1話
「なに泣いてんのよ」
聞きなれない声に、袖で涙を拭き顔を上げた瞬間、目が飛び出るほどの衝撃を受けた。
なんだこいつは!?
目の前に変なのがいる。色白の肌、ぱっちりとした目、フワっとした長く燃えるような赤毛。そして背 中に大きな白い羽を生やし、体長15cm程の女の子だ!
こんなやつが、僕の前を腕を組み、ふわふわと浮かんでいる。まるで花のまわりを飛ぶ蝶みたいに、いることが当たり前のようにそこにいた。
直感的に、これは幻覚だなと察した。僕は現実逃避が得意だ。そして今、目の前にいるのは、僕が妄想で作り上げた女の子だ、きっと。僕は最後の試合に負けたショックのストレスを和らげる為、無意識に妄想を具現化してしまったのであろう。しかし、優しく慰めて欲しいところを、こんな気の強そうなのを出すなんで、僕の妄想力はまだまだ未熟だと思う。でも開き直ることにした。自分の想像した物と分かれば怖くない。
「お前だれだよ?」
ストレートに聞いてみた。すると妖精はフンッと鼻を一つ鳴らして言った。
「お前なんて言い方失礼ね。私はニケよ」
「それで覚悟はできているのね?」
「は?」
「『は?』じゃないわよ」
頭がフラフラする。目も腫れている。汗と涙で文字通り、身体中の水分を出し尽くしている。水飲みたいな。そんな事を考えながら、うつろな目で妖精を眺めていた。その時はこいつ、どこかで見たことあるような気がするとは思ったけど、それ以上思い出す事ができなかった。
いずれにしても・・・
もう少し僕が落ち着いたら、この妖精もいなくなるだろう。なんていったって、これは僕の妄想が作り出した妖精なんだから。
「妄想じゃないよ」
突然、強い口調でニケが言ったので驚いた。こいつ僕の心が読めるのか?
「現実を見なさい」
何をいっているんださっきから。
「あなた、そんな事だから、試合も負けたのよ」
なんなんだ、こいつは。今一番言って欲しくない言葉を平気な顔で言い放ってきやがる。腹が立ってきた。泣きっ面に蜂とはこのことか。可愛いから話に付き合っていたが、急激にイライラのピークを迎えた僕はそれを無視して、布団の中へ潜り込もうとした。
あ!
その時だった。
僕はその妖精の事を思い出した。
でも、そんな筈がない―――――
額から嫌な汗が頬を伝っていくの感じた。
どうやら僕は、この妖精の事を知っている!
僕は慌てて、本棚に置いてあるノートを手当たり次第、手に取った。
「まじかよ」
僕が見つけたのは、中学一年生の時に書いた部活日記だ。部活の練習は当時の僕には全て、新鮮でかつ楽しかった。その当時、先輩や顧問から言われた事をまとめたノートだ。でも裏表紙に書いた絵が切り取られた様に消えていた。
まさか、そんな筈は…しかし、部屋の中を所狭しと、飛ぶそれは、どこからどう見ても、僕が部活日誌の裏表紙に大きく書いた絵、勝利の女神ニケだった。
「やっと思い出したみたいね」
勝ち誇った様な声がした。
「それじゃあ、もう一回聞くけど」
一息ついたあとニケは言った。
「覚悟、できてるよね?」
自分の目で自分を見ることは出来ないので、想像になるけど、その時の僕の顔はもの凄い放心状態のマヌケ顔だったに違いない。