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転生内親王は上医を目指す  作者: 佐藤庵
第1章 1888(明治21)年小満~1888(明治21)年大暑
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こんな親娘(おやこ)の初対面があっていいはずがない

「天皇……陛下……?」

 つぶやいた私に、

「そなた……章子(ふみこ)か?」

 明治天皇――この世界では、私の父親なのだけど――も、私と同じような、驚愕の表情になった。

「は、はい」

 やっと返答した私は、手元で、サーベルを抜き放っていることに気が付いた。

 天皇陛下に抜身の刀を向けるなんて、どう見ても反逆罪ではないか。

(まずい!)

 戦前の反逆罪、いや、大逆罪って、ほぼ死刑確定だよね……?

「お許しください!“小竜景光(こりゅうかげみつ)”とは知らず、つい、興味本位で抜いてしまいました!」

 私はその場に平伏した。

 そう、思い出した。このサーベル、ではない、日本刀は、“小竜景光”だ。前世(へいせい)で、博物館に展示されていたのを見たのだ。擬人化されたキャラが出ているゲームがあるとかで、同年代の女性たちが、展示ケースに群がっていたのを覚えている。確か説明書きには、「明治天皇に献上された」という文もあった。戦国時代にあまり関係なさそうだったから、その時はちらっと見ただけだったのだけど……

 つまり、献上された“小竜景光”は、史実通りに、今、明治天皇(もちぬし)の所にあるということだ。

(親子の初対面で、いきなり死亡フラグが立つって、どういうことだよ……もうだめじゃん……)

 “小竜景光”が私の頭上に閃き、私の首が落ちる……そんな展開を覚悟しながら、じっと平伏していると、

「章子は、刀が好きなんか?」

 明治天皇は、私が床に置いた“小竜景光”を拾い上げながら尋ねた。

 その言葉には、京都の訛りがあった。

「え、ええと……刀よりは、お城の方が好きです。特に、松本城の天守閣。あとは、ベタだけど、姫路城もいいかな……名古屋城も、戦災で焼けさえしなければ、最高によかったんですけど……」

 どう見ても、趣味丸出しの答えを返した後、

(しまった!)

私は、右手で口を押さえた。

 すると、天皇(ちち)は、楽しそうに笑い出した。

「ははは……そうかそうか。章子は、城が好きか。しかし、刀もええ。どれ、刀の見方を、教えてやろう。こちらにお座り」

 いつの間にか、床に正座した天皇(ちち)が、左手で隣の床を示した。右手には、“小竜景光”がある。とりあえず、死亡フラグは回避できたようなので、恐る恐る、おそばに寄った。

「うん、この“小竜景光”はな、楠公(なんこう)の佩刀だったという言い伝えもあって……」

 天皇(ちち)は、ハンカチを取り出して口元を覆うと、実に嬉しそうに語り始めた。


 それから、長い時が経過したように思えた。

(話、長っ!)

 私は、天皇(ちち)蘊蓄(うんちく)話を、正座でじっと聞いていた。

 足がしびれている。

(明治天皇って、寡黙、っていうイメージがあったんだけど……)

 天皇(ちち)は、ハンカチで口元を覆いながら、刀の各部分の名称を説明し、刀工の名前をいくつか挙げ、それに関係する逸話まで、実に丁寧に、実に嬉しそうに解説してくれた。正直、話の内容は、あまり理解できなかった。ほとんど京言葉で話されたので、一部、言葉そのものが分からなかった、というのもあるのだけれど……。

 唯一分かったのは、戦国時代では有名な、「徳川に仇をなす妖刀」と言われた刀工“村正”の話だけだ。そこだけ反応したら、天皇(ちち)の厳めしい顔が、非常に明るく輝いた。しまった、と思った時には後の祭りで、天皇(ちち)の口調に、更に熱が入ってしまった。

「陛下、陛下、お楽しみなのはわかりますが、公務に支障を来たしますし、もうそのくらいで……」

 いつの間にか傍に控えていた堀河さんが、あきれ顔で進言した。

「む……」

 天皇(ちち)は、残念そうな表情で、「今日は、このくらいにしておこか」と言うと、“小竜景光”を鞘に納めた。

「それにしても、章子は、なぜこの刀を“小竜景光”と知っていた?」

 天皇(ちち)が私に尋ねた。

 あれ?言葉遣いが、標準語になっている。

「ええと……国立博物館の展覧会で見て……」

 私は、正座のままで答えた。

「博物館?展覧会?……手に渡って以来、ずっと朕のそばにあって、展覧会になど、出したことはないはずだが……」

 天皇(ちち)が、不思議そうに呟いた。

「章子は、不思議な子だな……」

「恐れながら、確かに、私もそう思います」

 堀河さんが言った。

「“官報”や“東京日日新聞”のことを、誰が教えた訳でもないのに、ご存じでした。それから、“伊能図”のことも。私などは、先日陛下に教えていただいて、初めて知った次第なのですが……」

(あれ? これってちょっとまずい?)

 天皇(ちち)と堀河さんの会話が、不穏な方向に進んでいる気がする。

「我が家にある活字の本は、ほとんどお読みになっておりまして、意味も理解されているようです。立ち振る舞いも、とても並みの5、6歳とは思われず、非常に大人びておいでで……」

「ふむ」

 天皇(ちち)は、顎の髭を右手で撫でた。

 その瞬間、私は、なぜこの書庫に来たのかを思い出した。

 もう、ここで、この人に言ってみるしかない。

「あの、陛下」

 正座したままの私に、天皇(ちち)と堀河さんが目を向けた。

「……信じられないと思いますけれど、私は、輪廻転生を経てここに生まれてきて、前の人生の記憶があります」

 本当に輪廻転生なのかどうかは、私も分からない。ただ、高校時代に古文の宿題で読まされた昔の説話集で、輪廻転生の話がいくつかあった記憶があったので、そういえば多少イメージがつきやすいかな、と、とっさに出した方便に近い。

「しかも、その“前の人生”は、今から百何十年後の未来です。私には、未来の記憶があります」

 天皇(ちち)も堀河さんも、きょとんとしている。でも、このことは、伝えないといけない。

「だから、知っているんです。今月、福島県の磐梯山が噴火します。かなり被害が出るはずです。せめて、住民の人だけでも、避難させてほしいんです!」


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