花
「今度のお祭り行くの?」
始業前、学校に来たメンバーから集まっておしゃべりする。流動的な話題の中で、リコは何となく『お祭り』が引っかかった。
「もちろんだよ。街に結界を張って、私たちを守ってくださっている巫女様に、感謝の気持ちを伝えなきゃ。最近じゃ魔物の発生原因を抑え込んでもいるらしいし」
「ひゃー、模範解答!」
グループの一人、ユミが大げさに驚く。ムッとしたリコは、自分の考えを熱弁する。
「だってそうじゃない? 百年くらい前から『魔物』が世界中に出没して、国々を壊滅させていってるんでしょ? 『魔物』が街に入ってこないように結界を張るなんて、大変なことだし、そのおかげで私たちも武器を持たずに済んでる――」
「もう! 確かにそうだけど、みんなで集まって遊ぼうよって話! ま、先生や親にはリコみたいに言うんだけどね」
えへっと聞こえてきそうな調子のいい笑顔を浮かべる。一緒におしゃべりをしているみんなもそんなユミに呆れて苦笑いをしているが、大方思っていることは同じなようで、特になにか言うことはなかった。リコもリコで今日はサクラにお祭りの話をしなくちゃ、と上の空であった。
「もーう! なんか反応して!」
誰も何も言わないものだから、ユミがへそを曲げたフリをした。その動きがまたコミカルで、リコも含めてみんな声をあげて笑ってしまった。
そんな会話があった日の昼休み、弁当を広げながらリコはサクラのことを考えていた。
(『魔物』か……。感情を残したまま表情と声だけを奪うなんて人には難しいとも考えられるよね……)
教科書でしか知らないけど、魔物は街や自然を破壊しては姿を消し、出没しては破壊する恐ろしい存在だ。巫女様のおかげで、破壊は止まっていても、この近辺での目撃情報もあって、いつ自分たちへの脅威となるかわからない。実在していることをお祭りの会話を通して改めて認識した。
「リコ、最近どうしたの? おかしいのは元々だけど、この頃はずっと考え事してるみたいだし」
知らぬ間にリコの席に来ていたユミが怪訝な顔でリコを覗き込んだ。少し動揺したリコはわざとらしく眉をあげた。
「そ、そう?」
「そうだよ! 放課後の付き合い悪いのもこりゃまた元々なんだけど、最近はすぐ帰ってどっか行くし。というか逆に、こないだなんてパイ買って帰ってたでしょ!」
普段のお誘い断るくせに! と本気で拗ねているのか冗談なのか、今回ばかりは判別できなかった。どこで知ったんだろうとも思ったが、言っている内容としては、リコも肯定せざるを得ない。自分でも先日サクラに私変わった宣言したばかりだ。
「うーん。ちょっと、ね」
サクラのことは秘密にしなければならないけど、うまい誤魔化しの言葉が出てこず、恐ろしく不自然になってしまった。正直、ユミにならいいかと考えた。でも、話せば恐ろしいことに巻き込むかもしれない。はっきりしない物言いにユミはなるほどと言わんばかりのしたり顔で親指を立てた。
「男か」
「違うよ!」
ユミの若者らしくない言い回しをスルーし、リコは即座に否定した。ユミはちぇ、とあからさまに残念そうにする。大仰なだけだったのかユミはすぐ半笑いになった。
「冗談だって。潔癖なリコに限って……。ただ無駄に優しすぎるところがないでもないから、さ。なんか変な奴に絡まれてんじゃないかなーって」
「潔癖って……」
お弁当のおかずをシェアしたりソフトクリーム両側から半分こしたこともあったのに、とリコは内心反論した。ただ、そちらよりリコはユミが心配してくれているということに感動してしまった。だから、他にもツッコミたいところもありはしたが、潔癖だけに留まった。
(やさしい友達が私にはいっぱい居るんだよ、サクラ)
この輪に早く、サクラが加われればいいのにな、とリコは思った。
☆
『魔物』のことはデリケートな問題かもしれない。だから、お祭りのことを話題にすることは控えることにした。サクラには顔だけ見せ、用事があるからとリコは踵を返した。魔物のことがどうしても気になって、図書館で文献を漁ろうと考えたのだ。街にある唯一の図書館。魔物に関する本が蔵書数の半分を占めている。とは言っても、おとぎ話から研究論文までをひっくるめてだし、一般に公開されているのはそのまた半分に満たない。閲覧禁止の書物は古いものが多く、古さと外とのやり取りの少なさが相まって希少性が高い故に大切に保管されているらしい。新しい本を生み出せる環境があるのなら、古い本も写本して増刷すれば良いとも思うのだが、この街で魔物研究をしているのは巫女様だけだから必要がないとも思える。
リコはひとまず、入荷したばかりの本が固められたコーナーに目を向けた。ちょうど今日並べられた魔物の本があった。それは絵本だったが、ただのおとぎ話や童話ではない。巫女様御自らが子供たちにもわかりやすいようにと事実や研究結果をかみ砕いたシリーズだ。最後の一文が必ず『みんな、しあわせよ。』であることも特徴のひとつだ。手に取った最新刊の表紙には『まもののおうじょさま』というクレヨンタッチの丸っこい文字のタイトルと魔物を引き連れて悠然と歩く女の子のイラストが乗っかっている。どのみち難しい書物は放課後から夜のこの数時間では読み解けないのだから、このシリーズに目を通すのが良いかもしれないとリコは考えた。数年前までのものなら、子どもの頃に読み聞かされているけど、物語というのは、考え方や目的が変わってから読み直すと新たな発見があるものだ。新刊から遡って読んでいくことにして、リコは二、三冊絵本を手に取って読書スペースに腰を下ろした。