第18話「ナンシーを救出せよ!」
俺は今、ヴァースの修行中。精神を鍛えるために、ゴツゴツした岩の上に座ってただジッとしているだけのクソ辛い修行をしている。
風の音だけが聞こえる。アリスも目の前にいるのだが、目を瞑っているので姿は見えない。
そろそろ初めて一時間ぐらいだろうか。いや、まだ30分も経っていたいだろう。しかしもう眠たくなってきた。
『―――シンヤさん!!』
―――ビクンっ?!
俺は名前を呼ばれて目を開けた。あと少しで夢の世界へ行ってしまうところだった。
「え、エレンちゃん? そんなに慌ててどうしたの?」
ラッキー、と心の中で思った。
「ナンシーさんが大変なんです!」
「え?」
全然ラッキーじゃなかった。
俺はとりあえずアーサーさんの家に戻り、事情を聞くことにした。汗だくのエレンちゃんを落ち着かせるためにアーサーさんが水を一杯飲ませる。
「大変なんですシンヤさん! ナンシーさんが山賊にさらわれました!」
あまりに突然だった。
「え、どういうこと?」
「ナンシーさんと鉄鉱石を取りに行ったんですが、そこに山賊が現れて、ナンシーさんが一人で戦ってたんですけど、どうやら捕われてしまったみたいなんです。遠目から確認しました」
俺は何とか状況を理解できた。
「まさか、こんな白昼堂々と騒ぎを起こしてくれるとは。おそらくは『ボーアファミリー』の連中じゃな」
アーサーさんによると、その『ボーアファミリー』という名の山賊は、そこらへんにいる山賊と比べて、お頭のアントニーという男がヴァースの使い手らしい。だからこそ野放しにしておいてはいけなかったのだ。都会から離れた山奥に拠点を置いているだけあってか、警察もなかなか取り合ってくれなかったようだ。
「よし、今すぐナンシーを助けに行こう!」
「待ってシンヤくん! 奴らのアジトは分かってるの?」
「それならわしが知っておる。そこまでの地図があったはずじゃ……ほら、これじゃ」
「よし、じゃあナンシーを助けに行こう!」
「待ってシンヤくん! 武器はどうするの?」
しまったあぁ……。俺としたことが、武器がなければそんな奴らを相手に無事ナンシーを救出できるわけがない。
「心配せずとも武器なら地下にそれなりにあるわい。好きなのを持っていきなさい」
そうだとも。さすが伝説の鍛冶職人。準備がイイ。
「それと、馬車を使いなさい。馬車と言っても、普通の馬車ではない。ヴァースの力でなければ動かない特別な馬車でな……」
『馬車』という言葉を一度に何度も言われて、頭がおかしくなりそうだったが、つまりそういう魔法の乗り物があると、そう言いたいのだな。そう言えば忘れていたが、リザータウンから逃げるために使った漁船は、ヴァースの力で動かしてたんだっけ。
「この馬車に馬は使わない。ヴァースの力で動くのじゃ。アリス、君なら扱えるだろう」
「任せてください」
アリスは腕を胸に当てながら返事をした。
こうして俺とアリスとエレンちゃんは、ナンシーを救出するため、ボーア・ファミリーを追うこととなった。奴らのアジトがあるのは、ここから数十kmも離れた山奥らしい。
「……どう、アリス? 動かせそう?」
「うん、軽いヴァースで動かせるわ。漁船より簡単ね」
「奴らは危険じゃ、気をつけるんじゃぞ」
「分かってます。必ずナンシーを連れ戻してきます。彼女は俺の大事な仲間ですから」
―――シンヤ様! 助けてください、シンヤ様!!
「―――ナンシー?!」
洞窟を出発して数分後、俺の脳裏に直接ナンシーの声が届いたような感じがした。
「どうしたのシンヤくん?」
アリスが運転席から少し後ろを向いて俺に話しかけてきた。
「ナンシーの声が聞こえた……気がした」
「一体どういう事?」
「いや、聞こえたというより、感じたんだ。根拠はないけど、ナンシーは、この先にいる。近いぞ!」
俺の言葉に、エレンが双眼鏡を覗き込んだ。
「……見えました! ボーアファミリーに間違いありません!」
「OK。じゃあこのまま進むわね」
アリスはより馬車にヴァースを送り込む。
「アントニー様! 後ろから奇妙な馬車が追っかけてきやす!」
「なにぃ?!」
馬車の屋根から髭面の男が顔を出した。こいつがアントニーか。そしてあの馬車からかすかに見えるあのピンク色の髪をした少女が……。
「ナンシーだ! 馬車の柱に縛られている。もっと近づいて。俺が飛び移れる距離まで」
「任せて!」
俺たちとボーアファミリーの距離はどんどん縮まっていく。
「このままじゃ追い付かれやす!」
「Cチームで奴らを潰せぇ!!」
『おおおおおぉぉぉっ!!!』
むっ、なにやら3分の1ほどの馬がスピードを落とした。
「こっちに来るわ。どうやら戦闘開始みたいね」
「覚悟しやがれガキども!!」
「あなた達ごときにやられるほど半端な修行はしてないわ」
そう言うと、アリスは杖を持ち、なにやら妙な言葉を発し始めた。
「……、……、……」
俺には何を言っているのか分からないが、恐らくは魔法を発動させるために必要な呪文だろう。目を閉じている様子からして、かなり集中しているようだ。
「―――フォーターランス!!」
そう言うのと同時に、アリスは馬車の屋根に上り、杖を相手に向けた。すると杖からは水が出た。その勢いはまるで消防士が消火活動のためにホースから水を出しているぐらい激しかった。
「ぐおっ!」
放たれた水が山賊の一人を馬から落とした。
「これで終わりじゃないのよ」
すると何本ものホースがそこにあるかのように次々を水が出始める。魔法とは不思議なものだ。まるでアニメを見ているようだ。化学の世界に育った俺にとって、この光景はずっと憧れていた魔法の世界に来てしまったと錯覚させる。いや、実際来ているのだ。
俺は大いに興奮した。
「すげえぇ!! すげぇぜアリス!! この世界はよぉ!!」
何もない所から水が出ているんだぜ。信じられるか。もう消防車いらねぇじゃん。こんな光景をカケルや童貞同盟のみんなにも見せてやりたいぜ。
「やれ! やれ! もっとやれえぇ!!」
「どうしたのシンヤくん? 急に人が変ったみたいに……」
「こんな光景見せられて興奮しない奴はいないよ! もう我慢できない」
「ちょっとシンヤさん、危ないですよ?」
俺はエレンちゃんの忠告を無視して、馬車から飛び出した。
「ひゃっはー!! ここから俺の無双が始まるぜ!!」
そして馬車の上から大ジャンプを見せた俺は、そのまま一人の山賊に飛び掛かった。
「うわあぁ!」
これで俺も一人を倒したことになる。こりゃあ武器なんていらねぇな。
「なっ、何なんだコイツ?!」
「アリスはそのまま馬車を動かしてくれ! 山賊の相手は俺がする!」
「た、頼んだわよシンヤくん!」
そう言うと、アリスは攻撃をやめた。それと同時に俺も残りの山賊を追いかける。馬車のスピードは恐らく時速30kmほどだろう。これがアリス馬車の限界。だが俺の今のスピードは……。間違いなく時速40kmは出ている。人間はこんなに早く走れる生き物だったのか。
俺は自分のスピードに驚愕しながらも、山賊を一人ひとり馬から叩き落としている。
「わ、私はそんなに早く走れないからね!」
「あ、あたしもです!」
やはりこれは地球出身者である俺の特性の様だ。
アニメの主人公になったみたいだ。こんなに爽快感を感じたことはない。
「おっ、おい! Bチームを呼んで来てくれ! 俺たちだけじゃ無理だ!」
「わ、分かった―――ぐえっ!」
「行かせるかよ!」
ふぅ、これで全員片付いたかな。
「死ね小僧―――!」
残党に後ろを取られてしまったが、俺は至って冷静だ。なぜなら……。
「ラミロのおかげで敵の気配が読めるようになったから……」
「がっ、はっ……」
肝心のナンシーからだいぶ距離が開いてしまった。だがすぐに追いつくだろう。俺は再び馬車に乗り込んだ。