一年の計は元旦にあり?
※ブックマークに最新更新が反映されない、とのことで、再投稿しました。(2018年12月7日)
※誤字修正しました。(2018年12月8日)
1891(明治24)年、1月1日。
「うわあ……本当に、多聞櫓の写真だ……」
皇太子殿下とともに、両陛下と皇太后陛下への新年の挨拶を済ませた私は、自分の居間で、昨年11月に話のあった名古屋城の写真帳を受け取った。
「外観だけは、写真で見たことはあったけれど、内部までこんなに詳細に……素晴らしいお年玉ですよ、黒田さん……!」
「喜んでいただけてよかった」
年始の挨拶にやって来た黒田さんが、満足げに頷いた。
ちなみに、私の居間の中には、黒田さんだけではなく、伊藤さんや山縣さんなど、両陛下と爺、ベルツ先生以外の“梨花会”のメンバーが顔を揃えていた。この居間の広さ、確か12畳か14畳のはずだけれど、これだけの人数がテーブルを囲んで座っていると、流石に狭く思える。
「く……名古屋城はよくて、なぜ八王子城はだめなのですか……」
威仁親王殿下が、恨めしそうに私を見つめている。
「今の時期だったらいいですよ、大兄さま。でも、八王子は、朝晩は東京より冷え込みますから、防寒装備が必須ですけれど」
前世の関東地方の天気予報でおなじみのフレーズを、私は親王殿下に返した。
「それに、名古屋は、前世の私の故郷ですから」
名古屋城の多聞櫓は、濃尾地震で崩壊して、その後再建されていない。
多聞櫓を、濃尾地震で破損しないように守るのは無理だろう。それよりは人命の救助や災害後の復興に、人員や資金を費やしてほしい。
(でも、こうして資料を残しておけば、後々、これを元に復元工事ができる。それには、大天守と小天守、本丸御殿はもちろん、他の名古屋城の建造物を、天災以外のことで壊さないように守らないといけないけれど……)
「増宮さま、ところで、脚気実験の準備の方は?」
「ああ、黒田さん、年明けの開始に向けて、ちゃんと進んでいますよ」
写真帳をいったん閉じて、私は答えた。「ニワトリ小屋も完成したし、年明けには、御料牧場からニワトリが50羽届きます。黒田さんと榎本さんの伝手で、ニワトリの飼育に慣れた人も何人か来てくれますし」
榎本武揚さん……今の文部大臣なのだけれど、“日本家禽協会”という養鶏団体のトップもやっているそうだ。
「“採卵はされないのか”と、榎本どのが残念がっておりましたが……」
「卵を産んだ数の差で、変な仮説を立てられたくないから……」
私は黒田さんに苦笑した。ニワトリはすべてオス、しかも生育年数や品種もすべて同一、体格も可能な限り揃えてもらい、個体差を可能な限り少なくした。玄米だけで育てるニワトリと、白米だけで育てるニワトリの飼育結果に差が出なければ、サンプル数、つまり、ニワトリの数を更に増やすという選択肢も考えなければならないのだけれど……。まあ、結果はわかり切っている。問題は、いつ結果が出るか、だ。
「時間はかかると思うけれど、結果が出たら報告しますね」
「お願いいたします」
黒田さんと西郷さんが、私に頭を下げた。
「そういえば、血圧計の論文も、三浦先生が書き上げたそうですね」
井上さんが私に尋ねる。
「ええ、“ドイツ医事週報”っていう雑誌に投稿したって言っていました。来月ドイツに留学する時にも、血圧計を持っていくって」
ベルツ先生曰く、この時代、世界で一番医学が進んでいるのはドイツ、その次がフランスとイギリスなのだそうだ。だから、日本で医学者が使っている外国語は、ドイツ語が多いそうだ。前世では、外国の医学文献と言えば、ほぼ100%英語だから、少し不思議な感じがする。
「血圧計?」
三条さんが不思議そうな顔をする。
「あ、これです」
私は椅子から立ちあがって、本棚に置いてあった血圧計と聴診器を持ってきた。ちなみに、聴診器は、前世で使っていた形のものを、特別注文して作ってもらったものだ。
「ほう、これが……」
「で、これを一体どうすると?」
テーブルの上に置いた卓上式の血圧計を、“梨花会”の面々が、物珍し気に眺めている。
「血管にかかる圧力を、“血圧”って言うのだけれど、血圧が高い状態が続いていると、脳溢血や心筋梗塞になったり、尿毒症になったりするの。だから、この機械で血圧を測ることで、そういう病気になる危険度をある程度予測できるのだけど……あ、そうだ!」
私はみんなに、笑顔を向けた。
「今から、全員の血圧を測らせてもらっていい?」
「え?」
「だって、作ってもらったはいいけれど、使ったことがなかったんだもの。……ほら、みんな、大礼服の片袖だけ脱いで。じゃ、年齢の高い順で、勝先生からね」
「え、ちょ、ちょっと待ちなって!」
「問答無用!」
……こんな感じで、私は居間に集まった全員の血圧を測定した。
血圧測定をするのは、本当に久しぶりだ。
だから、空気袋の圧を掛けるのや、徐々に圧力を下げてコロトコフ音を聴取するのも、最初は戸惑ったけれど、2,3人こなすうちに要領がつかめてきた。
でも、一番困ったのは、殆どの人が、おとなしく血圧を測られてくれなかったことだ。
三条さんは血圧計を怖がって、部屋の隅にしゃがみ込む。井上さんは「面白そうだなあ!」と言いながら空気袋をいじくり回す。西郷さんと親王殿下は半分面白がって、空気袋を腕に巻き付けようとする私の手から、ひょいひょい逃げ回る。鬼ごっこじゃないんだから……。
「勝先生、山田さん、あと黒田さん、ちょっと血圧が高いです。ていうか、山田さん、なんで収縮期血圧が170を超えてるの?それ、高すぎですから」
全員の血圧を測り終えて、私は聴診器を耳から外した。血圧を測定しただけなのに、なんで私はこんなに疲れているんだろう?
「血圧が170、というのは高いのでしょうか?」
山田さんの問いに「ええ、高いです」と私は即答した。
「何も病気を合併してなければ、収縮期血圧は140より下が目標値。血圧の概念が発見されてから、色々な知見を重ねて得た、前世の最新の目標値はそこでした」
「そうですか、では、血圧を下げる方法というものはあるのですか、増宮さま?」
「まず、塩分を取りすぎないこと」
日本人は概して、塩分を取りすぎている。それは、減塩の概念が広まっている前世でもそうだった。
「それから、肉を取りすぎないこと、太りすぎないようにすること、運動をすること、煙草を止めること、お酒を控えることかなあ」
というか、現在取りうる手段が、生活習慣の修正ぐらいしかない。前世なら、血圧を下げる薬が何種類も出ているのだけれど……ああいうの、どうやって作るんだ?ちょっと想像がつかない。
「煙草と酒はやめております。陛下が、我々に禁煙と禁酒をお命じになられたのが、確か“授業”の直後でしたな。増宮さまの剣幕が恐ろしかったと、陛下がおっしゃっておられましたが……」
山田さんの言葉に、私以外の全員が深く頷いた。
(私、そんな怖い顔で、陛下に申し上げたのかな……)
まあ、もともとが“呪いの市松人形”なのだから、私が怖い顔をしたら、相当な恐ろしさになるのだろう。機会を見て、天皇に謝らなければならない。
と、
「……さて、増宮さまにお付き合い申し上げたのですから、今度は、我々に、増宮さまが付き合っていただく番ですな」
服装を整え終わった伊藤さんが、咳ばらいをして言った。
「へ?」
「まあ、お座りください、増宮さま」
怪訝な顔をした私は、伊藤さんに促されて自分の椅子に腰かけた。
「では、会議を始めましょうか。“一年の計は元旦にあり”と言いますからな。……増宮さま、いつぞやのように、逃げようとなさらないようにお願いしますぞ?」
(ま、巻き込まれた……)
新年早々、伊藤さんの笑顔が、とても恐ろしいものに見えた。
「まあ、会議と言うよりは、相談なのですがね」
伊藤さんがそう言って腕組みすると、
「相談とはなんだ、俊輔」
山縣さんが不思議そうな顔をした。
すると、
「お主のことさ、狂介」
伊藤さんがサラっと言った。
「何……?」
山縣さんが伊藤さんを、軽く睨みつける。その視線を物ともせず、
「お主、少し、仕事を抱えすぎではないか?」
伊藤さんは心配そうな表情で尋ねた。
「改正条約施行準備委員会のこともある。それに、足尾銅山関連の対策やら市町村合併のことやら……」
改正条約施行準備委員会は、山縣さんを委員長として、その名の通り、改正された条約の施行に当たり、国内の諸制度を整えるために昨年の10月に立ち上げられたものだ。委員には、各省の次官や局長クラスが任命されている。
「郡制は、増宮さまの世では行われていないと聞いたから、施行を取りやめた。当初の予定より、少しは楽になっていると思うが?」
(そうなんだよね……)
まだ爺のお屋敷で暮らしていた頃だろうか。山縣さんが郡制のことを話してくれたのだけれど、古代の律令制の“郡”と、前世の住所表記の“●●郡”しか思いつかなかった私は、彼の言っていることがさっぱり分からなかったのだ。お互い、話していることがかみ合っていないことに気が付いて、私がつたない知識を話した結果、“道府県を更にいくつかの郡に分けて、それに郡長と郡会を置く”という構想は無くなった。その代わり、道府県内に必要に応じて“地方事務局”を置いて、道府県の一部の窓口業務を行うことになった。
「それに、これらのことは、わしに業務上課せられた事ゆえ、こなさなければ仕方なかろう」
山縣さんは更に反論したけれど、
「伊藤さん、そう言って頂けて有難い」
意外にも、黒田さんがこう言った。
「黒田どの?」
「内閣各員、それぞれ難題を抱えておりますが、見渡すと、山縣さんの負担が、現在一番大きいのですよ」
「……職務範囲ゆえ、仕方ありませぬな」
固い声で山縣さんが答える。
「だからと言って狂介、身体を壊しては元も子もなかろう」
伊藤さんがため息をついた。
「何?」
井上さんが眉をしかめる。「狂介、もしや、またお前……」
「先日のご陪食の際、狂介の箸がほとんど進んでいなかった。おぬし、また胃腸を痛めておろう。陛下も心配なさっていたぞ」
伊藤さんの言葉に、場がざわついた。
「く……陛下にまで、ご心痛を掛けてしまっていたか……。“授業”以降は、落ち着いていたのだがな……」
そう言うと、山縣さんは寂しげに微笑した。
「ちょっと山縣さん。吐血とか下血とか、してないですよね?」
私は慌てて山縣さんに尋ねた。
「増宮さま……大丈夫です、時折、胃が痛む以外には」
「本当に?ベルツ先生に頼んで、往診の手配を……」
「いやそれは、本当に大丈夫です。ここに参上して、増宮さまのお顔を拝見している時は、不思議と痛みも感じないのですが、職場で仕事が滞ると、こう……」
(私の顔を見ていると、痛みを感じないって、どういうことなのかな?)
天皇が“恐ろしい”というこの顔で、胃痛が治るというのは、なんとも不思議な話なのだけれど……。
「あのー、黒田さん。一応確認しておきますけれど、内務大臣の職務範囲って、どんなことなのかな?」
私の質問に、黒田さんが答えてくれたけど、その答えを聞いて、私はびっくりした。
「地方関連の業務と、警察と、土木関連と、衛生、労働、更に鉄道と……宗教も管轄してるの?しかも足尾銅山関係で、環境対策もやる感じになったって……それ、前世だと大臣4、5人でやってた気がする……」
「なんですと?」
黒田さんが目を丸くする。
「地方自治と警察関連が総務大臣、建設と鉄道が国土交通大臣、衛生と労働が厚生労働大臣、環境問題は環境大臣で、宗教は多分、文部科学大臣の管轄だったと……。もちろん、技術の進歩や制度の変遷で、今と未来じゃ、業務の量や内容は違うんだろうけれど……」
私の答えに、場が騒然とした。
「何をどの程度まで、各々の大臣が担当していたのですかな?」
大隈さんが、私の方に身を乗り出した。
「ごめんなさい大隈さん、前世で、政治は大の苦手だったから、それ以上詳しくは。ただ……私も小さい頃から、山縣さんに迷惑を掛けている気がして、本当に申し訳ないと……」
出会った当初、山縣さんが建設関連の業務をしていると聞いて、「濃尾地震の救援もしやすくなるから、名古屋港を改修して、5万トンクラスのタンカーが岸壁に付けるようにしてほしい」と無茶なお願いをしてしまった。その時は「熱田の港は遠浅で、大規模な浚泄工事が必要になるから、完成に10年は掛かる。それよりまず、木曾三川の改修を完成させるのが先」と、勝先生と2人がかりで説明されたのだった。
「増宮さま……謝らないでいただきたい。この山縣、できることならば、増宮さまのご要望に、全て応えて差し上げたいのです」
山縣さんが立ち上がり、私に深く頭を下げる。
「山縣さん、無理なことがあるというのは、私も知っているから。……それよりも、今はあなたの負担を減らす相談をするのが先。でも、負担を減らすと言っても、どうしたらいいのかな……それこそ、内務省を分割しちゃう?」
「またずいぶん、大胆なことを言うねえ」
私の言葉に、勝先生がニヤリとする。
「分割などは、今の時点ではしなくてよろしいと愚考致します、増宮さま」
山縣さんは立ったまま言う。……表情がやけに硬い。
「ただ……」
「ただ?」
私が聞き返すと、
「使えない連中が、多すぎる!」
突然、山縣さんがテーブルをバン、と叩いた。
「局長級はまだいい!問題は課長以下じゃ!箸にも棒にも掛からぬ!」
「なるほど、やはり、狂介の胃痛の原因はそれか」
伊藤さんがため息をつく。
「ダメな役人が、そんなに多いの?」
私が尋ねると、
「まあな。……ま、原因はわかり切ってる。ご一新の時、ろくろく吟味もせずに役人を採用したこと。それが尾を引いてるのさ」
勝先生がズバッと答えた。勝先生以外の面々の顔が、一様に曇る。
(なるほどね……)
おそらく、政府の設立当初、前世のように、公務員採用試験なんて、やっている余裕がなかったのだろう。採用された役人の中には、もちろん、有能な人間もいたのだろうけれど、無能な人間も含まれていて、その人たちが現在、円滑な業務の妨げになってしまっているのだろう。
「じゃあ、その人たち、リストラする?」
「栗鼠、虎……?」
私の言葉に、三条さんが首を傾げた。……何と勘違いされたんだ?
「三条さん、ごめんなさい。その、無能な人たちを、やめさせたらいいんじゃないの?」
「……これまた、大胆なことを言うねえ、増宮さまは。考え付いても、そんなことおれでも言えねえや」
勝先生が私の言葉に苦笑した。
「なんで?」
「色んな縁を伝って、採用された人間が多いのさ。薩長出身の連中も多い、元幕臣もいる。だから簡単に“辞めろ”なんて言えないのさ」
「さよう。それに……辞めさせるといっても、理由が必要ですな」
松方さんが重々しく指摘する。
「そうなんですね……ちなみに今、役人の採用って、どうやってるんですか?試験はやっているんですか?」
「はい。法科大学と文科大学の卒業生は試験免除ですが、高等中学などの卒業者などは試験を受けます。どちらにしろ、3年の試用期間がありますが」
「さ、3年も?!」
伊藤さんの答えに、私は開いた口がふさがらなかった。「前世の初期研修医の研修期間だって、2年ですよ。それより長いんですか?!それに、法科大学と文科大学って、帝国大学よね?帝国大学って、各地にたくさんあったって聞いた気がしたのだけれど……」
「各地に、ですか?」
大山さんが首を傾げる。
「名大……名古屋にもあったでしょ、あと、東京、京都、大阪……九大は福岡で、北大は札幌、東北大は仙台。確か、大学受験の時に、その7校が“旧帝大”って言われていて、そこの試験の難易度は高かったのよね」
「ほう、そこまで帝国大学が増えますか……」
山田さんが呟く。
「だけど、帝国大学の数が増えても、卒業者は全員、無試験で官庁に採用しちゃうの?すごい人数になっちゃいそうですけれど」
「?!」
伊藤さんが目を瞠った。
「そうなると、帝国大学卒業者も、試験を受けさせなければならないな……」
黒田さんが腕を組む。
(試験を受けさせる……ん?)
「あ、そうだ、いいこと思いついた!」
手を打った私に、全員の注目が集まった。
「採用試験をやっているんだったら、今、各省庁にいる縁故採用の役人に、その試験を一度受けさせたらいいんですよ」
「な?!」
山縣さんが青ざめた。
「それで、試験が不合格だったら、解雇したらいいの。“自分より下の立場の人間がこなせた試験、もちろん上の立場のあなたは、合格点を取れますよね?”って」
私の言葉に、その場が静まり返った。
(あ……もしかして、まずいことを言っちゃったかな?)
戸惑っていると、
「なるほど……本当に恐ろしい」
親王殿下が呟いた。
「ちょっと、大兄さま、何が恐ろしいのですか?」
「増宮さまの智謀が、ですよ」
私の質問に、親王殿下はこう言うと、肩をすくめた。「しかし、そのように目を怒らせていらっしゃると、年相応にしか見えませんな」
「もう、勝手に恐ろしがっていてください。大体、研修医だった私に智謀なんて……」
すると、
「しかし、確かに、増宮さまの理屈は使えるな」
勝先生が右手で顎を撫でた。
(はい?)
「さよう、これを機に、文官試験の改革もできましょう。試用期間の長さには、確かに反対の声もありました。帝国大学を優遇しすぎている、という声も……帝国大学を複数設置すれば、帝国大学卒の者にも、“希望者が多すぎるから”と言って、試験を受けさせることができます」
伊藤さんまで、こんなことを言い始めた。
「帝国大学設置の予算をどこから出すか、課題が残りますがな」
「しかし松方さん、国会運営が安定し、予算案が無事に国会を通過した今、行政改革を行うには確かに適当だ。立憲自由党が主張する“民力休養”にもつながる。国会運営がよりしやすくなるというものでしょう」
松方さんと大隈さんがやり取りを始めたあたりから、私の理解は完全に追いつかなくなっていた。
それなのに、前世での公務員の身分やら、他の国の制度のことやら、根掘り葉掘り“梨花会”の面々に聞かれてしまった。可能な限りで答えたけれど、頭がすごく疲れて、布団にもぐり込みたくて仕方が無かった。
そして、翌日未明まで私の居間で会議が続き、翌日、遅く起きた私は、
「大丈夫だったか、章子?昨日、夜遅くまで、高官たちに叱られていたようだが……」
と、皇太子殿下にものすごく心配されたのだった。
「で、結論が出ましたよ」
小正月が近づいた頃、伊藤さんと山縣さんと井上さんが、揃って花御殿にやってきた。
「井上さん、結論って?」
「正月に、この居間でやり合ったじゃないですか。文官試験の改革と、無能な役人の解雇案。あれ、増宮さまの原案に手を加えながらやることにしました」
(な、なんだってー?!)
井上さんの答えに、私は椅子からずり落ちそうになった。
「役人の政治任用については、まだ検討すべき課題は残りますがな。増宮さまの世のアメリカ合衆国のように、選挙で政党が入れ替わるたびに、役人が大量に交代する方式も、あるいは最小限の政治任用にとどめる方式も、一長一短ありましょう」
伊藤さんのセリフが、正直私にはよくわからなかった。
「あの、松方さんが言っていた、帝国大学の複数設置に伴うお金の捻出については……」
「もしかすると、帝国大学なら“金を出すから誘致したい”という道府県が出るかもしれません。次回の地方官会議の話題に、出してみようと思います」
山縣さんが力強く言った。
「ところで、山縣さん、体調はどうですか?」
「ああ、おかげさまで。聞多さんが、優秀な秘書官を、内務次官として回してくれたので、仕事がはかどっていますな」
「それは良かったです。……あ、私、そろそろ行かないと」
「どこへ、ですか?」
「ニワトリ小屋です。これから掃除の手伝い!じゃあ、失礼します!」
私はそそくさと椅子から立ちあがって、居間を出た。
高官たちは高官たちでやることがあるように、私も私でやることがあるのだ。
まあ、政治の話に、巻き込まれたくないだけなのだけれど。
けれど、この時の私は、気が付いていなかった。
この正月のやり取りが、後々、様々な方面に影響を及ぼしていくことに……。
勝先生の死因が脳溢血(脳出血)、黒田さんの死因が脳出血なので、このお二人は、ちょっと血圧高めなんだろうなあ、と解釈しました。
山田さんの死因も脳溢血です。暗殺説、事故死説もあるのですが……、主原因は脳溢血ということで解釈しています。頭蓋骨に傷がついていたという話もあるのですが、どういう機転でついた傷なのかわからないしなあ……(刺されたのかもしれないし、倒れたところに尖ったものがあって、それで頭を突き刺したのかもしれないし)
山縣さんの胃腸病みについては、伝記(公爵山縣有朋伝)に拠りました。しかし、野菜はすり潰して食べ、野菜の大きな繊維は、いちいち毛抜きで取ってから食べていたって……。すごく手間暇がかかりそうだ。
そして……あれ?これ、建艦詔勅出さなくても、戦艦建造できるんじゃね?




