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3度目

 元の時間へ戻った俺は、今度は夕子が入院していないことを知った。学校へ来ていたからだ。朝に会うと挨拶あいさつしてくれた。ありがとう、とも言われた。その時はきれいな笑顔だったが、その後学校へ入っていった後の様子を見ると、何だか少し暗い。俺は三度過去へ戻った。今度は何時なんじにどこへ行けば良いのか、かなり正確に分かる。


 俺はひとり残ってロングシュートの練習をしている夕子を見つけた。顧問の西園にしぞのも居て指導している。夕子は背が低く、パスを回したり、ドリブルで抜いたりするプレーが多かった。夕子は当時直接得点が少なかったらしい。自分でももっとシュートをして得点を取りたいという目標があったのだろう。俺は体育館の外の上の窓から様子をうかがっていた。前にヨシオに見つかった時に居たのと同じ場所だ。俺や他の部、バスケ部も他の部員達は帰ってしまったようだ。


 ようやく練習を終えた夕子は荷物を取りに更衣室へ行った。外は翌朝雪が降っただけあり、震えるような寒さだった。俺も強くはなっても、猫だけに寒さは少し苦手だ。


 そのとき夕子の悲鳴がした。俺は屋根を走って下へ飛び降り、全速力で体育館の玄関へ走りこんだ。もっと近くで様子を見るんだったと後悔したが、女子更衣室に近づくことに何となく抵抗があったせいかもしれない。もし俺がついでにのぞきをしようなどとたくらんだとしても、化け猫がうるさくて困っただろうけど。俺は出てくるまで待てばいいと思っていた。どうせ荷物を取りに戻るだけだろうから。運動部系の連中は部活の後ジャージやユニフォームなどでそのまま帰ることが多い。・・・あ。そういえば夕子今日は帰ってくる時制服だった・・・


 夕子のか細い悲鳴が聞こえている中、俺はものすごい勢いで、ためらいなく女子更衣室の扉を開け放った。


 夕子を襲っていた男は驚いて振り向いた。明かりをけるまでもなく俺には全部見えていた。・・・西園だった。覆面はしていたし、さっきと服装も違う。その上暗かったが、それでも俺にはすぐ分かった。西園は俺を見て明らかに怯えた風だった。俺はこのとき自分がどんな顔をしていたか覚えてない。西園には俺の表情まではよく見えていなかったかもしれないけれど。自分の立場のまずさにブルっていただけだと思う。


 西園は変な声を上げてから、俺の横を走り抜けて逃げようとした。俺は考える前に足が動いて、絶妙のタイミングで西園の足を刈った。刈る、というにはあまりにさりげなくて速く、軽い動きだったが。


 気持ちよくふっとんだ西園は顔面からランディングし、そのまま床をなでながら滑っていって、思いっきり入り口の脇の壁に頭をぶつけて動かなくなった。


 「夕子」


 「は・・・はい」


 「外で待ってる。一緒に帰ろう。いえまで送るから」


 俺はこんなところにあってはおかしい者の襟首えりくびつかまえて、職員室の方へ引きずっていった。そして宿直室を開けて文字通り放り込んで体育館へ戻った。どうも今日はこいつが宿直だったらしい。それであんなことをしていたとすれば・・・あまりに下衆ゲスいな。


 気は失っていたが、幸い・・・なのか分からないが、西園は大した怪我もしていないようだった。西園は最低な奴だが、あの時すっと逃げてくれて良かったと思う。もしあのまま余計な事を言ったり、夕子に何かしていれば、俺はこいつを殴っていたかもしれない。しかも感情にかられて不適切な力加減で。まあそれはそれで良かったような気もするけど。


 「あの・・・助けてくれて・・・ありがとう」


 うなずいた俺は、遅いから早く帰ろうと言って、校門まで来た。そこで、もう一人の俺がこちらへ向かっていることを思い出した。


 「まずいな・・・」


 「えっ?」


 「俺が来るんだった。夕子を迎えに」


 ついあせって馬鹿な事を口走ってしまった。今日の俺は本当にどうかしている。夕子のことに気を取られ過ぎて、自分と鉢合わせになる可能性を忘れていた。先に過去へ戻った俺が、夕子の帰りが遅いのに気が付いて・・・というかさらに先に過去へ戻った俺に起こされて・・・もうかなりややこしくなってきてるな。


 「何言ってるの。あなたは・・・タクヤはここにいる・・・んじゃないの? ・・・えっと・・・タクヤって何人もいるの?」


 「えーと・・・今日だけ? 4人ぐらいいるかな」


 もうほとんどヤケクソだ。


 「いつもは一人なの?」


 「えー。まあそりゃ」


 「もしかして私が知ってる・・・というか幼稚園からの幼馴染おさななじみのタクヤって、あなたとは違うの?」


 「・・・いや俺は一応本物のタクヤなんだけど」


 一応って何だという突っ込みが自分でも浮かんだ。それに「俺は」じゃなくて「俺も」だろうな。俺の偽者なんていやしない。・・・まあ強いて言うなら化け猫の憑いた俺は、純粋な「タクヤ」からすると、偽者というか化学でいう混合物みたいなものなのかもな。・・・もしかして俺って今まで夕子にそんなふうに思われていたんだろうか。夕子は校門の前で立ち止まって考え込んでいる。腕組みして首をかしげている様子が可愛らしい。でもそんな夕子を眺めている場合ではなかった。校門を出た左手の道から、こちらへ向かって俺が走ってくる音が聞こえる。幸いまだ距離はあり、向こうはまだこちらに気づいていない。でも俺が校門に着くまでもう1分かからないだろう。慌てて俺は夕子の両肩を軽く叩いて言った。


 「じゃあ、ね。俺が迎えに来るからここで待ってて。あまり俺が困るようなことは聞かないで上げて」


 夕子の厄介な質問に何て答えたものか絶句ぜっくしている俺の姿が浮かぶ。少しのの後、何がおかしいのか夕子は笑ってうなずいた。俺は後は俺にまかせて全速力でその場を去った。待ってと言いかけて、そのまま語尾が驚きで上がっていく夕子の声が聞こえた。


 俺は校舎の屋上から、迎えに来た俺と一緒に帰る夕子の姿をずっと眺めていた。


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