ドイツ(1)
1916(明治49)年10月8日日曜日午前10時、ドイツの首都・ベルリンにあるポツダム駅に向かっている特別列車の車内。
「えーと、服装はこれで本当にいいのね?」
軍医大尉の真っ白な正装を身につけた私は、そばに控えていた大山さんに確認した。
「はい、これでよろしゅうございます」
金糸の刺繍が美しい大礼服を着た大山さんは、にっこり笑って私に頷く。けれど、すぐに眉を曇らせ、「しかし、どうも腑に落ちないですな」と言いながら顎を撫でた。
「皇帝陛下は、なぜ妃殿下のご衣裳をズボンと指定なさったのでしょうか。スカートの方が、妃殿下の優美さがより強調されますのに……」
「そんなの知らないわよ」
おどけた口調で話す大山さんに、私は口を尖らせながら言い返した。「私だって戸惑っているのよ。今まで、“正装”と指定されても、下はスカートでもズボンでもどちらでもよかったのに、先方からズボンを指定してくるなんて……」
私が軍医学生になった時に新しく作られた日本の国軍の女子用軍服のボトムスは、戦闘時以外ではロングスカートとズボン、どちらを着用してもいいことになっている。スカートとズボンの選択について、明確な基準は存在していないけれど、“軍医としての業務をしている時はズボン、それ以外はスカート”と私自身は使い分けている。そして、この洋行中、軍服の着用を求められた時は、軍医としての業務をする訳ではないので、私はずっとスカートをはいていた。
ところが今回、ドイツ側から私に対して、“ベルリン到着時は、ズボンを使った軍服の正装を着用していただきたい”という注文があった。これは、今までの訪問国ではなかった注文である。こんなリクエストを出した犯人は、どう考えてもあの皇帝だから、注文を突っぱねたくてたまらなかったのだけれど、相手は列強の一角を占める強国、本当に注文を突っぱねてしまったら、日本にどんな災いが起こるか分からない。だから私は仕方なく、先方のリクエストに応じることにした。
「はぁ……あの皇帝の趣味、よく分からないわ。前にも、和服を着た私の写真を要求してきたことがあったけれど……」
大きなため息をついた私に、
「和装は用意して参りましたから、和装をお召しになっていただきたいというご要望がありましても何とかなりますが……」
大山さんは相変わらずおどけた口調で答える。
「皇帝に見せるためだけに和服を着たくはないわよ……」
私は本心を吐露すると、再びため息をついたのだった。
さて、私たちの乗った列車は次第に減速し、午前10時19分、ベルリン市内・ポツダム広場にあるポツダム駅に到着した。列車が車輪を軋ませながら進入したプラットホームには、儀仗兵たちが整列している。彼らの前には、帝国宰相のテオバルト・フォン・ベートマン・ホルヴェークさん以下、正装に身を固めた閣僚たちが勢揃いしていた。そして、ヴィルヘルム皇太子や彼の弟たち、かつて日本を訪問して私とも顔を合わせたことのあるハインリヒ王子などのドイツの皇族たちが威儀を正して居並ぶ中、やはり中心には彼が立っていた。現在のドイツ帝国の皇帝・ヴィルヘルム2世が。
『ドイツ皇帝、ヴィルヘルムだ』
特別列車からプラットホームに降り立った私たちに、前に進み出た皇帝は厳かな調子で言った。
『ドイツ帝国へようこそ』
そうドイツ語で続けた皇帝は、次の瞬間、バッと両腕を広げる。鼻の下の八の字ヒゲ……いわゆるカイゼルひげの先は、上に向かってピンと反り返っていた。そして、その得意げな表情のまま、
『歓迎しよう、盛大にな!』
皇帝は私たちに言い放った。……大臣たちの顔が、一斉に引きつる。整列している皇族たちも、訝しげな視線を皇帝に送った。
「なぁ、章姉上、皇帝陛下は何て言ったんだ?」
輝仁さまのそばには、通訳を務める日本大使館の職員が付き添っている。けれど彼は、皇帝の常識から逸脱したドイツ語を、どうやって無難な日本語に翻訳するか考えるのに全精力を傾けているようで、一言も言葉を発しない。だから、輝仁さまはドイツ語の分かる私に確認したのだろう。
「自己紹介はして……うわ言みたいなことを言った」
私は小声で弟に答えた。「とりあえず、初対面の挨拶をしておけばいいと思うよ。歓迎はしてくれているみたいだから」
私の囁きに軽く頷いた輝仁さまは、
「お初にお目に掛かります、皇帝陛下。輝仁と申します」
と、日本語でとても無難な挨拶を返した。
『おお、なかなかいい面構えをしている。5年前にあなたの兄君と会ったことがあるが、兄君に似て凛々しい青年だ』
自分の後ろに並んでいる人々が戸惑っていることに、皇帝は全く気が付いていないようだ。輝仁さまの挨拶に、皇帝は機嫌よく応じた。
「恐れ入ります。兄と比べれば未熟者ですから、今後も精進したいと思います」
今回は、通訳役の職員も、皇帝の言葉をスムーズに翻訳したので、輝仁さまもきちんと応対することができた。
『そして、あなたが栽仁殿下だね』
皇帝の目は、今度は私の隣に立っている栽仁殿下に向けられる。
『ああ、いい眼をしている。お父君の有栖川宮殿下にも似ているが、この眼……亡くなったメクレンブルク・シュヴェリーンのフリードリヒに似ているではないか。なぁ、ハインリヒ』
『は、はぁ……』
両目にうっすら涙を浮かべている皇帝に戸惑いながらも、彼の弟であるハインリヒ殿下は答えた。そんな弟の様子を全く気に留めることはなく、皇帝は何度も頷きながら、
『なるほど……ならば、朕の麗しい女神が、殿下の真心こもった愛に感応なさったのは、不思議なことでもなんでもない……』
などと、感慨深げに言っている。
「……皇帝陛下は、何ておっしゃっているのかな?」
皇帝から次々に発せられる常軌を逸した言葉に、通訳の職員は対応できないでいる。小声で私に尋ねた夫に、
「たぶん知らない方が幸せでいられるから、自己紹介して、“今後も一層奮励努力し、相撲道に精進します”とでも言っておけば?」
私は混乱しつつ囁き返した。
「……何で相撲が出てくるの?」
「ご、ごめん。私、今、言語中枢がエラーを吐き出していて……」
私の答えに首を傾げた栽仁殿下に、大山さんが後ろから何かを囁く。それを聞いた栽仁殿下は首を小さく縦に振ると、
「初めてお目に掛かることができ、とても嬉しく思います。栽仁と申します。父とは違い、まだまだ修業が必要な身ではありますが、立派な大将になれるよう、今後も努力を重ねる所存です」
と、日本語で堂々と述べた。再び立ち直った職員が、栽仁殿下の言葉をドイツ語に翻訳すると、
『うん、女神はよい伴侶を得られた。彼とならば、押し寄せる時代の荒波も、きっと乗り越えられるだろう……』
皇帝はしみじみと呟いた。
(荒波を起こしているのはあんたじゃないのか、皇帝……)
私が心の中でツッコミを入れていると、皇帝は私に向かって歩き始めた。私が頭のギアを戦闘モードにチェンジしようとした瞬間、私のそばまでやって来た皇帝が、突然プラットホームに片膝をついた。
『ああ……ついに見えることができた。麗しく美しい朕の女神よ……』
(うにゃああ?!)
皇帝の意味不明な言葉に、私がとっさに反応できないでいると、
『純白のジャケットに、ズボンをはかれたその美しいお姿、思った通り凛々しく神々しい……。まさに日本を、いや世界を守護し給う女神そのもの。ああ、朕の麗しい女神よ、御身に危機迫らんとするならば、朕は御身を守る騎士として御前に馳せ参じ、御身を守護し奉るとここに誓い……』
……私に危機が迫っているとしたら、今、この時以外には無い。まぁ、身体的な危機ではなく、精神的な危機なのだけれど、危機は危機に違いない。けれど、この場にいる誰もが、皇帝に手出しできないでいる。だから、自分で何とかするしかない。腹をくくった私は、
『陛下、どうぞお立ちになってくださいませ』
勇気を奮ってドイツ語で呼びかけた。
『私を思ってくださるのは大変ありがたいのですが、今の陛下の御振舞い、皇帝にふさわしいものとは思えませんわ』
すると、
『おお……何と素晴らしいドイツ語だ……』
私を下から見上げる皇帝が、両目からポロポロ涙をこぼした。
『貴女がそうおっしゃるのであれば仕方がない。立ち上がらせていただこう』
そう言うと、皇帝は静かに立ち上がり、私に手を差し出す。握手がしたいのだろう。ただ、握手をするのは主賓からのはずだ。私はとっさに、輝仁さまの左手を強く引っ張った。
「なっ?!章姉上、何すんだよ?!」
抗議の声を上げる弟を、
「あなた、まだ皇帝陛下と握手をしてないでしょ」
と理屈でねじ伏せると、私は弟の身体を自分の前まで無理やり動かす。そして、輝仁さまの身体の陰に素早く隠れると、
『さぁ陛下、弟と握手してやってください。弟は何といっても、我が国の筆頭宮家の当主で主賓ですから、主賓』
皇帝に営業スマイルを向けたのだった。
ポツダム駅から馬車で宿泊するホテルまで皇帝に送られた後、夕方に私たちは王宮に呼ばれた。皇帝とその奥様、アウグステ・ヴィクトリア皇后などのドイツ皇族との晩餐会に招待されたのだ。私の服装は中礼服にするように……私たちをホテルの玄関まで送った皇帝は、私にそうリクエストした。
『ああ、よく似合っておいでだ……軍服の凛々しさとは打って変わって、儚げで美しい……』
深紅の中礼服をまとって王宮の控室に入った私を一目見た皇帝は、午前中と同じように涙をポロポロこぼし始めた。
『あなた、章子殿下に渡すものがあるのでしょう?』
皇帝の隣で、皇后陛下が困ったように微笑している。皇后陛下は57歳、髪が全て白くなっているせいか、年齢より老けて見えた。
『あ、ああ、そうだったな』
我に返った皇帝は、机の上に置いてあった黒いビロードの小箱を手に取って、私に近づいてきた。
『これは貴女のために、朕が作らせたものだ。是非受け取っていただきたい』
皇帝がそう言いながら、ビロードの小箱の蓋を開ける。中には、金の鎖が連なって作られたブレスレットが入っていた。ブレスレットの中心には、男性の肖像が刻まれたコイン型の金の飾りが付いている。
(このコインさえなければ、まぁまぁ好みのデザインだけど……)
私がこう思っていると、
『このコインに刻まれた肖像は、何を隠そう、朕のものだ』
皇帝はとんでもないことを言い始めた。
(はぁぁぁ?!)
『この腕輪を貴女が身につけて下されば、貴女はこの朕とドイツでの出来事を、懐かしく思い出してくださるだろう。さぁ、左腕を出して。腕輪をはめて差し上げましょう。朕の深い、歓待の意を込めて』
皇帝の肖像が刻まれた腕輪なんて、正直、身に付けたくない。それなら、ムスクの香りがむんむんと立ち籠める部屋に長時間いる方がマシだ。けれど、私がこの腕輪を突き返したら、国際問題になりかねない。私はじっと我慢して、皇帝が私の左手首に腕輪をはめ終わるのをひたすら待った。
『おお……素晴らしい……』
腕輪をはめ終わり、私から離れた皇帝は、感極まった表情で私を見つめている。
『け……結構なものをいただきまして、しかも、御自ら私の手首にはめてくださって、本当にありがとうございました。大事にします』
欲しくない物でもお礼は言わないとマズいので、私が何とかお礼を言うと、
『そうか、そうか……。では、折角の機会だから、皆で記念に写真を撮ろう。カメラマンを呼んでくるから、待っていてくれたまえ、麗しい女神よ』
上機嫌になった皇帝は、そう言い残して控室を出て行く。呆気に取られていると、
『ごめんなさいね、章子殿下』
皇后陛下が謝罪の言葉を口にした。
『は……?』
首を傾げた私に、
『あの人、貴女が可愛くて仕方がないみたいで』
皇后陛下は苦笑いを向けた。『あの人は、自分の娘がたくさん欲しかったようなのだけれど、私とあの人の間には男の子ばかり生まれて、結局7人の子供のうち、娘は1人しかいないのよ。だから貴女のことを、実の娘のように思っているのでしょうね。戸惑うとは思うけれど、許してちょうだいね』
『は、はぁ……』
本当に、“実の娘のように思っているから”だけの理由なのだろうか。本当にそれだけの理由で、一国の皇帝が他国の内親王にひざまずくのだろうか。頭の中に疑問符が大量に湧き出たのだけれど、皇后陛下に反論するわけにもいかない。私は彼女に『分かりましたわ』と答えることしかできなかった。
晩餐会の席でも、私は皇帝からよく見える位置に座らされ、皇帝に何やかやと話しかけられた。確かに、今回ドイツを訪れた日本の皇族のうち、ドイツ語を話せるのは私だけだから、ドイツ人からしたら私が一番話しかけやすいのだろう。けれど、その点を考慮しても、皇帝が私に話しかける回数は異様に多い気がした。
『しかし、昨今は飛行器というものがだいぶ発展しているようだね、麗しい女神よ』
もう何十回目になっただろうか。皇帝は私に話しかけた。いっそ、“新しすぎる女”とか、“極東の魔女”とか、私のことを蔑んだ別称で呼んでくれれば、“侮辱を受けた”と騒ぎ立てて会話を打ち切れるのだけれど、相手は一方的に私を褒めるので、会話を打ち切る隙がない。
(大体、何で私に飛行器のことを聞くのよ。輝仁さまという航空の専門家がいるのに……ん?)
『あの、皇帝陛下。それでしたら、私より、私の弟の方が詳しいですわ』
そうだ。ここには航空の専門家がいるのだ。ならば、彼と話してもらえばいいのだ。そのことに気が付いた私は、とっさにこう言った。
『何といっても弟は、小さいころから航空を専門とする軍人になりたいと頑張って、我が国でも難しい試験に合格して、ついに航空少尉になった努力家ですもの。きっと陛下がご満足なさる答えができますわ』
もう本日何度目になったか分からない営業スマイルを顔に貼り付けて皇帝に言うと、私は「ね、輝仁さま」と笑顔をそのまま弟に向けた。
「な、なんだよ、章姉上」
ギョッとしたように尋ねる弟に、
「いやー、ちょっと疲れたから、相手、替わってよ」
私は営業スマイルのまま、小声でお願いする。
「替わるって、何を……」
戸惑う輝仁さまに、
「恐れながら鞍馬宮殿下、皇帝陛下が……」
付き従っていた通訳さんが注意を促す。私の誘いに乗った皇帝が、航空に関する質問を輝仁さまにぶつけたのだ。
(うまく行ったわ)
目論見が当たり、私は胸を撫で下ろした。これ以上、皇帝の相手をするのは心がもたない。輝仁さまには申し訳ないけれど、犠牲になってもらおう。こうして皇帝は、晩餐会が終わるまで輝仁さまに問いを発し続け、私は何とか、心身の安寧を得られたのだった。
けれど、その安寧もつかの間のものだった。翌日、10月9日には、ベルリン市内のテンペルホーフ練兵場で、私たちのために観兵式が開催された。もちろん、私も出席せざるを得なかったのだけれど、服装に関しては、“軍服の正装で、下はスカートでお願いしたい”という指定がドイツ側からなされた。
『ああ、何と神々しい……』
練兵場に到着し、用意された青毛の馬に横乗りで騎乗すると、立派な白馬に跨った皇帝が、目を潤ませながら私を見つめた。その瞬間、折角保たれていた私の心の平和は、ガラガラと音を立てて崩れ去った。
『この優雅な純白の軍装……まさに地上に平和をもたらす女神そのものではないか。なぁ、ヴィルヘルムよ?』
皇帝は同じく騎乗している長男のヴィルヘルム皇太子に話しかける。一瞬嫌そうな顔をしながらも、父親の機嫌を損ねてはいけないと思い直したのか、皇太子は『え、ええ……』と首を縦に振った。
『麗しい女神よ、どうか朕の隣で、朕とともに、朕の軍隊を閲兵してくれないか?』
またとんでもないことを言い出した皇帝に、
『お、恐れながら、その儀だけは辞退させていただきます、陛下』
私は慌ててドイツ語で答えた。
『私の席次は、弟より下でございます。その私が、陛下の隣という栄誉ある位置で、閲兵をする訳には参りません。陛下、陛下の隣には、どうか皇太子殿下か、私の弟をお召しくださるようお願い申し上げます』
皇帝の隣で馬に乗って閲兵するなんて、絶対に嫌だ。私の懇願に、
『おお……何と奥ゆかしいのだ』
何を勘違いしたのか、皇帝は感銘を受けたようだ。
『よかろう。では朕の隣には、輝仁殿下が来るとよい』
涙をこぼしながら、皇帝はこう言った。通訳された言葉を受けて、輝仁さまが皇帝の隣に馬を進めると、ヴィルヘルム皇太子を始め、居合わせたドイツ陸軍の将官たちが、一斉に安堵のため息をついた。
『宮廷画家は、女神のお姿をきちんと写生しておるだろうな?』
『はい、陛下』
『写真も、活動写真も、きちんと女神のお姿が映るように撮影の準備をしておるだろうな?』
『もちろんでございます』
皇帝の問いに、侍従武官たちが答えている。周りを見てみると、練兵場の中には、観兵式を見物に来た市民たちだけではなく、スケッチブックやカメラ、活動写真の撮影機を抱えた、明らかに政府関係者と思われる人たちがいて、私に視線を集中させていた。その人数は、少なく見積もっても50人以上はいる。日本でもこんなに大勢の報道陣を相手にしたことのない私は、思わず馬上で身をすくめてしまった。
「章子さん、大丈夫?もし気分が悪いなら、観兵式には出ない方がいいんじゃない?」
栽仁殿下が馬を寄せ、心配そうに私に尋ねた。「僕、ドイツ語が分からないから、何が起こっているか、ちゃんと把握できていないんだけど……」
「だ、大丈夫よ。帰りたくてたまらないだけだから」
私は小声で答えながら、首を左右に振った。「でも、そんなことをしたら、先方の機嫌を損ねて、外交関係にヒビが入るかもしれない。だから私、頑張ってお役目を果たすわ」
「そう?でも、本当に辛かったら僕に言ってね」
私は夫に黙って頷くと、列の所定の位置に馬を歩かせる。私に割り当てられた青毛の馬は非常に従順でおとなしく、観兵式の間、よく私の指示に従ってくれた。
観兵式が無事に終わるやいなや、皇帝はすかさず馬を私のそばに寄せ、
『いかがであっただろうか、朕の軍は?』
上機嫌で私に尋ねた。
『あ、はい、あの、歩兵の足並みもピッタリ揃っていましたし、騎兵も全く列を乱さずに行進していて、流石ドイツの陸軍だと……』
私が慌てて回答すると、
『そうか、そうか!麗しい女神のお眼鏡に適ったか!』
皇帝は非常に嬉しそうに叫んだ。
『今日は朕の軍にとって素晴らしい日だ。美しい女神よ、朕と一緒の写真に納まってくれないか?』
『い、いえ、そんな恐れ多いことは……』
突然の皇帝からのリクエストを必死に回避しようとする私に、
『お願いです、どうか一緒に写真を撮ってやってください』
こっそり囁く人物がいた。皇帝の長男・ヴィルヘルム皇太子だ。
『できれば写真を撮りたくないという貴女の気持ちもよく分かります。しかし、もし写真が撮れなければ、父の精神状態がどうなるかわかりません……。我々の平和のためにも、一緒に写真を撮ることを、どうかご了承いただけないだろうか……』
ヴィルヘルム皇太子は深刻な表情をしている。この場に控えているドイツ軍の将官たちも同様だった。どうやらドイツ軍は、この皇帝に、相当振り回されているらしい。彼らに少しだけ同情した私は、『わかりました』と答えながら首を縦に振った。
『おお、そうか……写真を撮っていただけるか……!実に、実にありがたい!』
皇帝は大きな喜びの声を上げると、カメラマンを呼び寄せる。そして、得意げに胸を張ると、私とのツーショット写真を何枚も撮らせた。写真を撮られている間、私は営業スマイルと呼ぶには余りにも引きつった笑みを顔に貼り付けていた。
『うむ!今日は人生最高の日だ!』
自分の気が済むまで私とのツーショット写真を撮らせ、ご満悦の皇帝のそばで、
(人生最悪の日だ……)
青毛の馬に横乗りで乗っている私は、深い深いため息をついたのだった。
※なお、実際には1905(明治39)年、威仁親王夫妻がドイツのヴィルヘルム皇太子の結婚式に参列した時に、皇帝が「御肖像入金製腕輪」を慰子妃殿下に贈り、これを妃殿下の腕にはめた……との記載が「威仁親王行実」にあります。(たぶん“御肖像”というのは、ドイツ皇帝のものだと思うのですが……)




