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転生内親王は上医を目指す  作者: 佐藤庵
第7章 1891(明治24)年小満
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千里の道も一歩から

※語られる母子関係が史実と異なっていますが、この時点ではまだ“主人公も皇太子殿下も知らない”という設定です。


※接続詞ミスを修正しました。(2019年1月10日)

 大山さんと一緒に原さんと話し合い、大山さんが原さんを花御殿の玄関まで送って行った後。

 私は、自分の居間に戻って、椅子に自分の身体を預けた。

 慣れない交渉事もした。前世の、戦国時代を扱った小説でしか触れたことのないようなハッタリも、生まれて初めて使ってしまった。原さんからいくつか、“史実”でのとんでもない情報も仕入れた。衝撃と疲労とで、頭が回らない。

 本当は、布団にもぐって眠りたい。けれど、これから起こることが簡単に予想が付くので、頑張って起きていることにした。大山さんがお説教にやって来た時に、お説教される側が眠りこけていたら、それは失礼だし、大山さんのギアが余計に入ってしまうに違いない。

(けれど、私の存在自体が、“史実”ではほぼないって……)

 私は大きなため息をついた。

 天皇(ちち)の、現在生存している子供は4人。

 お母様(おたたさま)との間に、皇太子殿下と、この私、増宮(ますのみや)章子(ふみこ)

 小菊(こぎく)権典侍(ごんてんじ)との間に、常宮(つねのみや)昌子(まさこ)内親王殿下、そして周宮(かねのみや)房子(ふさこ)内親王殿下。

 ところが……“史実”では、私は生まれて数か月後、鉛中毒に起因する脳膜炎で死んでいた。

――鉛中毒?

 前世(へいせい)では、ハンダ付けをする人や、クリスタルガラスの製造業に従事している人で生じることがあるのだけれど、ハンダ付けなんて、宮中でする訳がないし……、と思っていたら、

――白粉(おしろい)に含まれる鉛が原因ですかな……?

 大山さんが言い、それに原さんが頷いた。

(あ……)

――増宮さんは、お小さいころから、お化粧の匂いが苦手でしたね。

 お母様(おたたさま)の言葉を、私は思い出した。

 前世でも、お化粧の匂いが、時にストレスで蕁麻疹も出てしまうほど大嫌いだった。私が、前世で死んだ後、新生児の頃から、この時代に転生していただろうと判断したのは、その“化粧嫌い”の話を聞いたからだ。そのために、私は化粧をしない、農家出身の乳母の乳を吸って育ったと聞いた。

 もちろん今もお化粧の匂いはダメで、皇居で、しきたり通りに胸まで白粉を塗っている女官さんを見ると、思わず回れ右して逃げたくなるくらいだ。だから、花松さんが私の側に仕えるという話になった時も、“私に仕えるのならば、絶対に白粉は使わないで欲しい”とお願いして、それを了承してもらった上で花御殿に来てもらった。

(乳母が胸まで白粉を塗っていたら、授乳されている時に、鉛を口に含んでしまっていただろうから……てことは、私、お化粧が嫌いだから、死亡フラグを回避したってこと?!)

 女らしさの欠片もない死亡フラグの回避手段だけれど、とにかく、命が助かったのはありがたい。

 そして、“史実”で、皇太子殿下が罹った病気。

 思う通りに動けない、喋れない――大雑把に言うと、そう言った症状が出ていたそうだ。

 当時の一流の医者たちが、必死で原因を解明しようとしたけれど、結局分からなかったらしい。

 ただ、仕事のストレスが、体調を余計に悪くしていることは明らかだった。

 そして、殿下が天皇の激務に耐えられるような状況ではなくなってきたので、原さんは、“せめて、長生きをしてもらいたい”という思いで、政敵の山縣さんや、その時生き残っていた“元老”の松方さん、西園寺さんとも相談し、迪宮殿下……私の時代で言う昭和天皇を、摂政に立てることを決断した。そして、迪宮殿下が摂政に立とうとした、その矢先に暗殺されてしまったということだった。

(話を聞く限りでは、神経変性疾患のような気もするけれど、ストレスの掛かり具合で症状が変動する辺りは、そうじゃない感じもあるし……大体、その症状のある時に、私が診察した訳じゃないし、医学の素人の原さんの話だから、神経学的な所見も分からないしなあ……。これ、一体、原因は何なのよ?)

 医療技術が今よりはるかに進んだ前世(へいせい)でも、いくら調べても、原因がわからない病気はたくさんあった。そして、原因がわかっても、治療ができるとは限らない。今から医療技術を発展させても、皇太子殿下が体調を崩した時、やれることは少ないかもしれない。

(でも、諦めない。可能な限り、医療技術は発展させる。そして、皇太子殿下が天皇の位を継がれた時に掛かるストレスを、できる限り無くすように……)

 その時に一番味方になりそうなのが、“史実”で皇太子殿下の妃殿下になった人物だ。

(それが、まさか節子(さだこ)さまだなんて……)

 一つ下の学年だけれど、私の華族女学校(がっこう)での一番の友達。彼女もよく外で遊ぶので、周りの生徒に比べて色黒で、“九条の黒姫さま”というあだ名で呼ばれている。対する私は、単に“黒姫さま”では、節子さまと区別がつかないということで、“赤坂の黒姫さま”と呼ばれる。私が節子さまの家に遊びに行くと、先方のお屋敷が接待だのなんだので大騒ぎになってしまうので、節子さまが私と遊びたい時は、花御殿に来てもらっている。節子さまは私だけではなく、皇太子殿下とも時々遊んでいると原さんに伝えたら、目を丸くしていた。

――なんということだ。既にあなたが、そこまで手を打っていたとは……。流石だ。

 原さんが勝手に勘違いしていたので、そこはそのままにしておいたのだけれど。

 と、

「梨花さま」

居間の入口の障子の向こうで、大山さんの声がした。やはり来たか。

「いいですよ、入っていただいて」

 そう言うと、私は椅子の上で慌てて背筋を伸ばした。

「いかがなさいましたか……」

 私の姿を見て、大山さんは不思議そうに言った。

「緊張なさっているご様子ですが」

「いや、あの、その……大山さんに叱られる態勢を整えたといいましょうか……」

 私は背筋を伸ばしたまま答えた。

「様々に、私に反省すべき点が多いと思いまして……」

「ほう、例えばどのようなことでしょうか」

「あの、どうぞ椅子に掛けてください、大山さん。長い話になりそうな気がするので」

 大山さんが椅子に座るのを確認してから、私は目を閉じて、口を開いた。

「まず、私の歴史の理解が、あまりに表面的で一方的すぎること」

「そこから行きますか……」

 大山さんは呆気に取られたように言った。

「そこから行きます。今回ほど、それを感じたことは無かったので」

 勝先生にも以前言われた。私の覚えている歴史には、第二次世界大戦で勝利した、アメリカやイギリスの論理が染みついていると。

――“史実”での原は善玉、山縣が悪玉って覚えたんだろ。

 そうとも言われていた。

 それが……この件に関しては、原さんが悪玉で、原さんに騙されていた山縣さんが、被害者になってしまっている。

「原さんに“史実”の記憶があるのは想定外だったにしろ、私が“史実”の記憶とその一方的な解釈に引きずられた結果、私の精神的なダメージ、じゃなかった、被害が大きかった。その解釈のせいで、あなた達にも、今まで迷惑をかけていたのだろうと思います。それから……」

「まだありますか」

「話の進め方について、大山さんときちんと打ち合わせしておくべきだった、と……」

 いきなり、“医者としての報酬をよこせ”などと言い始めてしまったのだ。大山さんも、私に話を合わせるのが大変だったに違いない。

「それから、原さんにハッタリをかましてしまったから、私の内実が原さんにバレたら、向こうに圧倒的有利になるってことと、原さんの言うことが、本当に私の覚えている“史実”なのか検討する材料が少ないから、原さんに嘘をつかれる危険性も残してしまったということと、それから……」

「梨花さま」

 大山さんが私を呼んだ。

「は、はい」

 私は背筋をまた伸ばして、頭を垂れた。これから頭上に降ってくるであろう、大山さんの怒声に全力で備える。

 ところが、

「目をお開け下さい」

私の耳に届いたのは、意外にも優しい声だった。

「へ……?」

「目をお開けになって、きちんと現実をご覧になりますよう」

 大山さんが、私にじっと視線を注いでいるのを感じる。

 それに促されて、私は、恐る恐る、瞼を開いた。

(あれ……?)

 私の視界に飛び込んだのは、大山さんの微笑みだった。

「怒ってないの……?」

「原の無礼さには、腹を立てておりますが」

 大山さんは静かに言う。「しかし、梨花さまのことです、(おい)が腹を立てれば、“私の中身は平民です”とおっしゃって、話が堂々巡りになりそうでしたので、あえて黙っておりました」

(おう……図星だ)

 私はため息をついた。この人は、本当に私の考えることをよく見抜く。 

「梨花さまは、経験が無い中、あの場でよくおやりになったと思います」

 大山さんは言った。

「は、はあ……」

 少し拍子抜けした私は、間抜けな返事をした。

「原に、適切な場面で、伝家の宝刀を突きつけられた」

「伝家の宝刀……?」

 私は首を傾げた。

 言葉の意味は分かる。けれど、私がそんなものを持っているのか?

「まさか……ご自覚されていないのですか?」

 大山さんが目を丸くする。

「はい、何が何だかさっぱり……」

 大山さんは軽くため息をつくと、「いいですか、梨花さま」と、噛んで含めるように話し始めた。

(おい)にも原にも、医学の知識はありません。しかし、医学は、人の生死に関わるもの……その知識を振りかざされれば、あの場では、医学を知らぬ者は、なかなか反論出来ません」

 大山さんは、一度言葉を切った。

「まして、梨花さまがお持ちの医学の知識は、今のものより遥かに進歩した約130年後のもの。原が医学を知っていたとしても、“史実”で暗殺された時の医学より、梨花さまの時代の医学は、やはり進んでおりましょう。それが全てこの世に現れることを考えたとき……それは、我々にとっては、神の(わざ)にも等しいものと感じます。我々は、ひれ伏すほかありません」

「あ、あのね、大山さん、あなたも、ベルツ先生の授業に立ち会ってくれているから、私とベルツ先生が苦労しているのを知っているでしょ?私の医療知識を、全てこの時代に還元するのは難しい。他分野の科学技術の発展が無ければ、医学の進歩もないのよ」

 私は大山さんに反論した。しかし、

「分かっております。それでも、です」

大山さんは首を横に振った。

「梨花さまが未来の医療知識を持っていらっしゃること、それ自体が、無上の価値を持ちます。他国に知られれば、その国の医学の発展のために梨花さまの身柄を狙う、ということも考えられる……」

(んなアホな……)

 私は戸惑っていた。原さんが、私の医者としての能力を明らかに過大評価していると思ったから、とっさに思いついて、“医者としての報酬をよこせ”とやっただけなのだけれど……。

「まさか梨花さま、“報酬をよこせ”とは、あの場でとっさに思いつかれたことですか……」

 また大山さんが、ため息をつく。

「なんで分かるのよ……」

 私もため息をついた。「原さんが、私の医者としての実力を、明らかに過大評価していたから……」

「それが過大評価かどうかは、とりあえず脇に置いておきましょう。しかし、(おい)が原を呼び止めた時も、梨花さまはその意味に気づかれて、原を花御殿にとどめられるよう言葉を掛けられた。なおかつ、短時間でも、(おい)と梨花さまが話し合う時間を、自然な形で作られた。梨花さまのとっさの機転や思いつきは、一つの武器と言ってもよろしいでしょう」

(え……?)

 私の戸惑いは、更に大きくなった。

「以前は言葉や行動の端々に、焦りや自信の無さがおありになりましたが、最近はそれが減って、度胸がついてきたように思います。先ほどの原とのやり取りも堂々とされていた。梨花さまは“ハッタリ”とおっしゃっておられましたが、交渉においてはハッタリも大事な手段……それは、戦国の世でも今でも、そして未来でも同じでしょう」

「あの……大山さん、私のことを無理に褒めなくていいから……」

「無理には褒めておりません。それに、これから小言に移りますから」

(あ、やっぱり……)

 私は項垂れた。

「今、“やはり”とお思いになりましたね」

「だから、どうして分かるのよ……」

 私はまた、ため息をついた。どうしてこの人は、私の心がこんなに読めるのだろうか。

「簡単なことです。梨花さまの表情(かお)に書いてあります。思うことが表情に出やすい……それは梨花さまの欠点になりえます」

 大山さんは言った。

「私の欠点……」

「思うことが表情に出やすいお方と、出にくいお方がいます。梨花さまは、思うことが表情に出やすい。ある場面ではそれは武器になりえますが、別の場面では欠点になります。特に、交渉では、感情や思うことを表情に出さないというのも、有利に進める助けになることがあります」

(ああ……)

 “ポーカーフェイス”という奴だろうか。前世では、意識して作ったことはない。

「しかし、いつも無表情で過ごすのも、武器ともなりますが欠点にもなります。大事なのは、感情や思うことを表情に出してよいのか、その時々で瞬時に判断することです」

(難しいなあ……)

 今まで、そんな視点を持ったことはない。

「修業が必要でしょう。今までに考えたことがないのなら、考えて訓練すればよろしい」

 私の顔をちらと見てから、大山さんが言った。

「むう……」

 私は腕を組んだ。本当に、私は思うことが、表情に出てしまいやすいようだ。

「梨花さまはもう一つ、何にも代えがたい武器をお持ちですが、怒られそうですから、あえてそれには触れません。ですが、表情による効果を最大限に発揮したいのであれば、その武器を使うだけではなく、様々な教養に触れることも大事かと思います」

「はあ……」

(もう一つ武器があるけれど、怒られそう……?)

 さっぱり心当たりがない。そんな私の様子を無視して、大山さんは言葉を続ける。

「城郭がお好きな梨花さまですから、それに関連する分野……建築や調度品、書画などを見る目は、ある程度お持ちのようです。しかし、それ以外のこと、例えば音楽はお続けにならなければいけません。美しい文字が書けることも要求されますから、習字も続けるべきでしょう。旧公家・旧大名といった方々とのお付き合いも生じましょうから、和歌や古典、茶道もある程度嗜まれなければ」

「ええと……茶道は分かるけれど、和歌と古典……?」

「和歌を贈ることもあります。宮中でも毎年、歌会始はやっておりますし、いずれ梨花さまも成年に達すれば、成年皇族の一員として、そこで和歌を詠む義務が生じます。古典の知識もある程度あれば、和歌の理解がしやすくなります」

(おう……)

 私は頭を抱えたくなった。和歌を詠むなんて、もちろん前世ではしたことがない。

「それから、将来、外国人との付き合いも必要になります。梨花さまは、すでに英語はある程度お話になれるようですが、可能であれば、フランス語もある程度操れるようにならなければ。それから、西洋式の舞踏でしょうか」

「ええと……なんでフランス語?私の時代だと、外国語と言ったら英語だったけれど……」

「今の時点で、ヨーロッパの上流階級で話されている言語が、フランス語だからです。ニコライ皇太子も、フランス語を話していたでしょう?」

「あ」

 そう言えば、皇太子殿下は“ニコライ皇太子の来日のために”フランス語を勉強し始めていたのに、ニコライ皇太子がロシアに帰った今も、フランス語の勉強を続けている。単にフランス語が好きだからと思っていたのだけれど……。

「もしかして、皇太子殿下がフランス語の勉強を続けているのも……」

「殿下ご本人のご希望もありますが、ご希望を受けて、“将来、フランス語で困らないように”と、伊藤さんが決めました」

「……すみません、私の考えが浅はかでした」

 私は頭を下げた。

「梨花さまの時代の日本で、“外国語と言えば英語”になったのは、第二次世界大戦後の世界の情勢が関係しておりましょう」

 大山さんが指摘する。

(あ!)

「英語を使うアメリカが、政治・経済ともに“世界の覇者”と言える地位になったからか……それと、日本を占拠した連合国軍の主体が、英語を使うアメリカとイギリス軍だったからというのもあるのかな……」

 私はそう言って項垂れた。

 そんなこと……前世では考えたことも無かった。

(ああ、本当に、私ってバカだ……)

「あの、大山さん……」

「何でしょうか?梨花さま」

「一つ、お願いしたいことがあるの」

 私は頭を上げて、もう一度、椅子の上で背筋を伸ばした。

「やっぱり、歴史を、きちんと勉強したい。この時代だから、戊辰戦争とか西南戦争ぐらいまでの歴史になるだろうけれど……せめて、そのぐらいまで、一方的で表面的な理解じゃなく、多角的に深く学びたい」

「梨花さま……」

「他の時代で、その理解の仕方を学んでおけば、私の覚えている“史実”も、一方的じゃない理解ができるかもしれないかなって……。それに、原さんの覚えている“史実”だって、原さんの主観も入っているのでしょう?余計に、多角的な理解の仕方が必要になると思う」

 大山さんは、ふむ、とつぶやいて、腕を組んだ。少し、考えている様子だ。

「……梨花さまに教えられる者となると、限られてきましょう。他にも、調整をしなければならないこともあります。始められるのに数年かかるかもしれませんが、必ず、ご希望に沿うように致します。それは、政治の理解にもつながります故」

「政治の理解?」

「皇太子殿下の御心労を少なくすると、おっしゃっていたではありませんか。そのためには、政治的な懸案を無くすこと……。それは皇太子殿下をお守りする、主治医の仕事ではありませんか?そのために、原に協力を要請したのでは……」

「あ……」

 私は、口を右手で押さえた。

「ということは、医学や、それに関連する技術の発展もさせなきゃいけないけれど、私、歴史と政治の勉強もして、政治的懸案を解決できるぐらいにならないといけない?で、陛下がおっしゃったように、武術も修めないといけない?それで、フランス語やら古典やら和歌やらも、勉強しないといけない?もちろん、医術開業試験にも合格しないといけないし……大山さん、どうしよう、私、体が足りないわ……」

「ご心配なく」

 大山さんが微笑した。

「梨花さまに足りないところは、我々がすでに補っております。“皆で知恵を出し合う”と、梨花さまもおっしゃっていたではありませんか。梨花さまがご立派な“上医”になられるまで、そしてなられても、我々が梨花さまを、そして陛下と皇太子殿下と、皇太子殿下のお子様方を支えます」

「私を支えるって……大山さん、私、女だよ?この時代に、女性が政治をするのって無理じゃ……」

「それは、梨花さまが()()()()ご成長されたら、我々で何とかします。梨花さまはその点はご放念されて、ご修業に励まれるようお願いします」

 私は、椅子に背を預けた。

(“上医”か……)

 医学の発展のみならず、それに必要な科学技術の発展。いろんな人とのお付き合い、それに必要なスキル、そして政治を動かすためのスキルと知識を身に着けて……どうやら、皇太子殿下を守る主治医として、私は本当に様々なことをしなければいけないらしい。

「本当に、果てしなさすぎる……今生の私の寿命で、足りるかなあ……?本当は、生まれて数か月で死んでたのにさ……」

「千里の道も一歩から、というではありませんか」

 大山さんが微笑した。

「我々のような経験を積んでおられないのに、扇の骨を止める要として、梨花さまはよくおやりになった、そう思います。これから、しかるべきご修業を少しずつ積まれて、経験を増やしていけば、梨花さまの望みが果たされる日も参りましょう。そのためには、一歩でも、前に進まれませんと」

 大山さんが、私をじっと見ている。やっぱり、その眼差しは、優しくて、温かくて、受け止めていると、私の波だった心が、なぜか次第に穏やかになっていく。

「そうね……」

 私は椅子に座り直した。

「千里の道も一歩から、か。とにかく、“上医”を目指して、できることはやってみましょう」

「御意に」

 大山さんが、私に軽く頭を下げた。

(おい)も、助力させていただきます」

「お願いだから、お手柔らかに、……って、これ、昨日も大山さんに言ったわね」

 私は苦笑した。

「もちろん、心得ておりますよ、梨花さま」

 大山さんも一つ頷いて、また微笑した。

※大正天皇の御病気……大正15年11月以降なら、明らかに肺炎と分かる経過なのですが、それ以前、特に摂政が立つ数年前からの明確な病名が推測できないのです。「大正天皇の御病気に関する文献的考察」も読みましたが、「椿の局の記」を読むと、それと矛盾している記述がありまして……。

という訳で、拙作では、最大限にいい方向の解釈をして、お話を進める予定です。ご容赦のほどを。

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