第12話「ラミロVS.シンヤ」
優しいシンちゃん。それが俺の宮古村でのあだ名だった。小さい頃からお年寄りに囲まれて暮らしてきた俺は、それが当たり前で、家族のように接してきた。自分では優しく接しているつもりはなかった。それが当たり前だと思っていた。庭の草むしりを手伝ったり、買い物袋を代わりに持ってあげたりした。俺にとってそれが生活の一部であって、なんの苦もなかった。
しかし、今の状況は当たり前ではない。なぜなら闘技場の真ん中で、俺はエルフの騎士ラミロと殺し合いをしているのだから。
「いい加減降参でもしたらどうだ?」
ラミロは戦闘経験豊富。それに比べて俺は剣士(?)なりたての素人。しかも目隠しまでされて。どう考えたって勝てる気がしない。
「そのセリフ、そのまま返そう。そっちこそ諦めたらどうなんだ? 俺は強いぜ」
お調子者の血が騒ぎ、つい思っていることと反対のことを言ってしまう。
「確かに身体能力は普通の人間ではないようだが……」
ラミロもそれは不審に思っているようだ。どうしてこんなガキがここまでの身体能力を持っているのか。それを警戒してなのか、連続で攻撃を仕掛けてはこない。
「ラミロ様! そんな人間早くやっつけてください!」
「さっさと倒れろ人間!」
観客からのブーイングがうるさい。サッカーのサポーター並みにうるさい。
「シンヤ様! 頑張ってくださーい!」
「無理しないでシンヤくん!」
しかしこっちはこっちで気分がいい。女の子に応援されるなんて今までなかったから新鮮な気分だ。
「ピース、ピース!」
「誰に向かってやっている? そっちにはエルフしかおらんぞ」
「あ……」
余計な事をして恥をかいてしまった。
(あの人間の子はやはり普通ではありませんね。ラミロ、あなたは彼を殺すと言っていましたが、まさか本当では……。まだ子供なのですよ)
「はあぁ……ふうぅ……」
俺は呼吸を整えた。攻撃態勢に移るためじゃない。降参するためだ。もうこれ以上戦いが長引いたところで俺の勝機は見えてこないだろう。むしろどんどん状況は悪くなる。そうなれば、万が一でも俺に勝ち目はない。惨めに殺されるだけだ。でも降参してしまえば、そんなこともない。元々誰も俺が勝てるなんて思っていないのだから。ナンシーには悪いけど、俺は君の婿になれるような男じゃないんだよ。
「うずくまってどうした?」
「……」
俺はラミロの問いかけに答えず、ゆっくり右手を動かそうとした。
「―――諦めないでシンヤ様!!」
「―――ッ!?」
ナンシーの声? まるで俺が降参することを分かっていたかのようなタイミングで、今までとは違う声のトーンで叫んだ。
「アタシの勝手な占いで、足止めをしてしまっていることは重々承知です! でもアタシの占いは外れたことがありません! アタシはエルフですが、人間のあなたと結ばれたいんです! アタシはあなたを本当に運命の人だと感じました! だから頑張って! 負けないでシンヤ様!!」
「あのバカ……」
ナンシーが観客席から身を乗り出して行った演説に、ラミロは呆れきっている。
「ナンシー……どうしてそこまで俺のことを?」
「決まっている……貴様が、ナンシーの運命の男だからだ。エルフ以外の種族が里に来ることなどほとんどない。来たとところで入れない。だが貴様は里に入った。我々が入れたんじゃない。森の神が貴様を認めたのだ。でなければこんな気まぐれ、絶対にあるものか」
そうか。つまり、ナンシーの占いはナンシー自身の能力というわけではなく、すべて森の神に導かれるままの結果というわけか。
「貴様の連れ、アリスとか言ったな。彼女ならエルフの里を通れないことくらい知っていたはずだ。だのになぜ、わざわざ里を横断するルートなど選んだのか。それは彼女自身の判断ではない。森に入ればすべては森の神の意志によって導かれるのだ」
すると、先ほどまでうるさくラミロを応援していた観客たちが、一斉に祈るように目を瞑り始めた。風が吹き、木の葉同士が擦れ合う音が、まるで森が何かを囁いているように聞こえ始めた。とても不思議だが、どこか心地がいい。
「ラミロ、だっけ? アンタには悪いけど、この勝負、負けるわけにはいかなくなった」
「私は始めからそのつもりだ。来い」
そして俺たちは戦闘を再開した。それでも俺が不利な事には変わりない。だがもうそんなことは考えない。俺はただ目の前の敵を倒すことだけを考えることにした。幸い俺が奴より上なのはこの人並み外れた身体能力。これをうまく利用すれば勝機は生まれる。
「はあぁっ!!」
俺は掛け声とともに大きくジャンプした。
「何だあのジャンプ力は!?」
「きっと何かトリックがあるんだ!」
観客はそんなことを口走っているが、残念ながらトリックではない。これが俺の力だ。
「バカめ。そんなに高くジャンプしたら、あとは落ちてくるのを待つだけではないか」
確かにそうだ。だが俺もそんなことは分かっている。
「うをおおおおおぉぉぉ!」
「なッ―――!?」
俺は空中で体勢を変えた。縦に一回転しながらラミロに斬りかかった。名付けて……。
「―――真夜中の大車輪!!!!」
アリスやナンシーを含め、観戦していた全員が衝撃を受けたことだろう。その衝撃のせいか、俺とラミロ、お互いの刀剣が見事に二つに割れた。
「うっ!?」
俺はバランスをとってその場に着地した。一方ラミロは、防ぎはしたもののその場に倒れ込んだ。
「決着……ついたぜ」
『あ……しょ、勝者は……挑戦者シンヤ!!』
「そんな、まさか」
「ラミロ様が負けるなんて」
「一体何者なんだあの人間は?」
想像すらしていない展開に、観客も驚きを隠せない様子だ。
「はぁ、はぁ、はぁ」
俺は荒い息のまま目隠しを外してアリスの元へと歩み寄った。
「勝てたよ、アリス」
「お疲れ様」
アリスも目隠しを外して俺を見てくれた。周りのエルフは俺たちが目隠しを外したことよりも、ラミロのことに気がいっているようで、注意もしてこない。
「そしてナンシー」
「はい。アタシは、シンヤ様のためならどこにでもお供します」
「その事なんだけど、俺らはこれから、恵土に行く。しばらくここには戻って来られない。長く辛い旅になるかもしれない。それでも、ついて来る覚悟はある?」
「もちろんです! シンヤ様だーい好き!!」
「うわっ!」
「ちょっと、あんまりくっつかないでよ!」
「アリスってばまたヤキモチ?」
「違うってば、もう!!」
「……ラミロ」
「イメルダ様。護衛隊長である私が、このような無様な姿を見せたこと、誠に申し訳ありません」
「いいえ。あなたは勇敢に戦いました。彼が少し特殊だっただけです」
「その彼。戦って分かったのですが、もしかするとこの世界の住人ではないかもしれません」
「私も思い出したのですが、この世界は『地球』という世界とつながっていると聞いたことがあります」
「あの神話ですか?」
「ええ」
「やはり……。つまり、彼は地球人だと」
「その可能性は高いです」
「恵土に行くらしいですが、もしかしたら導かれているのかもしれませんね」
「森の神に、ですか?」
「いいえ。『運命の神』に、です。私の読んだ書物が正しければ、初めて地球人が降り立った地は恵土だとされています」
「イメルダ様! ラミロ!」
「おっと、ナンシーが呼んでいます。この話はまた後ほど」
「そういたしましょう。もちろんあなたの家で」
ラミロとイメルダ様がこちらに歩いてくる。
「おめでとうございますシンヤさん。あなたは見事ラミロに勝利しました」
「ありがとうございます」
身体中痛いんだけど、それよりも内から込み上げてくる嬉しさの方が大きい。
「すまないシンヤ。私は戦士として手を抜くわけにはいかなかったのだ」
「分かってるよ」
「それで、これから恵土に行くようだが、その前にお前の剣……」
「ああ」
ラミロが真っ二つに割れた剣を布に包んで持って来た。デビットから貰った大切な剣なのだが、壊れたモノはしょうがない。
「道からは少し外れるが、『怒りの洞窟』という場所にドワーフが住んでいてな。そこにすばらしい武器職人がいると聞いてたことがある。彼ならきっとこの剣も元に……いや、それ以上のモノにしてくれるだろう」
「それ、私も聞いたことがあるわ。かなりご高齢らしいけど」
ほう、それはすばらしい。伝説ともなればご高齢なのは漫画では定番中の定番だ。こういうのは大好物だぜ。
「よし、それじゃあその鍛冶職人のところへ行こう」
「お詫びと言っては何だが、一晩くらい休んでいったらどうだ? 私の家を貸そう」
「気持ちだけ受け取ってくよ。エルフの里に人間が長居しない方がいいだろう」
「よく分かってるじゃないか」
「誰かさんがしつこく言うからさ」
「気をつけてな、ナンシー」
「ラミロ……今まで、お世話になりました!」
ナンシーはピシッと背筋を伸ばしたかと思うと、腰を90度曲げてお辞儀をした。その勢いで整えられていた髪がふわっと乱れ、花のような甘い香りが俺のところまで漂ってきた。
「まったく、これでお前のワガママを聞かずに済むな」
そう言っているラミロの目には少し涙がにじんでいるように見えた。
「いってらっしゃい」
「いってきます」