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第13話「アリス」

1508年。ココア村はヴィクトル大陸の中にある小さな村。人口わずか50人。村人みんなが家族のような温かい村だった。


その中でも、村で一番小さかったアリスという少女は、お年寄りからとても可愛がられていた。栗色の髪にパッチリとしたクリクリの目が印象的な、可愛らしい少女だった。母はこの村の出身。父は元々旅商人であり、この村に立ち寄った際に、母に一目惚れをしたらしい。


アリス5歳の時。村で遊んでいた彼女は、突然泣きながら家に帰ってきた。


「どうしたの? アリス」


母が訊ねるとアリスは……。


「枝が勝手に動いたの!」


と言った。


母はきっと風で枯れ枝が動いたのだろうと思った。しかし外に出てみると、雲一つない青空。風もほとんど吹いていない。不思議に思った母は動いた枝の場所にアリスを連れて行った。


「あの枝が動いたの?」


「うん。勝手に動いた」


アリスはまだ母にがっちりしがみついている。よほど怖かったのだろう。


「……何でもないわよ」


母が枝を手に持って調べてみるが、べつに何ら不思議はないただの枯れ枝だった。


「さぁ、ママはまだお仕事があるの」


そう言って、母は枯れ枝をぽいっと捨てた。


「きゃあっ!」


突然アリスが悲鳴をあげる。


何事かと母は急いで振り返る。するとそこには、先ほど捨てたはずの枝が、まだ母の頭ぐらいの位置で浮いていた。引っ掛かるものなんてないはずだ。誰かが糸で吊っている様子もない。


「ママ! おばけ!!」


アリスが再び母の体に顔をうずくめると、枝は力を失ったようにからっと音をたてて地面に落ちた。


「あ、まさか、この子……」


母はアリスを見つめた。




その日の夜。アリスが寝込んだところで、今日の出来事を父に話した。


「そんなことがあったのかい?」

「そうなの。あの子、もしかしたらヴァース使いになれるんじゃないかと思うの」

「ヴァースだって? 確かに僕の父はヴァースを扱えた。でも僕自身は修行もしていないし。父だって、そんな大した使い手じゃなかった」

「あの歳でヴァースを使えるのは才能がある証拠よ」

「本気で言っているのかい?」

「ヴァースを使えた方が、あの子のためにもなるわ」

「だからって、アリスはまだ5歳なんだぞ。ヴァースの修行は厳しいって聞くぞ。父だって、何度も挫折しそうになったらしいし」

「でも……」

「分かっているのかい? 修行に出すということは、しばらくあの子とは会えないんだぞ」

「……」


母はうつむいたまま口を閉じてしまった。


「……まずは師匠になってくれる人を見つけないとな。僕の古い知り合いに、良いヴァース使いがいる。明日彼を訪ねてみよう。それでだめだったら諦めるんだ。いいね?」

「えぇ……分かったわ」




翌日、父はヴァースの使い手を訪ねて村の近くにある山へ出かけた。その使い手はココア村の出身ではあるが、修行のために山の中で娘二人と生活していた。その娘もまた、ヴァースの使い手になるべく、父に鍛えられていた。


「ジョンさん。いませんか、ジョンさん」


父は分厚そうな木の扉をゴンゴンと二回叩き、彼を呼んだ。


「……おお。これは、これは。どうしたんですか? さぁ入って」

「ありがとうございます」


扉を開けて出てきたのは大柄の男。父と握手をすると、すぐに家の中へと案内されていった。中は以外にも物が少なく、きれいに整えられていた。


「物が多いのは落ち着かないんでね。娘がいるので、散らかっているのは危険なんです」

「パパ、お客さん?」


奥から小さな女の子が顔を出した。


「娘のジェニーです。さぁ、あいさつして」

「お久しぶりです、おじさん」

「小さいのに立派だね。うちの娘とは大違いだ」

「まだ可愛らしい盛りですよ。うちなんかすっかり生意気になっちゃって。ところで今日はどうしたんですか?」

「その娘のことで。どうやらアリスにはヴァースの片鱗があるかもしれないんだ。それで、一度ジョンさんに見てほしくてやってきたんです」

「なるほど。もしそうだとすれば将来大物になりますよ。彼女はまだ4歳……」

「5歳になります」

「うちの娘よりも3つも年下だ。ジェニー。俺は少し出かけてくるから、誰か来ても絶対に家から出るんじゃないぞ」


そう言い残して、ジョンは父と共に山を下り、村までやって来た。




「ジョンおじちゃん何してるの?」


アリスは不思議そうにジョンを見つめる。


「ふむ……」


ジョンはアリスの頭に手をかざし、目を閉じて精神を集中させる。


『……』


その様子に村人たちも興味津々だ。


「……どうですか? ジョンさん」


「これはすごい。奥底にすさまじいヴァースの力を感じます。すぐにでも修行を始めるべきだ。この子は将来大物になる。これは保証します」


ジョンは少し興奮気味にそう告げた。


『やったあぁ!!』


村人たちは手を上げて喜んだ。


「あなた、やっぱり……」

「ああ、君の言う通りだったよ。アリスはすごい才能の持ち主らしい。我が娘ながら誇りに思うよ」

「パパ、ママ……」


アリスが父と母を見る。


「……」


母の目から涙があふれ出す。


「ママ、泣いてるの?」

「いい? アリス、よく聞いて。今日からあなたはジョンさんと一緒に山で暮らすのよ。ジェニーちゃんもいるから寂しくないわよね」

「ママは? パパは一緒に行かないの?」

「パパとママは修行の邪魔になるから行けないんだよ。でも大丈夫、アリスに何があってもジョンさんが守ってくれるよ」

「いやだよ。パパとママとお別れなんていやだよ」


徐々にアリスの目から涙があふれ出す。


「アリス……」


母はアリスを力いっぱい抱きしめた。それに続く様に、父が二人を抱きかかえるように寄り添った。両親と離れて暮らす。それは5歳の少女にとってはとてつもない悲しみなのだろう。ジョンもそれはよく分かっていた。村人も切なそうに抱き合う三人を見つめていた。


どれだけの時間そうしていたか分からない。しかし誰一人、そこから立ち去ろうとする者はいなかった。しかしジョンが不意に……。


「明日、また来ます」


そう言って、ジョンは一旦山へ戻ろうとした。しかしすぐに父が後を追いかける。


「ジョンさん!」

「……」


ジョンは黙って立ち止まる。


「アリスを連れて行ってください」

「断る」


即答だった。


「連れて行ってください。明日まで待っていると、余計に別れたくなくなります。時間は悲しみを増すだけです。覚悟が出来ている今のうちに」

「パパ、大丈夫だよ。アリス、一人で頑張れるよ」


アリスがやってきて、父のズボンの裾を掴んだ。


「アリス、本当に良いのかい? しばらくパパやママには会えなくなるんだぞ」


ジョンがアリスに目線を合わせ、語りかける。


「大丈夫。アリス強いもん。ジェニーお姉ちゃんとも仲良くできるよ」

「そうか、偉いぞ。では……」


ジョンはアリスを抱きかかえ、立ち上がる。


「ジョンさん。娘をお願いします」

「お願いします」


父と母が村から出て行くジョンに向かって頭を下げる。アリスは父と母の姿が見えなくなるまでジョンの腕の中から二人を見つめていた。また、父と母も、アリスの姿が見えなくなるまで、その場から離れようとはしなかった。


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