飛行実験
1898(明治31)年4月4日月曜日、午前11時。
「お久しぶりです、田中舘先生」
国軍の習志野演習場。華族女学校の春休みを利用して、兄と御料牧場に出かける途中でここに立ち寄った私は、東京帝大理科大学物理学教授の田中舘愛橘先生に挨拶していた。
「今日は、楽しみにしています」
私が微笑すると、
「いや、こちらは緊張しているのですよ……」
そう言って、田中舘先生は頭を掻いた。
田中舘先生と、東京帝大工科大学の造船学助教授だった寺野精一先生、そして、飛行器の考案者である二宮忠八さんが、習志野で飛行器の研究を始めてから、5年以上の月日が経っている。ちょうど5年前に、この習志野演習場で、私は飛行器の模型の飛行実験を見せてもらった。この5年の間に、電池式の扇風機を使った風洞実験を重ね、飛行器の設計が完成した。更に、飛行器に使う内燃機関……つまり、エンジンのことだけど、それも、国軍省が購入した自動車のエンジンを参考にしながら、田中舘先生と寺野先生が開発した。20馬力ほど出せるそうだ。
「リリエンタールの飛行も見に参りましたが、内燃機関での飛行にいよいよ挑戦するかと思うと……」
「大丈夫ですよ、田中舘先生。それに、二宮さんもグライダー飛行を頑張ったんでしょう?」
リリエンタールは、ドイツの飛行実験家で、グライダーでの飛行に成功した人だ。2年前に飛行実験中の事故で亡くなったけれど、その前に、田中舘先生と寺野先生と二宮さんは、彼の飛行実験を観覧しにドイツに渡っていた。そして、その後二宮さんは、田中舘先生と寺野先生にグライダーを設計してもらい、演習場内の高さ10mほどの丘から、彼と同じような飛行実験を繰り返し、空中での感覚を少しでも掴もうとしていた。
と、
「ついに、ですな」
そう言いながら、私の後ろから、国軍大臣の西郷さんが現れた。今日は珍しく、海兵大将の軍服を着ている。その隣に立っている国軍次官の山本さんと参謀本部長の児玉さんも、もちろん軍服姿だった。
「はっ」
田中舘先生が、西郷さんたちに向かって最敬礼した。
「頑張って下さい、先生」
「ありがとうございます、西郷閣下」
西郷さんに答える田中舘先生の声が緊張している。それに一つ頷くと、西郷さんは私に「増宮さま、そろそろ観覧席に戻りましょう」と声を掛けた。
「大演習でもないのに、大臣と次官と参謀本部長が演習場に揃っちゃって、大丈夫なんですか?これ、一応、極秘扱いの実験ですよね?」
西郷さんについて歩きながら、私が尋ねると、
「何、俺は騎兵学校の視察に来ただけです」
彼は悪戯っぽく微笑んだ。騎兵学校はここ、習志野に校舎がある。
「私も、第2軍管区の視察から帰る途中、たまたまこちらに寄っただけです。増宮さまと皇太子殿下も、御料牧場に向かわれる途上、演習場で昼食をとるために立ち寄られただけ、ですしね」
児玉さんもこう言いながら、ニヤニヤ笑っている。
「俺は休暇を取って、成田山に参詣に行く途中、ふと思い立ってこちらを尋ねた、ということになっております。十分に、秘密は保たれているかと」
山本さんが真面目な表情で頷いた。
「はぁ……でも、役所の方は、上層部が3人揃っていなくても大丈夫なんですか?」
「それは大丈夫でしょう。斎藤がおりますから」
「斎藤さん……?」
西郷さんの言葉に私が首を傾げると、
「斎藤実。国軍省の大臣官房長でして、こいつが非常に良く出来る奴なのですよ。飛行器も、奴が産技研と国軍の技術を結集させたから出来たようなものでして」
児玉さんが嬉しそうに答えた。「以前は“富士”の副長をしていたのですが、作戦がずば抜けて分かるのです。それに、部署間だけでなく、他の官庁との調整も出来る。出来ることがたくさんあるので、かえって配置に困るのですよ。後に総理大臣になるというのも納得しました。今日も連れて来たかったのですが、流石に奴まで不在となると、国軍省の業務が回らなくなりますので……」
(ああ……)
児玉さんの言葉で、私も思い出した。斎藤実さん。“史実”では、海軍大臣を長く務めたけれど、ジーメンス事件で辞職した。原さんが総理大臣をしている時に朝鮮総督に任命され、犬養毅さんが暗殺された五・一五事件の直後に、総理大臣にもなった。その後、内大臣に就任したのだけれど、二・二六事件で、高橋さんとともに暗殺されてしまった。
「源太郎は齋藤を見出だしてからというもの、非常に生き生きしておりまして」
山本さんが児玉さんを見ながら苦笑する。
「しかし権兵衛、俺の作戦の話を、あれほど理解できる奴はそうそういないぞ。海のことしか分からないだろうと思ったら、陸のことも空のことも、おまけに政治のことも分かる。あれは、将来の国軍を背負って立てる人材だ」
「お前は本当に齋藤に惚れ込んでいるな。“増宮さまに戦術を教え込みたい”などと意気込んでいた時期もあったのに」
「何、それも忘れてはいないぞ、権兵衛。増宮さまは近頃、孫子をお読みになっているとか。俺も是非、増宮さまと一緒に孫子を読みたいのだ」
(謹んで遠慮させていただきたいなぁ……)
児玉さんの言葉に、私は苦笑いを浮かべた。兄に教わりながら、ちょうど先月の末に、孫子を読み終わった。取り敢えず、戦争にお金がかかるというのは、今も昔も変わらないということは分かった。そして、“敵の一鍾を食むは、吾が二十鍾に当たる”……要するに、“相手の食料を奪って食べることは、相手にとっての大ダメージになる”と孫子は言っているけれど、私の時代なら、“残虐な略奪行為だ”と敵国に批判されて、その評判が世界中にまき散らされ、かえって自軍へのダメージになるのではないか、という感想を持った。ただ、読んでいて分かったのはそのくらいで、あとの箇所は、言葉は分かるけれど、上手く納得が出来なかった。兄に分からない所を聞いても、
――梨花にそう言われると、俺も分からなくなってきた……。
と、何だか不思議な答えを返されてしまい、結局、孫子が本当に優れた軍略書なのか、分からないまま読み終わったのだった。
「おや、増宮さまは、嫌そうな顔をされていらっしゃるが……」
西郷さんが私の顔を覗き込んだ。「児玉のことが嫌いになりましたかな?」
「そんなことはありません、西郷さん。私が嫌いなのは孫子です」
「……それはそれで、少し辛いですが」
私の言葉を聞いた児玉さんが、軽くため息をついた。
「ごめんなさい、児玉さん。でも……うーん、孫子、読んでいて分からないところが結構多かったんです」
「ああ……増宮さまの時代では、孫子は廃れておりましたか。やはりドイツ式やイギリス式の軍事学の方が……」
児玉さんと同じように、山本さんがため息をつく。
「いや、私の時代、徴兵制じゃなかったし、私は現代軍事マニアじゃなかったから、そういうことすら……」
わからない、と答えようとして、頭の片隅に、何か引っかかるものがあった。目をつむって集中し、その違和感を必死に表に引きずり出す。そうだ、あれは確か、前世の本屋で……。
「ビジネス書……かな?」
眉をしかめながら答えた私に、
「何ですか、それは?」
と西郷さんが不思議そうな顔で尋ねた。
「ええと、説明するのが難しいけれど、商業活動一般についてのコツを書いた本、と言えばいいと思います。たくさんの種類が売られていたんですけれど、その中に、孫子の兵法を活用する、って本がいくつかあったような……」
しどろもどろになりながら、私は説明する。ビジネス書なんて、医学生や研修医が触れる機会は殆どないのだけれど。
すると、
「増宮さま」
児玉さんの目が何故か輝いた。
「増宮さまは、孫子をどなたとお読みになりましたか?」
「兄上ですよ」
「なるほど」
児玉さんは頷いて、「では皇太子殿下は、どなたと孫子をお読みになったのでしょうか?」と更に私に尋ねた。
「漢文の三島先生だと言ってました」
そう答えると、児玉さんがニヤリと笑った。
「それならば増宮さま、今度、私と一緒に孫子を読みましょう」
「え?」
突然のセリフにキョトンとしていると、
「恐れながら、三島先生のご専門は戦術ではなく、あくまで漢文です」
児玉さんはこんなことを言った。「実際的な戦争の知識も、孫子の理解の助けになります。恐らく、増宮さまにも皇太子殿下にも、それが必要かと」
私は、ただ顔に微笑みを浮かべることしか出来なかった。なるべくなら、孫子はもう読みたくないのだけれど、児玉さんからは逃れられない予感がする。恐らく彼は、我が有能な臣下に手を回して、自分の目標を達成してしまうだろう。
(兄上が“俺は分かる”って突っぱねればいいけど……望み薄かなぁ……)
「では、皇太子殿下と大山閣下と伊藤閣下に、連絡させてもらってよろしいでしょうか?」
私は硬い微笑みを顔に張り付けたまま、児玉さんの言葉に黙って頷くしかなかった。
演習場の一角には、今日の飛行実験の観覧用に椅子が並べてあった。真ん中にある2脚の少し立派な椅子は、私と兄のためのものだろう。既に兄はその一脚に座っていた。その横に、大山さんと一緒に、長身の男性が立っていた。兄と何かを話している彼は色白で、とても鼻が高いのが遠目にも分かった。ヨーロッパの人だろうか。
「西郷さん、今日の実験って極秘扱いですよね?外国の軍人がいて大丈夫なんですか?しかも、兄上に話しかけて……」
隣を歩く西郷さんの服の袖を思わず引っ張ると、彼は大きく口を開けて笑い始めた。
「ちょっと、西郷さん?!」
西郷さんを軽く睨み付けると、
「ああ、申し訳ありません、増宮さま」
西郷さんは私の頭を軽く撫でた。
「あれは、騎兵学校の校長の秋山です」
「ええと、騎兵学校の秋山さんというと……」
「海兵の秋山の兄です」
山本さんの言葉に、「でしたね」と私は頷いた。秋山好古さん。“史実”の日露戦争で、騎兵を率いて活躍した人である。
兄の側まで歩いていき、秋山さんに初対面の挨拶をすると、向こうは一歩下がって私に最敬礼した。西欧人を思わせる風貌だけれど、着ているのが騎兵大佐の軍服なので、ようやく彼が日本の軍人だと分かった。
「先ほど、増宮殿下の乗馬姿を拝見いたしました。とても堂々としていらして、お上手でした」
秋山さんの言葉に、「ありがとうございます」と私は素直に頭を下げた。津田沼駅からこの演習場まで、汽車の貨物室に載せてもらった愛馬の“繊月”に乗ってやって来た。馬に乗る練習を始めて5年目に入り、長時間馬に乗って移動することもできるようになっている。
「しかし、その変わった女袴は、一体……」
「ああ、秋山さん、これ、袴じゃなくて、ディバィデッド・スカートなんです」
私は、母が新しく作ってくれた桃色のディバィデッド・スカートをつまんで見せた。ちなみに、上に着ているのは、同じく母が縫った白いブラウスなのだけれど、胸元にフリルがたくさんついている。“この方が可愛い”と母は断言したのだけれど、ゴテゴテし過ぎて、シンプルなデザインが好きな私は余り気に入っていない。
「なるほど、それならば、二股に分かれているので乗馬もしやすい、という訳ですか」
頷く秋山さんの隣で、
「昔は、馬の稽古の時は男装していたがな」
椅子に座った兄が、微笑しながら言った。
「野外活動服が小さくなっちゃったから、今はしてないけどね」
親王殿下に作ってもらったコスプレ衣装……じゃない、野外活動服は、身体が成長したら合わなくなってしまった。布地に余裕が無くて直すのも難しく、昨年、泣く泣く処分した。今回の御料牧場行きでは、佐倉城と本佐倉城にも馬で行くので、新しい野外活動服を仕立てたかったのだけれど、輔導主任の伊藤さんに猛反対されたので、仕方なく、ディバィデッド・スカートを母に縫ってもらった。
(でも、これだと、裾を低木の枝に引っ掛けて裂いちゃう可能性も上がるから、本当はスラックスがベストだよなぁ……)
そう思っていると、「増宮さま」と声が掛かった。大山さんだ。
「そろそろ、御着席を。準備が整ったようです」
「わかった」
私は秋山さんにもう一度頭を下げると、兄の隣の椅子に腰かけた。
「春らしい色のお召し物で、よくお似合いになっておられます」
腰を下ろした途端、大山さんが私の左耳に囁きかけたので、私は目を見開いてしまった。
「ちょ……何よ、いきなり……」
「梨花さまが、こちらに到着されてすぐに田中館先生の所に行ってしまわれて、申し上げる機会がございませんでしたので」
「だ、だから、やめてよ、大山さん……」
小さな声で抗議したけれど、大山さんは優しい囁き声を止めてくれない。
「先ほどの乗馬姿は、まさに一国を代表するプリンセスに相応しい、優雅でお美しく、堂々たるものでした」
我が有能な臣下が微笑する気配を感じた瞬間、なぜか身体が一気にかぁっ、と熱くなった。
「増宮殿下、いかがなさいましたか?」
秋山さんが駆け寄ろうとするのを、
「秋山大佐、大丈夫だ。武官長に遊ばれているのだろう」
兄が苦笑しながら手で制した。
(だったら助けてよ、兄上……)
兄を軽く睨み付けた時、エンジンの音が微かに聞こえてきた。
――エンジン回せー!
遠くから、田中館先生が叫ぶ声も聞こえる。右手前方に、田中館先生が設計した飛行器が見える。骨組みと翼のみの簡素な機体には、舵と翼を操る何本かのワイヤーが張り巡らされていた。機体の前方につけられた大きなプロペラは、次第に回転数を上げていく。2枚の翼の真ん中には、腹ばいになって操縦桿を握りしめている二宮さんが見えた。後部の方向舵や昇降舵、主翼にある補助翼を動かし、機体の最終チェックをしているようだ。
――よし、ばっちりだ!風向きの測定を!
寺野先生の声が聞こえるやいなや、白い旗を持った軍人さんが、飛行器の前方に飛び出した。観覧席の周囲でも、国軍の写真班が活動写真の撮影を始め、カメラのシャッターも切り始める。
地面に立てられた高さ5mほどの棒の先についた吹き流しをじっと見つめていた軍人さんが、右手の白い旗を高々と上げ、滑走路の外に走った。
――向かい風だ!二宮君、行くんだ!
――はい!
田中館先生に、二宮さんが応じると、飛行器の機体がゆっくりと前に進み始めた。次第に速度を上げ、機体が私たちの前を通り過ぎる。そして、……機体がふわりと宙に浮いた。
「おおっ!」
「飛んだ!」
観覧席が一気に騒がしくなる。
「飛んだ!飛んだぞ!」
隣に座る兄が立ち上がった。
「うん、飛んだね、兄上!」
私が兄に答えている間、飛行器の機体は2m弱の高さまで上がり、すぐに地面に着地した。
――飛行距離、45m!
遠くから、国軍の測量班の怒鳴り声が届くと、観覧席はまた大騒ぎになった。
「世界初、かな……?」
「恐らくは」
大山さんが頷く。表情は動いていないけれど、嬉しさが雰囲気から伝わってきた。
「私の時代では、飛行器はもっと高く飛べた。もっと航続距離も長かった。高度も低いし、飛べた距離も短いけれど、これは、大きな一歩なのよね……」
実験を終えた飛行器に、走ってきた田中館先生や寺野先生が取りつく。破損していないか、チェックをしているのだろう。その光景を遠目に見ながら、私は小さく呟いた。
「仰せの通りでございます。ここからまた、技術が進展して、梨花さまの時代に少しずつ近づいていくかと」
「本当に楽しみだね、大山さん。私の生きている間に、ヨーロッパか、せめて北京や沖縄ぐらいまで、飛行器で日帰りできるようになるといいな」
「北京や沖縄……、梨花さま、紫禁城と首里城に行かれるおつもりですか?」
「バレたか。だって、両方とも、前世で行けなかったし、首里城は今なら、沖縄戦で焼けちゃった昔からの建物が残ってるはずだし……」
大山さんと小声で話していると、
「あれがもっと高く、もっと長く飛べるようになれば、戦術がまるで変わってしまいますな」
兄の側に立っていた秋山さんが言った。
「うむ。飛行器に無線機を乗せることが出来れば、飛行器で偵察できたことを地上の軍に伝えることができるだろう」
兄が嬉しそうな顔で秋山さんに答える。無線の使用可能な距離はだんだん伸びており、今では3、4km離れたところでも通信が可能になっていた。
「飛行器に爆弾が搭載可能になれば、それを落として地上を攻撃することも可能になりますが……」
大山さんの言葉に、
「そうだね。医者になりたい、城郭マニアの私としては、使う機会が無いことを祈りたいけれど、そのことは考えないといけないね」
私は軽くため息をついた。太平洋戦争中の空爆により、“史実”でどれほどの数の人命と、貴重な城の遺構が失われてしまったことか。思い出すのも恐ろしい。
「“戦車”ですか……装甲自動車の研究も進めなければなりませんな」
秋山さんが言う。「この飛行器より、もっと馬力のある内燃機関が必要でしょうが、これで、騎兵部隊並みの速度で動ける、打撃力があり、なおかつある程度の防御力を持つ部隊が完成すれば……」
「それでまた、戦術が変わる、か」
兄が秋山さんに微笑んだ。「足回りの問題など、解決する問題は多々あるだろう。使うことがなければよいが、万が一のことは考えなければならんな」
(そうだよな……)
日清戦争、米西戦争……“史実”では起こった戦争は、この時の流れでは起こっていない。けれど、世界中を見渡せば、戦争の火種は色々と転がっているのだろう。戦争のせいで、人が寿命を全うできずに、理不尽に傷ついたり死んだりするのは、可能な限り防ぎたい。けれど、日本がもし、戦争に巻き込まれることになるならば……。
(兄上を全力で守りたい。それだけじゃない。甘いと言われても、可能な限り、医者として、ううん、上医として、傷ついた人たちを助けたい……でも、それって、どうしたら?すぐに治療が出来るように、最前線・国内問わず補給を万全にしたり、傷病者を金銭的に助ける制度を作ったり……。でも本当は、そういう人たちが出ないようにすることが一番なんだよな……)
「増宮さま」
我が有能な臣下の声に、私は閉じていた目を開けた。
「いかがなさいましたか?」
大山さんが、私の目を覗き込んでいる。その、優しくて暖かい瞳の光が、思考が先走って騒めいた私の心を、次第に鎮めていく。
「ありがとう、大山さん。……少し、考えが飛躍し過ぎただけ」
「そうでしたか。それはよくありません」
私の返答に、大山さんは苦笑して、口を私の左耳に近づけた。
「ご心配なさいますな。俺は梨花さまの臣下でありますゆえ、何があっても、悪いようには致しませぬ」
優しい囁き声が聴覚に流し込まれた瞬間、波立っていた心の水面は、鏡のように静かになった。
「うん……じゃあ、存分に頼らせてもらうね」
大山さんに頷くと、
「ふ……羨ましいが、俺はまだ、修業が足りないようだな」
いつの間にか私に目を向けていた兄が、私と大山さんを見ながら苦笑していた――。
※かなりご都合主義ですが、数年前に実験がスタートしていた飛行器が、ついに形になりました。向かい風での発進なので、参考記録になる可能性はありますが、開発させるエンジンの馬力をある程度押さえたかったので、敢えて飛行に有利になる向かい風発進にしました。(ライト兄弟の最初の飛行機・ライトフライヤー号のエンジンは12馬力だそうです)作中で数年開発に掛けた(プラス、国軍大臣官房長が頑張ってしまった)とはいえ、エンジンの発展速度が速すぎるかもしれませんが、そこはフィクションということでご勘弁ください。
しかし、作中、飛行機は、原案を作った二宮さんに敬意を表して“飛行器”にしていますが、そうなると“機体”じゃなくて“器体”でしょうかね?
※あと、無線の方も、実際には1897年に、日本で2km弱離れた通信に成功していますので、こちらもこのぐらいはいいかな、という感じで投入しています。




