5話
それから数日が経った朝にニケから聞かれた。
「どう、ストレッチ続けてみた感想は?」
「あぁ、なんだか、調子がいい気がするよ。目覚めもよくなった気もするし」
そう言って僕は身支度を整え、ニケに朝食を渡した。
「んじゃ行ってきます」
「いってらっしゃ~い」
空は雲一つなく冴え渡っているというのに、僕の心はずっしりと重たい気持ちでいっぱいだ。
僕は人格だけ、中一だった頃の自分に移し込まれている。
記憶はというと、勉強や運動の経験値は全てリセットされた状態だ。過去に戻って『俺天才だぜ!』なんて甘えた事はニケが当然許してくれない。だから僕は過去にやったキツい勉強や筋トレなどをもう一度経験する『苦行』を行っているのである。とはいえ前回の失敗から、勉強を今度は真剣に取り組むチャンスをくれたニケには感謝もしている。でも僕は記憶力が良い訳でない、むしろ忘れっぽい方だ。その事は自分でも、自覚して、我武者羅に勉強を以前はしていた。でも、結局成績は平凡そのものだった。
僕とは逆にこれから、部活もクラスも3年間同じになる、緑川蓮の記憶力は凄い、授業の話を一度聞いただけで、覚えてテスト前に教科書をサラッと読み直すだけの試験勉強でいつも学年で上位の成績をとっていた。それでいて、顔立ちも良く、運動神経も良い化け物だ。世の中には、もって生まれた才能の差があると当時は痛感し、自分の才能を呪い人生に悲観した。そして現実逃避の世界、妄想という何とも悲しいスキルを身につけていた。
そんな昼休み、僕が用を済ませ、教室に戻ると、蓮が女子3人に囲まれて、質問攻めにあっていた。僕からしたら代わってあげたいシチュエーションだが、アレコレと詮索されるのが、嫌いな性格なのを今の僕は知っている。だから僕は教室の入り口から「蓮、鈴木先生がお前の事、呼んでたよ」と声をかけた。
そして僕は適当に校内をブラブラしながら
「ごめん、さっきの嘘。本当は先生呼んでないから」
「え?なんでそんな嘘ついたの?」
「だって、蓮って詮索されたりするの嫌いだろ?だから」
蓮は一瞬、眉毛をピクっと動かして言った。
「…あぁ、ありがとう。でもそんなのよくわかったね。正直、そんなに、喋った事なかったのに」
いけね、まだ出会って一ヶ月もしていないんだった。
「あっ!ほら、なんか遠目で見た感じ、大変そうだったからさ」
「なるほどね、まぁありがと。正直助かったよ」
そう言って蓮は笑ってくれたので助かった。
やっぱり≪人を喜ばせる≫というのは難しい事だけど、喜んでもらえると僕も嬉しい気持ちになれる。
その事を帰ってから、ニケに報告した。
「・・・完璧よ」
「え?」
「咄嗟にそんな事を言って、友達を助けるなんて、すごい成長っぷり…」
「私、とんてもない化け物を作ってしまったのかもしれないわ」
「いやいや、そんなたいした事してないですよ~」
ニケに褒められると、とても嬉しい。この調子でいこう。
僕は褒められると伸びるタイプ、そう確信した。
「でも、あなたは大きなミスも同時に犯しているわ。わかる?」
「え?ミスですか?」
「もしかしたら嫌がるかもしれないのに、自分の思い込みで蓮を外に連れ出した事ですか?」
「そうじゃないわ。あなたは蓮君の事を知っていて、相手が何をしたら喜ぶかわかっていてやったことだし、結果喜んでいるじゃない」
「私が言いたいのは、あなたが『嘘』をついた事がよくないって言いたいのよ」
「でも、人を喜ばせる為の嘘だよ?」
「そうね、でも嘘をつくとあなたの持つ信頼貯金は確実に減るわ」
「信頼貯金?」
「人間関係において信頼関係はとても大事なの。お金を貸してもらう時なんか、正にその典型ね。信頼できる人なら貸すけど、嘘つきには貸したくないでしょ?人の内面ってのは、その信頼貯金がどれぐらいあるかでも、評価されるってことよ」
「まぁそりゃそうだけど」
「そんな訳で今回の課題は『嘘をつかないこと』に決定ね!」
「うん、これからは気をつけるよ」
「ハァ?何を言っているのよ、明日嘘をついた女の子達に謝ってきなさい」
「え、そんなぁ…別に嘘ってバレた訳じゃないのに?」
「これはあなたの心の問題なの。それに女の子は嘘つきが嫌いなの。そして噂話は好きよ。あなたは平気で嘘をつく人ってクラス中の女の子に思われたら、モテモテになんて到底なれないわ」
無茶苦茶だ。僕は天国から地獄に落とされたような気分だった。
翌日、登校して直ぐにニケに言われた通りに謝った。
向こうからしたら、嘘をつかれた事には薄々気がつき、ほんの少し反省したらしい。ついでに蓮が詮索されるのが苦手ということも伝えると、怪訝そうな顔はされたが、たぶんわかってくれた。
「…という感じでした」
僕がざっくりとニケに報告をする。
「信頼っていうのは積み上げるのは大変だけど、失うのは一瞬。そう言った意味で今後は嘘をつかない様に生きなさいね」
「はい・・・あと、質問してもいいですか?」
「なあに?」
「例えばデートの待ち合わせで待っていた時に、彼女が来て『ごめん、待たせちゃった?』って聞かれた時に、本当は1時間前に来てたけど『全然待ってないよ』っていう嘘もだめなんですか?」
「あなた彼女いないじゃない」
「いや、例えばの話ですよ!答えて下さい!」
「んーそうね、そもそもあれって日本の文化、社交辞令みたいなもんでしょ?」
「あぁ!」
「人間関係や物事を円滑に進めるための挨拶みたいなもんでしょ。大人になるとそういうテクニックを身につけなきゃいけないのよ」
「私は絶対、嘘を言ってはいけないとは言わないわ。真実より嘘を語った方がいい時があるかもしれない。でもね自分のプライドを守るためとか、隠し事をするための嘘はついてはいけないわ。一度嘘をつくと更に嘘を重ねることになって、生き辛くなってしまうの」
なるほど、そういうものか。僕は嘘をよくいってしまう節があった。
テスト前とかに勉強した?って聞かれると本当は凄いやっていても、全然やってねーよって答えたりしていた。今までにも覚えてない程、嘘をついてきた気がする。
今後は変なプライドは捨て、ありのままの自分で生きてみよう、そう決心した。
「ところで面白い動画あるんだけど見る?」
さも当然のように、僕の携帯を使っているニケ。そう言って見せられた動画は
「あれ、これ昨日の僕だ…」
部屋で僕がニケに褒められ満面の笑みを浮かべていたと思ったら、嘘を指摘され、しょんぼりと落ち込む様を隠し撮りされていた!
それを見ながらニケが床をバンバン叩きながら、大爆笑している。
「溜まらないでしょ!?この顔!アハハハッ!」
――神様、我が家にドSの女神がいます
ニケの課題 3
≪嘘をつかない≫
自分の為の嘘をついても何の特にもなりません。嘘をつかない誠実な人はそれだけで魅力的になります。もし、嘘をついてしまった時は誠心誠意、謝罪をしましょう。