ロシア(2)
1916(明治49)年10月25日午前1時20分、ロシア帝国・モスクワ駅。
ロシア帝国の皇帝・ミハイル2世に紹介された人物を見た私たちは、驚きの余り、文字通り言葉を失ってしまった。ミハイル2世が私たちに紹介したのは、ステパン・オーシポヴィチ・マカロフさん……現在のロシア海軍で唯一の海軍大将であり、海軍戦術論の大家としても世界的に有名で、陸軍と合わせて考えても、ロシア軍の中枢にいる人物の1人だったからだ。そんな大物に、私たちを国境まで送り届けさせる……ミハイル2世は私たちにそう告げた。
私は隣に座っている大山さんの様子をそっと窺った。大山さんは両目を見開いたまま、瞬きをしていない。驚いた様子なのは明らかだったけれど、本気なのかお芝居なのか、私には区別がつかなかった。
「どうする、章姉上?」
中央の椅子に腰かけた私の弟・鞍馬宮輝仁さまが、囁くような声で私に尋ねた。
「マカロフ大将が付いてくるの、断るか?」
「……そんな選択肢は無いと思うわ」
私は首を軽く横に振った。「彼が付いてくれば、私たちの安全は間違いなく保障される」
ミハイル2世の言う通り、マカロフさんはロシアの海軍だけではなく、陸軍の将兵たちからも尊敬を受けている。そんな人が案内する“フランスの実業家一行”を、ロシア陸軍の将兵も、ロシアの国民も、疑うこともせずに黙って見送るだろう。
『恐れながら、マカロフ閣下』
外務省取調局長の幣原喜重郎さんが、フランス語で丁重にマカロフさんに問いかけた。『閣下もご存じのこととは思いますが、このモスクワから、新イスラエルとの国境であるペルムスコエまでは、1週間以上かかります。お帰りのことも考えると、長い旅になりますが、ご体調に差しさわりはないでしょうか?』
『お気遣いいただいてありがとうございます。体調には、まったく問題はありません。それに、あなた方の中には、後にご夫君となった方の命を見事に救われた、素晴らしい腕をお持ちの軍医がいらっしゃるではないですか』
マカロフさんは穏やかな口調で幣原さんに答えると、私に視線を向けた。
『……』
『輝仁殿下、栽仁殿下、章子妃殿下……いずれも英明の誉れ高い日本の皇族方とともに旅ができること、光栄に思います。楽しい旅に致しましょう』
マカロフさんはフランス語でこう付け加え、微笑した。“皇帝に道を誤らせた魔女”の一行を、軍や国民を欺きながら国境にまで送り届けるという困難な任務に臨もうとしているとはとても思えない、落ち着いた態度だった。
(この任務の難しさを分かっていない……いや、ちゃんと分かっているわ。それでいて、この穏やかな様子……マカロフさん、相当な胆力がある人ね)
維新の動乱期の数々の修羅場をくぐり抜けた経験を持つ大山さんや伊藤さんなど、梨花会の古株の面々と同じ雰囲気を、私はマカロフさんから感じ取った。これは、気を引き締めてかからないと、相手の術中にはまってしまう。
『では、マカロフ大将に、あなた方を国境まで送り届けさせること、ご了承いただいたということでよろしいですか?』
ミハイル2世がフランス語で私たちに問う。短く囁き合って互いの意思を確認すると、
『ありがとうございます。皇帝陛下のご厚意、謹んで受け取らせていただきます』
私たちを代表する形で、輝仁さまが回答した。
(安全ではあるけれど……油断できない旅になりそうね)
事務的な話が、幣原さんとローゼン外務大臣との間で進められていくのを聞きながら、私は密かに考えていた。ミハイル2世は、私たちの身を案じる純粋な気持ちから、マカロフさんを私たちに付き添わせるのかもしれない。しかし、ミハイル2世のそばには、ウィッテ総理大臣とローゼン外務大臣がいる。あの2人が、私たちを送り届ける以外の目的をマカロフさんに言いつけていてもおかしくない。
『それでは、よろしくお願いします』
私たちににこやかに挨拶するマカロフさんを、私はじっと見つめたのだった。
1916(明治49)年10月31日火曜日、午後3時。
『ですから、ここで駆逐隊を……』
『ああ、なるほど、そうすれば退路を妨害できますね』
マカロフさんが私たちの特別列車に乗り込んでから、約1週間が過ぎた。
特別列車に従兵1人だけを連れて乗り込んだマカロフさんは、元気に過ごしていた。
彼は列車の中に、大きな荷物を持ち込んでいた。武器や爆薬の類だろうか、と心配したのだけれど、彼の荷物から出てきたのは、少しの着替えや身の回りの品の他は、全て地図や海図だった。
――暇潰しに、戦術でも検討しようと思いまして、こんなに図面を持ってきたのですよ。……よければ、皆様もご一緒にいかがですか?
海軍戦術論の大家のこの言葉に、栽仁殿下と、彼のお付き武官である米内光政さんが目を輝かせた。輝仁さまのお付き武官を務めている山本航空大尉も、元々は海兵の人間だ。更に、宮内省職員として私たちの一行に加わっている広瀬武夫さんと秋山真之さんは、かつての極東戦争で、連合艦隊の中枢の一員だった人である。マカロフさんの誘いに彼らが乗らないはずがなく、特別列車の車内では、海軍戦術談義が毎日、朝から晩まで行われることになったのだった。
(この状態、いいのかしら……)
特別列車の食堂車。テーブルの上に地図や海図を広げ、日本人たちと熱心にフランス語で話し合っているマカロフさんを見ながら、私は軽くため息をついた。“勉強になること間違いなしです”と、秋山さんと広瀬さんと米内さんに強く勧められ、海兵が専門ではない私と輝仁さまも、マカロフさんとの海軍戦術談義に参加させられていた。秋山さんと広瀬さんと米内さんはもちろんだけれど、栽仁殿下と山本大尉も、熱心にマカロフさんと討論している。最初は嫌がっていた輝仁さまも、日が経つにつれて、マカロフさんの話を熱心に聞くようになった。
けれど私は、マカロフさんとの話に、どうしても身が入らなかった。東朝鮮湾海戦や対馬沖海戦など、極東戦争での海戦のことが談義で取り上げられ、日本の軍事機密がマカロフさんに漏れてしまうのではないかと恐れていたということもある。けれど、それよりも、お父様の病状のことをどうしても考えてしまうという理由の方が大きかった。
『では、お茶にしましょうか、皆さま』
話に区切りがついたところで、マカロフさんが一同に呼びかける。広瀬さんと秋山さんが席を立ち、お茶の支度を始めたのを見て、私はそっと席を離れた。食堂車の隣に連結されたサロン車に入ると、そこには大山さんだけがいて、手元のノートに何かを書き付けていた。「大山さん、隣に座るよ」と声を掛けると、大山さんはノートを閉じて立ち上がり、私に頭を下げた。
「マカロフどのの話が終わったのですか?」
「今、休憩に入ったところ。だから抜けてきたの」
大山さんの質問に答えながら、私は大山さんの隣の椅子に座った。
「大山さんは何をしていたの?」
「漢詩の1つでもできないかと思いまして、考えておりましたが……どうもうまく行きません」
大山さんは私にこう言うと、軽くため息をついた。
「この状況で漢詩を作るなんて無理よ。私も、マカロフさんの話に全然身が入らない。軍事機密が漏れたらどうしよう、とか、お父様は、どんな状態なんだろう、とか、色々考えてしまって……」
私は大山さんに苦笑いを向けた。「山縣さんからの連絡も文章が短いから、お父様が何の病気にかかっているのか分からない。意識があるのはいいけれど」
4、5日に1度のペースで、宮内省からお父様の容態に関する連絡が届いている。けれど、国際電報で一度に届けられる文字数は少ないので、私が把握できたのは、お父様の意識は明瞭であること、そして、点滴をされていることだけだった。
「それにしても……マカロフさんは、何を考えてこの列車に乗り込んだのかしら。海軍談義に私たちを巻き込んで……彼の目的は一体何なのか、それが分からなくてね」
私が呟くように言うと、
「なるほど……では、マカロフどのに、直接お聞きになってみてはいかがですか?」
大山さんは私にとんでもない提案をしてきた。
「思い切ったことを言うわねぇ……」
私はため息をついた。「賭けね、それは。マカロフさんは、簡単に答えてくれる人ではないと思うけれど」
すると、
「おやりになる価値はあると思いますよ」
大山さんは微笑んで、私の後ろを指し示す。振り返ると、サロン車の入り口に、マカロフさんが従兵も連れずに1人で立っていた。
『いかがなさいましたか、章子妃殿下』
マカロフさんはフランス語で言って、私を心配そうに見つめた。
『何か、お悩みのご様子ですが……やはりお父君のことがご心配なのでしょうか?』
私は再び振り向いて、我が臣下を見る。私の視線を、暖かくて優しい瞳で受け止めた大山さんは、私に向かって微かに頷いた。
『父のことも心配ですが……他にも、悩んでいることがございますの』
私は慎重に、頭に浮かんだ疑問をフランス語に訳し始めた。
『よければ、そのお悩み、わしに聞かせていただけませんか?』
『では、お言葉に甘えて……』
マカロフさんに軽く頭を下げた私は、
『閣下がなぜこの列車にお乗りになったのか、何を思ってこの列車に乗り続けていらっしゃるのか……それをずっと考えておりましたの』
と、単刀直入に言った。
『……一言で言うならば、極東戦争での我が海軍の敗因を、きちんと分析したかったから、でしょうか』
すると、マカロフさんは意外にも、私にこう話し始めた。
『日本の皇族たちが、ロシア帝国の領内を通過している。その一行の中に、章子妃殿下がいらっしゃり、更に、かつて日本海軍の中枢の一員として我が海軍と戦った秋山どのと広瀬どのがいる……。それを聞いて、いてもたってもいられなくなったのです。かつてあの戦争を戦った者たちと戦争の経過を振り返って討論し、我が海軍の敗因を分析したいという気持ちが抑えられなくなりました。ですから、皇帝陛下に直訴したのです。あなた方を国境まで送り届ける役を命じて欲しい。日本の皇族一行は、軍の一部の不届き者による襲撃を恐れているようだが、わしがついて行くと言えば、その不届き者たちも一行に手出しはしないだろう、と……』
私はマカロフさんの言葉を黙って聞いていた。驚くことに、この人は、自分が危険な目に遭うかもしれない策を思いつき、それをためらいなく実行に移したのだ。相当な胆力を持ち合わせていなければできることではない。
『おかげさまで、有意義な旅行ができております。わしは海軍の人間ですから、旅をするとなると、その手段はもっぱら船舶になりますが、このような鉄道の旅もよいものですな。認識を新たに致しました』
マカロフさんはそう言い終わると、ニッコリと微笑んだ。
『……ありがとうございます。よく分かりました』
私はマカロフさんに再び頭を下げると、
『それで、何かお分かりになったことがございましたか?今までの閣下との討論の中では、東朝鮮湾海戦や、対馬沖海戦の話題も取り上げられたように記憶しておりますけれど……』
こう尋ねてみた。
『……もし、わしがあの時、アレクセーエフの代わりに太平洋艦隊の総司令官を務めておりましたら、元山は真っ先に放棄しておりました』
マカロフさんは、静かに口を開いた。
『そして、ウラジオストックを拠点として、日本海や黄海、あるいは東シナ海を航行する船舶を拿捕したり、沈めていたりしたでしょう。日本や朝鮮沿岸の街にも、軍艦で攻撃を加えていたかもしれません。ごくごく局地的な勝利を重ね、我が軍の力を見せつけた上で、少しでも我が国に有利な条件で素早く講和に持ち込む……これがあの時、我が国が望めた最高の勝利だったとわしは考えます』
確かにマカロフさんの言う通りだと私は思った。もし、マカロフさんの言うような戦略をロシア太平洋艦隊が取っていたら、日本の連合艦隊も、清の艦隊も、いつどこに出現するか分からないロシア艦隊を追って、日本海や黄海や東シナ海、果ては太平洋を駆けずり回らなければならなかった。私の時代のように、飛行器やレーダーが発展していれば、ロシア艦隊の行先を把握して、先回りして彼らに痛撃を加えることもできるだろう。けれど、今はそんな便利なものはない。極端に言ってしまえば、太平洋艦隊が健在であるだけで、日本海や黄海の制海権が脅かされ、人や物資が安全に行き来できなくなるのだ。それは日本と清にとっては大打撃になる。
『しかし、戦争は、自分一人だけでするものではありません』
私の表情が強張ったのを見て取ったのだろう。マカロフさんは私を安心させるように微笑むとこう言った。
『実際には、海軍だけでなく、陸軍もおります。更に、その軍に命令を下す皇帝陛下がいます。皇帝陛下がわしを太平洋艦隊の総司令官にしようと思わない限り、わしが先ほど述べたような戦いをすることは不可能です。……日本も清も、そのことをよく分かっておりました。だから、わしはあの戦争で死ぬことなく、こうして生き永らえたのでしょうな』
マカロフさんは大山さんの方をチラッと見た。大山さんの視線とマカロフさんの視線が空中で交差する。その瞬間、音も無く火花が散ったように私には感じられた。
(この人……院が存在していることに気付いている……)
中央情報院の全容までは、流石につかんではいないと思う。けれど、ロシア帝国に潜り込み、ロシア帝国の力を削ごうとする一団が存在することに、マカロフさんは気が付いてしまったのだろう。そう言えば、かつて中央情報院は、ロシアの海軍に謀略を仕掛け、マカロフさんを引退に追い込んだことがある。もしかしたらその時に、マカロフさんは院の存在に気が付いてしまったのかもしれない。
『我がロシア海軍は、極東戦争で大打撃を受けました。艦隊にも、人材にも……。今のロシア海軍の力では、樺太と沿海州を返還されても、防衛することはできません。あと20年……いや、50年経っても難しいでしょう。少なくとも、わしが生きている間は無理でしょうな』
マカロフさんは再び視線を私の顔に戻すと、淡々と語り続けた。私は彼の言葉に、黙って耳を傾けた。
『ですが、いずれ、我が海軍が必要となる時が訪れるでしょう。バルト海か、黒海か……どこの海になるか分かりませんが』
その可能性は十分にある。特に、ドイツとイギリスが、バルカン半島を巡って深刻な対立に陥った場合、イギリスがロシアにバルカン半島への兵力派遣を要請する可能性はある。黒海を通れば、ロシアの軍艦はどこの国にも妨害されることなく、バルカン半島東部沿岸、そしてオスマン帝国へ行くことができるのだ。
『それまで、わしもできる限りのことをしなければなりません』
そう言ったマカロフさんに、
『……そのような日が訪れないことを祈っておりますわ』
私は短く答えるのが精いっぱいだった。
1916(明治49)年11月4日土曜日午前6時、ロシア帝国・ペルムスコエ駅。
『マカロフ閣下、色々とお世話になり、ありがとうございました』
プラットホームに立ったマカロフさんに、輝仁さまが一礼した。
特別列車は、石炭や水などの補給を受けている最中だった。このペルムスコエ駅は、シベリア鉄道のロシア帝国領内最後の駅である。ペルムスコエの街のすぐそばをアムール川が流れている。そこを渡れば、列車は新イスラエル共和国の領土に入る。だから、マカロフさんが私たちに同行するのは、このペルムスコエまでなのだ。
『僕たちに色々と教えてくださって、ありがとうございました』
目を輝かせながらマカロフさんにお礼を言ったのは栽仁殿下だ。彼の後ろで、お付き武官の米内さんだけではなく、輝仁さまのお付き武官の山本航空大尉、そして秋山さんと広瀬さんが激しく頷いていた。
『こちらこそ、とても刺激的で面白い討論ができました。若者と討論すると、新たな発想が得られる。わしも大変、勉強になりました』
マカロフさんはニッコリ笑って頷いた。確かに、列車の中で、マカロフさんはとても楽しそうだった。米内さんは国軍大学校の卒業生、山本大尉は現役の国軍大学校の学生だからとても優秀だ。それに、秋山さんも広瀬さんも、現役の軍人だったころは非常に優秀だったのだ。海軍戦術論の大家であるマカロフさんも、優秀な生徒を教えられて満足したようだった。
『ところで、天皇陛下の御容態について、何か新しい情報は入りましたか?』
マカロフさんは穏やかに言うと、私に視線を合わせた。
『……今、宮内省から電報を受け取りましたけれど、状況は変わっていないということぐらいしか分かりませんでした』
私はありのままをフランス語で答えた。
『つまり、意識はおありになると……』
『ええ……けれど、重態には変わりない……。一体何が父の身体に起こっているのか、それだけでも分かれば、東京に助言の1つもできるのですけれど……』
『妃殿下』
うつむいた私の両手を、マカロフさんが包み込むように握った。
『諦めてはなりませんよ。わしのように、一度死んでも、また蘇った人間もいるのですから』
『え……?』
マカロフさんの言っていることの意味がよく分からない。顔を上げた私に、
『わしはかつて、海軍内の権力争いに巻き込まれ、予備役に回りました。極東戦争の数年前のことです』
マカロフさんは穏やかな声で語り始めた。
『その時、軍人としてのわしは死にました。そして、ロシアの海軍が破滅に向かって進んでいくのを、わしはただ傍観することしかできなかったのです。……しかし、人生とは不思議なものです。皇帝陛下が変わると、わしはまた海軍に呼び戻されたのです。軍人としての命が尽きていたわしに、再び生きる力が吹き込まれました。そうしてわしは今、こうしてあなた方と意義深い討論ができています。天職に邁進することもできています。……こういうこともございますから、諦めてはならないのですよ、妃殿下』
『ありがとう、ございます……』
マカロフさんを予備役に追いやったのは、中央情報院の仕業である。それは私もマカロフさんも承知していることだけれど、マカロフさんはマカロフさんなりに、私を励ましてくれたのだろう。私は彼の言葉を好意的に解釈することにした。
下げた頭を上げると、マカロフさんは我が臣下に顔を向けていた。数瞬、視線で濃密なやり取りが交わされると、マカロフさんは両方の口角を静かに上げる。相対する大山さんも、顔に穏やかな笑みを浮かべたのだった。
1916(明治49)年11月4日土曜日午前6時30分、マカロフさんに見送られ、私たちを乗せた特別列車は、アムール川を越えて新イスラエル共和国に入った。
この旅の終着点、東京まではあと3日余り――。




