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勝利の女神が教えてくれたこと  作者: 大栄カケル
2/7

2話

********************


 東京都調布市の体育館で、その大会は開かれていた。コート12面とれる大きな体育館。二階にはランニングスペースがあり、そこから試合を見下ろせる。冷房設備もあり、会場としては快適だった。そして今日は僕たち中学三年生の最後の団体戦の大会だ。このブロック大会ではいつもベスト8止まり。あと一勝して、都大会にでる事が僕たちの目標だ。それと今日は負ける訳にはいかない理由がもう一つあった。クラスメイトの市川美結が応援に来てくれている。もちろん僕の応援ではなく、女子の試合の応援に来ていた。でも僕には関係ない。市川の前で格好いい試合をして、勝ってみせる。一人そんな思惑を馳せていた。


 そして試合は順調に勝ち進んでいった。

 次勝てば、いよいよベスト4だ。相手は練習試合をよくした相手だ。僕たちよりは少し格上だが、勝てない相手ではない。中学バドミントンの団体戦では第一ダブルス、シングルス、第二ダブルスの順番で試合を行い2勝したチームの勝ちだ。僕達は3年の男子は8人。その中でも僕は4,5番目の実力だった。そして第二ダブルスで僕はエントリーされている。


 できる事なら、二連勝してもらい僕の出番が来ないで勝つことを望んでいたが、思いに反し、第一ダブルスで負け、シングルスで勝利。僕達のダブルスの試合の勝敗に全てが掛かった。


 みんなの注目が集まる。

 負ける訳にはいかない!!

 


 しかし、現実は非情―――僕達は負けていた。しかも接戦とかではなく、つまらないミスを連発して負けてしまったのだ。


 試合直後、僕の試合を見てくれていた市川が声をかけてくれた。

「負けちゃったけど、ナイスファイトだったね!」


 市川から声をかけてもらったら、普段なら嬉しい。しかし今は違った。自滅した様な無様な試合を見られ、死にたくなるほど惨めな気分だ。

 

そんな気持ちのまま自宅に着いた。


********************


「あなた、凄い泣いてたわね」

 ニケは勉強机の端にちょこんと座り、脚を組んでいた。

「号泣しながら言ってわね『勝ちたかった』って」

 試合に負けた事を思い出すにつれ、また涙が瞳に溜まるのが分かった。


 僕は試合で負けた後、自宅に帰ってから、つまらないミスで負けた試合を思い返し、むしゃくしゃして、机の上にあるものを床にぶちまけ、ベットに倒れ込み、泣いていた。皆の期待に応える事ができないやるせなさから、泣いた。色々な感情が心の中を取り巻いていた。泣いた勢いで訳の分からない事を口走った気がする。


 僕は昔、結構凄かったんだよ。幼稚園の時なんか天才と呼ばれて、皆の人気者だった。小学生の時には塾に通うようになる、テストはいつだって100点が当たり前だったし、身長もかなり伸びて、クラスでは後ろの方だった。運動会もリレーの選手に選ばれたりもした。でも中学生になってから友達に誘われて、バドミントン部に入った。部活が週5日あるから、塾は辞めた。そしたら中学のテストは難しくて、最初はひどい点数を取ってしまった。でも悔しくて勉強も頑張って、なんとかクラスの平均点以上は取れる様に頑張った。部活してないのに僕より点数が低い人だっているんだ。それに比べたら僕は頑張っている方だ。


 でも勉強も部活もこんなに頑張っているのに、結局は普通止まりだ! 恵まれた才能を持ってない奴は何をやっても無駄ってことかよ! クソ! なんで俺は勝てなかったんだよ! 神様いるんだったら、なんとかしろよ。今の俺のこの惨めさ、なんとかできるんだろ! おい!


 ひとしきり毒づいたあと


「なんでもしますから」と泣きながら神様に縋るように何度も言った…ような気が、する。



「で、どうするの?」

「どうする、ってなにを?」

「いや、だから・・・話聞いてた? あなた勝ちたい? 勝ちたくないの? どっち」


「そ、そりゃ勝てるものなら勝ってみたいですけど」


「それで何に勝ちたいの?」

「試合で勝つ? 勉強? お金持ちになって人生勝ち組って言われたい? 好きな人を勝ち取って恋人にしたい?」


「え、勝てるなら全部勝ちたいですけど」

「だったら、今のままじゃ、ダメね。全てに勝てるように変わらないとね」


「全てに勝てるように変わる…ですか」

 そう口にして僕はうつむいた。


 目の前にいる、この小さな女神と話していると、つい自分の人生について、妙に真剣に考えてしまった。これは女神の持つ不思議な魅力のせいなのかもしれない。


 僕は試合で勝ちたかったし、勉強で一番になって皆から、ちやほやされたい。将来、お金持ちになりたい。YouTubeとかTwitterで有名にもなってみたい。市川美結と付き合いたい。なにか、凄い人って周りに思われてみたい。その為には今のままじゃダメだ。変わらなくては。でも「変わる」って口にしても実際に変わるのは難しいのではないだろうか。二年生の時に試合に負けて、一人で朝練をしようと毎朝、5時半に起きてランニングをしていた事もあった。でも雨が降っていた日を境に、パッタリと止めてしまった。そうやって挫折をした自分を少しずつ、嫌いになっていた。「やってやる!」というテンションはいつも三日坊主だ。次第にその気持ち下がり、終わってしまう。だから、いつも変わりたいと思っても結局は、変われないと、知らずうちに自分を決めつけていた。だから今回もきっと変われない――そんな気がした。


「あなた私のこと舐めてるの? 私は勝利の女神ニケよ」

 突然、ニケが口にした言葉に僕は驚いた。


「あなたがいくら、”凡人”でも私の教えを守れば、勝つ事が当然! 誰でもそうさせられるわ」

 ぼ、凡人?


「あなたみたいに、自分で物事を深く考えず、なんの面白みもない人でも、私がデキる男になれる様にサポートしてあげるから、その辺は安心しなさい。」


 はあ……。なんとも、お嬢様気質な女神だ。

 僕はニケの言葉や態度に呆気にとられ、ぽかんとしていた。


「あなた、私のこと疑っているでしょ?」

「いや、え、そんなことないですけど…」

「それじゃ、私について来るわね?」

「それはちょっと…もう少し考えさせて欲しいなーなんて…」

「なんでよ! 私の何が問題だと言うのよ!」

 僕の問題は置いて、何が問題って、そりゃ外見をとってにしても、不安要素の塊だ。僕の落書きがどうやって現実世界に飛び出してきたんだ! なんていう問題など解決しなくてはならない。問題が山積みだ。


 でもそんな問題より、僕の心の声が先に漏れていた。

「僕みたいな凡人がいくら努力したって結局、負けるんですよ。だからきっと無駄だよ」


 それを聞いたニケが大きなため息をついて、言った。

「あのねえ。それはあなたの努力の仕方が、初心者中の初心者だったからよ」

「例えばマラソンで一番になるために、我武者羅にたくさん走れば勝てる訳じゃないのよ、走るフォームやペース配分はもちろん、筋肉の鍛え方など、適切な練習計画・戦略が必要になるの。それに練習も指示された通りやるだけじゃ、効果半減ってものよ」


「それに天下統一したい訳でも、バドミントンで世界一になりたい訳でもない。ただ最後の試合に勝てるようにとか、クラスの女の子と付き合いたいなんて余裕よ!」


「・・・マジで?」


「あたりまえよ! 本当に運がいいわね、あなた」


 そう言うと、飛び立ち、ベットに座っていた僕の顔に近づき、少し真剣な眼差しで問いかけてきた。


「それで、どうするの? 私についてきて変わりたい?」


「できる事なら、変わりたいです」

 そう答えると、待ってましたと言わんばかりの顔で、指をパチン!と鳴らした。すると鐘の音と共に天井から、A4サイズの紙がひらひらと落ちてきて、ニケはそれを小さな手で掴み、僕に差し出した。


「それじゃあ、この誓約書にサインして」


 ニケの手から契約書を受け取り、目を通した。


「なんですか、これは」

「これは、誓いの印よ。内容はそこに書いてある通りよ」


********************


 私はニケの言う事を必ず、実行します。


 ※もし、教えに背くような事をした場合、私は一生、彼女もできず、人から慕われる事もなく、貧乏で不幸で、負け犬と呼ばれるような人生を歩み、死にます。


サイン:



********************


 あぁ、なんとも恐ろしい事が書いてある。

 こいつ女神じゃなくて、悪魔じゃねーか!


「大丈夫よ、それ私の教えを守らなかった貴方のその後の人生をそこに書いてあるだけだから。今のままの未来ってとこね。」


 背中がヒヤっとしたのを感じた。

 この契約書は危険だ。そう頭の中で警報が鳴り響いている。


「ニケのいう事を守れば、僕は必ず勝てる男になるんだよね?」

「くどいわね、当然よ」


 さも当然といったそのニケの言葉を信じ、思い切ってサインをした。


「そうそう、私の事は皆には内緒にしてね。ほら、私って有名人じゃん?見つかると色々と面倒なのよね」


「…わかった」

 ニケが有名人だからではなく、この話を僕が家族にしたら、きっと頭がおかしくなったと思われて、病院に連れて行かれる。そう思ったから、誰にも言わない決心をした。


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