第5話「救出」
予想していたことだが、地下にも明かりはなかった。土と石で覆われた壁。しばらく進んで行くと、鉄格子が見えた。やはり奴隷が閉じ込められているのはここなのか。ここまで来て俺はすでに後戻りをすることなど考えていない。前に進むことしか選択肢はなかった。
再び緊張感が俺を襲う。一歩、また一歩と足を進めていく。鉄格子の中には人がいた。ここに奴隷たちは閉じ込められているのだろう。一筋の光も届かぬこの場所で。
あの子はどこだろう。
俺はあの茶髪の少女を探した。しかし見つからない。ここはまるで迷路のように入り組んでいる。万が一奴隷が逃げ出しても、地上にすら出られないようになっているのだろう。
それと思う一つ、俺が少女を見つけ出せない理由があった。
「布を被っているせいで見分けがつかない」
なぜ布を被っているのだろうか。それとも、俺の事を見回りのリザードマンだと勘違いしているのだろうか。
話し声どころか、呼吸音すら聞こえない。奴隷は一つの牢獄に4~6人ほどが入れられている。老若男女バラバラだ。男だけの所もいれば、女だけの所もいる。ハーレム状態の者もいる。いや、こんな状況でその考えは不謹慎か。
「……あ、君は」
茶髪で布を被っておらず、床に敷かれた藁に寝転がっている人がいる。人違いか、いや、後姿はあのとき見た少女に似ている。
俺は思い切って声を掛けてみた。
「あ、あの、君、大丈夫?」
「……」
少女の体は一瞬ピクリと動いた。
「待って、俺は人間だよ。君を助けに来たんだよ」
「……」
少女はゆっくりこちらを向いた。
「うわぁ」
ようやく近くでちゃんと顔を確認できたが、やはり可愛い。西洋人の顔つきで大人っぽい雰囲気の中に、幼さを隠している。俺と同じ年くらいだろう。
ん、妙だな。この部屋には少女一人しかいない。
「い、今、開けるからね」
そんなことはどうでもいいか。俺は宮古村の洞窟の鍵を開けた金属の耳蟹のような道具を取り出した。
「……逃げて」
「え?」
「そこまでだ小僧」
「―――っ?!」
まさかと思い、俺はゆっくり立ち上がり、声のする左側を確認した。
「ふん、やはりガキだな」
「リザードマン」
「リザードマンは種族名だ。まぁ、貴様のような人間に個人名を教えるつもりはないがな」
なるほど。みんな何で布を被っていたのか分かったぞ。俺をリザードマンと勘違いしていたんじゃなく、俺を付けていたこいつの存在に気がついていたのか。
「な、何で俺のことに気がついた?」
「有刺鉄線に血液が付着していた。人間のな。それも弱った奴隷のものではない。新鮮な若者の血だ」
そう言われて俺は微かに右足に違和感を感じ、ズボンをめくった。
「し、しまった」
おそらく有刺鉄線にひっかけたのだろう、少し傷が出来ていた。
サメは25mプールに一滴の血を流してもそのわずかな臭いを感知できると聞く。サメに限らず、嗅覚が発達した魚は結構存在するらしいが、サメはその中でも、水中の特定の匂いを感知する能力に長けているようだ。
「やはり嗅覚は良いみたいだな。それも尋常じゃないくらい」
「どうやってここまで来たのかは知らんが、貴様の命もここまでよ」
リザードマンは剣を構えた。
「くっ……!」
「逃げて! あなたではリザードマンには勝てない!」
「やってみなくちゃ分からないだろ」
「無理よ! 武器も防具もないのに! 早く逃げて!」
「バカめ、逃がしはせん!」
リザードマンは掛け声と同時に剣を振り上げ、俺に向かって来る。
「死ね!!」
俺の目の前まで来ると、リザードマンは思いっきり剣を振り下ろした。その動きはとても俊敏だった。だが、俺の目で追いつけないスピードではなかった。
「バカなっ?」
俺は余裕を持って攻撃をかわすと、リザードマンが剣を降ろしきる前に自らの右手に力を込め、腹部を殴った。
「うぐっ!?」
気持ち悪そうな悲鳴をあげ、リザードマンは数m先へ吹っ飛んだ。今殴って分かったことだが、おそらくこのリザードマンの体重は100kg以上ある。それを吹き飛ばせるほどのパンチ力がある俺。
「マジでどうなってんだ?」
再び自分の力が信じられなくなり、右手を見つめ、指を動かしてみる。
「よそ見しないで! 奴はまだ動けるわ!」
少女の言葉を聞いて、俺は再びリザードマンに視点を合わせた。
「ぐうぅ、お、おのれぇ。人間の分際でどこにこんな力が……っ!」
「今度はこっちから行くぜ!」
俺はリザードマンに向かった。そして奴が攻撃態勢に入る前に自慢の脚力で加速し、一瞬で奴との距離を縮めた。
「早い!」
「オラアァっ!!」
先ほどよりも重い一撃を食らわす。そして吹っ飛ぶ前に左手でもう一度、さらにまた右手で。という風に、両方の手を使って何度も腹部を殴り続ける。
そしてフィニッシュ。
「くたばれ半漁人!!」
俺はリザードマンの顔面を力一杯ぶん殴った。
「がっ―――はっ―――!!!」
するとリザードマンは先ほどよりも遠くに吹き飛んだ。顔がどうなったのか確認はできないが、これでしばらくは起き上がって来ないだろう。
アニメでのバトルシーンを一人再現していたのが役に立ったようだ。
「今のうちに」
俺は少女の前に戻った。
「耳かき……耳かき……あった」
俺は着火マンを使って、行方不明となった耳かきを探す。
「あなた、なんて力を持っているの?」
「俺にもよく分からない。とにかく今は、早くここを出よう」
俺は急いで鍵を解除した。
「さぁ開いたよ」
「みんなも助けてあげて」
「悪いけどそんな時間はない。俺だけじゃ君ひとりで精いっぱいだ。それにすでに地上では多くのリザードマンが俺を探し回っている」
少女の足についている鎖も同じ要領で外した。
「で、でも……」
少女は自分だけが助かるという罪悪感を持ってしまったようだ。それだけですでに心が優しい子なのだと分かる。それに比べ、俺は最初から少女だけを助けるつもりでここへ来た。自分でも最低だと思う。
「さぁ早く……早く!」
「う、うん」
俺は少女の手を握り、そして急いで来た道を戻った。
足跡がついていたおかげであまり迷わず地上まで来ることができた。
「待って!」
と、彼女が突然静止を呼びかけた。
「どうしたの?」
「ここから先、恐らくリザードマンの大群が待ち構えている。私は貴方のように奴らを殴り飛ばすなんてことはできない。でもサポートすることはできる」
「え、どういう事?」
「私、ウィザード(魔法使い)なの」
ウィザード(魔法使い)とは、魔法、妖術、幻術、呪術などを使う者たちの総称だと聞いたことがある。民話、神話にしばしば登場し、幻想文学、ゲーム等でも素材として用いられている。
「あれ、ウィザードって男に対して使うんじゃ? もしかして……」
俺は少女だと思われる目の前の人物の胸元を覗き込んだ。
「私は女よ。確かにウィザードは男性が名乗ることが多いわ。でも女性が名乗っても何ら問題はないのよ」
「あ、ご、ごめん」
冷静に解説させてしまった。恥ずかしい、穴があったら入りたい。
「特に私は回復系の魔法が使える。杖がなくても大体の魔法が使える特殊タイプなの」
「あ、じゃあ魔法が使えるなら一人で脱獄できたんじゃない?」
「私に繋がれていた鎖は、すべての魔法を封じれる特殊な素材を使っているの。もし魔法使いが奴隷の中にいた時の対処法としてその鎖を全奴隷に使用しているわ。鎖をつくるのに、かなりのお金がいる。その分、奴隷を必要以上に働かせたり、食事を与えなかったりしているの。私も油断して、リザードマンに捕まるまで分からなかったわ」
「君はどれくらいの期間捕まってたの?」
「昨日かしら。リザードマンが奴隷を探している場面に遭遇してしまったの。隠れてみていたつもりが、夢中になってしまって、後ろから近づく仲間に気づけなかった。頭を殴られ、気がついたら船の中に他の人と同じく、鎖で手足を縛られていたわ」
「って事は、ここは島だね」
「ええ。恐らく彼らが使っている船がどこかにあるはず。それを使って脱出できるわ。でも問題は、そこまで行けるかどうか……」
「行けるよ。絶対に行ってやる」
俺は彼女の手を握った。
「……大きい手ね」
「あっ、ご、ごめん!」
俺は顔を真っ赤にして、慌てて彼女から手を放した。
「いいの、気にしないで。さぁ、行きましょ」
「ああ!」
『―――いたぞ! こっちだ、こっちにいるぞ!!』
「やべぇ! 走れ!」
呑気に話している場合じゃなかった。そこら辺には俺たちを探してリザードマンがウロウロしている。
「待て! 逃がさんぞ」
目の前に武器を持たないリザードマンが三体現れた。武器を持っていないということは三下だろうか。どちらにせよ、俺にとってはありがたい。さしずめこいつらも、俺らを捕まえて手柄を上げようとしているのだろう。
「大丈夫よ。ちゃんとサポートするから」
「いや、たぶん大丈夫だ」
さっきの戦いでコツは掴んだ。ケンカをしたことがないオタクとはいえ、鍛えているし、運動神経も悪い方じゃない。
「来い」
俺は相手を挑発した。
「人間ごときが俺たちをコケにしやがったな!」
予想通り、こんな単純な挑発に乗ってくれて助かる。お前らは一生三下やってろ。
「死ねや小僧!!」
ご親切に一人ずつ順番に俺に飛び掛かってきたが、そんな馬鹿みたいな攻撃、俺がよけれないわけがない。
「ごわっ!!」「ぎゃわっ!!」「がはっ!!」
うっちゃりだ。うっちゃりとは相撲の決まり手のひとつである。土俵際まで寄せられた、または土俵際で吊り出されそうになった力士が腰を落とし体を捻って、相手力士を土俵の外へ投げるもの。語源は「捨てる」を意味する「打ち遣る」から。そのままでは寄り切られるところを、逆転する技である。
「くらえっ!」
俺は一体のリザードマンの上にのしかかった。
「ぐえっ!」
悲鳴をあげるリザードマン。だが攻撃をやめるつもりはない。続けてのしかかったリザードマンの頭を、右足で力いっぱい踏みつけた。
「ぐっ!!」
鈍い音がした。さすがに血が飛び出るほどではなかったが、悲鳴をあげてすぐ、意識を失ってくれた。
「う、うわぁ……あああっ!!」
「お、おい! ま、待ってくれえぇ!!」
それに驚いた残りに二体が、情けない声を出してその場から逃げていく。仲間の見捨て方がまさに三下って感じだ。
「さ、今のうちに」
「ええ」
俺は再び彼女と一緒に走り出した。