散る
『まもののおうじょさま』
おうじょさまって、けらいのひとが、
たくさんいるでしょう?
まものはね、みんなけらいなんだよ。
おうじょがいるのよ。
まもののおうじょは、わるいおうじょ。
けらいのひとって、
おうじょさまについていくでしょう?
まものはね、おうじょについてきてるのよ。
おうじょは、いろんなところにいこうとした。
わるいおうじょは、みんなのかぞくやおともだちを
ぐちゃぐちゃにしようとしていた。
でもだいじょうぶ。
みこ がね、おうじょをとじこめたから。
このまちは みこ がまもる。
そして、ほかのところに、
まものがいかないようにもした。
みんな、しあわせよ。
☆
巫女様が王女を閉じ込める一ページ。森の中に建つ小さな木造建築の絵がリコの記憶と重なった。
(そんな、まさかね)
だってサクラはいい子だもの。むしろ魔物に声と表情を奪われた被害者でもある。リコは動揺を抑え込むように言い聞かせた。彼女を魔物ではないとするにはあまりにも根拠がない。サクラが被害者であるとする理由はあまりにも主観的であったが、何も語れないサクラのことをリコは何も知らなかった。
リコは、何も知らなかった。
☆
あれから数日。サクラに怪しまれないように放課後の訪問は続けつつ、家や学校で絵本を読み漁った。親や友達には驚かれたけど、お祭り前になって巫女様の事を知りたくなったとゴリ押しで誤魔化した。納得させるには程遠くて、特にユミには何度も問い詰められた。それでもリコは何も言わなかった。
「今日はお祭りなんだよ」
リコは例のお菓子屋さんの屋台準備をお手伝いして、コッソリ貰った鈴カステラを差し出して言った。結局あの後読んだ絵本では大きな収穫はなかった。色々考えた末、リコは巫女様に会える確率が高い今日、サクラにある提案をするつもりでいた。
「知ってる? お祭り」
サクラは知らないと首で示した。
「五〇年くらい前からあるお祭りでね、巫女様を祀るの。お祭りの歴史としては新しめだよね。百年ほど前から魔物が活発に動き出して、破壊を続けながら、だんだんこの街に近づいてきた。鉄や石の壁で領地を囲むところもあったんだけど、小さなこの街では難しかったの。だけどね、ある日巫女様が現れてこの街に結界を張って下さったの。それを労って感謝して、平和であることを見ていただくお祭りなの」
ほぼほぼ教科書通り説明すると、サクラはいつもと違って斜め下を見ていた。興味がなかったのだろうか。それでも、リコは巫女様を尊敬していたし、『提案』を受け入れてもらうためにも、巫女様のことは良く思ってほしいと力説を続ける。
「巫女様は素敵な方よ。最初はもっと堅苦しい感じのお祭りだったみたいだけど、『楽しんでるところを見たい』って今みたいな楽しいお祭りになったんだって。私たちにもお気遣いを下さったの」
サクラの様子は変わらない。リコはお祭りの話題が出たときから気になっていたことを思い切って尋ねてみることにした。
「もしかして、ただの私の予想ってだけなんだけど、サクラのこの状況って、魔物が関係あるんじゃないの?」
感情じゃなく表情だけを奪う。それで魔物の関わりを疑っていた。それに今、巫女様の話で様子が変だった。魔物に対抗している存在というのが琴線に触れたのかもしれない。サクラがすごい勢いで顔をあげたので、リコは驚いた。図星だったのかもしれない。リコはサクラの手を強く握った。
「じゃあ巫女様に相談しよ? きっと力を貸してくれる」
そう言うとまたサクラは下を向いてしまった。さらに、唇を噛んでいる。不安、なのだろうか。
「大丈夫よサクラ。私は個人的にも巫女様を尊敬してる。確かに文献でしか知らないお方だけど……」
リコはサクラにこの不幸から脱してほしくて、懸命な説得を試みた。
「サクラの笑った顔が見たい。サクラの声が聴きたい。サクラに『リコ』って呼んでほしいの。だから……」
「……、わかった」
柔らかくて可愛らしい声にリコは戸惑った。くるはずのない返事だと思った。
「リコ」
目の前には微笑んだサクラが居た。
「サ、……っ」
サクラと呼び返したかったが、涙があふれてできなかった。リコに向く眼差しがより柔らかくなる。
「泣かないで。わたし、やっぱりリコのためだけに生きていく、ね?」
「……私のためだけ? ど、どういうこと?」
「少し、昔の話を聞いてくれる?」
まるで、母親が絵本を子どもに読み聞かせるときみたいに、優しくサクラは独白を始めた。