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第2話「実行」

俺は授業終了のチャイムと同時に教室を飛び出した。


「どうしたんだシンヤの奴?」

「何か大事な用事があるってさ」

「なにそれ?」

「さあ?」


俺はバス停まで走った。バスは12時11分にやってくる。テストなど午前授業の時はいつもこのバスに乗る。運転手の顔も覚えている。大西さんって人で、60に手が届く中年だが、ギアを変える瞬間が俺の知っている中では一番かっこいい。


バスに揺られること約20分。いつもなら駅に到着すると真っ先にアニメショップに向かうのだが、今日はそんな寄り道をしている時間はない。急いで市電に乗り換える。電車が発車する時刻は12時43分。そこから8駅先の「宮古村前」という駅で降りる。終点の一個手前である。宮古村前と言っても、ここからさらに親の車に揺られること約50分かけて家に到着する。自転車では道が悪いし、歩くとなるとかなり時間がかかる。母は俺の迎えが仕事の一つとなっている。この駅で降りるのは俺だけではないが、他の駅に比べると断然少ない。


そして14時ちょうどに、ようやく自宅に到着した。俺はすぐに車を降り、自分の部屋がある二階へドタドタと足音を立てて向かった。


「こらシンヤ! もう少し静かに歩きなさい!」


母の注意など気にしない。


部屋のドアノブを握り、盛大に開く。誰も入って来ないように鍵を掛ける。鍵は俺が中学に入ったころから親に無理を言って取り付けてもらった。もちろん静かに自慰行為をする為である。


これから俺はあの儀式が行われる洞窟へ行く。その前に精神統一を行う。小学生が夏休みに田舎の祖父母の家に行ってちょっとした冒険をする程度のことなのだが、なぜか異常に緊張している。まるで中学の時、全校集会でスピーチをしたときくらいの緊張感が俺を襲った。全校集会と言っても小学校、中学校合わせて生徒は30人くらいしかいなかったのだが。そんなこと今はどうでもいい。精神統一も終わり、いよいよ出発の時だ。


「母上!」

「えっ、あ……なに?」

「ちょっと出かけてきます!」

「あ、は、はい。気をつけて。夕飯までには帰ってくんのよ」


母に外出することを伝える。いつもアニメショップやイベントに行くときに使うリュックを背負っているので、母はまたアニメのイベントだと思っているだろう。それにしたって『母上』は少しやりすぎたか。




俺は儀式が行われる洞窟前にまでやって来た。今は夏。セミはうるさいし蚊もうっとうしい。虫よけスプレーの準備はもちろんOK。今日のファッションは紺のポロシャツと、ベージュのスキニーパンツを合わせたスッキリとした大人なコーデ。夏だからってデニムにTシャツばかり着ていられない。


「よし、着いた」


俺は普段から目をつけていた場所にたどり着いた。そこはちょうどよく草や木が生い茂り、身を隠すのにはもってこい。さらにここからだと洞窟の様子がよく見える。まさにベストポジション。


「15時まであと20分」


15時になると、見張りが小松さんから熊田さんという人に交代する。小松さんは非常に警備が厳しい。対する熊田さんは、図体はデカいが、どこか抜けている。こんなこと言っちゃいけないのだが、マヌケな人だ。11人の人が24時間体制で警備している。丁度今日この時、熊田さんに順番が回ってくる日を待っていたのだ。


「あと5分……あ、熊田さんだ」


熊田さんは時間に遅れたことがない。マヌケだがまじめな人だ。よし、これから15時から18時までの3時間は熊田タイムだ。この間に熊田さんは必ず2回はトイレに行く。


この洞窟の近く、歩いて1分ほどのところに、トイレが用意されている。見張りの人のために造られたらしい。熊田さんがトイレに行く時間、1分。用をする時間、大なら1分。小なら30秒。戻って来る時間、1分。合計2分半から3分という短い間で俺は鍵を解除して洞窟内に入らなければならない。やるべきことは三つ。


一つ目は、洞窟を塞いでいる扉の鍵を解除し、中へ侵入すること。二つ目は、洞窟がどこまで続いているのかチェックすること。そして三つ目は、中をチェックしたら洞窟を出て鍵を施錠する。かなりのスピードが要求される。スパイ活動などやったことのない俺が、こんな映画みたいなことをできるのか不安だった。だが、やるしかない。幸いここは南京錠であり、開けるときにのみ鍵を使用する。


15時36分。熊田さんに動きはなし。


15時49分。熊田さん、飽きてきたのかタバコを吸い始めた。


16時4分。熊田さんが居眠りを始めた!

これはトイレ以上のチャンスかもしれない。いや、待て。落ち着け。あんな近くでカチカチ音をたてたら起きてしまう。大人しくトイレに行くまで待とう。


16時31分。


「……ん?」


熊田さんが唐突に立ち上がった。そして歩き出した。これはもしや……。


「トイレだ!」


熊田さんが見えなくなったところで行動を開始する。タイマーを2分30秒にセットする。よし、では……。


「―――スタート!」


俺は一気に茂みから飛び出した。


「第一のミッション。鍵を解除せよ」


この日のために調べ、練習して来たもんね。中学生の時、職業体験で鍵職人のところに行ってよかった。こんなところで役に立つとは思わなかった。


「よし、解除。これより中へ侵入する」


残り時間は1分57秒。俺はライトで上から洞窟内を照らし、ゆっくりと一歩を踏み出した。


中はひんやりと冷たい。俺は時計を見た。真夏だというのに、温度は25度を下回っている。湿度は70%。俺の付けている時計は、時間だけでなく、温度や湿度を見ることもできるのだ。中学の時、小遣いを溜めて買った『AKIKO』のブランド物だ。値段は3万4800円(税抜)。


「……ふぅ」


緊張で汗が噴き出してくる。暑くはないが、なにか異様な雰囲気に包まれている。俺は先を急いだ。


「長いな」


一体どこまで続いているのか。もう30mは歩いているぞ。熊田さんはもう戻っているかな。どうか鍵が解除されていることに気づかないでほしい。




「ふぅ。今日はよく出たな。しかし暑いなぁ。そういえば、シンヤくんは明日から夏休みなんだっけ。また釣りにでも誘ってみるか」




俺はただ歩き続けた。そして50mくらい歩いたところで、大きな空間に出た。俺は全体をライトで照らす。12畳くらいの空間が広がっていた。そこはさらに気温が下がっていた。20度を下回っている。半袖では寒い。


しかしそれは大した問題ではなかった。それ以上に驚いたことがあったからだ。この12畳の空間は、例の祠以外、何もないのだ。死体があるわけでも、白骨があるわけでもない。村人が回収しているのか。


「とにかく、この祠を調べ……うっ!?」


俺が祠に触れようとすると、急に頭痛に襲われた。


「う、うぅ……」


ダメだ、この場の空気にのまれるな。ここに来て儀式の秘密を暴き、姉ちゃんを……。


「姉……ちゃん」


負けてたまるか。俺は姉ちゃんが死んだなんて信じていない。死体でも出てこない限り絶対に信じない。ここに死体はない。当然怪しいのはこの祠。この祠、見た目の違和感はない。よくテレビで見るような形だ。祠の裏を調べてみよう。


「……うわっ!」


俺は裏に回ろうと一歩踏み出したところで、石の出っ張りにつまずき、派手に転んでしまった。


「いてて……あっ!」


何ということだ。転んだことで祠の一部が壊れてしまった。


「やってしまった」


直している時間もなければ、道具も技術もない。


「とりあえず今はこのままに……ん?」


俺は壊れた部分から何か光物を見つけた。


「何だ? これ」


掘り出してみると、それは直径5cmくらいの水晶玉だった。ライトの光を当てると、青く光っている。中に文字のようなものが浮かんでいるが、漢字ではない。英語でもアラビア語でもなさそうだ。


「む?」


その水晶玉は一つではなかった。青いモノ以外に、赤いと緑の水晶玉を見つけた。どちらも文字が浮いており、それぞれ形状は違う。


「これは大発見だ。持ち帰って解読してみよう……ん?」


まだ何かある。水晶玉が出てきた所に木造ではない何かが……。


「これは何だ?」


石台のようだ。


「ふんっ!」


持ち上げてみよとするが、これは地面に埋まっているのか、重すぎるのか、全く持ち上がらなかった。


「祠を全部壊すわけにはいかないし、困ったな」


気になってしょうがない。


「ん、これは?」


砂を掃い、懐中電灯で照らしてよく見るとその石台には3つのくぼみがあった。


「この水晶玉はここに置くモノなのか?」


よし、そうとわかれば置くしかない。順番は、右から青、赤、緑にした。


「……」


しばらく待ってみるが、何も起きない。

順番を変えてみよう。次は赤、緑、青にした。


「……」


しかし結果は同じ。続いて青、緑、赤にしてみた。すると……。


「な、何だ?」


石台がガタガタと小刻みに震え始めた。


「何だ、一体何が起きるっていうんだ?!」


水晶玉はより輝きを増し、石台はさらに激しく揺れる。すると、俺の足元が光り出した。


「こ、この光は一体?!」


そして……。


「うっ、うわあああああぁぁぁっ!!」


俺の体は地面に沈み始めた。いや、正確には、光に飲み込まれていると言った方がしっくりくる。


「たっ、助けて! 誰か助けてえええええぇぇぇっ―――!!」


無残にも、俺の声は外には届かない。

俺の体も声も、俺のすべては光に飲み込まれた。




「……あれ? 鍵が開いている……」


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