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転生内親王は上医を目指す  作者: 佐藤庵
第56章 1913(明治46)年冬至~1914(明治47)年大暑
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視線

 1914(明治47)年3月28日土曜日午前10時45分、東京市麴町区内幸町2丁目にある帝国議会議事堂。

「お久しぶりでございます、閑院宮(かんいんのみや)さま」

 議事堂2階にある皇族控室。小礼服ローブ・ミー・デコルテの上に勲一等旭日(きょくじつ)桐花(とうか)大綬章(だいじゅしょう)佩用(はいよう)した私は、先客に恭しくご挨拶をした。閑院宮家のご当主で騎兵中将を務めている載仁(ことひと)親王殿下である。今日は帝国議会の閉会式に参列するため、この議事堂にやって来た。

「これは議長殿下、お正月以来ですか。お元気そうで何よりです」

 載仁親王殿下はニッコリ笑うと、私が言葉を発する前に、

「相変わらず議長殿下はお美しくていらっしゃる。その小礼装ローブ・ミー・デコルテの意匠も大変に素晴らしい……」

上機嫌でこう言った。

「恐れ入ります。この服地は、万智子(まちこ)が選んでくれまして……」

 左手で小礼装ローブ・ミー・デコルテのスカート部分をつまみながら、私は載仁親王殿下に丁重に頭を下げた。今着ている水色の地の小礼装ローブ・ミー・デコルテの裾には、緑色の糸で蔓が刺繍され、ところどころ、紅いレースで作ったバラの花の飾りが施されている。

――母上をバラのお姫様みたいにするの!

 3歳になった万智子は、小礼服ローブ・ミー・デコルテの生地見本を見ている時、この生地を指さして私にはしゃぎながら言った。少し派手ではないだろうか、と思ったけれど、捨松さんや千夏さんにも勧められ、結局この生地で小礼服ローブ・ミー・デコルテを作ったのだ。載仁親王殿下の言葉を廊下で聞いた捨松さんが、我が意を得たり、とばかりに何度も頷いた。

「おお、そうでしたか。万智子さまはとてもお目が高い。きっと、議長殿下のように素晴らしくご成長なさるでしょう。そんなお子様方を育てながら、議長殿下は今会期も議会を適切に切り回し……まさに才色兼備、現代日本の宝のような方ですな」

 本気で言っているのか社交辞令なのか、よく分からない。ただ、相手は宮家のご当主、私は内親王とは言え有栖川宮(ありすがわのみや)の嫁、下手に出ておくのが無難だ。そう思ったので、

「いえいえ、それも家達(いえさと)公や書記官の皆様が、助けてくださるおかげです。私はまだまだ未熟者です」

載仁親王殿下に、私は再び頭を下げながら応じた。

「ご謙遜を……今会期も、議長殿下が桜島噴火の活動写真の上映をご許可なさったが故、追加予算の審議が進んだと聞いておりますよ」

「あれは、高橋閣下が困っておられましたので……」

 なおも褒めそやす載仁親王殿下に、私は曖昧な微笑で応じた。

 1月12日の午前10時過ぎ、鹿児島県にある桜島は“史実”と同様に噴火した。死者は“家の様子を見に行く”と言って、避難誘導をしていた国軍兵士の手を振り切って桜島の奥へと走って行ってしまった男性1人だけだった。同じ日の午後6時半ごろに発生した桜島地震でも、負傷者は数十人発生したけれど、死者は幸い出なかった。しかし、噴出した溶岩や火山灰による農業・畜産業・林業・漁業への被害は“史実”と同じように発生し、被害総額は鹿児島県全体で1800万円ほどに上った。

 内閣総理大臣の渋沢さんは、梨花会での取り決め通り、桜島噴火の被害への手当てを目的とした追加予算を帝国議会に提出した。予算の先議権を持つ衆議院では、追加予算は全会一致で可決された。ところが、貴族院では、話はそう簡単にいかなかった。旧公家・旧大名の華族議員を中心とした無所属議員たちから、追加予算に反対する声が上がったのだ。

――死人が1人しか出なかった噴火に、そんなに金を出す必要があるのか。

――薩摩の奴ら、被害を殊更に大きく言い立てて、政府から金をせびり取るつもりや。その口車に乗って金を出そうとする政府も、薩摩贔屓が過ぎるんと違うか。

 無所属議員たちは声高に言い立て、リーダーである鷹司(たかつかさ)煕通(ひろみち)公爵の説得にも応じず、予算委員会で高橋さんや大蔵省主計局長の浜口さんなどの政府委員に食って掛かった。

――今更何を言ってやがる、あの公家(バカ)ども!ご一新から何年たったと思ってるんだ!

 議事打ち合わせの席で、私の叔父・千種(ちくさ)有梁(ありはる)さんはそう叫びながら机を叩いた。立憲改進党の三島(みしま)彌太郎(やたろう)さんも、立憲自由党の大木(おおき)遠吉(えんきち)さんも、叔父と気持ちは同じなのか、苦り切った顔をしていた。副議長の徳川家達さんだけは、いつもの無表情を崩さなかったけれど、打ち合わせの終了後に、

――千種どのも、苦労が多いことだ。

と呟いていたから、ひょっとしたら、予算委員会での無所属議員たちの振る舞いを苦々しく思っていたのかもしれない。

(“被害を大きく言い立てている”……ですって?なら、実際の被害状況、見てもらおうじゃないですか)

 そう考えた私は、東京帝国大学の大森(おおもり)房吉(ふさきち)教授たちが撮影した、桜島の噴火の様子を収めた活動写真を、予算委員会で上映できるだろうか、と大山さんに相談してみた。彼はすぐに賛成してくれ、梨花会の面々も動いた結果、国軍が撮影したものも合わせて10分程度に編集した活動写真が作成され、貴族院の予算委員会で上映された。空高く立ち上る噴煙、火山灰や軽石に埋もれた家屋や田畑、鹿児島湾に流れ込む溶岩……国軍航空隊による上空からの撮影映像を交えた迫力ある活動写真を見せつけられた無所属議員たちは、その後反対を叫ばなくなり、追加予算は無事に貴族院でも成立したのだった。

「……けれど、会期が当初の予定より延長してしまいました。今月、秋田で大きな地震があって、そちらにも追加予算が出たからだと皆さんおっしゃいますけれど、もし私がもっと上手く議事を進められていたら、会期を延長する必要はなかったのではないかと思います」

 今までの議事のことを思い返しながら、私は載仁親王殿下に話し続ける。会期は、本当は3日前の25日までだった。それが、無所属議員が桜島噴火の追加予算でごねたために議事が終わらなくなり、閉会式が今日になってしまったのだ。

「なるほど……皇太子殿下が、今日の閉会式にご参列になれませんでしたからね。御仲睦まじくていらっしゃるご兄妹です。やはり、皇太子殿下にこの晴れ姿をお見せになりたかったのですか?」

 載仁親王殿下の質問に、私は「ええ」とだけ言って頷いた。正直、兄に小礼服ローブ・ミー・デコルテを着たところを見てもらうのは、どうでもいいのだ。私の洋装を、兄は小さいころから数えきれないほど見ているのだから。問題は、兄の代わりにお父様(おもうさま)に供奉することになった皇族と、どれだけ接触しないようにできるかということで……。

(先週、お義父(とう)さまには、“ただ、堂々としていればよいのです”と言われたけれど、大丈夫かしら?いや、堂々と相手を殴ったら、それはそれで問題になるしなぁ……)

 そう思った時、

「天皇陛下、御着輦(ごちゃくれん)でございます」

貴族院の職員さんが私を呼びに来た。今までの考えを頭の中から追い払うと、私は載仁親王殿下に一礼して控室を出た。私は貴族院議長として、行幸してきたお父様(おもうさま)を出迎え、便殿に案内し、議場で勅語書を受け取らなければならない。それが私の、今期最後の仕事だった。


 1914(明治47)年3月28日土曜日午前10時53分。

「出迎え、ご苦労」

 帝国議会議事堂の玄関。頭上から降ってきたお父様(おもうさま)の厳めしい声に、私は最敬礼で応じた。ここでお父様(おもうさま)を出迎えるのは何度も経験したから、周りを窺う余裕もあった。

(いつもより、馬車が1台多い……ということは、あの中のどれかにいるわね)

 兄がお父様(おもうさま)に供奉して議事堂に入る時は、お父様(おもうさま)より前に議事堂に到着している。兄自身が引き連れている侍従さんたちの数も多いので、兄がお父様(おもうさま)と一緒に議事堂に入ろうとすると、議事堂が混乱してしまうからだ。しかし、兄以外の男性皇族に付き添う人間の数は、そんなに多くはない。せいぜい、お付き武官と家令の2人で済むだろう。だから今日、兄の代わりにお父様(おもうさま)に供奉した皇族は、お父様(おもうさま)と一緒に皇居からこの議事堂にやってきたということになる。

(兄上みたいに先着しないでくれて、本当に助かったわね。もしさっき、控室にいたら、一発お見舞いするところだった)

 物騒な感想は心の奥にしまい、私はお父様(おもうさま)を便殿に案内した。案内を終えると、皇族控室には入らず、真っすぐ議場へと向かう。少しでも、顔を合わせる時間は減らしたいのだ――華頂宮(かちょうのみや)博恭(ひろやす)王殿下とは。

 5年ほど前の秋季皇霊祭以来、彼と一対一で会ったことは無い。もし、一対一で会う機会に恵まれていたのなら、私は彼が栽仁(たねひと)殿下を侮辱した落とし前を拳か蹴りで付けてしまう。それは内親王として、有栖川宮の嫁としてふさわしくない行為だから、1人で博恭王殿下と会うのは極力避けていた。

 ただ、私が博恭王殿下をぶっ飛ばしたいと思っているという話は、周囲にはまったく広まっていない。大山さんと、義父の威仁(たけひと)親王殿下には話したことはあるけれど、彼らが誰かに話した様子はないし、私もこの話は広めていないのだ。だからこそ、一昨日迪宮(みちのみや)さまと一緒に沼津へと出発した兄の代わりに、博恭王殿下がお父様(おもうさま)に供奉するという話になったのだろうけれど……今更文句を言っても仕方はない。

(あとは、議場でお父様(おもうさま)から勅語書を受け取って、お父様をお見送りするだけ……華頂宮さまと一対一(サシ)で話す機会はない。とりあえずは大丈夫ね。先週お義父(とう)さまがおっしゃったように、ただ堂々としていますか)

 私はこんなことを考えながら議場へと向かった。

 閉会式に参列する閣僚たちや枢密顧問官たち、そして貴衆両院の議員たちの視線を浴びながら議場で待っていると、宮内省の職員に先導された大礼服姿のお父様(おもうさま)が議場の中に入ってきた。立っているだけで周囲を圧倒する威厳に、自然と頭が下がる。やがて、お父様(おもうさま)が玉座に腰を下ろすと、議場内にいる全員が一斉に最敬礼を送った。

 内閣総理大臣の渋沢さんがゆっくりと前に進み出て、お父様(おもうさま)に勅語書を差し出した。前代の内閣総理大臣・陸奥さんより渋沢さんの動作が緩やかなのは、

――ゆっくり、丁寧にやらなければ、どこかで失敗してしまいそうで……。

と、昨年末の開会式の直後、渋沢さん本人が苦笑しながら理由を語っていた。

 勅語書を渋沢さんから受け取ったお父様(おもうさま)は、ゆっくりそれを開いた。陸奥さんと相対していた時より、お父様(おもうさま)の動作もゆったりとしている気がする。もしかしたら、渋沢さんの動きに合わせているのかもしれない。

「朕、貴族院及び衆議院の各員に告ぐ。朕、本日を以て帝国議会の閉会を命じ、併せて卿ら励精(れいせい)()く協賛の任を(つく)せるの労を嘉奨(かしょう)す」

 勅語を読み上げるお父様(おもうさま)の声が、議場に高らかに響く。その声が止むと、私は前に進み出た。お父様(おもうさま)の前にある、赤いじゅうたんの敷かれた階段を一段ずつ踏みしめ、お父様(おもうさま)のそばへと近づいて行くと、不意に、ネックレスをした首元に違和感を覚えた。冷たいような、それでいて、ねっとりしているような感覚だ。余りの気味悪さに、私は思わず動きを止めた。

「どうした、章子」

 お父様(おもうさま)が怪訝な声を私に投げる。ハッと我に返ると、私はお父様(おもうさま)の2段下に立ち尽くしていた。勅語書を受け取るには、もう1段、階段を上がらなければならない。私は軽く頭を下げ、何とか階段を1段上がり、お父様(おもうさま)の手から勅語書を受け取った。

 あの冷たい、ねっとりした感覚は、未だに首筋にまとわりついている。首だけではなく、胸にも、腕にも、そして足にも、バラの蔓のような、蛇のような何かが巻き付いている気がしてしまう。小礼服ローブ・ミー・デコルテの裾にあしらわれたバラの蔓の刺繍が、布から飛び出して私を雁字搦めにするような、そんな光景も脳裏にちらついた。後ろ向きに階段を下りる私の足の動きは、慎重にならざるを得なかった。

 ようやく一番下まで階段を下り、ふっと息を吐く。冷たい、ねっとりした感覚はまだ消えない。これ以上動揺してしまうと、参列している大臣や枢密顧問官たち、そして貴衆両院の議員たちが騒ぎ出すかもしれない。私は普段と変わらぬ様子を必死に装いながら、足元に落としていた目線を上げた。

 すると、思わぬ人物と目が合ってしまった。博恭王殿下だ。相手を睨みつけようとした私は、すんでのところで平静を保った。

 博恭王殿下は、じっと私を見つめている。面長の顔に、微かに笑いを浮かべながら。その視線は、僅かな冷たさと、そして粘り気とを孕んでいた。それを認識した私は、先ほどからの違和感の原因を悟った。博恭王殿下が、ずっと私を見つめていたのだ。この、まとわりつくような、どこか不気味な冷たさを感じさせる瞳で。

(この人……一体、何を考えているの?)

 背筋を氷塊が滑り落ちるような感触に意識を蝕まれたままの私は、議場を去るお父様(おもうさま)と博恭王殿下を、ただ見送ることしかできなかった。

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― 新着の感想 ―
[一言] いつの時代でも災害は変わることがないのですね。 次回も楽しみにしています。
[一言] なんかドイツと組んでバカやりそうなの発見。
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