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第14話「アリスⅡ」

1518年。アリスがヴァース使いジョンの元へ修行に行ってから早10年の月日が流れていた。彼女はすでに15歳。年頃の少女になっていた。まったく帰っていないわけではなく、年に何回は村にやってくる。まだ10代の少女にとって、両親の存在は予想以上に大きい。両親に会うことでストレスも解消され、さらに力をつけて山に戻って来る。


「ふんッ!」


ジョンは右手で木を切る。スパッと真っ直ぐ切れる。そして倒れた樹木を一本ずつ家まで運んで細かく刻む。暖を焚くための薪を造っているのだ。


「パパ! アリスが帰って来たよ」

「おお、今日は泊まってこなかったのか?」

「早く次の修行がしたいのよ」

「はは。まぁ焦ることはない。少し遅いが、まずは昼食を取ろう。ジェニー! アリスの分のサンドイッチも作ってくれ!」

「もう作ってる!」


家の外と中で会話しているので、自然と声が大きくなる。


「すっかり姉妹の様だな」

「私はジェニー姉さんのことが大好きです」

「俺もジェニーのことは大好きだ。ただひとつ心配なことがあった。君を山へ連れ帰ったとき、赤の他人の世話を俺がすることで、ジェニーが君に嫉妬するんじゃないかと……」

「彼女が? そんな人だったらそもそもヴァースの使い手にはなれませんよ」

「当時はまだジェニーも幼かった。今では立派な世話好きのお姉さんだ。俺も娘二人に囲まれて幸せな気分だよ。おっと、こんなことを言うのは君のお父さんに失礼かな?」

「大丈夫ですよ。最近の父は、歳を取ったせいか少し頑固になってきたんです」

「はは。まじめな証拠だよ」

「そうですか?」

「パパ、アリス! サンドイッチできたよ。早く食べちゃって」


窓からジェニーが顔を出す。


「それじゃあ行こうか」

「はい」


ジョンは途中だった薪割を中止し、外に置かれている水の入った桶で手を洗い、家の中へ入って行った。アリスもそれに続いた。


家に入ると、サンドイッチにほのかな香りが漂っていた。普通、サンドイッチというのはシンプルな料理で、特別な臭いを放つものではなかった。しかしジェニーの作るサンドイッチは、いつも材料不明。何が使われているのはジョンとアリスは知らない。でも味は確かだ。美味い。


「今日は少し辛いな。一体何を入れたんだ?」

「ひ・み・つ」


ジェニーは自身の唇に人差し指を当てた。お喋りなジェニーは、油断してしまうと自分から喋ってしまうので、口にチャックをしたのだろう。


「ジェニー姉さんのサンドイッチはいつ食べてもおいしいわね」

「そりゃそうよ。飽きない様に定期的に味を少しずつ変えているんだから」


ジェニーはドヤ顔で説明した。


「少し焼いてあるところがまた美味いな」

「え? 今日のは焼いてないわよ」

「ん、そうか。少し焦げたような香りがしたんだが……」


ジョンはサンドイッチの臭いを嗅ぐ。しかし先ほど感じた香りはしない。


「おかしいな。風邪でも引いたかな?」

「薪に火がついたんじゃない?」

「そんな馬鹿な。まだ火は使ってないぞ」

「でも、外に煙が……あっ!!」


アリスが突然椅子を倒して立ち上がる。そして急いで家の外に出る。


「そんな……ウソでしょ?! そんな、そんな……!!」


外に出たアリスは衝撃の光景を目にした。村のある方角から黒煙が上がっていたのだ。たき火をしている煙がこんな山奥で見えるはずがない。間違いなくあれは大規模な火災か何かだろう。


「……アリス、ジェニー! 二人はここにいるんだ!」

「いやよ! 私も行く!」


急いで山を下りるジョンに、アリスもジェニーをもついて行く。


(そんな、ウソよ。そんなはずないわ。そんなはずは……!)


最悪の光景が脳裏に浮かんでしまう。必死に振り払おうとするが、静電気でくっ付いてくるビニール袋のようにしつこく絡みついて来る。




村は最悪の状況だった。的中してほしくはなかったが。


「そ、そんな……村が……」


ココア村は火の海になっていた。村にある民家すべてに火がついた状態だった。


「パパ! ママ!」


アリスは急いで自分の家に向かう。


「返事して! パパ! ママ!」


アリスの必死の叫び声も、家が崩れ落ちる音で消されてしまう。


「火を消さなきゃ……ウォーター・ウェーブ!」


アリスは杖を片手にジョンに習った魔法を使うが、今のアリスにこの大火事を消化させる力はない。


「アリス! 下がってろ!」


ジョンが全身に力を込めた。


「ウォーター・ウェーブ―――ッ!!!」


杖なくしてジョンは魔法を使う。するとどこからともなく大波が出現し、あっという間に村全体の火を消化した。水の衝撃で家が崩壊しないように加減しているが、すでに炎によって大部分が焼け崩れてしまっていた。


アリスはすぐに崩れた自分の家の焦げた柱や灰をどかしながら両親の捜索を始める。灰が水にぬれているのでそれを触ったアリスの手は真っ黒になる。さらにその手で顔を擦るので、白い頬が黒く汚れる。


「パパ、ママ!! どこにいるの?! 返事して!!」

「ジェニー! 無事な人間がいないか辺りを捜索するんだ!」

「分かったわ!」


ジェニーとジョンも生存者を探し始める。


見るも無残なココア村の中で、三人は必死に捜索活動を続ける。


「―――パパ、ママ!」


その中でアリスが二人の人影を見つけた。それは、アリスの家の裏口に当たる場所にいた。丸焦げていて分からないが、アリスにはそれが誰なのかハッキリ分かった。信じたくなかったが、裏口から逃げようとしたところで上から柱か何かが落ちてきて、身動きが取れなくなったまま、焼け死んだのだろう。


「パパ、ママ……」


その一人、母と思われる死体の腕の中には、昔アリスが好きだったウサギのぬいぐるみがあった。二つ死体は手を繋いだ状態だった。最後まで愛し合い、そしてたった一人の娘のことを思って……死んだ。


「い、いや……いやああああああああぁぁぁぁぁ―――ッッ!!!!」


アリスは叫んだ。泣いた。そして両親の遺体を抱きしめる。


「そんな、まさか……」


それを見ていたジェニーは驚いた。同然だった。アリスの両親の遺体の傷が、少しずつではあるが治っていくのだから。


「これは……」


それを見ていたジョンもこれには驚いた。アリスに教えたのは攻撃系の魔法のみ。回復系など教えたことはない。むしろジョン自身も回復魔法は使えない。


「パパ……これって」

「ああ。はやりあの子は、とてつもない才能の持ち主だったようだ」




山へ戻ったアリスは、何かに取りつかれるように今まで以上に修行に励んだ。ジョンはちょくちょく山を下りてはココア村の後片付け。村人の埋葬。アリスはあれ以降、村には来ていない。


数日後、ジョンは町へ出かける。村がなくなったので、消耗品の補充と、ココア村の報告をするために行くのだ。少し遠い所にあるので、一度出掛けると二、三日は戻って来ない。その間、家にはジェニーとアリスだけになる。ジェニーはアリスに声を掛けられずにいた。


「アリス……」

「ごめんジェニー、一人になりたいの」


いくらジェニーが呼びかけても、アリスはそれを拒み続ける。


「ねぇアリス。確かに両親の死がショックなのは分かるわ。でも……」

「ほっといてって言ってるでしょ!!」

「―――ッ?!」


ジェニーを怒鳴り付けると、アリスは家を飛び出した。


「……おっと」


しかしちょうどいいタイミングでジョンが帰ってきた。


「アリス、寂しいのは分かるが、あまり人に当たってはいけないよ」


ジョンの言葉に、アリスは怒りを抑える。それと同時に両肩が震える。


「さぁ、中へ入ろう」

「……」


ジョンは小刻みに震えるアリスの肩を撫でながら部屋に入った。


「……町の警察に聞いたんだが、どうやら最近、不審な輩が目立つようになったらしい」

「不審な輩?」

「ああ。三人組のヒューマンでな。『トライアングル』と名乗っているらしい。あちこちで犯罪を繰り返しているそうだ。ココア村の事件も、奴らの仕業だろうと。今まではただの子悪党だと思っていたが、この事件をきっかけに、警察も本腰を入れて捜査に乗り出すだろうな」

「……トライ、アングル……」

「アリス。たった三人で小規模とはいえ、村一つを壊滅させるような奴らだ。復讐しようだなんて考えるんじゃないぞ」

「……さない……許さない。パパやママ……村の皆を殺した……絶対に許さない!」

「アリス。お前が今やるべきことはヴァースの訓練だ。お前はまだ未熟だ」

「もう十分に強くなった!!」

「いや、まだ弱い」

「魔法だって使え―――」


アリスの脳裏に、あの時の記憶が甦る。水の魔法を使って火を消そうとしたが、規模が足りず、完全に消化できなかったことを。


「例え消化できたとしても、それは攻撃魔法にはならない。お前が覚えるのは攻撃魔法ではない。回復魔法がよさそうだ。心優しいお前に、誰かを傷つけるだけの魔法は似合わない」

「……し、師匠……私……もっと、強くなりたい。もっともっと修行して、強くなって……そして、今度は誰も失わないように。ジェニーと師匠を守れるくらい強くなりたい」

「うん。そうだアリス。復讐なんて誰も望まない。死んだ者が望むのは、生きている者の幸福だ。お前が幸せになれば、彼らは報われる」

「うっ……う、うぅ……うわあああああぁぁぁ!!」


アリスは声を出して泣いた。両親の遺体を前にして流した涙とはまた違う。悲しい。悔しい。切ない。アリスは決意した。もう、誰かを守れないなんていやだ。大切な人を、もう失いたくない。誰も……。


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