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転生内親王は上医を目指す  作者: 佐藤庵
第2章 1889(明治22)年大寒~1889(明治22)年雨水
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引っ越し

 私が花御殿に引っ越すまで、あと10日余りとなった2月11日、皇居で、大日本帝国憲法の発布式が行われた。

 そして、それとほぼ同時に、大事件が起こった。

 文部大臣の森有礼(もりありのり)さんが、発布式に出席するため、自宅を出ようとしたところで、暴漢に襲われて、重傷を負ったのだ。

 堀河さんのお屋敷で、いつものように本を読んでいたら、

――えー、ごぉがぁい、えー、ごぉがぁーい。

と、お屋敷の外から、鈴の音とともに、号外売りの声がした。

(憲法の発布式のことかな?)

と思っていたら、

――森大臣が襲われた?!

――あの不敬の(やから)に、とうとう天罰が下ったか!

と、号外を受け取った人たちが叫び出したから、本当にびっくりした。

 慌てて、お屋敷の職員さんに、号外を買いに行ってもらうと、確かに、“森大臣遭難”と見出しに書いてあった。

 デマだろうと思って、発布式から帰ってきた堀河さんに確認したら、デマじゃなかったし……。

 結局、彼は翌日亡くなったのだけれど……前世(へいせい)の教科書に、森大臣暗殺って載っていたかな?記憶にない。

「ねえ、爺……前世も、バスジャックとか無差別テロとかで、物騒だったけれど、この時代も物騒ですね」

 “花御殿”への引っ越しを翌日に控えた日の夜、私は堀河さんと、二人きりで話していた。

「そうかもしれません。つい数十年前までは、刀を差した武士が、闊歩しておりましたからね」

 堀河さんは頷いた。

「しかし、増宮さまは、先日、これからも、このような物騒な事件が起こる、とおっしゃっていましたね」

「そうなんですよね……」

 前世の史実だと、外務大臣の大隈さんが、右翼の活動家に爆弾を投げつけられ、右足切断の重傷を負うのが、今年の10月だ。幕末に、幕府と列強との間に結ばれた不平等条約の改正、そのやり方が国民の怒りを買った結果である。

 条約改正案の中にあった、“裁判官に外国人判事を入れる”という条件が、イギリスのマスコミにリークされ、報道された。その内容が日本に伝えられると、“外国人の判事による裁判を受けることになるとは、憲法違反になる”と国民の怒りを招いてしまった。その国民感情が、大隈さんの襲撃へとつながったのだ。

――先生、憲法を作ってる最中なのに、憲法違反の可能性に気が付かないって、おかしくないっすか?

 前世で、日本史の家庭教師をしていた時に、バイト先の生徒にこう質問され、私は答えることができなかった。

 なので、後日、参考書や資料を確認したところ……とんでもないことが分かった。

――私も、前世の憲法ってどんなものだ、と言われても、全部を暗唱なんてできないから、人のことは言えませんけれど……。条約改正も国家の一大事ですけれど、憲法を制定するのも、どう見ても国家の一大事ですよね?その二つが、まったく別々に進んでいて、しかも相互に確認されてなくて、それが原因で条約改正も頓挫して、内閣崩壊寸前って……。授業の時に、生徒に説明するの、本当に困ったんですよねえ……。

 “授業”の際、堀河さんに抱っこされた私が、こう言ってため息をついた時、顔を赤くしたのは、井上さん、伊藤さん、大隈さん、黒田さんあたりだったか。

 黒田内閣全体の方針として、憲法制定は伊藤さんの担当、条約改正は大隈さんの担当、と決まっていたこと。

 初代外務大臣の井上さんが、外国人判事の採用を、条約改正案に含めたこと。

 自由民権運動にくさびを打ち込みたいという政治的な思惑から、自由民権運動の中心人物の一人であり、政敵(ライバル)でもある大隈さんを、外務大臣に就任させるよう、伊藤さんが尽力したこと。

 大隈さんが、憲法制定のために開催されている枢密院の会議に出席せず、井上さんから引き継いだ条約改正案が、憲法違反になってしまう可能性を、把握できなかったこと。

 黒田さんが、何としてでも条約を改正しようとして、総理大臣の権限を、強引とも取られかねないレベルで、フルに使ったこと。

 それらが重なりあい、憲法発布された数か月のち、内閣は、高官が互いに対立しあって、統治不能寸前にまで至ったらしい。

 結局、天皇(ちち)が直接調停に乗り出し、“総理大臣以外留任、内大臣の三条さんが総理大臣を兼ねる”という荒業で事態を乗り切った――というのが、前世での史実だった。

 でも、……“授業”を聞いた大隈さんは、その後、枢密院での憲法論議に、かなり積極的に参加していた。

 そして、条約改正案から外国人判事の採用の文章は削られ、去年の11月に、メキシコとの間に、対等な条約を結ぶことに成功していた。これを足掛かりにして、列強との条約改正に臨む、ということだった。

 “授業”の翌日、青ざめながら堀河さんのお屋敷にやってきた大隈さんに、私は、「情報を外部に漏らさないことを、外務省や大使館の職員にも徹底しておくように」と、更に進言しておいた。

 おそらく、これで大隈さんの“死亡フラグ”は、折れただろう。

 もう一つ、大きな襲撃事件は、再来年の5月に起こるはずの大津事件だ。

 日本旅行中のロシア皇太子が、警備中の警官に襲撃され、国際問題に発展し、条約改正の交渉がそこで頓挫してしまった。

 何としてでも回避したいけれど、せっかく来ようとしている列強の皇太子に「来るな」なんて言えないし、これ、どうやってフラグを折ったらいいんだろう……。

「あまり心配なさいますな、増宮さま」

 堀河さんが微笑した。

「政府高官の全員が、愚か者ということはありません。増宮さまのお言葉で、高官(かれら)も、だいぶ変わったように見受けられます」

「そうなのかな?」

 まあ、堀河さんの言う通り……今現在は、内閣の各部署が、なんとなく、連携がうまく取れている気がする。

 けれど、その内閣を構成する大臣たちが、事あるごとに、私宛に、お菓子や本を贈ってきたり、「近くまで来たから」と言って、このお屋敷に上がり込んで、私と話をしていったり、というのは、一体どういうことなのか……さっぱりわからない。

(まさかとは思うけど、これって、もしかして、ゲームでたまにある、“逆ハーレム”ってやつなのかな?)

 前世では、恋愛経験は全くない。ブスと陰口をたたかれたことも、美人とちやほやされたこともない、ごく平凡な容姿だったこともあってか、男友達はいても、そういった“ご縁”には、とんと恵まれなかった。

 だから、男性が、こんなにしょっちゅう、私に会いに来る、という現在は、前世と今生を合わせて、生まれて初めて体験する“モテ期”……と言っていいのだろうか?

 しかし、これが“逆ハーレム”だとして……メンバーが、いい年をしたおじさんばかり、というのは、絵的にはどうなのだろう……。

(かっこいい王子様が、現れてくれれば最高だけれど……まあ、そんな上手くいくはずないよねえ……)

 ため息をつくと、

「増宮さま、いかがなさいましたか?」

堀河さんが、私に声をかけた。

「ああ……ごめんなさい、考え事をしていました」

 私は堀河さんに笑顔を向けた。

 この世界に転生してから、最初に会ったのが堀河さんだ。

 彼と両陛下(りょうしん)が、私が、前世(へいせい)から転生したという事実を受け入れてくれたからこそ、私はここまでやってこられたのだと思う。

「爺、今まで、色々ありがとうございました。でも、爺……いくら養育係が私に付いたって、爺はあなた一人です」

「増宮さま……」

「あの……爺、お願いがあって」

「なんでしょう?」

「私、まだ、この時代に慣れていないから、花御殿で、上手くやって行けるか、不安なの」

 花御殿で同居する明宮(はるのみや)殿下は、おそらく、“史実”の大正天皇だ。

 私とは、3、4歳、年齢が違うだけだ、と聞いた。

 だけど、将来、皇太子となり、そして、天皇となる人と、同居するなんて、……畏れ多すぎて、何かやらかしてしまうのではないか、とても不安なのだ。

「だから……、だから、もし、本当に困ったら、爺を頼っていいですか?」

「もちろんでございます」

 堀河さんが微笑した。「爺はいつでも、増宮さまの味方でございます。ですから、増宮さまは、できることを、おやりになってくださいませ」

「ありがとう、爺……」

 私は、爺に、深々と頭を下げた。


 2月24日、私は、赤坂の花御殿に引っ越した。

 建物の玄関を入ると、「来たか!」という、大人にしてはやや高い声が聞こえた。

 そこに待ち構えていたのは、きりっとした顔立ちの、少し繊細そうな、洋服を着た10歳くらいの少年だった。

「ええと、明宮(はるのみや)殿下でしょうか?妹の、章子と申します。以後、よろしくお願いいたします」

 頭を下げると、

「“兄上”でよい。兄妹(きょうだい)なのに、そう形式ばるな」

明宮嘉仁(よしひと)親王――私の兄――は、微笑した。

「では、……兄上、以後よろしくお願いいたします」

もう一度私が頭を下げると、

「うむ!」

殿下は、満足そうに頷いた。

 これが、私の生涯に、大きく関わることになる、兄、嘉仁親王との出会いだった。



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― 新着の感想 ―
[気になる点] 未来の知識を持っているんだから人が集まるのは当然でしょう。そんなことすら分からない主人公が前世で研修医だったというのは無理があると思います。
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