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葉桜

 ちょうど魔物が台頭してきた頃に、私は目を覚ました。今と同じ少女の姿で。この姿で生まれたのか、過去の記憶が全部消えたのかはわからない。ただ、何年経っても成長しなかったのは確かで、容姿に関しては百年前から何も変わっていない。


 ずっとこの街にいたわけではなかったし、『サクラ』という名前でもなかった。ここに住む前までは、いろんな村や国を転々としていた。魔物と遭遇しないように。


 でも、そうなるきっかけの最初の村では魔物と相対(あいたい)したの。魔物が村を破壊していくのを見て、私は戦った。なぜかわからないけど、生活に困らないほどの知識と、自分の『力』についてだけは、記憶があった。だから、迷子みたいな私を助けてくれた人たちに恩返しをするために、『力』を駆使して私は戦った。何とか魔物を退けた後、振り返ったら、みんな怯えた顔をしていた。もう魔物はいないのに、みんな恐れてた。その対象はもちろん私だった。とても悲しくて、村のはずれに逃げてしまった。無理矢理だったけど気持ちに整理をつけて、なんとか村に戻ったとき、もうすでに村は壊滅していた。全部を倒したわけじゃなかったから、魔物の残党の仕業だと思う。私はまた逃げ出した。次の国でも、その次の街でも、私が住めば魔物がやってきた。五回もそんなことがあれば、もう気付く。私についてきてる、と。襲われた地区で生き延びた人が、次に訪れた街にいたりして、私を受け入れてくれる場所はなくなっていった。正体を隠して結界を張り、魔物が来る前に、もしくは人々にばれる前に転居する。そうやって過ごしてきた。


 けれど、街や国が滅んでいくにつれ、そして私の容姿が広い範囲に渡って知られていくにつれ、旅人紛いの暮らしにも限界が見えてきた。噂や魔物に関する調書によれば、魔物によるひとつひとつの被害は小さくなっていたけど、出没情報はどう見ても私が通ったままだった。


 この街に着いたとき、すぐにとある女に見つかった。女はこの街の権力者だと言った。結界を張るから三日だけ黙っていてほしいと頼み込んだ。すると女は結界というのは張り続けられるものなのか、と尋ねてきた。私は身の上話と『力』について洗いざらい語った。独りぼっちは嫌だった。ダメ元だった。受け入れてくれれば、と思った。話が終わると女は私に侮蔑の目線を投げかけた。あなたも魔物なのね、と女が言った。私は最初の村で向けられたあの恐怖に染まった人々の顔を思い返した。みんなもそう思っていたんだとその時わかった。強かな女は私を軟禁して街を結界で守れと言った。魔物対策は街にとって重要課題だけれど、近隣の大国のように大きな壁を建てたり、軍隊を作ることはできない。私のような化け物でも街が襲われないためなら置いてやる、と言われた。結界を築けば独りにはならない、このままの暮らしではいずれ世界中が順番に終わりを迎えてしまう。そう言われれば、従うほかなかった。女は近くに魔物がいるなんて嫌だし、かといってなにか罪を犯したといって牢に放りこむのも難しいからと、この森に私を閉じ込めた。街丸ごとに結界を張るのは思ったより重労働で、私は始め声を失った。月日が経って、魔物が強くなってきて、表情も失った。この間、意外にも森に誰かが来ることが何度かあった。けど、大概子どもで、私を見ては気味悪がって逃げる。大人は私の顔を知っているのか、子どもの話を聞いたのか何度かあの女を連れてきていた。その大人たちの会話から、魔物の対抗勢力って言葉が聞こえたから、きっとあの女がリコの言う『巫女様』なんだろう。そういえば最近、面倒だから封印していることにしたとわざわざ報告に来た。祭りとやらをしているのなら、今日そう言うつもりだったのかもしれない。崇め奉られるのが、相当快感であったのだろう。定期的に話を大きくして、私に報告に来た。そのたび苛ついたが、私の方が立場は弱かった。



 そうして遂に、リコと出会った。リコは、不気味な私を普通の女の子として扱ってくれた。外の話もしてくれて、嬉しかった。話すリコは楽しそうで、街を守る理由が、『独りになりたくない』から『リコの生活を壊されたくない』になった。私はリコのために頑張ってた。一生懸命結界を張っていた。……でも、リコは、巫女様を尊敬していた。現在の幸福は巫女様のおかげだと思っているのだと。

 耐えられなかった。私の頑張りで相手の痛みを減らせても、自分がしたこと、自分の意図していることを知って貰えなければ意味がない。


 「だから私は、こうやってリコにお話することにしたの」


     ☆


 リコが申し訳なさそうに俯く。声が出せなかった。サクラは自分を守ってくれていたのに無神経なことを言った、と思ったのだ。まさか、巫女様が。そんな動揺もあった。とにかくぐちゃぐちゃな感情がリコを襲った。サクラはリコの混乱を読み取ったかのように慈愛に満ちた表情をリコに向けた。


 「いいの。もうわかってくれたし、『力』のことを知っても、これから『なにがあっても』仲良くしてくれるでしょう?」

 「もちろんだよ!」


 リコはサクラの目を見て勢いよく答えた。するとサクラは満足したようで、


 「ありがとう」

 と呟いた。一方リコは消化不良な様子だった。

 「でも、『リコのためだけ』ってのがよくわからなかったよ?」


 サクラは街の方に目線をずらした。


 「言ったでしょ? 声と表情は大きくて強い結界の生贄だったの。最近は、しつこく結界に魔物が張り付いていたし、街はそろそろ――」


 リコは慌てて駆け出した。余裕なんてあるはずないのに、小屋の傍らの桜を視界の端に一瞬だけとらえた。青々とした桜葉のきらめきがリコの焦燥感を煽った。


 走っているのに体は冷たくて、熱いわけではないのに妙に噴出してくる汗が気持ち悪かった。だけど、そんな感覚はすぐに吹き飛んだ。


 街はもう、無惨な状態だった。


 魔物はもう姿を消した後だった。でも、街全体を包むくらいの大きな火で、地獄かと思った。熱気でまともに目を開けられないくらいの業火は祭りの屋台が出火元だろう。


 荒れる呼吸と、大きく打つ脈は、走ったからだけではない。


 (これは……、これは私のせいなの? 私がサクラを解放したから?)

 「リコ」


 リコの絶望にそぐわない、マシュマロが転がったみたいな声が響く。その声の主がわかっている以上、リコは振り返らざるを得なかった。そこには美しく妖艶に、そして厳かに佇むサクラがいた。彼女はゆっくりと口を開き、喜ばしそうに言った。



 「私の声を望んだのは、リコだよね?」




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