第3話「異世界」
気がつくと、俺はひどい頭痛に襲われた。しばらく起き上がることもできなかった。それでも少し楽になったところで起き上がると、そこは深い森の中だった。しかも濃霧の影響で3メートル以上先がまったく見えない。
一体ここはどこなんだ。俺は宮古村の洞窟で、祠を調べていたはずなんだが。宮古村周辺の森はこんな風だったろうか。もっと爽やかだったような気がする。草も生え、気が生い茂る。パッと見は普通だ。だがよく目を凝らすと、見たこともないような色の毒々しいキノコや、アマゾンにあるようなツルが木から木へと伸びている。ここは間違いなく宮古村周辺の森ではない。
「寒い……」
時計は狂ってる。だが温度と湿度は正確なようだ。温度は15度を下回り、湿度は80%を越えている。
「はあぁ」
俺は自分の手に息を吹きかけた。冷たい空気が俺の肌に容赦なく触れる。このままではいずれ寒さで倒れてしまう。
とにかく人を探そう。俺はリュックを持って右も左もわからない森の中を歩き始めた。
ここで所持品を整理してみよう。紫色のリュックの中には財布とスマホ。スマホは電源は入るものの、ネットがつながらない。両親やカケルに電話やメールをしてみたが、ダメだった。他には洞窟の鍵を開けるのに使った金属の小さい棒。イヤホン、充電器、虫よけスプレー(ハーブの香り)、タオル、折り畳み傘、着火マン、アニメ関係のチラシが何枚かある。それに食料はポテチ(コンソメ味)とスティック菓子、スポーツドリンクのみ。食べ物は少量のお菓子でなんとかなるにしても、それ以外が役に立たなすぎる。
「そうだ、懐中電灯があった!」
スマホの充電器に入っている単三電池を懐中電灯に回そう。武器がないな。クマに襲われたらどうする。折り畳み傘で応戦するか。いや、一撃で壊されて終わりだ。田舎育ちなので、クマの対処法は心得ている。
「落ち着け……落ち着くんだ。アニオタは慌てない」
それに俺はただのアニオタではない。只者ではないと思われたいがために、最低限の身だしなみをし、清潔感を出している。特に夏はファッションに懲りすぎないことに気をつけている。女友達も数人はいる。付き合った経験はない。とくに力を入れているのはヘアスタイル。ジャニーズの髪形を研究し、金髪にすることで強く見られる。自己満足だが、最高に気分がいい。ネックレスは持っているが、ピアスはない。耳に穴を開けるのが痛そうだからやっていない。
そして俺はこう見えても鍛えているのだ。体脂肪率はなんと12%。しかしうちの学校は水泳の授業がないので、見せる機会がない。去年、女友達と海水浴に行こうとしたが、夏休みはあっちこっちのアニメイベントで忙しかったので、結局行けなかった。
『―――さっさと歩け!!』
「ひっ!?」
情けない声をあげてしまった。
『さっさと歩けこのノロマ!!』
「な、何だ?」
声が聞こえる。人の声だ。やった、これで助かる。
「いや、待てよ」
さっきの言葉の意味をよく考えてみる。
「さっさと、歩け……ノロマ?」
こんな森の中で部活の練習でもしているのか。それにしちゃちょっとスパルタすぎないか。声の太さから言って顧問の先生だろう。全国に行きたい気持ちは分かるが、あんなに厳しくしちゃ、部員いなくなるぜ。
「邪魔しちゃ悪いな」
そう思い、俺はいきなり「助けてくれ」などと叫んで飛び出すことはやめた。ゆっくり声のする方に移動し、まずは声の主を確認する。
『休んでる暇はねぇぞ!』
ん、これはまた別の声だ。複数の教官がいるようだな。
『行け行けオラァ!』
近づいていくにつれ、声は大きくなり、さらに今まで聞こえていなかった小さい声まで聞こえるようになってきた。それと同時に何か違和感があることに気がついた。これは本当に部活の練習なのか。それにしちゃ部員の声がかなり弱々しい。部活ではなく軍の訓練なのか。軍の訓練ってこんなに厳しいのか。
『す、少し休ませてください』
『ダメだ! 歩けなきゃここで死ぬんだな』
『あ、歩きます! 歩きますから』
明らかに会話の内容がおかしい。歩かなきゃ死ぬのか。そりゃ軍だったらそういった場面になることもあるだろが。
「あれだな」
俺はようやく姿が確認できる位置までやってきた。そして、洞窟に入る前に草と木の陰に隠れた時と同じように体を隠した。
「なっ、何だあれは?」
その光景を見た俺は目を疑った。
「さあしっかり歩け!」
それは人間ではなかった。トカゲのような頭。長く伸びた尻尾。背中にヒレが、体に青い鱗がついている。やわらかい部分であろう内側はベージュ。まるで半漁人と言われても不思議ではない姿をした何か、だった。身長は2m近くあるぞ。しかもそれは複数いて、鎧を着て剣を持っている。知恵があるようだ。
さらにそれに囲まれ、列を作っている集団がいた。その集団は、足に鉄の鎖を付けられ、ボロボロの布をまとっただけの人間だった。
「なんてことだ。ここは地球じゃないのか?」
夢か映画の撮影とでも思いたい。もし映画の撮影だとしたら監督はどこだ。椅子に座って見ているのか。カメラマンやディレクターは。スタッフやエキストラの皆さんはどこにいるんだ。
「さぁ、入れ」
門番のような二人の半漁人が巨大な門を開ける。
「……はぁ、はぁ、はぁ……きゃっ!」
「おいそこのお前! 休んでいる暇はないぞ! さっさと立たんか!」
フードを被った人が転んでしまった。
「……」
半漁人に怒鳴られても、その人は返答をしない。
「貴様ァ!」
怒った半漁人の一人がその人のフードを引っ張った。するとボロボロのフードは簡単に破れ、隠れていた栗色の髪が流れ落ちた。
(まさか、姉ちゃん―――!?)
一瞬そう思い、胸を躍らせたが、どうやら違うようだ。見たところ彼女は西洋人。目つきもずいぶん違う。まったく、同じ髪色と髪形をしているだけで姉と間違えるなんて。俺はどうかしているようだ。
「ほう……女か」
「しかもなかなかの上玉ではないか」
確かのその人は美しかった。離れていた俺にも顔が確認できた。ちょうどこちら側を向いていてくれたこともあるが、俺は元々視力がいい。最近測ったときは両目とも1.2あった。しばらくメガネやコンタクトは必要ない。
「ふん、俺様専用の肉便器にしてやってもいい」
「別に構わんが、今夜はぐらいはこの娘でレイプ祭りを行いたい」
「まぁ、いいだろう」
なんてひどい事を。半漁人も人間とやるのか。しかもまだ高校生くらいの幼さが残る少女を。許せん。絶対にそんなことはさせない。
「さぁ歩け。抵抗したところでムダな事だ」
少女は半漁人を睨むものの、再び歩き始めた。飛び出したいが、足が震えて体が全く言う通りに動いてくれない。
そんなことをしているうちに、半漁人を含め、鎖でつながれた人間たちは、全員門の中へと消えて行った。
「……く、クソっ!」
俺は自分の勇気のなさに腹を立て、近くにあったボーリングの玉くらい大きい石を蹴った。本来ならそんな石は絶対に蹴らないのだが、今回ばかりは足を痛めることを考えていなかった。しかし、予想外のことが起こった。
「え?」
今蹴った石が木の枝を折りながら空高く飛んで行ったのだ。
「あ、あれ?」
あの石、そんなに重くなかった。まるで小石を蹴ったくらいの感覚だった。
「おかしいな」
不思議に思い、再び同じくらいの大きさの石を見つけ出し、蹴ってみた。すると……。
「おっ?!」
やはり見えなくなるくらい遠くへ蹴ることができた。俺はこんなに力が強かったのか。サッカー部に入っていれば全国に行けたかな。
「どうなってんだ」
まだ自分の力が信用できない。もしかしたら中身が空っぽの石だったのかもしれない。それならば今度は思いっきりジャンプしてみよう。
自分の力を試すならやはりジャンプ力を測るに限る。俺は足を曲げて、足にありったけの力を入れ、真上へと足を延ばした。
「うっ、うわあああああぁぁぁあああああぁぁぁっ??!!」
俺は木の身長よりも高くジャンプした。そしてパニックになりながらも、周りを見渡した。延々と森が続いているのかと思ったが、ある方向には、巨大な石の塀が見えた。すぐ目の前だ。おそらくそこに半漁人と人間は入って行ったんだろう。
「どぼじでっ!!」
そして俺は墜落した。しかし痛くない。まるで羽毛布団の上にダイブしたくらいの感覚しかない。土が湿っているからなのか。いや、それだけでこの衝撃の柔らかさはないだろう。
「どういう事か全くわからないが、俺はこの場所では超人になれるらしい」
イマイチ理解しがたいが、とりあえずは自分の力を信じるしかない。
「よしっ!」
ほっぺを叩き、気合を入れた。相手がどれほどの実力を持っているのか分からないが、考えるほど頭は良くない。今はあの女の子を助けることだけを考えよう。