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転生内親王は上医を目指す  作者: 佐藤庵
第61章 1917(大正2)年冬至~1917(大正2)年小満
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最強の新参者

「それだけでは分かりませんよ」

 1917(大正2)年1月13日土曜日、午後2時15分。兄の住まいである赤坂離宮の大食堂では、改元されてから初めての梨花会が開催されている。その席上、バルカン半島で先日発生した動乱の原因を答えた兄の長男・15歳の迪宮(みちのみや)裕仁(ひろひと)さまに、前内閣総理大臣で貴族院議員の陸奥宗光さんが鋭い視線を投げた。

「ブルガリア公国がオスマン帝国の領土を手に入れたいからオスマン帝国領に攻め込んだ……。確かにその通りです。しかし、ブルガリア公国がなぜそう考えるに至ったか、皇太子殿下のお答えにはそれすら欠けてしまっております」

 私の目の前、昨年までは兄が座っていた席に腰かけている迪宮さまは、梨花会のメンバー全員の賛同を得て、今回から梨花会に参加している。態度が立派で、兄が皇太子だったころと同じように“英明な皇太子”と称えられている迪宮さまだけれど、国際事情については、東宮御学問所で学んでいる最中だ。だから、突然の陸奥さんの質問に答えただけでもすごいと私は思うのだけれど、陸奥さんはそれで満足しなかったようである。

「さぁ、皇太子殿下、ご説明ください。ブルガリア公国が、オスマン帝国領を手に入れたいと思う所以(ゆえん)は?」

 陸奥さんは口の端に笑みを浮かべて迪宮さまに問う。陸奥さんがとても生き生きとして見えるのは、気のせいだろうか。……気のせいであって欲しい。

「はい……」

 迪宮さまは、会合の冒頭、参考資料として配られたバルカン半島の地図に目を落とした。これは、中央情報院が数年前に、私がいつか描かされた下手くそな地図を参照して作ったもので、私の低い地図作成能力が忠実に再現されてしまっていた。


挿絵(By みてみん)


「正確な年月日は記憶にないのですが、ロシアとオスマン帝国の戦争の講和条約……サン・ステファノ条約で、ブルガリア公国は、バルカン半島の半分に迫るような広大な領土で、オスマン帝国内の自治領として認められました。しかし、列強の介入により、4か月後にサン・ステファノ条約が修正された結果、その領土は約3分の1に減らされました。ブルガリアはサン・ステファノ条約で当初認められていた広大な領土を再び得たい。これが動機だと思います」

(おおっ)

 私が迪宮さまの答えに目を瞠った時、

「なるほど、なるほど。一度与えられたものを理不尽に奪われたなら、それを取り返したくなるのが人の心ですなぁ」

迪宮さまの弟たちの輔導主任に就任した西郷従道さんが、嬉しそうに何度も頷いた。“英明な皇太子”の模範解答を褒めたようにも見えるけれど、油断してはいけない。できる人間には、更に試練を課したくなってしまうのが梨花会の面々なのだから。

 そして、

「しかし皇太子殿下。オスマン帝国は領土も広く、戦時なら40万人以上の陸軍を動員できます。一方、ブルガリア公国は、戦時であっても20万人を動員するのがやっとではないでしょうか。そのような国が、オスマン帝国とやりあって勝ち目はありますかのう?」

西郷さんは嬉しそうな表情のまま、迪宮さまにこう尋ねた。

「それは、難しいと思います……」

 流石の迪宮さまも、重ねての質問に口を閉ざしてしまう。

「陛下、なりませんぞ」

 このメンバーの最長老・枢密顧問官の松方正義さんが、重々しい声で兄に注意した。

「助け舟をお出しになりたいという親心は分かりますが、ここで堪えて、皇太子殿下にご自身の力だけで答えていただくことこそが、皇太子殿下の真のご成長につながるのです」

「わ、分かってはいるのだが……」

 梨花会が始まった時から、玉座からずっと迪宮さまのことを見守っていた兄が、苦虫を噛み潰したような表情で言った。

「しかし、卿らが余りにも、裕仁に容赦しないから、裕仁がちゃんと質問に答えられるかと心配になってしまって……」

「当たり前でございます」

 陸奥さんが背筋を伸ばして兄に言った。「僕は相手が陛下でも内府殿下でも、討論に関しては手心を一切加えません。それは相手が皇太子殿下に変わっても同じでございます」

「その通りであるんである!誰が相手であろうとも、吾輩たちはビシバシ鍛えるんである!」

 陸奥さんに続いて、文部大臣の大隈さんが大声で言う。その言葉に、梨花会の面々のほとんどが、首を激しく縦に振った。意外なことに、迪宮さまを気の毒そうに見ているのは末席にいる山本五十六航空大尉だけで、参謀本部長の斎藤さんや農商務大臣の牧野さん、そして大蔵大臣の高橋さんなど、普段、梨花会の古参メンバーに押され気味な人たちも、真面目な顔で頷いていた。大蔵省主計局長の浜口さんと外務省取調局長の幣原さんも、硬い表情で首を縦に振っているけれど……もしかしたら、陸奥さんたちの質問の矛先が、自分たちに向いてしまうのを警戒しているのかもしれない。

 と、

「けれど、ブルガリア公国は、そんな状態から、オスマン帝国への軍を起こした……」

迪宮さまが呟くように言った。どうやら、この間にも、迪宮さまは自分の考えを整理していたようだ。

「……もしかしたら、ブルガリア公国は、他の国が自分たちに味方するという確証を得られたのではないでしょうか?それに、オスマン帝国の財政は相当危ういとも聞いております。オスマン帝国に自領を防衛する軍隊を動かす金が無いことを知ったから、ブルガリア公国が出兵したという可能性も……」

「いいですねぇ」

 迪宮さまの答えを聞いた陸奥さんが、にっこりと微笑んだ。「ブルガリア公国に味方する国があるとすれば、どこの国になりますか?」

「申し訳ありません、そこまでは……」

 迪宮さまはうつむいてしまった。流石に、それを推測するには、世界情勢に関する深い知識が必要だろう。ここまで答えられたこと自体が素晴らしいことだ。

「世界情勢の裏面については、まだご教授申し上げておりませんからな」

 東宮御学問所総裁の伊藤さんが顎を撫でながら言った。「しかし、合理的な推論をお立てになることができました。初めてのご参加としては上出来ですぞ」

 伊藤さんの言葉に、私は密かに頷いた。陸奥さんの問いに初めから完璧に答えるなんて芸当は、私の時代のスーパーコンピュータでもなければ無理だろう。

 すると、

「では、内府殿下に模範解答をいただきましょうか」

陸奥さんの笑顔が、今度は私に向けられた。

「……それでは、面白みに欠けるのではないでしょうか?」

「とんでもない。大変興味深い内容になると思いますよ。修練を重ねればここまで立派で的確な解答ができるということを、ぜひ皇太子殿下にお示しください」

 私の問いを陸奥さんは軽くいなし、私に要求を突きつける。彼の瞳の奥に鬼火がちらついたのに気が付いた私は、

「まず、オスマン帝国の状況から説明すると……」

慌てて、陸奥さんの言う“模範解答”を作り始めた。

「オスマン帝国は、一度財政破綻しています。そのため、イギリス・フランス・ドイツ・イタリアなど、オスマン帝国の債権国から代表が選ばれたオスマン債務管理局が設置され、オスマン帝国が借金を作り過ぎないように監視しています。一方、オスマン帝国領のアラビア半島には、石油が大量に埋蔵されています。これに目を付けたのがドイツです。石油が安定して手に入るようになれば、仮想敵国のイギリスと同じように、重油のみを燃料にする、従来のものより速度を上げられる軍艦を建造できます。しかも、アラビア半島の石油は、鉄道を使えば、ドイツに友好的な国の勢力圏だけを通ってドイツまで運ぶことができます。けれど、ドイツが武力に訴えてアラビア半島の石油を手に入れようとすれば、仮想敵国のイギリスが黙っていません。展開によっては、反ドイツの動きがヨーロッパ全体に広がり、ドイツの兵力や物資の運搬が妨げられます。そんな状況で世界大戦が起きてしまったら、ドイツは苦戦するでしょう。だからドイツは、オスマン帝国の債務を増やして再び財政破綻させ、いわゆる“借金のカタ”として、アラビア半島の石油利権をオスマン帝国から奪うことを考えました」

 私が一気にここまで述べた時、

「内府殿下、ちょうどよい機会ですので、私から質問を挟んでよろしいでしょうか?」

珍しく、大蔵大臣の高橋さんが手を挙げた。

「はい」

 高橋さんの口から、一体どんな質問が飛び出すのか。身構えた私の耳に、

「では、皇太子殿下にお伺いいたします」

という高橋さんの声が届いた。

(そっち?!)

「今、内府殿下が、“ドイツはオスマン帝国の債務を増やして、財政破綻させようとしている”とおっしゃいましたが、具体的には、どのような方法を取ることが考えられるでしょうか?」

 私と同じように、迪宮さまは目を丸くしている。私が喋っている最中に、自分に質問が飛んでくるとは思っていなかったのだろう。けれど、人の意表を突いてくるのが、梨花会の面々のやり口なのだ。

(み、迪宮さま、頑張って!)

 私が祈るように迪宮さまを見つめていると、

「……例えば、ドイツが主導して、オスマン帝国内で大規模な土木事業を立ち上げる。あとは、軍備を増強させるのも手だと思います。兵器を買い揃えるとか、軍艦を何隻も建造させるとか……」

迪宮さまは考え込む素振りを見せながらも、見事に高橋さんの質問に回答した。「おおっ」という感嘆の声が、大食堂に沸き起こる。兄も嬉しそうに、何度も首を縦に振った。

「まさに皇太子殿下のおっしゃった通り、ドイツはオスマン帝国内で大規模な灌漑事業を立ち上げたり、ドイツから派遣した軍事顧問団に軍備増強を進言させたりして、オスマン帝国の債務を増やしておりました。当初は、オスマン債務管理局の各国代表を買収して、実質的に機能を停止させていたのですが、そちらはイギリスの水面下の介入により正常化しました。ですから、オスマン帝国の債務増加はある程度抑えられている状況です」

 ふくよかな顔に満足そうな笑みを浮かべながら、高橋さんは迪宮さまに言う。それを聞いて、

「なっ……買収?!」

迪宮さまの顔が引きつった。「そんな……そのような不正が国を超えて行われた?!」

「……あるんだな、これが」

 私は苦笑しながら言った。「残念ながら、世界は迪宮さまが思っているより、綺麗なものではないの。ただ、正しくあろうとする心と、正しくあろうとする努力は絶対に必要。日本に敵意を持つ国に隙を見せないためにもね」

「世間の厳しさを皇太子殿下に知っていただくのは、とても大切なことですね」

 微笑みながら言った陸奥さんは、

「さて、内府殿下、ご解答の続きをお願いします。まさか、先ほどのでおしまいとおっしゃるのではないでしょうね?」

再び、瞳の奥に鬼火をちらつかせた。

「失礼しました。では、続きを……」

 私は一度頭を下げてから、今回の戦乱の背景についての説明を再開した。

「オスマン帝国に敵意を持っている国が実際に何らかの示威行動を取ると、オスマン帝国の政府に軍備の増強を説得しやすくなります。そこでドイツは、元からオスマン帝国の領土を奪いたがっているブルガリア公国と手を組むことにしました。正確に言うと、ブルガリア公国の方から、自分たちに味方してくれる国を探してドイツに接近したようですけれど……。ブルガリア公国はドイツから密かに得た金で軍備を増強しています。ブルガリア公国が軍備を増強していることを、ドイツの軍事顧問団が騒ぎ立て、それに煽られたオスマン帝国は、債務を増やして軍備を増強します。けれど、オスマン債務管理局の買収が頓挫したこともあり、オスマン帝国の債務増加の速度が鈍っています。そこでブルガリア公国は、軍艦の配備を試みます。軍艦はお金が掛かる代物ですから、オスマン帝国に軍艦を新規に配備させることができれば、オスマン帝国の債務は一気に膨らみます。ところが、オスマン帝国の議会で、軍艦の新規建造予算は承認されましたが、オスマン債務管理局はその予算を許可しませんでした。これが昨年の11月末のことです」

 ここまで話した私は、隣に座っている大山さんの方を見た。

「あの、ここから先は、大山さんが話す方がいいわ。院が持ってきた情報に基づいての推論だし……」

 口を動かし続けて、疲れてしまった。少し休憩させてもらおうと思って提案してみたけれど、

「どうぞ、お続けください。(おい)の手柄は梨花さまのものでございますから」

大山さんは私に向かって微笑んだ。「もしお疲れになったのであれば、お茶を一口どうぞ」

 ……どうやら、この臣下が私を鍛えようとするのは、私が内大臣になっても変わらないようだ。私はため息をつくと、机の上に置かれたお茶を一口飲み、説明を続けた。

「このオスマン債務管理局の決定に、ドイツはあくまで債務管理局との話し合いで、軍艦建造を認めてもらおうという方針で対処しようとしていました。ところが、この方針にブルガリア公国が反発しました。“自分たちはオスマン帝国に攻め込むのを何年も待っている。もう我慢の限界だ”……これがブルガリア公国の言い分です。ブルガリア公国はドイツへの協力をやめることもちらつかせたので、ドイツも渋々、ブルガリア公国のオスマン帝国への侵攻と、近い将来のドイツの参戦を了承した……以上が、今回の戦乱が発生した背景です」

「なるほど。では、今後想定されうる展開はどのようなものですか?」

「イギリスやフランスは、一刻も早く戦争を止めようとするでしょう」

(まだ休ませてくれないのかな……)

 心の中で陸奥さんに文句を言いながら、私は彼の質問に答え続けた。

「イギリス・フランスも、オスマン帝国にお金を貸しています。戦争には莫大な金が掛かるもの……もし今回の戦争のせいでオスマン帝国が財政破綻したら、オスマン帝国に貸していた金が戻らなくなります。ですから、ブルガリア公国とオスマン帝国の講和を実現させようと、今、双方に働きかけていると思います。そしてドイツは、オスマン帝国に積極的な戦費拠出を促すのは確実です。けれど、参戦するのはなるべく引き延ばそうとすると思います。もしドイツがブルガリアと一緒にオスマン帝国と戦えば、イギリスは必ずドイツを妨害します。フランスにも呼び掛けて、オスマン帝国に味方して戦うかもしれません。そうなれば、世界大戦勃発の危険があります。それをドイツも分かっているはずです」

「……お見事です」

 陸奥さんが拍手しながら満足げに頷いた。「昔は医学一辺倒で、政治の“せ”の字もご存じないようなお方でしたのに、修練を重ねられた結果、立派に国際情勢を論じていらっしゃる。まさに才色兼備、世界に冠たるプリンセスにご成長なさいました」

 私は黙って頭を下げた。陸奥さんのことだ、このまま私を褒めただけで終わるはずがない。密かに警戒していると、

「皇太子殿下」

陸奥さんは迪宮さまに呼び掛けた。

「たとえ、政治に全く興味を持たず、お手持ちの資料にあるような下手くそな地図しか描けないようなお方でも、修練を重ねればここまで成長するのです。まして、皇太子殿下は内府殿下と同じく、ご聡明であらせられます。今はまだ、ご自身の技量が我々に遠く及ばないと感じてしまわれるでしょうが、皇太子殿下ならば、きっと内府殿下のように政治に通暁なさることでしょう」

(それ、私のこと褒めてる?けなしてる?)

 陸奥さんの言葉にムッとしてしまったけれど、ここで反応してしまえば、今の10倍以上の攻撃が、陸奥さんから浴びせられるだろう。私は黙っていることにした。

「ですからどうか、倦まず弛まず、ご努力を続けられますように。我々も全力でお相手致しますので」

 陸奥さんが迪宮さまに微笑を向ける。けれど、その微笑からは、どうも血の匂いが漂ってくる気がした。伊藤さんや山縣さんなど、他の梨花会の面々も迪宮さまを笑顔で見つめているけれど、どの笑みからも凄みがにじみ出ていて、まるで飢えた獣が獲物を狙っているかのようだった。そんな危険な雰囲気を感じ取ったのか、迪宮さまは顔を引きつらせて「あっ、はい……」と返事をしたのだった。


 1917(大正2)年1月13日午後3時30分。

「迪宮さま!」

 梨花会が終了し、兄が奥に引っ込んだのを見届けると、私は椅子から立ち上がった迪宮さまを呼んだ。今日の梨花会の話題は、予備知識が無いと理解できないものばかりだったし、初参加の迪宮さまにもレベルの高い質問が容赦なく投げられていた。少し、フォローしておく必要があるだろう。そう思って、私は可愛い甥っ子を呼んだのだけれど、

「梨花叔母さま……」

呼ばれた迪宮さまは、なぜか私を心配そうに見つめた。

「大丈夫でしたか、梨花叔母さま?質問が集中していましたが……」

「ああ……私は大丈夫、辛うじて」

 私は迪宮さまに笑いかけた。「ただ、あれ以上質問をされたら、疲れて倒れていたわ」

 すると、

「あの、梨花叔母さま……言葉を選んで話していらっしゃるように思えるのですが……」

迪宮さまはこう言って軽く顔をしかめた。

「それはね……後ろに大山さんがいるからよ」

 やはり、迪宮さまは兄に似て勘が鋭い。流石だなぁ、と思いながら私は答えた。

「下手なことを言うと、過大な負荷が私に掛かる。それが分かるから、言葉には気を付けているのよ」

「おや、梨花さま。まだ余裕がおありのようですね」

 私の後ろから、大山さんがぬっと顔を突き出した。「別室で追加の討論と参りましょうか」

「勘弁してよ。早く家に帰って、万智子(まちこ)たちの顔が見たいのに……」

 軽く唇を尖らせて大山さんに応じると、迪宮さまがクスっと笑う。私は慌てて真面目な顔をすると、

「それより迪宮さま、今日は大変だったでしょう?難しい話ばかりだし、爺たちは容赦ないし……」

迪宮さまの現状を確認しにかかった。

「はい、難しい話題で、とても大変でした。僕は国際情勢に疎いので、御所に戻ったら、自分でも復習してみます」

 迪宮さまは私の質問に素直に答えた。

「それに、たとえ相手が誰であっても、遠慮なく討論するのがこの会の流儀だとお父様(おもうさま)に聞きました。ですから、爺たちは、僕に足りないところを、討論を通じて気づかせてくれたのだと思います。大変ありがたいことです」

 迪宮さまの立派な答えに私は茫然とした。やはり、迪宮さまはとても優秀で、態度も素晴らしい。少し離れたところで私たちの話を聞いていた梨花会の面々が、一斉に迪宮さまに向かって最敬礼した。

 と、

「あの、梨花叔母さま」

迪宮さまが私を呼んだ。

「はい?」

「今日は、お名前を訂正なさらないのですね。“私は章子だ”と」

「ああ……だって、迪宮さま、私の前世のことを教えてもらったでしょう?」

 私は苦笑いと一緒にこう返すと、

「叔母さまのこと、気味悪くない?もしそう思うなら、これから余り近づかないようにするけれど……」

と付け加えた。梨花会に参加するということは、私に未来の日本で生きた前世があることを知ることにもなる。迪宮さまは、そんな叔母を不気味に思っていないだろうか。

「気味悪いなど、とんでもありません」

 迪宮さまは、首を大きく左右に振った。「むしろ、納得しました。梨花叔母さまは、どことなく、他の人と違う……未来に咲く花のような方だと感じておりました。だから、未来を生きた記憶をお持ちだと聞いて、納得しました」

「確かに、前世の私が死んだのは、今から100年ぐらい後だねぇ……」

 どうやら、この甥っ子は、私に未来を生きた記憶があることを、教えられる前から何となく感じ取っていたようだ。私は幼い頃、“天眼(てんげん)を持つ”と言われていたけれど、本当に天眼を持っているのは迪宮さまなのかもしれない。私はそう思った。

「ただ、梨花叔母さまと同じ世界を生きた記憶を、伊藤の爺や斎藤参謀本部長が持っているのには、とても驚いてしまって……」

(そ、そっちか……)

 うなだれた迪宮さまを見て、思わず身体の力が抜けるような気がした。確かに、なんとなく他人と違うと感じていた叔母の正体より、普通に見える人たちが実は特殊な人だったと知らされる方が、迪宮さまにとっては衝撃的だったのかもしれない。

「……ま、いいか」

 私は口の中で小さく呟くと、

「改めてよろしくね、迪宮さま。私も爺たちが怖いけれど、お互い、挫けずにがんばりましょう」

迪宮さまに笑顔を向けた。

「はい。こちらこそ、いろいろとご教示ください、梨花叔母さま」

 梨花会のメンバーの中で最年少の……しかし、最強の新参者である迪宮さまは、私に礼儀正しく一礼したのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 迪宮 叔母上…なんだか妙な存在だな→正体発覚→あぁ、やはりそうだったのか 伊藤/斉藤…忠実な臣だ→正体発覚→ええっ、あの者たちが⁉︎
[一言] 状況説明に不足在り もう一方の当事者であるオスマン帝国の対応及び、この周辺に利権が在る筈なロシア、オーストリア・ハンガリー、イタリアの視点が抜けてますな。まあ、オーストリアとイタリアは、漁夫…
[気になる点] 二重帝国の動向は? 彼らとしてはオスマン帝国の弱体化は望むにしても、火種を巻き散らかさないでほしいと思ってはいそう。 せっかくセルビアとも友好関係、フェルディナンド陛下による改革も行わ…
感想一覧
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