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転生内親王は上医を目指す  作者: 佐藤庵
第59章 1916(明治49)年大暑~1916(明治49)年霜降
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ドイツ(4)

 1916(明治49)年10月16日月曜日午前11時25分、ミュンヘン市内にある森ビタミン研究所の応接室。

「妃殿下」

 立ち上がった私の右手首を、大山さんは上から押さえた。

「手が震えていらっしゃいます。そのようなことでは、刀を抜いても人は斬れませんよ」

 私の右手は腰の軍刀……会津兼定さんが私のために打ってくれた、サーベル拵の軍刀の柄にかかっている。けれど、大山さんがものすごい力で私の右手首を押さえつけているので、鞘から軍刀が抜けずにいた。

「斬れるわよ、あなたが手をどけてくれれば。だって、私は軍人だもの」

 私は必死に抜刀しようとしながら、大山さんを睨みつけた。

「しかしその前に、医師でいらっしゃいます」

 私の視線に大山さんは全く動じず、微笑で応じた。「かつて、(おい)と君臣の契りを結ばれた時、妃殿下はおっしゃいました。“医者が、人を傷付けるために、剣を振るえると思いますか?”と」

「でも、“ナチス”の総統よ」

 私は低い声で言った。「第2次世界大戦を起こして、ホロコーストをやった、あの総統よ?ここで禍根を断つべきだわ」

「彼はまだ、何もしておりませんよ?」

「……何百万もの罪無き人々を殺戮した人間なんて大嫌いよ!」

 あくまでも冷静な態度を崩さない大山さんに、私は言葉を叩きつけた。

「妃殿下、“史実”と今の時の流れとは違うのですよ?」

「うるさい!大っ嫌いよ!手をどけなさい、馬鹿っ!」

 大山さんを睨みながら、私は渾身の力で、何とか軍刀を抜こうと試みる。けれど、大山さんが私の手首を押さえる力は全く緩まなかった。

 と、

「このように危ないものは、外してしまいましょう」

あらぬ方向から身体に力が加わり、バランスを崩した私は床に倒れ込んだ。いつの間にか、私の軍刀は腰から外されてしまったらしい。軍刀を両手で持った大山さんは、私に向かってニッコリ笑った。

「軍刀、返しなさい!返しなさいってば、大山さん!」

 私の命令を無視して、我が臣下は、手にした私の軍刀を、秋山さんに無言で渡してしまう。

「ちくしょうめーっ!」

 秋山さんに駆け寄ろうとした私の前に、大山さんが立ちはだかる。慌てて逃れようとした私の身体を、大山さんは正面から抱き締めた。

「……梨花さま、落ち着いてください。問答無用で相手を殺そうとなさるなど、梨花さまらしくありませんよ」

 大山さんの穏やかで優しい声が、私の耳にそっと流し込まれる。栽仁(たねひと)殿下とは違うぬくもりに意識を絡め捕られそうになりながらも、「で、でも……」と私は小さく抗議した。

「確かに、この時の流れでは、第1次世界大戦が起きていないから、ドイツも混乱には巻き込まれていない。だから、ヒトラーがナチスを率いて活動する可能性は低いけれど、ゼロではない。生かしておいて、本当に大丈夫なの?」

「どのような展開になっても大丈夫なように、こうして(おい)たちの手元で管理しているのではないですか」

 なだめるような調子で大山さんは言った。「山本航空大尉から、“史実”での彼の経歴をある程度聞いておりましたからね。3年ほど前、この街に、“森ビタミン研究所の事務員募集、絵心のある方歓迎”と求人広告を出しましたら、ヒトラーはそれに応募してきたそうです。今ではこの研究所の事務員として、まっとうな人生を歩んでおりますよ」

「……」

「“史実”に大きな影響……しかも悪い影響を及ぼした人物であっても、危険な思想に染まる前に(おい)たちが身柄を確保して、この時の流れではまっとうな人生を送れるよう、導いてやればよいのです。そう、レーニンやスターリンのように」

 私の頭を優しく撫でながらこう言った大山さんは、「ひょっとして、松川君が言っていた“面白いこと”とは、この彼のことですかな?」と、ヒトラーと一緒に応接室に入ってきた松川さんに訊いた。

「はっ。妃殿下や他の方々の“史実”の記憶から、ヒトラーは最優先で我々の管理下に置くべき人物と考え、身柄の確保から今まで、危険思想に染まらぬよう監視しておりました。その成果を、妃殿下にもご覧いただこうと思っていたのですが、かえって妃殿下のご不興を買ってしまいました。まことに申し訳ございません、妃殿下」

 そう答えて最敬礼した松川さんに、

「いえ……私も取り乱してしまい、申し訳ありませんでした。彼があのヒトラーだと認識した瞬間、ついカッとなってしまって……」

大山さんに抱き締められたままの私は、頭をできるだけ深く下げた。どうやら、松川さんは“史実”のことを知っているようだ。大山さんはもちろん、秋山さんも“史実”のことを知っているから、少なくとも日本語で話していれば、ヒトラー氏に“史実”の話を聞かれても、真実が露見することはないだろう。そう思いながら、応接室にいる人物を1人1人確認した私は、ヒトラー氏の姿がいつの間にか消えていることに気が付いた。

「あれ、ヒトラーはどこに行ったの?」

 キョロキョロしながら尋ねた私に、

「気を失って、そこに倒れています」

私の軍刀を片手で持ったまま、秋山さんがもう片方の手で床を指さす。指の先には、床に転がったヒトラー氏の身体があった。

「妃殿下の殺気を浴びた瞬間、気を失いました。よほど恐ろしかったのでしょうが、妃殿下を恐ろしく感じるとは無礼千万な奴ですな」

 なぜか憤慨しているような秋山さんの声に、

「妃殿下もご成長なさいましたな。殺気で人を失神させられるまでになられるとは」

大山さんの穏やかな声が重なった。

「こんな成長をしてよかったのか、大きな疑問が残るけどね……」

 大山さんの胸の中でため息をついた私は、ヒトラー氏を別室で介抱するよう、秋山さんと松川さんに頼んだのだった。


「さて、状況も落ち着いたところで、松川君たちがつかんでいる情勢……特に、バルカン半島の情勢について説明してもらいましょうか」

 5分後。ヒトラー氏を別室に連れて行き、別の職員に介抱を頼んでから、私と大山さん、そして秋山さんと松川さんは、応接室で改めて向き合った。

「はい」

 松川さんは大山さんに一礼してから、

「ブルガリア公国は、相変わらず軍備を増強させ続けています。ドイツからの資金流入が続いているためですが」

と説明を始めた。

「陸軍の増強はもちろんですが、最近は海上戦力も保有しようとしております。ヴァルナという黒海沿岸の街に、軍用船を建造するためのドックを建設し始めました」

「ドックを……」

 私は胸の前で両腕を組んだ。ドックで建造されるのは砲艦か駆逐艦か、それとも巡洋艦か……いずれにしろ、ブルガリア公国が海上戦力を新しく保有すれば、オスマン帝国を含む黒海沿岸諸国のパワーバランスに影響が出ることは間違いない。

「ということは、ブルガリアは軍港も作っているのでしょうか?」

 私の質問に、

「ご明察でございます。ドックの建設地と同じヴァルナに、軍港を整備し始めているという情報が、ブルガリアにいる院の者からもたらされました。更には、ブルガリアの軍人が複数、チリとアルゼンチンの海軍に潜り込んでいるという情報もございまして……」

松川さんはこう答えて私に頭を下げた。

「これから軍艦を建造するのですし、建造した軍艦に乗り込む乗員の育成も必要です。実際にブルガリア海軍が始動するのは2年ほど先になるでしょうが、黒海沿岸の諸国にとっては無視できない事態ですね」

 極東戦争を連合艦隊の参謀として戦った秋山さんはそう言うと、顎の下に右手を当てる。軍人として海の上で戦っていた秋山さんの言葉には、無視できない重みがあった。

「ブルガリアが海軍を持とうとしているという情報、オスマン帝国にはきっと伝わっているのでしょうね。オスマン帝国の支出を増やすのに、とてもいい口実になりそうだし」

 ドイツの皇帝(バカイザー)は、ブルガリア公国を使って、オスマン帝国の借金を増大させ、借金が返し切れなくなったところで、その抵当として、オスマン帝国内の鉄道や石油利権を手に入れようと目論んでいる。そのことを念頭に置いて私が言うと、

「はい、オスマン帝国のドイツ軍事顧問団が、“このままではオスマン帝国が滅亡する”と、コンスタンティノープルで騒ぎ立てております。事情を知る我々からすれば、茶番でしかないのですが」

松川さんはそう答え、眉を曇らせた。「オスマン帝国の大臣たちの中からは、“ブルガリア海軍の脅威に備え、オスマン帝国の軍艦を更に増やす必要がある”という意見が出てきています」

「その大臣たち……本心からそう思っているのでしょうか?それとも、軍事顧問団に買収されたから、そう騒ぎ立てているのでしょうか?」

「コンスタンティノープルの山田さんからの情報では、妃殿下が御懸念なさっているような状況も十分にありうる、とのことです。実際に金品が大臣たちに渡ったという証拠まではありませんが」

 私の言葉に応えた松川さんは、「いや、驚きました。妃殿下がここまで鋭い読みをなさるとは……」と言いながら、軽く頭を下げた。

(おい)のご主君ですから、当然ですよ」

 微笑んで松川さんに言った大山さんは、

「では妃殿下、今後オスマン帝国では、どのような展開が考えられますか?」

と、微笑を崩さぬまま私に質問した。

「オスマン帝国が、ブルガリア海軍に対抗して軍艦を発注しようとするときに、オスマン債務管理局がどう対応するかによるのかしら」

 相変わらず、私に容赦のない臣下だ。そう思いながら私は口を開いた。

「もし、債務管理局が軍艦発注を許可すれば、またオスマン帝国の借金が膨らむ。オスマン帝国が借金を返せなくなるのがいつになるか分からないけれど、オスマン帝国が借金を返せなくなったら、オスマン帝国にお金を貸しているドイツは、借金のカタとして、オスマン帝国に石油や鉄道の利権を喜んで要求するでしょうね。だけど、そこでイギリスの妨害が入るわ。イギリスは、仮想敵国であるドイツが石油利権を手に入れるのを、何としてでも阻止したいでしょうし。ひょっとしたら、武力衝突も起こるかもしれない」

 すると、

「では、債務管理局が軍艦発注を許可しない場合はどうなりますか?」

大山さんはすかさず私に尋ねた。

「ブルガリアをオスマン帝国に攻め込ませて、オスマン帝国に戦争による莫大な出費を強要する。もちろん、借金だって膨らむから、その後の展開は、債務管理局が軍艦発注を許可した場合と同じ……いや、そうならないかもしれない」

「それは、どういうことでしょうか?」

 両腕を胸の前で組んだ私に、松川さんが問う。

「もしブルガリアがオスマン帝国に攻め込んだら、“オスマン帝国に加勢してブルガリアと戦う”という大義名分が使えるから、イギリスがオスマン帝国に出兵しやすくなりますよね。オスマン帝国もイギリスとそんなに関係は悪くないから、イギリス軍を喜んで受け入れると思います。そうなると、オスマン帝国内でイギリス軍とブルガリア軍の……更に、ブルガリアがドイツに援軍を頼めば、ドイツ軍とイギリス軍が衝突する可能性も出て来る。まぁ、穿ったことを言えば、戦争が起これば、オスマン帝国が財政破綻するのは明らかです。だから、ドイツとイギリス、武力衝突で勝った方が、オスマン帝国に“借金のカタ”を要求する……なにこれ、オスマン帝国に、いいことなんて一つもないじゃない。ああ、皇帝(バカイザー)とブルガリア公のこと、ぶん殴りたくなってきた」

 組んでいた両手を下ろした私が、右の拳を固めた時、

皇帝(カイザー)だけではありませんよ」

私の隣に座っている大山さんが言った。「帝国宰相のベートマン・ホルヴェーグ、そしてティルピッツ海軍大臣も、今回の件では暗躍しています」

「ティルピッツさん……?」

 一瞬疑問に思ったけれど、

「ああ、石油資源を確保して、“タイガー”みたいに、高速で走れる戦艦を建造したいということね……」

何とか考えがつながって、私はこう言い直した。「だけど、ベートマン・ホルヴェーグさんが関わる理由が、どうも見えないわ……」

「帝国宰相は、ブルガリア公フェルディナントとの交渉役を担っております。外務大臣相手ではらちが明かないと見たブルガリア公が、外務大臣を飛び越えて帝国宰相と交渉を始めたらしいのです」

 私の疑問に答えてくれたのは松川さんだった。「オスマン帝国がバルカン半島に領有する領土はブルガリアが、残りの領土はドイツが治める形で、オスマン帝国領を二分しよう……ブルガリア公は帝国宰相にそう話を持ち掛けたようです。帝国宰相も、それなりに領土欲のある人物。イギリスを刺激せずに石油利権と領土を得られる可能性が高いと説得され、ブルガリア公の話にかなり乗り気だとか」

「胸くそ悪い話ですね。他国の領土を分割して領有しようとするなんて……皇帝(バカイザー)もブルガリア公も、帝国宰相も海軍大臣も、一発殴ってやりたい」

 目を怒らせて言った私に、

「もちろん、許し難い話です」

大山さんは優しく言った。「オスマン帝国が不幸なのは、将来を見据えて健全な財政を組み立てられるような有能な財政家に恵まれなかったことです。財政に人を得ない限り、ドイツやブルガリアの影響を取り除いたとしても、オスマン帝国が他国に蚕食されることは免れないでしょう」

「じゃあ、このままオスマン帝国が解体されるのを待っていろ、ということなの?いつ債務管理局に軍艦発注の件のお伺いが立てられるか正確には分からないけれど、数か月のうちなのは確実だと思うわ。下手をすると、1年以内に武力衝突が発生するわよ?」

「それは……」

 私の質問に、大山さんが答えを返す。それに松川さんが補足を加え、秋山さんが自分の見解を述べる。お昼前に始まった討論は、昼食の時間を大幅に過ぎ、ヒトラー氏が目を覚ましても終わらなかったのだった。


 1916(明治49)年10月18日水曜日午前6時、ミュンヘン中央駅。

『こんな朝早くに見送りに来てくれてありがとう、マリーもアルブレヒト君もルドルフ君も』

 ベルリン行きの特別列車が停車しているプラットホーム。朝食前から見送りに来てくれたマリーと彼女の子供たちに、私はドイツ語でお礼を言った。

『いいのよ、このくらい。大好きな友達と、その家族のお見送りだもの』

 ルドルフ君と手をつないだマリーは、そう言って明るく笑った。

『でも、マリーは昨日も私たちの観光に付き合ってくれたじゃない。ノイシュヴァンシュタイン城まで行って、疲れていないの?』

『大丈夫よ。昨日はすごく楽しかったし』

 私に答えたマリーは、『それにしても、昨日は傑作だったわね』とクスっと笑った。

『何が?』

 私が尋ねると、

『だって章子、お城を一通り見学し終わった後、“いろいろなものがたくさんあるお城だというのは分かったけれど、ここには野面積みの石垣はないのね”、なんて言うんだもの!おかしくてしょうがなかったわ!』

マリーはこう言って大声で笑い始める。

「相変わらずだよなぁ、(ふみ)姉上の城好きは」

 日本語に訳されたマリーの言葉を聞いた輝仁(てるひと)さまが、呆れたように私に言った。

「あのね、西洋で石を積むとなると、石と石の間にモルタルや漆喰を塗って固めることが多いの。日本の石垣は、モルタルなんかは使わないで、石だけで積み上げるのが特徴だから、ノイシュヴァンシュタイン城の壁の隣に、野面積みの石垣があれば、2つの違いがよく分かるかな、と……」

 いまいち分かっていない弟に私が力説していると、大山さんがプッと吹き出した。栽仁(たねひと)殿下もお腹を抱えて笑い出したので、早朝のプラットホームは笑い声に包まれた。

『お母様、みんな、何で笑っているの?』

 ルドルフ君がマリーの手を引っ張りながら尋ねると、

『章子が一生懸命日本のお城のことを説明しているのが面白いのよ』

マリーは何とか笑い声を引っ込めてこう答えた。

『日本って、ドクトルが生まれた国だよね。……ねぇドクトル、今度、日本のお城の話を僕にして欲しいな』

 ルドルフ君が、後ろに控えていた森先生に甘えるように言うと、

『よろしいですよ。普通の話にしましょうか。それとも、怖い話にしましょうか』

森先生がその場にしゃがみ、ルドルフ君の目を見ながら尋ねた。

『怖い話は嫌だなぁ。お母様のお友達が話しているような、面白い話がいいなぁ』

『ふむ……では、少し考えておきましょうか』

 ルドルフ君に真面目な表情で返した森先生に、

「あの、森先生、おとといはありがとうございました」

私は研究所訪問のお礼を横から言った。

「いいえ、こちらこそ……最新研究を妃殿下に見ていただくことができ、素晴らしい時間を過ごせました。本当にありがとうございました」

 森先生は体を起こすと私に向き直り、丁重に頭を下げる。そんな彼に、

「あの、ところで……ヒトラーさんは元気ですか?」

私が恐る恐る、おととい気絶させてしまった人のことを尋ねると、

「元気ですよ」

彼はしっかりと請け負ってくれた。

「昨日、“妃殿下は君に謝罪したいだろうから、明日の朝、一緒に中央駅に行かないか”と誘ったのですが、“日本の高貴な女性に不用意に近づけば殺されます。あの時、妃殿下に近づいてしまったのは、判断力足らんかっ……判断力が足らなかった”と言われて、断られてしまいました」

 言葉を噛みながら答えた森先生に、私は何とか頷いたけれど、内心、冷や冷やしていた。私は何の重罪も犯していない一般人を殺そうとして、軍刀の柄に手を掛けてしまったのだ。いくら彼が“史実”では様々な罪を犯した人間であるとしても、私のしたことは、決して許されることではない。

「あ、あの、森先生……ヒトラーさんに、“勘違いで怒ってしまってごめんなさい”と伝えてください……」

 私は消えそうになる声で森先生にお願いした。

 と、

『もう、行ってしまうのね……』

私と森先生のやり取りを眺めていたマリーが、ポツリと呟いた。

『うん……』

 私はマリーに向き直った。

『許されるなら、ずっとこの街にいたいけれど、私は日本でやることがある。いずれ天皇になる兄上を助けなければならない』

 そう言うと、私は目を伏せた。多分、マリーとも、森先生とも、今生の別れになるだろう。私の時代のように飛行器が発展していれば、まだ会うチャンスはあるけれど、今はそんな環境は整っていない。そして、私は日本で果たすべき役目があり、マリーも王太子妃という立場にいる。お互い、簡単には、自分の国から離れられないだろう。

『……あのさ、アルブレヒト君、ルドルフ君』

 私は少し身体を屈めると、マリーの子供たちに呼びかけた。『はい』と揃って返答した彼らに、

『大きくなったら、日本に来てくれるかな?』

私は優しい声で尋ねた。

『はい、是非』

『行きたいです!』

 元気よく答えてくれたアルブレヒト君とルドルフ君に、

『じゃあ、日本においで。お父様とお母様と、それから森先生も連れて。盛大に歓迎するわ』

私はニッコリ微笑んで言った。

『章子……』

「妃殿下……」

 呆気にとられたように呟くマリーと森先生に、

『だって、こうやって会えたのよ。だから、きっとまた会えるわ』

私はドイツ語で言った。

「……その通りですね」

 私のドイツ語を大山さんの翻訳で聞いた栽仁殿下が、私と同じように微笑んだ。「日本で待っています、マリー妃殿下、アルブレヒト殿下、ルドルフ殿下、そして森先生。アルブレヒト殿下とルドルフ殿下のご成長ぶりを話題にしながら、みんなでお茶会をしましょう」

『……それはいい考えだわ』

 ドイツ語に翻訳された栽仁殿下の言葉を森先生から聞いたマリーは、微笑んで首を縦に振った。そして、

『章子、初めて会った時と、ちょっと性格が変わったわね。栽仁殿下に愛されているから?』

と、悪戯っぽく尋ねる。思わず顔を赤らめた私が栽仁殿下を見つめた瞬間、マリーが私の身体に抱き付いた。

『じゃあね、章子。……また会う日まで』

『うん。……また会う日まで、元気でね、マリー』

 互いの身体を抱き締めた私たちは、目を合わせると微笑みあった。

 ……こうして、ベルリンとは違い、充実した日々を過ごしたミュンヘンの街を、私たちは後にしたのだった。

頑張って例のシーンの嘘字幕を作ろうとしましたが無理でした……。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 今までの描写から考えると違和感しかない。せめて主人公が個人的に大きな悪感情があるなどの描写がないと。 こういったシーンが書きたいという気持ちが先行して、作品内での整合性がぐちゃぐちゃに…
[一言] 医療関係者からすると、ソ連の独裁体制による虐殺(…一応故意ではない)よりも、殺すことを前提としたナチスドイツの政策の方が許しがたいんでしょうね。誰憚ることなく人体実験もし放題だったようですし…
[気になる点] 推敲が足らんかった…… [一言] 章子殿下は総統閣下シリーズをご存じないのでしょうか……
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