上の即位を祝いたいというのを兄上に止められて、原さんが変に気持ちをこじらせなければいいのだけれど……)
心に微かな不安がよぎる。けれど、この気持ちは、この場にいる兄にも、そして山縣さんにも気づかれてはいけないものだ。私は頭を左右に振ってから、
「兄上、通常業務に戻りましょう。書類のご決裁をお願いします」
いつもの始業時と同じように、兄に声を掛けたのだった。
1918(大正3)年1月14日月曜日午後0時30分、皇居・表御座所にある内大臣室。
「うう、もどかしい!」
私の前にある長椅子に座った原さんが、悔しそうに叫ぶのを眺めながら、
(どうしてこうなった……)
右手に箸を持った私はため息をついた。私の膝の上には、我が家の料理人さん謹製の美味しいお弁当が載っている。その味を楽しみながら、お昼休みをのんびり過ごしたかったのに、私がお弁当に箸を付けようとした瞬間に、原さんが自分のお弁当を持参して内大臣室に現れたのだ。それから20分余り、原さんは自分のお弁当に手を付けないまま、自分が兄をいかに慕っているのかを私に激しく主張し続けている。この状況で、私だけお弁当を食べてしまう訳にもいかない。私は箸を持ったまま、ただ黙って原さんの主張に耳を傾けていた。
だけど、1時になれば、私は御学問所で兄の仕事を手伝わなければならない。こうしている間にも、どんどんお昼休みが消費されていく。意を決した私は、
「原さん、お弁当、一緒に食べましょう」
吠え続ける内相にこう提案した。
「ん?」
不機嫌そうに顔をしかめた原さんに、
「あなたがお弁当に箸を付けてくれないと、私もお弁当を食べられないのです。だから、一緒に食べましょう、と言ったのですけれど」
私は更に押してみた。
「……」
「そのお弁当、奥さまの手作りでしょう?原さんが食べなかったと知ったら、奥さまが悲しみますよ。だから……」
「……主治医どのに言われずとも、食べるに決まっているだろう!」
原さんは私をものすごい顔で睨みつけると、お弁当箱の蓋を開ける。そして、箸を手に取ると、しいたけの煮物をつまんで口に放りこんだ。
(よかった……)
喋り続けてお腹が空いていたのか、原さんは無言のまま、ガシガシと箸を進めていく。その様子を確認して、私も自分のお弁当を食べ始めた。
「ふう……」
お弁当箱を空にした原さんが、お茶を一口飲んで息をついたのは、15分ほど経ってからのことだった。
「あの……なぜこちらにいらっしゃったのでしょうか?11時からの大礼使職員の顔合わせが終わったら、すぐに内務省にお戻りになるのだろうと思っておりましたけれど」
ほぼ同時にお弁当を食べ終えた私が、飛び切り冷たい声で原さんに尋ねると、
「わたしの気持ちを聞いてもらいたかったのだよ。陛下に私の心が届かぬ、このもどかしさを……」
こう答えた原さんはため息をついた。
「そんなの、大山さんか伊藤さんか斎藤さんに聞いてもらえばいいじゃないですか……」
あきれながら原さんに言うと、
「大山閣下は、今日は非番ではないか」
彼はムスッとしながら答えた。
「伊藤さんは赤坂だし、斎藤さんは国軍省だ。わたしも多忙な身だから、そこまで行く時間が惜しい。よって、甚だ不本意ではあるが、一番手近なところにいる主治医どのにこの気持ちをぶつけるしかないのだよ」
(めんどくせぇ……)
私は湧き上がってきた感情を必死に押し殺した。
「わたしは“史実”で一度、大礼使長官となった。しかし、皇太后陛下の崩御により即位礼が延期となり、大礼使は一度解散した。諒闇が明けて、再び大礼使が設置されたが、その時は大隈が総理であったこともあり、大礼使長官に任命されたのは、わたしではなく鷹司どのだった。だから今度こそ、陛下の即位礼を、わたしの手で盛大に祝えると信じていたのに……!」
「うーん、兄上の性格だと、即位礼は簡素にしろ、って絶対に言いますよ」
歯ぎしりを始めた原さんに私が冷静に指摘すると、
「それは分かっている。“史実”でも、“即位礼はなるべく簡素にしてほしい”とおっしゃっていたが……だがな、主治医どの!わたしは、聖天子の御即位を、全世界に知らしめるよう、盛大に祝いたいのだよ!」
彼は拳を握りしめながら私に叫ぶ。
「しかも陛下は、わたしよりも山縣に心を開かれているご様子……いや、“史実”でのことを思えば、喜ばしいことではあるのだが、わたしだって、陛下からもっと信頼を勝ち得たいのだ!そう、“史実”のように!」
「……気持ちは分かりますけれど、焦ってはいけないと思いますよ。そこをMI6や黒鷲機関に付け込まれて、離間工作でもされてしまったら、梨花会の結束が乱れますし」
「分かっている!」
原さんはそう吠えると、お茶を一気に飲み干した。一応、人払いはしてもらっているけれど、こんなに原さんの声が大きいと、他人に聞かれてしまうのではと心配になる。
と、
「ところで、主治医どの」
空になった湯飲み茶碗をテーブルの上に置いた原さんが私を呼んだ。
「何ですか」
事務的に答えた私に、
「今朝、ジュネーブの先生から私のところに電報が届いてな。世界保健機関の本部が日本に置かれることが決まったそうだ」
原さんは思いがけない情報を投げた。
「本当ですか?!」
「嘘をついてどうする。……で、本部は日本のどこに置きたい?」
「……原さん、私を試していますか?」
「別に、試している訳ではない」
私の質問に、原さんはつまらなそうに答えた。
「ただ、国際連盟が監督する機関の1つとして世界保健機関を作りたいと、最初に言い始めたのは主治医どのだ。それ故、意見は聞いておかなければならないと思ってな」
「お気遣い、ありがとうございます」
私は機械的に一礼すると、
「東京はダメですよね。関東大震災の後なら大丈夫でしょうけれど……」
早速、世界保健機関の本部をどこにするか考え始めた。
「その通りだな。もし、本部を東京に置いてしまったら、世界保健機関が集めた医学的な資料が関東大震災で散逸する恐れがある」
「となると、ヨーロッパへの連絡を考えて、ウラジオストックへの定期航路が出ている港に近いところがいいですね」
新イスラエル共和国の首都・ウラジオストックは、シベリア鉄道の始発駅でもある。シベリア鉄道を使えば、スエズ運河経由の航路を使うルートよりも早くヨーロッパに行ける。それでも、東京から20日前後は掛かるけれど……。
「ふむ、今、ウラジオストックへの直通航路が出ている港は小樽、酒田、新潟、敦賀、長崎だが……」
ニヤリと笑いながら腕組みをする原さんに、
「……第1候補が京都、第2候補が大阪、第3候補が長崎と仙台ですね」
少し考えてから、私はこう答えた。
「ほう、京都を第1候補にするとは意外だな。わたしは大阪がよいと思っていたのだが……理由を聞かせてもらおうか、主治医どの」
原さんはニヤニヤ笑いを崩さぬまま、上体を私にずいっと近づける。彼に試されているのは間違いないけれど、私は素知らぬ顔で、
「まず、単純に、東京との連絡の取りやすさですね。京都・大阪・仙台なら、鉄道を使えば1日かからないで済みますけれど、長崎は東京から鉄道で丸1日以上掛かります」
と、理由を説明し始めた。
「次に、帝国大学があるかどうか。“史実”で斎藤さんが殺されたころには、大阪にも帝国大学があったそうですけれど、今は東京・東北・京都・九州の4校です」
「そろそろ、5つ目の帝国大学を作ってもいいとは思うがな。……しかし、それだけではまだ理由としては弱いぞ。他に何かないのか?」
「……もうすぐ、京都から東京に奠都して50年ですけれど、奠都のせいで、京都の産業は一気に衰退しました。琵琶湖疎水を作ったり、内国博を開いたり、色々と産業振興策は行われていますし、今度の即位礼は京都で行われますから、一時的に京都の景気は良くなりますけれど、かつての繁栄を取り戻しているとは言い難いです」
昔聞いたことを思い出しながら、私は理屈を組み立てていく。どうせ、後で原さんに粉々に打ち砕かれるけれど、何も言わないでいるよりはいいだろう。
「でも、京都にはものすごい武器があります。1000年余り日本の首都であった歴史が育んだ伝統文化です。WHOの職員には、当然、海外からやって来る人もいます。彼らは休日に、京都の歴史や文化に触れるはずです。そして、京都の素晴らしさを口コミで故郷の知人たちに伝えてくれます。そうして、京都の良さを徐々に世界に広めて、京都が国際的な観光都市になるきっかけにしたいのです。実際、そこまでになるのは、飛行器がもっと発展して、欧米人が気軽に日本に来られるようになってからだから、早くても私が死ぬ頃だと思いますけれど……」
すると、
「なるほど、面白いな」
原さんが軽く目を瞠った。
「へ?」
「確かに、大阪と京都を比べれば、京都の方が敦賀に出やすい。それに、外国人が喜びそうな観光地は大阪より京都だ。今も外国人がしょっちゅう訪れているから、外国語の分かる日本人もそれなりにいる。いいところに目を付けたな」
キョトンとした私の前で、原さんは私をけなすことなく、むしろ私に賛同するような論を展開する。窓辺に駆け寄って、雪や槍が降ってきていないか確かめたくなったけれど、間違いなく原さんが不機嫌になるので我慢した。
「それに、主治医どのの時代のように、飛行器で人々が気軽に行き来できるようになることも考慮すれば、大きな飛行場が建設できる平坦な地にある都市がいい。そう考えると有利なのは、やはり京都・大阪、それから仙台か……しかし、飛行場の用地として、一体どのくらいの広さの土地が確保できればいいのだ?後で五十六に問い合わせて……」
「あ、あの、原さん?それは流石に気が早過ぎますよ?騒音問題も考慮して立地を決めないといけませんし……」
やけに乗り気になっている原さんを、私が戸惑いながらも止めたその時、
「章子、いないのか?!」
兄の大きな声が聞こえた。慌てて腕時計の盤面を見ると、長針は2分の所を指している。
「ヤバっ、もうこんな時間……はい、ただいま参ります!」
ドアに向かって私が怒鳴り返した瞬間、
「また来る、主治医どの」
空になったお弁当箱を抱えた原さんが素早く立ち上がる。そのまま、流れるような動きでドアに駆け寄ると、原さんは内大臣室から出て行ってしまった。
「あ、ちょっと!」
(また来るって、どういうことなのよ、もう……)
開けっ放しのドアに文句をぶつけてやろうと思ったけれど、
「章子!」
兄が私を呼ぶ声が、先ほどよりも大きく聞こえる。このままでは、兄が内大臣室に来てしまう。私は慌てて椅子から立ち上がり、御学問所へ急いだのだった。




